この牢獄で目覚めてから数日ほど経ちました。未だ脱出できません。当然ですよね。道具がなければ今の私には妖力も能力も使えません。
せめて身体能力でなんとかならないかなと思ったこともありました。壁キックで天井まで登れないかなぁって。けれどどうやら身体能力も落ちているらしくいつもより動けません。
「…」
何もできないので、仕方なく部屋の隅に座って助けが来るのを待ちますが、全くもって人が来る気配がしません。いや人は一応いるにはいるのですが最早人とは呼べぬ別の生き物…動くミイラの中身と表現できる者ならいます。助けてくれるどころか目覚めた日からずっと壁に頭を打ち付けてるか、うめき声を上げるだけのヤバイ人ですけど。
「はぁ」
何日も経つと流石に空腹です。妖怪だからしばらく何も食べなくても空腹は辛いです。妖怪は精神が存在なので空腹で頭がおかしくなったら、私はきっと消滅するかも知れません。
「せめて食べ物だけでも入れておいてくださいよ、文さん」
文さんがここまで酷い人だとは思いませんでした。
文さんなら丸一日集中してやればすぐに終わる量の仕事をやらせただけなのに。
そういうわけで、下手に動いてもお腹が減るだけでエネルギーを無駄に消費しても仕方ないのでこうずっと部屋の隅で座ってるんですが、本当に何も起きません。それに段々暇になってきました。
いい加減誰か来てくれませんか…
ガサ…ドサッ
え?
眼の前に死体が投げ込まれました。
………
は?
「うわわわわわわわわわわわわわわ!?」
なんですかいきなり!?死体が天井から降ってきたぁ!?そんなことありますぅ!?
驚きつつも天井の穴の方を見ると…
「んえ?」
上質な鎧を着込んだ騎士が此方を覗いていました。
彼がこの死体を投げ込んできたんでしょうか?
声をかけようとしましたが目を合わせると何処かへ行ってしまいました。
えっと…
「…この死体…どうすればいいんですか?」
投げ込まれた死体はずっと奇行を繰り返し続けてる外の人の死体と同様、ミイラの中身の人です。
………
………
………
……………食えとでも?
いやいやいや。
いくら私が妖怪でもミイラの中身の人間を食えと言われて喜んで食べる妖怪じゃありません。妖怪だからって、人肉だったら何でもいいってわけじゃありません。
でも死体が丸々一つ投げ込まれたって事は…やっぱり食べろと。
いやいやいや。無い無い無い。
そんな事は決してありません。そも食料として人に死体を渡すほうがおかしいのですから絶対にそんな事無いはずです。いくら文さんとはいえまさかこんな見た目の死体を食わせるよう手配するなんてマネは無いはずですよ。
いやでも火を通せばなんとか…ちょっと待って私、何考えてるんですか?火なんて此処にはありませんし、まずもってこんなの食べれません。見てくださいこの死体。カッピカピの肌に見ただけでも筋肉どころか脂肪があるかどうかも疑わしいこの萎びた肉。そして産毛の一本も生えていません。そしてすごい腐臭。明らか健康状態が良くない病人ではなく、棺桶の中から出した人ですって言ったほうが頷けるこの様相です。低級の妖怪だって遠慮しますよこんなの。ですからありえないんです。
そうです。こんなの食べれるはず無いんです。
ですからきっと何かあるはずです。そのはずなんです。
そうですよね?
「…」
されど、死体からも天井の穴からも、答えが返ってくることは無い。
……
……
……
恐る恐る手を伸ばす。
大丈夫です。何回か人は食べたことあります。その時はちゃんと調理しましたけど…でもでも、今回始めて生肉の味を知れるって考えたらいいじゃないですか。そうです。妖怪は人を食べるものなんです。だから別に恐るるに足りる事は無いです。ましてや今の私は空腹です。腹が減っては戦は出来ぬ。古今東西、お腹を満たせばだいたいなんか起きるはずです。ですからこれも必要なこと。
「…」
死体の腕を掴んで顔の近くまで持ってくる。とんでもない腐臭がしますが…そ、そうです。これは熟成肉!そう考えれば多少臭くても…いや多少ではないけれど、きっと大丈夫なはずです。
「ゴクリ」
肉は少い。けれど、今はもうこうするしか無いんです。
「仕方ない、んです」
ですからどうか、無事に腹の中に収まってください。
「フゥー…」
息を整え、覚悟を決める。
「…いただきます」
目を閉じ、掴んでいる死体の上腕辺りに齧り付く。
そして私は―――
―――少女
飢餓状態になると妖怪もかなりやばい思考をするって、不肖、犬走椛、この時を以て始めて知りました。
昔、お母さんに聞かされた常闇の妖怪が封印される前にお腹が空きすぎて大暴れしたって話が聞かせられたことがありましたけど、きっとこういうことなんでしょうね。その妖怪は、お腹が減りすぎて暴れようってなったんですよきっと。私の場合はミイラを食べるという奇行でしたけど。
それと先程のしたいですが…その………鍵、ありました。咽た時に吹き飛ばして気がついたら死体のそばに転がってました。どうやら衣服の中に引っかかってたらしいです。鍵は此処の牢屋の鍵だったようで、私は無事にこの牢屋から出ることができました。
「…」
鉄格子に手を掛けた時、ふと天井の穴を見て思いました。
なぜ、死体ごと落としたんですか?お陰でひどい目に合いましたよって。
それでも鍵を渡してくれたことに変わりはありません。しっかりとそこには感謝しています。
でも、それでも…
…
いや、彼には感謝すべきです。ここから出してくれたんですから。
今回悪いのは思考が狂ってしまった私に責があります。
なので恨むのは筋違いです。
では、どうすればいいか。
…
「もう絶対」
牢獄から出ようとした時、私は決意しました。
「文さんを、許しません」
なんでこんな事思いついたのか自分でも分からない。