第1節:覚醒(伊黒)
(村上の言っていた通りだ・・・時間の流れが遅い。不思議な感覚だ)
さらに、眼前の敵の、骨格・筋肉・内臓の働きさえも、手に取るように分かる。
そして何より。
(心と体、どちらも"自然体"。これを知ってしまえば、今までの俺は"その瞬間"は一度も無かったと言っても良い。それくらいに、今の俺は"自由"だ)
甘露寺や時透も影浦との稽古で"入った"ようだが、まさか、この俺が入れるとは。
刀を握り直し、敵と正面から向かい合う。
どうやら鬼も、俺の変化に気づいたようで、瞳を細めていた。
「さっきの俺の攻撃・・・絶対当たったと思ったんだけどなあ・・・どうしちゃったんだい君」
「五月蠅い。もう終わらせる」
その言葉と共に、敵の方へと自身の身体をはじき出す。
しかし、真正面ではなく、自身から見て敵の左側へ。
「蛇の呼吸 弐ノ型──────狭頭の毒牙」
敵の真横から首を狙い、刀身を振る。
しかし。
最後まで振り抜く前に、敵の姿が消えた。
(いや──────というよりも)
どうやら俺が斬ったのは、巨大な氷の壁のようだった。
氷に通された刀身を最後まで振りぬく。
そんな中、頭上から声がした。
「危ない危ない。咄嗟に氷蓮菩薩を出して正解だったぜ」
その声の方向に、俺は視線を向ける。
すると視界に飛び込んできたのは、巨大な仏像とその型の花に座る鬼の姿だった。
「これを出すのは、それこそ"入れ替わりの血戦"ぶりかなぁ?いやあ、急に君が強くなるもんだから、俺も焦ったぜ。でも、そろそろ"御終い"かなあ?」
そう言って、大きな花の上で立ち上がると、鬼は大きく扇を振った。
すると、仏像の口から、とてつもない勢いで冷気が吐き出される。
(まずい・・・この温度と量・・・一気のこの部屋ごと氷漬けにするつもりか・・・!?)
そんなことを考える間にも。
いや、それより早かったかもしれない。
──────地獄が、訪れた。
◇
第2節:睡蓮菩薩(伊黒)
視界が晴れる。
まるでこの部屋だけ、世界が違うようだ。
凍てつく空気が充満し、さらには仏像の周囲は呼吸すら出来ないほどだ。
敵から距離をとり、甘露寺の安否を確認する。
すると。
氷柱に腹部と右の太腿を貫かれ、壁にもたれ掛かっている甘露寺の姿が目に入った。
(甘露寺・・・甘露寺・・・!!)
俺は、今にも叫び出しそうなほど取り乱し、彼女の元へ走り出した。
しかしそれを。
「伊黒さん!」
と、止める声。
栗花落カナヲだった。
不甲斐ないことに、近くまで来ていた彼女の存在さえ、俺は気づかなかったのだ。
そんな俺に対して栗花落は、目をそらすのを許さないかのよう、真っ直ぐと視線を向けてきた。
「・・・私も伊黒さんのことを責められません。だって、甘露寺さんの負傷は私を庇ったことによるものですから。だから正直、自分の至らなさに腸が煮えくり返りそうです。でも、感情に任せて戦うのは違う。それに、"まだ間に合います"。だから今は、敵を倒すことに集中しましょう」
栗花落はカタカタと身体を震わせ、白い息を吐きながらも、さらに続ける。
「さっきも、凄かったですよ。甘露寺さんは伊黒さんを見て、"自分も頑張らないと"と一層奮起して、その後は伊黒さんに負けないくらの戦いぶりでした」
そんな言葉を口にする栗花落だったが、片目は濁った色をしており、血が流れ出ている。
(栗花落・・・片目が見えていない・・・のか)
そんな状態でも俺を諭そうとする姿を見てしまっては、冷静にならざるを得ない。
そして俺は、周りを見渡すと、六体いたはずの氷像は、いつの間にか三体まで減っていた。
それを見た後、甘露寺と栗花落に一言礼を述べ、俺は再び、鬼の方へ身体を向けた。