『シェルブリット』のカズマさん   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今作はプロットとかも無しに思う様にやっていこうかなー……と打ち込んでいたらこの一話目から二万字を突破してしまいました。
……次からはあんまり長いとに二つに分けようと思います……。
長いですが、読んでやってください。

ちょっとだけ『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』的な要素があります。
あれも好きだなぁ……。

それではまたあとがきで。

……ちなみに今回シェルブリットは出てきません。()


第一話『カズマ、転生』

第一話

『カズマ、転生』

 

 

 

 

 

 

 微睡みのような感覚から急速に意識が覚醒する。

 瞼を透過する光を感じ、ゆっくりと目を開ける。目に飛び込んできたのは自分が日々を過ごした日本の住宅街とはかけ離れた街並み。

 いわゆる中世ヨーロッパ風と言うべきか、石畳が敷き詰められ、レンガ作りの家や石造りの家が立ち並ぶ景観は美しくもあり、漫画・アニメ・ゲームを嗜む者からすれば実際に見たことはないのに色々と見覚えがある、そんな不思議な街並み。

 そんな街の一画に、その街の雰囲気に一切そぐわない緑色のジャージを着た少年────カズマが立っていた。

 

「お、おお……!? 夢じゃなかったのか……!? それはそれで複雑な気分……!!」

 

 本当に異世界へと転生したことにテンションが上がったカズマであったが、転生した理由も一緒に思い出し、上がった分以上にテンションが下がってしまう。

 カズマは「異世界転生物ってもっと楽しいはずなのに」などと呟きつつ、大きく息を吐く。

 がっくりとした気分もそこまで。気を取り直して周囲を見回せば、そこはどうやら裏路地に近い通りのようだ。道を通る人々の服装はカズマにしてみればファンタジー物の娯楽作品でしかお目に掛かれない物で、先程下がったテンションもじわじわと盛り返してくる。

 しかし、それは逆を言えばカズマの格好こそがこの場では珍しい物であるということ。事実、カズマは道を通る人々から服をチラチラと見られている。

 

「……うーん。やっぱりこのままじゃ浮いちまうか。早いとここっちの服を手に入れないとだけど、お金がなぁ。当初の計画通り、まずはギルドに行って登録を……おぉ?」

 

 引き籠り生活によってすっかり増えた独り言を呟きながら歩き出した次の瞬間、カズマの頭と胸にジリッとした痛みが走る。

 その痛みが何を意味するのかを瞬時に悟ったカズマは、急いで裏路地に入り込む。

 そこに人は誰も居らず、ホッとしたのもつかの間。立っていられない程の激痛がカズマを襲った。カズマは頭と胸に発生した痛みにたまらず膝を着き、壁や地面に額を押し付けたりなどして悶え苦しむ。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……!! 異世界転生物で時々見るやつぅ……!!」

 

 そう、これは今まで知らなかった知識を大量かつ無理矢理に脳に刻み込まれることによって引き起こされた痛みだ。

 アクア曰く普段は痛みもなく一瞬で終わるとのことなのだが、カズマの場合は特典の『シェルブリット』の分、痛みもあり更に長引いているのだ。

 

「んあ゙~……ようやく収まったか……」

 

 頭と胸を押さえ、苦痛に喘いでいたカズマはフラフラと身体を揺らしながらも立ち上がる。

 

「ん……よし。どうやったら『シェルブリット』を展開出来るのか理解出来てる」

 

 それは理論的と言うより本能的な理解であったが、それで問題無いのだと当の本能が告げている。

 

「とはいえ……ここで使うわけにはいかねーか」

 

 そう。ここはあくまでも街の裏路地。ここで能力を使って下手な物を壊しても不利益を被るだけであり、不審な格好の男が更に不審で危険な格好の男になってはどうしようもない。

 まずは予定通りギルドで冒険者登録をしようと、カズマは裏路地から出るのであった。

 

「すいません、冒険者ギルドってどこにあります?」

「ああ、それなら向こうの通りを────」

 

 人の良さそうな通行人に道を尋ね、ようやく辿り着いた冒険者ギルド。

 ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと中に入る。すると、ちょうど前を通りかかった()()()()()()が、カズマに声を掛ける。

 

「いらっしゃいませー! お食事なら空いているお席へどうぞ! お仕事案内なら奥のカウンターへ!」

「あ、どうも」

 

 予想外の存在に虚を突かれたが、どうやらギルドは酒場も併設されているようで、昼という今の時間帯でも酒を吞んでいる者が複数人居る。カズマは異世界の料理に心惹かれるが、頭を振ってギルドの受付の方へと歩を進める。

 受付には担当者が数人。いずれも女性が担当しているらしく、周囲に居る推定冒険者達は“受付嬢”と呼称していた。それだけならばまだ普通と言えるが、普通ではない箇所が二つ存在する。

 一つの受付には長蛇の列があること。更に一つの受付には受付嬢が居るにも関わらず誰も並んでいない……どころか、半ば存在を無視しているようにも感じられることだ。

 チラリと二つの列の先を見やる。なるほど、片方の受付嬢は長い金髪をポニーテールにした、とても胸の大きいお姉さん。胸の谷間ががっつりと見えるセクシーな服を着た女性が受付をしているのだ。これは男ならば並ばずにはいられないだろう。

 実際、並んでいるのは大半が男性であり、皆お姉さんの胸に目が釘付けだ。

 今度は逆に誰も並んでいない受付嬢を見やる。と、カズマは「あー……」と納得した。それと同時に、こう疑問を持った。「漫画的なお約束が存在する世界なのか?」と。

 二人の担当者を見やり、カズマは少し迷った後、誰も並んでいない受付嬢へと声を掛けた。

 

「あのー、すいません」

ひゃ!? は、ははははははい! な、なん何でしょうか!?

 

 声を掛けられたことによる驚き、慌てふためきながら視線があっちこっちに向き、それがカズマに向いたと思えば歪な声量でどもりながら早口気味に答える……。全てカズマの予想通りだった。

 

「冒険者になりたいんですけど、なにぶん田舎から出てきたばっかりで勝手が分からなくて……」

「は、ははははい。では、わ、私が冒険者につい、ついて、説明、いたし、しますっ」

「よろしくお願いします」

 

 まずその受付嬢は冒険者ギルドについての説明から始め、そこから魔王軍や魔物に続き、アクセルの街が属するベルゼルグ王国の情勢へと移り、続いてここアクセルの街、そして最後に冒険者とはどういう職業なのか、という説明がされる。

 これはカズマが『田舎から出てきた』と言ったからこそ説明が増えている。

 こちらの世界ではカズマが居た世界のようにネットはおろか電話も普及しておらず、手紙によるやり取りが普通だ。それ故地域によっては最新の情報でも数日遅れ、或いはもっと開きがあるということがざらにある。

 『テレポート』という魔法を活用した『テレポート屋』という職業もあるのだが、テレポートは習得が難しい上に転移先も三つまでしか登録出来ない。必然その三つの登録先は何か事情でもない限りは街は都市部といった場所で埋められてしまうだろう。或いは、自分の生まれ故郷などだろうか。

 そういったことを鑑み、受付嬢は一見関係が無さそうなことも含めて説明をしてくれたのだ。こちらの世界のことなどほとんど何も知らないカズマにとって、この説明はありがたかった。

 受付嬢の説明は当初こそ声量がまちまちだったりどもったり早口気味だったりしたのだが、嫌な顔をせず真剣に聞いてくれるカズマを見てか、徐々に落ち着きを取り戻し、最終的にはカズマをして聞きやすく分かりやすいと感心する説明をしてくれた。

 

「えっと……ここまでは大丈夫、でしょうか……?」

「ええ。めちゃくちゃ分かりやすかったですよ()()()さん」

「そ、そうですか……」

 

 褒められるのに慣れていないのか、受付嬢“フレア”は頭から湯気が出そうなほどに顔を赤くし、小さく縮こまってしまう。

 そんなフレアを見たカズマは「可愛い」とほっこりしてしまうのだった。

 受付嬢フレア。彼女は漫画・アニメ的テンプレートの詰め合わせと言っても良いほどにテンプレートな外見をしていた。

 両目を覆い、鼻先に掛かる程に伸びた前髪。サイズは小さいが、分厚く、お洒落さの欠片も無い黒縁の便底眼鏡。髪は腰元まで届くほどに長く、やや大きく緩めのウェーブを描いている。

 身長はそれほど低くはないのだが、猫背気味で丸まっているせいか、実際よりも小さく見える。外見年齢は分かりづらいが、カズマよりやや上の十八歳~二十歳くらいだろうか。

 ギルドの制服の上に大きめのストールを羽織っており、一番人気の受付嬢“ルナ”とは対照的に、胸元を隠している。これらに加えて彼女はあがり症で恥ずかしがり屋であるらしい。

 フレアの姿を見た時、カズマはある種の感動を覚えたほどだ。何故ならこれらの要素は『地味で目立たないけどちゃんとお洒落すれば誰もが羨む美人』のテンプレセット────!!

 実際、時折前髪からちらりと覗く目はやや垂れ目がちだが彼女の持つ小動物的オーラと非常にマッチしており、小さめの鼻や口と相まって可愛らしい容姿をしていると言える。

 どうしてこれで行列が出来ないかカズマは不思議に思ったものだが、あがり症が災いしているのと、最初の感想に帰結するのだろう。漫画的なお約束が存在する世界でありながら、それを余人が理解出来ていない世界なのだと。

 

「ふふ……やはり日本は進んでいる……」

「二ホン……ですか?」

「あ、いえ。こちらの話です」

 

 オタク文化の最前線を行く日本出身であること、フレアの可愛さに自分だけが気付いているという優越感にカズマは浸る。にんまりと笑っているカズマであったが、次のフレアの言葉でその笑みも凍り付いてしまうのだった。

 

「では、冒険者登録をしますので、登録料として千エリスをいただきます」

「……え? 登録料?」

「は、はい。千エリスです」

 

 エリス、とはこの世界を担当している女神の名前であり、その名はお金の単位にも使われている。────当然“円”ではない。

 カズマはくるりと後ろを振り向いて、心の中でアクアに文句を言った。

 

 ────登録料が必要なんて聞いてねーぞアクアァアアァ!! 何で教えてくれねーんだよぉおおおぉ!!

 

「あ、あのー……?」

「はっ!? い、いやぁすいません。けっこう遠くから来たもので、こっちのお金って持ってなくて……!」

「あ、そ、そうだったんですか……?」

 

 咄嗟に苦しい言い訳(紛れもない事実)を口にするカズマに、フレアは納得したかのように頷く。……が、カズマには雰囲気で訝しがられていることが分かった。

 フレアは少し何事かを考えるそぶりを見せると、どこからか大きめの紙を取り出し、カズマの前で広げてみせる。それはアクセルの街の地図だった。

 

「えっと……この赤く丸をしてある所がギルドでして……それで、ここから少し行った、この区画。ここで土木工事をしているんですけれど、どうも今は人手不足に陥っているそうでして……。ですからその、ここでならすぐにその、日雇いでお金を稼げると思います」

「ま、マジですか!?」

「は、はい。確実、とは言えませんが……それに、あの、日雇いですから少額でしょうし……」

「いやいやそんな! 本当に助かりますフレアさん!」

「は、はい……」

 

 頭を下げつつ礼を言うカズマにフレアは少々委縮気味だ。もしかすれば、礼すらも言われ慣れていないのだろう。

 

「それじゃ、何とかお金を作ってきます!」

「あ、は、はいっ。お気を付けてっ」

「ありがとうございます!」

 

 そうしてカズマは元気よくギルドを飛び出し、フレアに教えてもらった作業場所を目指して走り出す。

 フレアはそんなカズマを見送り、胸の前で小さく手を振った。今まで何人かの冒険者を送り出したことがあるフレアであるが、こうした送り方をしたのは初めてだった。

 そして、その顔に小さな笑顔が咲いているのも、受付を担当してからは初めてのことであった────。

 

 

 

「────というわけで、ここで働かせて下さい!」

「よし分かった! とりあえず日雇いでいいんだな!」

 

 ────凄い疾走感だ。

 カズマはギルドを飛び出してからノンストップで走り続け、現場の責任者と思われる人物に直接雇ってほしいと頭を下げた。

 ちょうど人手不足に悩んでいた責任者────親方はこれ幸いとカズマを即採用する。これも街の色々な事情に詳しいフレアのお陰と、カズマは心の中でフレアに感謝を送る。

 

「そうだな……カズマには瓦礫や廃材の撤去をしてもらおうか。あー……おーいゴンズ! ちょっと来てくれ!」

「うーっす!」

 

 親方はカズマの身体をちらりと見やると、現在行っている作業に直接関わらない作業を指示する。カズマは見るからに筋肉質ではないし、土木作業にも慣れていないだろうことが分かる。故に親方は比較的安全な撤去作業をするように指示を出したのである。

 親方に呼ばれた筋骨隆々で坊主頭に入れ墨を入れた男、ゴンズも親方から指示の内容を聞き、一つ頷いた。

 

「よし坊主! 俺はゴンズだ、よろしくな!」

「はい、カズマです! よろしくお願いします!」

「いい返事だ。じゃあついてこい」

 

 ゴンズはカズマをある一画に案内する。そこには小高い山のようにも見えるほど、正に山積みになった瓦礫や廃材などが放置されていた。

 

「お前にしてもらうのは、これを木製の廃材と岩やらの瓦礫を選り分けてそれぞれの廃棄場に運搬することだ。俺らも作業の始めはちゃんと分けて廃棄してたんだが、色々と事故が重なって人手が一気に減ってなぁ……それでこんなに溜め込んじまって。ちなみに瓦礫があっちの奥、廃材は反対側の……あそこに持って行ってくれ」

「わ、分かりました」

 

 廃棄物のあまりの多さに圧倒されそうになるカズマの背中を、ゴンズが叩く。気合を入れてくれたのだ。

 

「ヘルメットと軍手はこれだ。運搬にはこの猫車とかワゴンを使ってくれ」

「う、うっす! 分かりました! ……しかし、すげえなコレ────ん?」

 

 ちょっと早まったかな、と後悔をしたカズマであったが、ここで逃げ出してはお金を稼げないし、何より格好悪い。せめてまたフレアに会った時にちょっとは格好付けたいと見栄が勝ったカズマは、試しに己の目の前の膝元以上はあろうかという大きな岩に触れてみる。────そしてカズマは直感した。

 

「お、おお……! マジかこれ……!!」

「あん? どうしたカズ────マアアアアアァァッ!?」

 

 ゴンズは廃棄物の山を見て、自分でも溜め込み過ぎだなと黄昏ていたのだが、何やら驚愕したようなカズマの声に視線をやると……。

 

「おまっ!? カズ、ちょっ……はあぁっ!? うっそだろお前!!?」

 

 カズマが、直径五十センチメートル程の重さ百キロ以上はありそうな岩を軽々と持ち上げているではないか!!

 

「いやこれ……マジっすかゴンズさん」

「俺が聞きてぇんだけどぉ!?」

 

 とりあえずいつまでも持ち上げていても仕方がないので、カズマは岩をワゴンに乗せる。特別頑丈に作られているワゴンはその岩が乗ってもびくともしない。

 

「す、すげぇんだなお前……」

「いや、何つーか……俺も驚いてます……」

「何でお前が驚いて……いや、まあいい。とにかく、見た目よりずっとパワーがあるってのは朗報だ。だけどな、あんま調子に乗んなよ?」

「む……」

「それだけ力がありゃ作業はスムーズに進むだろうが、決して油断はすんじゃねーぞ。こういった作業は常に大怪我……いや、死ぬ危険性だって纏わりついてんだ。だから急がなくてもいいから、安全を十分に確かめながら続けるんだ。無理も無茶もしなくていいんだからな」

「めっちゃ良い人!!」

 

 チンピラみたいに絡んでくるんだろうなって思ってごめんなさい! とカズマはゴンズに謝罪した。

 

「はっはっは! まあ俺ぁ見た目が見た目だからな! とりあえず俺は報告がてら親方んとこに行ってるから、何かあれば呼んでくれ。本当は監督しとくべきなんだが、どうにも人手がなぁ……」

「はい、色々ありがとうございます」

「んじゃ、頼んだぞ」

 

 ゴンズはカズマの肩を叩き、親方の元へと戻っていった。カズマはその背を見送ると、気合を入れて作業を開始する。

 

「本当ならこういった細かいのを処理させるつもりだったんだろーな」

 

 カズマは拳大の石を猫車に入れ、苦笑する。しかし、『シェルブリット』を扱う為に身体能力が上がるとアクアから聞いていたカズマであったが、これほどまでに筋力が上昇するとは考えていなかった。

 

「これなら冒険者として活躍出来るかもな……!」

 

 カズマは薔薇色の未来を想像しつつ、ゴンズに言われた通りに油断せず、急がず、しかし手早く丁寧に廃棄物を選り分けていく。ある程度選り分けられたらそれぞれの廃棄場所へと持っていく。それを繰り返し、途中で様子を見に来た親方の度肝を抜いたりしつつ、数時間の後────。

 

「いやー、今日は助かったぜカズマ! まさか今日だけで、しかも一人であのゴミ山の十分の一くらいを片しちまうんだからよ!」

「本当にな。大半は細かい物だったとはいえ、とんでもねえ話だ。こりゃあ日当弾まねーとバチが当たっちまうぜ」

 

 バシバシとカズマの肩を叩くゴンズの言に、親方も深く頷く。どうやらゴミの廃棄処理について街の組合や貴族などと色々な取り決めがされていたらしく、あのまま溜めたままにしておくと、ちょっとした問題が発生していたかもしれないのだ。

 

「んで、だ。カズマは冒険者になるって話だけどよ……時々でいいからこっちも手伝ってくんねーか?」

「ああ、俺からも頼むぜ。暇な時だけでもいいし、給金も弾むからよ」

「う、うーん……」

 

 確かに底上げされた腕力のお陰で作業はスムーズに進んだし、今回は危険なこともなかった。しかしカズマとしては冒険の方に集中したい訳で……。

 

「……いや、分かりました。時々でもいいならまたお願いします」

「おっ! 話が分かるぜカズマ!」

 

 カズマは作業を手伝うことを選んだ。冒険者になったとしても、自分がこなせるような依頼がいつもあるとは限らないし、またゲームではこういった序盤でのお使い的な仕事をこなしていると、後々良いアイテムや情報が手に入ったりするからだ。

 それでなくとも人の繋がりは大事な物。今日はいきなりやって来た自分を助けてくれたのだから、今度は自分が助けられることで助けよう、などと。カズマは頭の片隅に思いつつ。

 

「よし、それじゃこいつが今日の日当だ。ちゃんと色付けといたからよ、今度も頼むぜ」

「え、ちょっ、こんなにいいんすか!?」

 

 カズマに渡された小さな袋にはエリス金貨がぎっしり、しめて三万エリスだ。

 いくら土木作業とは言え、日雇いで廃棄物の選別と運搬だけでこの額はあまりに破格と言えよう。何せ通常の作業ですら相場は一万エリス~一万五千エリスほどである。

 

「いいんだよ。実際そんだけ助かったわけだし、今後の期待も含めての額だ。それに、ウチはバックにお貴族様が付いてるからな。金払いはいいのさ」

「へへっ、今日の出会いに感謝ってな」

「お、おおぉ……」

 

 手に持った袋は小さく、だが重い。思い返せば、人から直接声を掛けられ、感謝され、喜ばれるなど今までどれだけあっただろうか。ハマっていたネットゲームでのやり取りと比べてみても、どこか違う。

 画面の向こうとの会話。データでの報酬のやり取り。そういった物でも確かにカズマの心に得られた物はあり、カズマの成長に繋がった物もある。

 では、今のカズマの心に満ちていく、溢れ出しそうな充足感、満足感、泣き出してしまいそうなほどの感動は何なのであろうか。

 直接金銭を受け取ったことによるもの? いくら何でも自分はそこまで即物的な人間ではないんじゃないかなぁとカズマは思う。多分きっと。

 少し自分を信じ切れないカズマであったが、彼の根底にあったのは“孤独感”だ。

 幼馴染みのこと、引き籠ってしまったこと、ネットゲームに傾倒したこと。そんな状態でも人との繋がりが絶たれることはない。カズマの場合は家族やネット上での友人等がそうだ。しかし、誰かと直接顔を合わせ、会話をし、触れ合う。そういったことを家族以外とはほとんどしなくなっていた。

 カズマは他人とのコミュニケーションが苦手ではない。むしろ積極的に他人との関りを苦にしないタイプだ。だからこそネットゲーム内においてカズマは多くのネットゲーマーから慕われていたのだ。

 だが、やはり他人と直接のやり取りによって発生する、温もり、というものだろうか。カズマはそういった物に飢えていたのだ。

 そうしたカズマの心情もあり、手の中の袋の重さを、実際よりもずっと重く感じている。それは、カズマに齎された感動の重さなのだ。

 

「……あ、ありがとうございます」

「おう! また今度もよろしくな! 冒険者の方も頑張れよ!」

 

 親方とゴンズと。二人に笑顔で激励されたカズマは。

 

「────はい! ありがとうございます!」

 

 ────こちらもまた、笑顔で応えるのだった。

 

 

 

「さて。お金(エリス)も手に入ったし、早速ギルドへ! ────と、行きたいところなんだが」

 

 カズマは手に入れた三万エリスを掲げ、意気揚々と走り……だそうとして、ピタリと止まる。そしてジャージの胸元を開けて匂いを嗅ぎ、顔を顰める。

 

「んー、やっぱ大分汗臭いよな……。腕力が上がったっつってもそれで疲れないって訳じゃないし……」

 

 袖の匂いも嗅ぎ、やはり汗臭いのを確認したカズマはさてどうするかと頭を悩ませる。

 作業中に聞いた話だが、街の中に公衆浴場があるとのことで、体臭は何とかなるだろうが、服の汚れや匂いはどうにもならない。風呂に入って身体はスッキリしても、臭くて汚れた服にまた袖を通すのは流石のカズマも遠慮したい。

 

「いっそのこと服もどっかで洗えるかな? いやでも時間がなぁ……」

「おや? お困りかな、お兄さん?」

「ん?」

 

 そんなカズマに声を掛ける少女が居た。外見の年齢はカズマと同年代くらいだろうか、少し背の低いいかにも町娘といった風情の少女。目立つ容姿の持ち主ではないが、フレアとはまた違った意味で地味な可愛らしさを持っている。

 

「くんくん。見た感じ、土木作業の帰りかな? それで誰かと会う約束をしてるけど、仕事終わりだから匂いが気になってる感じかな? くんくん」

「あ、ああ。まあ、似たようなもんかな」

「くんくん。やっぱりね、思った通りだった。くんくん。うん、これは……人に会うのは止した方がいいね。くんくん。うん、かなり汗臭いよ。くんくん……はあ、くっさ……スゥー……ハァー……はあぁ……♡ くっっっさぁ……♡」

「……」

 

 カズマはかなりの恐怖を感じていた。そして内心で反省をしていた。臭い臭いと言いながら匂いを嗅ぎまくり、若干頬を赤らめて口端からよだれを垂らしてハアハア言い出す少女の姿は異様そのものである。

 自分は匂いフェチなのかも、と薄く自覚はしていたが、もしかしたらこんな恐怖を周囲にバラ撒いていたのだろうか? カズマはそう考えずにはいられなかった。いや、ここまで露骨な様は見せていないとは思うが。

 

「……で、一体何の用だよ?」

「おっと、これは失礼。ついつい可愛い少年の青臭い汗の匂いに夢中になって……。こほん。私はね、“洗浄(クリーニング)屋”をしているんだ」

「クリーニング……ってことは、服を洗ってくれるとか?」

「お? もしかして私のこと知ってる? いつの間にか有名人になってたかな?」

「まあ、アンタは色んな意味で有名だろうけど……残念ながら俺はアンタのことは知らなかったよ。単純に故郷にクリーニング屋があっただけだ」

「何だそうか……。まあ、知ってるのなら話は早いね。でも、私をそんじょそこらの家事手伝いだと思わない方がいいよ~?」

 

 洗浄(クリーニング)屋を名乗る少女は得意気に胸を張る。いきなり匂いを嗅いで興奮したりソワソワしたり落ち込んだりと忙しいことだ。

 彼女は両手を「わー」っと上げて改めて名乗った。

 

「私はティファ。魔法使いの洗浄屋さんなのさ!」

「魔法使いの……?」

 

 洗浄屋の少女、ティファはカズマの顔を見やる。この話をした後、大抵の人間は「魔法をこんなことに使うなんて」と言う。「魔法使い(ウィザード)ならモンスターを倒せ」と言われたこともある。

 だが、彼女はそれが出来ない。ティファの知力も魔力もウィザードのギリギリ最低ラインであり、その他は平均以下。パーティに所属してもすぐに追い出され、レベルも低く、モンスターの討伐数は冒険者登録をして三年は経つというのに片手で足りる。

 何より問題なのがティファの性質であり、彼女はまるで戦いに向いた性格をしていなかった。

 モンスターと対峙してもただ立ち尽くすばかり。唯一覚えている攻撃的な水の中級魔法も怯えによって詠唱が出来ず。

 端的に言えば、ティファは冒険者を諦めた人間だった。

 その後ティファは自らの覚えている魔法を駆使して洗浄屋を始め、細々ながらも何とか生活が出来ているのだが、世間の目は中々に厳しい。

 では、カズマの目はどうかと言うと。

 

「なるほど。つまり魔法を使って服を綺麗にするのか。掛かる時間はどんなもんなんだ? 魔法を使うってんだから普通よりは早く終わると思うんだけど」

「おやぁ?」

 

 ティファが想定していたものとは違い、どこか感心したような光をその目に輝かせていた。

 

「どうしたんだ? もしかして何時間も掛かるのか?」

「い、いやいや。そんなに掛からないとも。乾燥まで入れても大体五分~十分くらいかな?」

「え、そんな早えの? すげえじゃん!」

「あ……」

 

 ただ純粋にそう称賛した。ティファが魔法に関してそのような言葉を受けたのは、果たしてどのくらいぶりだろうか。カズマの様子に嘘は見られない。ティファの胸に、久方ぶりに温かい何かが宿る。

 

「……? どうしたんだよ?」

「ああ、何でもない。何でもないよ。……それより、服だけじゃなく、髪や身体も洗っちゃうかい? 少し割高にはなるけどね」

「服だけじゃなく全身いけるのか……ちなみにおいくら万円(エリス)?」

「……千五百エリスです」

「ああ、なるほど」

 

 カズマは納得した。土木作業の日当の相場が訳一万エリスであることを考えると、確かに高く感じる。しかし、他の物と比べてみるとどうだろう。公衆浴場は一人五百エリス。冒険者登録が千エリス。道に並ぶ飲食店のランチorディナーが安いところで八百エリス~千五百エリス。高いところで二千五百エリス~四千エリス。それ以上の高額店もあった。

 それらを鑑み、カズマは結構安いんじゃないか、と結論付けた。カズマにそう思わせたのは所要時間だ。

 現在の時刻は日も沈みかけた十八時頃。これから公衆浴場に行って、よしんば服も洗えたとして、感想までに掛かる時間はどのくらいだろうか。乾燥機がないだろうこの世界では少なくとも一時間以上は掛かる。もしかしたらフレアという可愛い系美人にまた会えるかも知れないというのに、それだけの時間を掛けたくはなかった。それを考えれば速攻で済み、更に風呂とクリーニングの料金合わせて千五百エリスならば非常に良心的だ。

 そして何より魔法が見たい。ファンタジーとは一切無縁の世界出身のカズマは魔法に対して並々ならぬ興味があった。

 

「分かった。払うからやってくれ」

「え、いいの? いやぁ、助かるよ。くんくん。この匂いを落とすのはもったいないけど、生活には代えられないからね。くんくんくん……はあぁ……くっさい……♡」

「公衆浴場って向こうだっけ?」

「わあああああごめんなさい! 真面目に仕事しますーっ!!」

 

 で。

 

「さて、用意するのは三つの盥と、それぞれに張った人肌より少しだけ温かいお湯。そしてこのアクシズ教被害者から無料で譲ってもらった特性の液体石鹼」

「今不穏なワードがあったんだが?」

「この液体石鹸を真ん中のお湯に入れて混ぜる。この石鹼は髪・顔・身体、そして衣服も洗える万能選手なんだ」

「地味に革命的だな……」

「彼らもこういうところは素直に凄いんだけどね……。そんじゃ早速始めようか。服は着たままでいいから、貴重品だけこの袋に入れてね」

「んー」

 

 カズマは手渡された袋に金貨が入った袋と自分の財布を入れる。

 

「よし、行くよ! 目を閉じて口を塞いでてね!」

 

 ティファがそう告げると、一つ目の盥からお湯が飛び出し、渦を巻いてカズマの身体に踊りかかる。

 

「うおおおおっ!?」

 

 全身に掛かるやや強めの水圧。かつて銭湯で体験したジャグジー風呂をカズマは連想した。

 

「よしよし、ちゃんと全身濡れ濡れだ。次はこれだね」

 

 次にお湯が飛び出したのは真ん中の盥。液体石鹸を入れたお湯がカズマの全身を洗ってゆく。

 

「……洗車ってこんな気分なのかな」

 

 今度はガソリンスタンドでの洗車シーンを思い出すカズマ。

 

「うん、全身ヌルヌルだ。じゃ、次で最後だよ」

 

 そして三つ目の盥のお湯で一回目のようにお湯が全身をすすぎ、石鹸のヌルヌルを汚れと一緒にきれいさっぱりと洗い流す。

 

「ふぅー……よし、それじゃあ乾かすよ。『ティンダー』、『ウインドカーテン』……!」

「おお……!」

 

 ティファの左手に炎が宿り、右手から発生した風が熱を巻き込み、カズマを包む。

 

「これは……ドライヤーみたいだな! シャンプー後の犬や猫ってこんな感覚なのかな!?」

 

 ジャグジー、洗車と来て今度はペット気分を味わうカズマ。その声音は初めて見て体験した魔法のせいか、かなり弾んでいる。

 そんな楽しそうにはしゃぐカズマを見て、ティファはどうしてか目じりに涙が溜まっていく。その胸には、喜びと、感謝の念が込み上げているだけだというのに。

 

「────あっはは」

 

 その理由をティファは────今は、分からなくても良いと思った。

 

 

 

「……はい、おしまい。どうだったかな、乾燥の感想は?」

「今ので冷めました」

「ええ!?」

「……乾燥が終わったので」

「あ、なるほど。勉強になる……」

「まあ、バカな話は置いといて。いや、すげーよ! 全身ピカピカになってべた付きとかの不快感も全然ないし、何か洗われる感覚も面白かったし最後の熱風も癖になりそうっつーか……!」

「ふへへ、そっか……そっかぁ」

「……?」

 

 興奮気味に捲し立てるカズマの言を聞き、ティファはふにゃりと緩んだ笑みを浮かべる。その笑顔を見たカズマは、どこか泣きそうに見えるその表情に首を傾げた。

 

「……とりあえず支払いをしておこうか。今エリス金貨しかないから……えーと、一枚五百エリスだよな? はい、千五百エリス」

「はい、どーも。……お兄さんってもしかして外国の人だったのかい? 銅貨一枚十エリス、銀貨一枚百エリス、そして金貨で五百エリスだね。紙幣もあるけど……私はまだ見たこともないなぁ」

「いや、田舎出身で冒険者になる為にここまで来たんだけど、どうも俺の田舎で使われてたお金がこっちでは使えなくてさ」

「あー、たまに聞くねぇ、そういう話。だから土木作業かぁ」

 

 貨幣価値が曖昧だったカズマの言に、ティファは外国人であるのだと思い、硬貨それぞれの説明をしてくれた。異国の人どころか異世界の人だと言ったらどんな反応をするのかカズマは少しだけ気になったが、言ってみても信じてもらえる訳もなく。フレアにしたのと同じ言い訳(事実)を口にするに止めた。

 

「それにしても冒険者か……」

「……?」

 

 冒険者、と口にするティファの顔には、どこか苦い物が宿る。

 

「この街のギルドの受付さんは美人揃いで有名だからね。あそこに行く前に汗の匂いを落とすのは正解だと思うよ」

 

 そう言ってティファは顔をカズマの胸に近付け。

 

「くんくん……うん、汗の匂いは綺麗に落ちてるね。くんくん……うん、石鹸の良い香り……くんくん……はぁ……ちぇっ」

「残念がるのやめてくんねーかな?」

 

 洗浄屋としてあるまじき態度である。

 

「ギルドは夜遅くまでやってるけどもう行くの?」

「ああ、なるべく早く登録を済ませたくてさ。何というかこう……やる気が溢れているというか……」

「うん。そんな感じみたいだね」

 

 今にも駆け出しそうなくらいにうずうずそわそわしているカズマに、ティファは苦笑を浮かべる。

 かつての自分を思い出しティファの胸は少し痛んだが、それも一瞬。湿っぽい気分は軽口で吹き飛ばすのがティファだ。

 

「そんなにウキウキして、よっぽど担当してくれた受付さんが美人だったのかな? ルナさんとか美人で胸もおっきくて凄いよね」

「あー、金髪のお姉さんな。あの人の前に長蛇の列が出来てて驚いた。まあ、俺を担当してくれた人はフレアさんって人だけど」

「フレア……? そんな人居たかな?」

 

 カズマから名前を聞いても思い出せない。ギルドにはしばらく顔を出していないし、新人かと思うティファであったのだが。

 

「知らないか? 目が前髪で隠れてて、黒いロングヘアーでストールを羽織ってる人」

「んー……あ、あー! 居た居た。あのすっごい地味な人だ!」

「やっぱそういう認識なのか」

 

 そういえば見たことある! とティファはポンと手を打つ。確か当時は受付嬢ではなかったはずだが、長年勤めれば所属部署が変わるだろうと心の中で結論付ける。

 

「へー、お兄さんってああいう人がタイプなんだ?」

「俺は美人で可愛ければ誰でもウェルカムだけど?」

「お、女の敵……!」

 

 口ではそう言いつつも、ティファの顔は笑っている。カズマと話しているのが楽しい。ついつい引き留めて話を続けたくなってしまう。だがそれはカズマには迷惑だろう。もともとカズマは時間を気にしていた。よほど冒険者になりたいのだろう。或いは、それほどまでにフレアという女性に会いたいのか。

 

「……むぅ」

 

 何となく、ティファは負けたような気分になる。

 

「……暗くなってきちゃったね。ごめんね、長々と話して引き留めちゃって」

「へ? あ、マジだ。けっこう暗い」

 

 ティファに指摘され、カズマは初めてアクセルの街が夜に沈みかけていることに気が付いた。時間の流れとは早い物である。

 

「話に夢中になってて全然気付かなかったな。会話でこんな盛り上がったのってどんぐらいぶりだ……?」

「……ふへへ」

 

 特に、楽しい時間ほど早く流れる物なのだ。

 ティファはカズマの独り言を聞き、一瞬呆けた後、また笑みを浮かべた。

 

「ほらほら、急がないとお目当ての受付さんが帰っちゃってるんじゃないかい? まあ、私が知ってる情報だと受付は朝から夜遅くまでずっと同じ人が対応してるっぽいけど」

「ギルドの就業時間はどうなってんだよ……。それはともかく、クリーニングありがとな。また寄らせてもらうから」

 

 先程までとは正反対に気分が良くなったティファは上機嫌でカズマをギルドへ送り出す。

 

「うん。その時はもう少し時間を掛けてお兄さんの汗の匂いを堪能させてもらうよ」

「おう。俺は公衆浴場に通うことにするわ」

「わああああ! 待って待って! 冗談だから! 多分恐らくきっとそういうことはしないはずだと思うから!」

「そこはちゃんと断言しろよ!?」

 

 カズマに情けなく縋り付くティファの姿もあったりしたが、両者は笑顔で別れることが出来た。一人は苦笑いで、もう一人は媚びた笑顔であったが。

 

「……ふぅ」

 

 ティファはカズマが去ってからしばらくその背を眺め、やがて見えなくなるとようやく一息吐いた。胸に宿るのは、今にも溢れ出しそうな満足感と充足感。カズマも似たことを言っていたが、あれほど誰かと話すのが楽しかったのはいつぶりだろうか。

 昂った感情を足の軽さへと変え、ティファは自宅への帰途に就く。

 ティファは若くして両親を亡くし、天涯孤独の身となった。他に頼れる親戚も居なかった為、冒険者となって生計を立てようとしたのだがそれも叶わず。

 こうした軽い足取りも何年かぶりだ。

 ティファの口元には笑みが浮かび、頬には赤みが差している。

 

「カズマさん……か」

 

 別れの際、二人は改めて名を交わしていた。

 

『俺は“サトウカズマ”。まあ、カズマって呼んでくれ』

『あ、はい。私はティファです』

『じゃ、俺はギルドに行くから。またなー、ティファ! 性癖はもうちょっと隠した方がいいと思うぞ!』

「あ、はい。コンゴトモヨロシク……』

 

 今にして思えばもっと愛想良く出来なかったのかと思わないでもないが、その時のティファにはそのような余裕はなかった。

 

「……名前で呼ばれちゃったなぁ」

 

 歳が近くて、会話が楽しくて、良い匂い(意味深)のする男の子と名前を呼び合う関係になった。(個人事業主と顧客の関係)

 少々ツッコミ所はあるかもしれないが、それだけティファにとってカズマという少年は印象に残った存在であるということだ。

 

「……ふぅ。────っ」

 

 ティファは一つ息を吐き、鼻で大きく息を吸う。

 

「……はぁ。カズマさん────くっさぁ……♡」

 

 そうして記憶の中と鼻腔の奥に微かに残留していたカズマの汗の匂いを堪能し、ティファはだらしのない笑みを浮かべ、周囲に恐怖を振り撒きながら帰るのであった。

 

 

 

 ティファと話し込んでいた土木工事現場の近くからギルドまで、またもノンストップで走り続けたカズマ。逸る気持ちを抑えきれず、気付いた時には既に走り出していたのだ。せっかく魔法で綺麗にしたというのに迂闊なことであるが、カズマは息一つ乱さず、汗一つ掻いていない。

 土木作業のように日中で動き続ければそれなりに疲労するが、今のカズマは少し走った程度では苦にもならない。特典による身体能力の向上を喜ぶべきか恐れるべきか。

 

「普通に学校に通ってた時にこんだけ動けてたら、みんなにチヤホヤされて、女子にもモテたかなー。惜しいなぁ」

 

 引き籠る切っ掛けを思い出し、少し苦い顔をした後、カズマは頬を緩める。

 

「ま、冒険者として活躍したらみんなにチヤホヤされて女の子にもモテるだろ! そんだけのスペックはありそうだし、アクアには一応感謝しておいてやるか」

 

 カズマの脳裏にアクアの憎たらしくも綺麗な顔が浮かぶ。その浮かんだイメージを手で払いのけると、カズマは意気揚々とギルドの中へ入る。

 目指すはギルドの受付。出来れば自分を送り出してくれたフレアにまた担当してもらいたい。そんな淡い期待を胸にカズマが受付を見やれば。

 

「……昼間と変わんねえな」

 

 長蛇の列のルナの前。誰一人として居ないフレアの前。変わらぬ景色がそこにはあった。

 

「……フレアさん」

はひゃいっ!? 、ななな何でしょうか……カズ、カズマさんっ!?

「はいカズマです」

 

 とりあえずカズマが声を掛けてみると、フレアは椅子ごと二十センチメートルは跳び上がって応え、そして声の主がカズマだと気付き、慌てて佇まいを直す。

 カズマはフレアの様子に苦笑を浮かべるが、それもニンマリとした笑みに変わり、金貨が詰まった袋を掲げて見せる。

 

「お金出来ました。これもフレアさんが紹介してくれたお陰です!」

「い、いえいえいえいえいえ! わ、わたたしなんて、そんな……! あまりにも恐れ多いでございますですよのことでありますたい……!?」

「語尾がえらいことになった」

 

 やはり感謝されることに慣れていないのか、前髪で隠れていても分かる程に顔真っ赤にし、手をブンブンと振ってよく分からないことをフレアは言う。

 なお、その時のフレアの手はまるで何本にも分裂して見えるほどの速さで振られており、「実はえげつない身体能力を持ってんのかこの人?」とカズマに疑問を与えた。

 

「それじゃ、改めて登録お願いしまーす!」

「は、はいっ。それではこちらに必要事項を記入して下さい……っ」

 

 カズマは差し出された用紙を受け取り、昼間に説明されていたこともあってか、さらさらさらりと項目を埋めていく。転生の補填によって異世界の文字で書かれたそれは、意外と綺麗な文字で────あるかどうかの判断はまだつかないが、それでも読むことは可能であろう。

 

「出来ました」

「はい。あ、ありがとうございます」

 

 全て記入し終えた用紙をフレアが受け取ると、今度は横長の板……カズマ念願の冒険者カードと、台座に乗った水晶玉を取り出した。

 

「で、では、この水晶玉に手を翳してください。そうすればカズマさんのステータスが下のカードに浮かび上がってきます……っ」

「よ、よーし……!」

 

 ごくりと生唾を飲み込み、カズマは水晶玉に手を翳す。これの結果如何によってカズマの冒険者生活は変わってくる。

 

 ────大丈夫だ。腕力も体力も上がってる。何なら俺は昔っからめちゃくちゃ運は良かったし……! あれ、幸運ならそもそもあんな死に方しないんじゃ……? もしかして今までのツケが回って来たとか!? い、いや違う! 俺は幸運だ! 誰が何と言おうと幸運なんだ! 信じてますからね、多分どっかに居るだろう幸運の神様……!!

 

「今私のこと呼んだ?」

「うおっ!? 誰!?」

「あれ、勘違いだったかな? ごめんね、邪魔しちゃって」

「い、いや、大丈夫」

 

 何やら自分が呼ばれたと勘違いした銀髪ショートヘアで露出度の高い服装をした美少女が、ジョッキを片手にカズマに声を掛けてきたが、それが気のせいと分かると申し訳なさそうに笑って離れていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、不思議な事もあるものだ。酒を呑んでいたようなので、酔っ払い故の行動かも知れない。

 

「……あ、これ……っ。す、凄いですっ、凄いですよカズマさんっ!」

「え、な、何がですか!?」

 

 銀髪の美少女(露出・強)に気を取られていたカズマは、フレアの興奮したような声に驚き、跳び上がる。

 

「か、カズマさんのステータスなんですが、筋力と生命力が凄く高いです! 次いで知力も高くて……っ。あ、幸運値がずば抜けて高いですねっ! 羨ましいです……っ! スキルポイントも多くて……! これならスキルもいきなり多く取れるかもです……! 魔力はかなり低いですが、これなら最初から前衛系の上級職にもなれますよ!」

「え、ま、マジですか!?」

 

 凄い凄いと我が事のように喜び、褒めるフレアに聞かされた高ステータスにカズマのテンションが上がる。フレアの声量は小さいとはいえ、()()フレアが同僚以外と話しているところを見たことの無い他の冒険者達や、これ程までに多弁になるフレアを見たことの無い同僚達からの視線が集中していることもあり、カズマは有頂天になりそうだ。

 

「……え? あ、あれ……これって……」

 

 と、そこにフレアが戸惑ったような声を出す。

 

「……? どうかしました?」

 

 フレアは呆然とカズマの冒険者カードを手に取り、一点を凝視する。

 

「あの、フレアさん?」

──うそ──でも──めが──クアの──なら──やっぱり──

 

 呟く声は小さく、そのほとんどが聞き取れない。フレアの異様な雰囲気に誰も言葉を発せず、カズマも冒険者カードを取られたことで先程まで水晶に翳していた右手が所在なさげに宙を行ったり来たり。

 

「────え、ふ、フレアさん……っ!?」

 

 そのカズマの手を、フレアは両手で握り締めた。それは、まるで神に祈りを捧げる姿に似ている。

 いきなりのフレアの行動にギルド──特に同僚の受付嬢達──がどよめく。

 フレアの手は震えている。────熱い。何らかの理由によって先の時よりも更に興奮しているようだ。熱に中てられたのか、ずれてしまった眼鏡を直そうともしない。

 前髪からちらりと覗く、上目遣いの瞳。女性との交際経験のないカズマにはこれから何をどうすればいいのかまるで分からない。

 

 ────何だ!? モテ期!? モテ期が来たのか!? こんな急に!? 何で!? ステータスか!? ステータスが高かったからか!? やったぜヒャッホウ! 異世界転生はやっぱこうじゃないとな! ありがとう異世界! ありがとうアクア! ありがとう多分どこかで俺を見守ってくれている幸運の神様!!

 

「……わ、私……カズマさんと会って、考えていたことがあるんです……」

「な、何でしょう……?」

 

 カズマの胸がドキドキと高鳴る。頭の中でバカなことを叫びながら、そんな素振りは一切見せない。むしろ見せられない。ヘタレという訳ではない。

 

「か、カズマさんは……カズマさんは、やっぱり……」

「……っ」

 

 フレアの口が震える。()()を口にするべきか否か、迷っている。しかし、フレアは一つ深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。

 

「カズマさんは、もしかして、ゆう────」

「ねぇー、さっき私のこと呼んだよねぇ?」

 

 そこに、またも銀髪露出強美少女が割り込んできた。

 

「うおぉ、またかよ!? さっきも今も呼んでねえから!!」

「ぁっ……」

 

 横合いから声を掛けてきた銀髪美少女に驚いたカズマは二歩~三歩程後退ってしまい、フレアと繋がっていた手が離れてしまう。

 

「えぇ~? 呼んでない? あれー? おっかしーなぁ、確かに聞こえたんだけどなぁ……。幻聴かな? んー……まあいっかぁ! すいませーん! シュワシュワおかわりー!」

「は、はーい!」

「何だアイツ……」

 

 ぶつぶつと何事かを呟きながら席へと戻っていく銀髪美少女を見送り、カズマはそっとフレアに視線を戻す。そこには先程までの自分が何をしていたのか客観視してしまったのか、真っ赤に染まった顔を両手で隠し、縮こまるフレアの姿があった。

 

「あ……」

 

 何とも言えない空気が漂う。周りからは「シラケちまったな」「空気読めよなアイツ」「酔っ払いに何言っても無駄だろ」と、先程の展開への文句が囁かれている。カズマもそれには大いに賛成だ。

 

「……フレアさん」

はいぃ……

 

 返ってくる声はとても小さい。しかし、カズマは心を鬼にしてこう尋ねる。

 

「さっき何を言おうとしたのか教えて下さい」

……今は勘弁してくださいぃ~

 

 とっても恥ずかしがるフレアの姿を見て、カズマは満ち足りた笑みを浮かべるのであった────。

 

 

 

 

「────で、俺がどの職に就くか何ですけど」

「は、はぃ……」

 

 あれから約十分後、フレアは意外と早く復活した。最悪手続きは明日まで持ち越しかと危惧していたカズマであったが、その不安は解消された。そんなことを気にするなら最初からフレアを追い詰めるなという意見には聞こえない振りをする。

 

「えっと、俺って基本は高ステータスだけど魔力が低い……んですよね?」

「はい。え、えっと、い、一般人よりは、高いってぐらい、です」

「……なるほど」

 

 嫌な予感がカズマの頭を過ぎる。せっかくの異世界転生! せっかくの剣と魔法のファンタジー!! ならば魔法を使える職に就きたいと思うのが人情であろう。

 

「ちなみにこの魔力値でもなれる魔法使い系の職業は……?」

「……えっと、あ、あの、その……」

「……ないんですね」

「……はい」

 

 カズマは天を仰いだ。そうしなければ涙が零れそうだったから。

 

「……あ、あの……そんなに、魔法を使いたかったんですか……?」

「はい……」

 

 異世界に転生し、ティファの魔法を見て、カズマは自分もあんな風に魔法を使いたいと思った。それでこの結果である。

 カズマはそれはもう落ち込んだ。具体的に言えば自分の死因を知った時と同じくらい落ち込んだ。……嘘だ。流石にそこまでは落ち込んでない。

 

「……」

 

 フレアはカズマの様子を見て真剣に考え込んでいる。心の底から落ち込んでいるカズマの為に、何か打開策を探しているのだ。

 そして、一つの答えを導き出す。

 

「……その、あまりお勧め出来ませんが、ひ、一つだけカズマさんの魔力値でも、ま、魔法が使えるようになる職業があります」

「えっ!? ほ、本当ですか!? それは一体……!?」

 

 ガバリと身を起こしたカズマに、フレアは実に言いにくそうに告げる。

 

()()()()()()()()()である────“冒険者”です」

「“冒険者”……」

 

 冒険者とは────。

 冒険者達の初期職業であり、教えてもらえれば他の職業のスキルすらも全て習得することが出来るという、そこだけを聞けばとんでもない職業であるのだが、その分要求されるスキルポイントが多く、当然スキルの効果も本職の劣化版でしかない。器用貧乏に陥りやすい、何とも()()()()()()()であるというのだ。

 

「……なるほど。確かにそれなら俺の魔力値でも魔法は使えるようになるのか……」

「はい。でも、その、元々の魔力が少ないので、レベルが低い間は満足に攻撃魔法を撃てなかったり、撃てても一発で魔力が切れてしまう可能性も……」

「うーん、どっちにしろ茨の道だなぁ……」

 

 カズマは頤に手をやり考え込む。ステータスで考えるなら迷う必要はない。剣士や戦士、闘士など魔法が無くても戦える職に就けばいい。だがカズマは魔法を使いたい。その思いを考慮するのなら……これも迷う必要は一切ない。

 

「……よし。俺は“冒険者”を選びます」

「ほ、本当にいいんですか……? こ、これほどの高ステータスなのに……それに、ぼ、“冒険者”は、その、外聞も良くは、あ、ありませんし……

「まぁ……でしょうね」

 

 “冒険者”という職業はただそれだけで侮られる。()()()()()()()()()()()が就く職業だからだ。だがカズマは違う。高ステータスということもあるが、彼には明確な目標がある。

 

「でも、魔力が上がれば転職が出来るんですよね?」

「は、はい。前衛職でありながら、攻撃魔法も使いこなす、上級職……“ルーンナイト”に転職出来ます……」

 

 前衛系の職はフィジカル方面のステータスにプラス補正が入り、後衛職は魔力や知力、更にはメンタル面といった物にプラス補正が入り、逆にフィジカルにマイナス補正が掛かる。

 しかし、“冒険者”にそれはない。ステータスにもスキルにも、プラス補正もマイナス補正も入らない。

 そう、“冒険者”は専門職に比べて威力も効率も劣るのではない。()()()()()()()()()()()というのが正しい。

 

「……俺のステータスって、他の職に就かないと戦えない程度なんですか?」

「い、いえ。例え“冒険者”でも経験を積めば第一線で戦えるレベルだと思います……」

「え、そ、そんなに……!? だったら、いや、だからこそ! 俺は“冒険者”になりますよ! 最弱職が前評判を覆して大活躍して上級職に上り詰めるってロマンがありますし!」

 

 それが異世界転生のお約束だし! と、心の中でカズマは叫ぶ。

 カズマの宣言を聞いたフレアは最初こそポカンと口を開けて呆けていたが、やがて小さくではあるがそれでも声を上げて笑い出した。

 

「……そうですね。その方が格好良いです」

「おっ、フレアさんもそう思います?」

「はい。まるで────そう、まるで()()()()()()()()()()みたいです」

 

 その言葉に、一瞬カズマの呼吸が止まる。

 

「────ゆ、勇者! いいですね。“勇者”サトウカズマ……! 良い響きだ……!! 今この瞬間から俺の伝説が始まる……!!」

 

 しかし、カズマは敢えてフレアの言葉に乗っかることにした。バカな男の、バカな夢物語。()()()()()()()()()()()()、今この場に居るほとんどの者はそれを笑い、酒の肴にする。

 

「おうおう、言うじゃねーか坊主!」

「あんま夢見ると後で大変だぞー!?」

「いや、さっきの話が本当なら結構な高ステータスなんだろ? だったらその夢物語も夢じゃなくなるかもな!」

「はっはっは! 未来の勇者に乾杯ってか!?」

「カンパーイ!!」

 

 賑やかな酔っ払い達の笑い声が響く中、カズマは“冒険者”となった。

 手に入れた冒険者カードを見つめ、カズマはこれからの冒険者生活に思いを馳せる。

 

「……」

 

 そんなカズマを細められた目でちらりと見やり、銀髪の美少女はぐびりとジョッキの中身を飲み干した。

 

……頑張って下さい、カズマさん

 

 小さく、誰にも聞こえないほど小さく、フレアは呟く。その瞳には熱が宿っていた。憧憬という名の熱が。

 カズマも未だ気付いていない、冒険者カードに記された一文。そこには、こう記載されていた。

 

 ────『水の女神アクアの使徒』、と。

 

 

 

 

第一話

『カズマ、転生』

~了~




お疲れ様でした。

せっかくのこのすば二次創作だし、何か癖の強い女の子を出したいなぁ……と考えて生まれたのがフレアさんとティファさんです。
この二人はこれからもちょくちょく出番があると思うので登場させました。いわゆる便利キャラですね。
あんまり出しゃばらせないようにしないと……。



ところでフレアさんのビジュアルは緩いウェーブの黒髪ロングメカクレ眼鏡巨乳なわけですが……これってほとんど伊東ライ(ry

「じゃいあんととーど……?」「これはね、天地明察するほどではありません」「ジャイアントトードは……二足歩行する人型蛙です!」「ボクもね、ちゃんと成長してるんですよ」「今まで登場した蛙型ポ〇モンはみんな二足歩行でした」「それにね、ジャイアント」「これは巨人って意味やからね」「いやー、良いデザインだ」「これが、ボクが考えるジャイアントトードでーす!」「わー」(ぱちぱち)「そこにはね、こちらを見つめる二足歩行のジャイアントトードちゃんがいます」「おいで! ジャイアントトードー」「ん? え、おぁ、四足歩行してるううううう!?」「今までの蛙ポケ〇ンは二足歩行やったのに」「そもそもジャイアントトードはポケモ〇じゃなくてこのすばのモンスター……?」「はっはっはっはっはっは!」

みたいなネタが浮かんでました。


ちなみに私の最推しキャラはクリスです。カズマを君付けするの良いよね……。

それではまた次回。
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