第1節:獪岳
「いるんだろ。出てこい」
善逸は、目の前のふすまに向かって言った。
「そこにいるのは分かってる」
源氏ふすまと呼ばれる、中央に明かりとりの障子をはめ込んだ、しゃれた建具が、スラ、と軽い音をたてて開いた。
「口の効き方がなってねえぞ。兄弟子に向かって」
ふすまにかかった手には、鋭い鬼の爪。
「少しマシになったようだが──────相変わらず貧相な風体をしてやがる」
現れたのは、若い男の鬼だった。
右目には"上弦"、左目には"陸"。
遊郭の戦いで炭治郎たちに倒された堕姫と妓夫太郎にかわり、成り上がったのだろう。
「久しぶりだなァ、善逸」
首元と手首に勾玉の飾りを付けた鬼は、にんまりと笑いながら、善逸の名を呼んだ。
対する善逸は、鋭い目で、その鬼を睨み据える。
「獪岳──────鬼になったお前を、俺はもう、兄弟子とは思わない」
◇
第2節:救援
時は、少し遡る。
蟲柱──────胡蝶しのぶ。
上弦の弐、童磨と会敵するもの、毒が有効打にならず、じわじわと嬲られ、消耗しきってしまっていた。
血まみれの身体で、板の橋の上に膝をつく。
その後ろからは、童磨が歩み寄ってくる。
「ごめんごめん、半端に斬ったから苦しいよね」
とどめを刺そうと扇を掲げる童磨。
しかし、しのぶがゆっくりと立ち上がると。
「え?立つの?」
へらへらと笑っていた彼が呆然と動きを止めた。
「立っちゃうの?えー・・・」
ひきつった表情を浮かべる童磨。
それをしのぶは、睨め付けた。
すると童磨は、困惑したような口調で言葉を続けた。
「君、ホントに人間なの?鎖骨も肺もあばらも斬ってるのに、君の体の大きさ・・・その出血量だと、死んでてもおかしくないんだけど・・・」
その童磨の指摘は事実。
次の瞬間、しのぶの口から、ゴフッ、と血がこぼれた。
もう立つことだけでも精一杯なのだろう。
結果は、誰の目から見ても明らかだった。
しかし、そんな絶望的な状況に、一筋の光が差した。
「しのぶちゃん・・・!」
「胡蝶・・・!」
甘露寺と伊黒の声が響く。
その方向に、ほぼ同時にしのぶと童磨が顔を向けた。
しのぶは声を上げない。
だが、表情には安堵が見えた。
童磨は、相変わらず軽薄な表情を浮かべている。
「わあ、女の子がもう一人かあ、今日は良い夜だ」
「・・・甘露寺に指一本でも触れてみろ・・・次の瞬間、お前の命は無いと思え。触れなくても殺すがな」
「おっと、怖い怖い。そんな君は男なのに肉付きが良くないねぇ・・・可哀そうに」
「うるさい、そう言うお前はうすらデカくて不気味だ」
伊黒はそう言った後、横に立つ甘露寺と一瞬アイコンタクトを取り、頷き合った後、再び敵の方を向く。
刀を構える伊黒。
敵も、相手の実力の高さに気づいたのだろう。
真剣な面持ちで、二対の扇を構えた。
静寂が、場を支配する。
そして。
弾かれるように、伊黒の身体が前に出た。
蛇のような軌道で、すぐに敵の背後へ。
目を見開く童磨。
だが、取り乱すことなく、振り向きざまに扇をふるう。
鋼がぶつかり合う音。
それが、何度も響き渡った。
「やっぱ君、強いね。さっきの柱より数段も」
「よく喋る鬼だ。うるさいからすぐ静かにしてやる」
「う~ん・・・俺が何かしたかい?あ、もしやさっきの小さい方の女の子、君の想い人だったかい?それだったら悪いね・・・え?」
童磨がその言葉を言い終える前に、一瞬、体が固まった。
その視線の先。
先ほどまで、しのぶが居た場所には誰も居ない。
なんなら、甘露寺さえも。
恐らくは、救護班の元へ向かったのだろう。
「今更気付いたか?愚図が。それと、胡蝶と俺との間には何もない」
「あっ、じゃあ桃色の髪の子かい?」
童磨はそう言いながら、太刀筋も、伊黒自身さえも見ずに、攻撃を回避する。
対する伊黒は、額に青筋を走らせた。
「俺と甘露寺が・・・?甘露寺を馬鹿にしているのか?お前は・・・!」
「え・・・えぇ~・・・君、会話にならないねぇ・・・」