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血の匂いがした。
「っ、ァ゙あッ!!」
バシャ、と音を立てて滑り落ちる長柄の槍。
軍へ入隊した際に、主君がくれた物だ。自分なんかには勿体無いと固辞したものの、兎に角持ってけと半ば無理やり渡された。
随分長いこと世話になった。穂先は砕け、柄は何度も鉄剣を受けたせいでへし折れている。
もう直して使うのも難しいだろう。
「はァ゙っ、クソっ!誰か!生きてっかァ!?」
枯れ果て、潰れ掛けの喉から絞り出す。
腐った肉と鮮血、しとと降る雨が混ざりあって酷い臭いがした。
「ダスティン!クレーベル!くたばるなんてらしくねぇだろ!!」
軍へ入隊したその日からの馴染みの2人。
訓練期間も、配属先も同じ。不思議とウマがあって、よく3人で飲み歩いた。
屍の大地を掻き分ける。
両腕を失い、顔が半ば潰れたダスティンと。
屍に刃を突き刺したまま、相打ちで果てたクレーベルが居た。
「っ…………誰でもいいんだ、返事してくれ!マリーザ!キンバリー!ルシー!!」
姉御肌で、女だてらに両手斧を振るって暴れる部隊随一の狂犬だったマリーザ。
その幼馴染で、心配だからと都市の大学への推薦を断って軍に入った優男の治癒士、キンバリー。
二人から妹のように猫っ可愛がりされていた、気の強い最年少のルシー。
鮮血の山河に手を入れる。
数多の死骸の中心で首から血を噴き出すマリーザと。
ルシーに覆い被さるようにして無数の槍を背に受けたキンバリーと。
姉の肩身だと言っていた首飾りを握り締めたまま、物言わぬ骸と化したルシーが居た。
「…………アネッサ副長まで………!」
若くして一隊の副長にまで上り詰めた軍でも指折りの天才剣士。
極東で造られるという大振りな曲刀を振るう強者で、面倒見もよく料理上手。
彼女の優しさと強さに憧れる隊員は多かった。俺やルシーがそうだ。
血脂で泥濘む地面を踏み締める。
ざっくばらんに切り伏せられた骸の絨毯の先で、片腕を喪っても尚曲刀を手放さなかった副長がいた。
みんな良い奴だった。
みんな死んだ。
肺の奥から込み上げる気持ち悪さに、げぽりと吐き出す。
真っ赤に染まった、何も無い胃液が地面のぬかるみになった。
鎧を避ける様に刺されたダガーが原因だろう。屍の癖に無駄に動きが早かった、あんなの避ける方が難しい。
バシャりと血を蹴り、屍が続く先へ進む。
もう寝転んでしまえば、そのまま微睡んで死ねるのではと何度か思った。
それでも、まだ。
やらねばならぬ事がある。
「っ………オルトランド、隊長ッ!!」
「ッ!バ、スケス………生きて、たか………!」
屍の絨毯の終着点。
森の木々を背に、愛斧と大盾を構えて片膝を着いていた部隊の隊長…………オルトランド隊長が、浅い呼吸を繰り返しながらそこに居た。
「喋らんで下さい!隊長も、っ………ひでぇ、怪我ですし………」
「俺は、いい………生き残りは」
懇願する様な隊長の目は、押し黙った俺を見て諦めに変わる。
それを直ぐに隠し、「お前だけでも生きてよかった」と口にしてくれるこの人は、本当に尊敬出来る上司だった。
「バスケス………お前は、姫様を連れて走れ。一刻も早く、カースケードに辿り着けッ!」
「そんな………いくなら隊長が!」
「臓腑と足をやられた。もう逃げられんし、助からん」
目的地まで、まだ道半ば。
騎士一人と子供では、馬でもいなければ到底辿り着けない距離だ。その馬も、この戦闘で死んでいる。
この場に留まっても先がない事は明白。
そして隊長は、既に逃げ出せないほどの重傷を負っていた。
「姫様はお前に懐いていた。お前となら、まだ耐えられるかもしれん。だから行け、少しでも早く。俺が生きているうちに」
「………命令、了解しました………!」
小さく、本当に小さく笑った。
バカみたいに厳しい癖に、飲みは絶対奢ってくれた。ミスも共に責任を負ってくれたし、こんな顔して猫が好きな人だった。
尊敬していた。この人なら着いていこうと思っていた。
そんな人を見捨てて、俺は今から逃げ出すのだ。
隊長の背にあった木の窪み。
そこに隠すように寝かせられた、幼い貴婦人。
浅く早い呼吸を繰り返しながら、苦しそうに顔を歪める少女を抱えて、走り出した。
「姫様………!絶対、絶対助けます………!ゼクセリオン近衛騎士団の名に懸けてッ!!」
鎧は邪魔だ。走る速度が落ちる、どうせアイツらに遭遇したら、戦っての勝ち目も無い。
走りながら手甲や脚甲をガシャガシャと脱ぎ捨て、胸当ても投げ捨てる。
少しでも、少しでも。
少しでも、先へ行く。
カラカラと鳴る骨の音と、それが碎ける音。
次いで響いた、尊敬した人の断末魔から逃げる様に。
俺は、走った。
★★☆
日照りの強い、ある日の事。
カシャ、カシャと金属で補強したブーツを鳴らしながら、ひとつの影が歩いていた。
この熱気の中で、覆い隠すようなフード付きのローブを纏った怪しい人影。
古めかしい旧式のクロスボウを背負っており、腰には最低限の荷物を身に付けるのみ。
何より目を引くのは、顔。
汚れの目立つ仮面で顔を覆い隠すその姿は、裏路地で見たら如何にもな犯罪者であろう。
乾いた地面を鳴らしながら、怪しげな人物は歩を進める。
「……………………?」
ふと、その足が止まった。
視線の先には、倒れ込む人影。
腰に大きな剣を佩いた、休暇時の兵士のような格好の青年だ。
背には小さな少女の背中が見える。
「………………そこ、に…………誰か、いるのか…………?」
絞り出す様な声音。
カラカラに乾いた喉からなんとか掻き集めた様な問い掛けは、仮面の男に届いたらしい。
カシャ、カシャと鳴らしながら、男は青年と少女へと歩み寄り、傍で片膝を着いた。
「…………如何なされましたでしょうか」
「あぁ………男、でいいよな………?悪い、もう目が見えてねぇんだ…………多少の無礼は、許してくれや…………」
「…………畏まりました」
「へへっ…………丁寧だなぁ………貴族さんみてぇだ………」
軽口を叩きながら笑う青年。
しかし、口の端はピクリとも動かず。指先が動くことも無かった。
最早、言葉を口にする程度の体力しか残っていないらしい。
よくよく見れば、酷い傷だ。しかも数日経って化膿している。傷の量と放置した日数を考えれば、最早助かるのは絶望的であろう。
「俺の、背中の………子供を、助けちゃくれねぇか…………?カースケードまで着いたら、そこの領主さんが保護してくれんだ………と、届けりゃ………報酬もたんまり出してくれる………損は、させねぇから………」
倒れる青年の格好を、男は軽く見渡す。
手甲や脚甲は脱ぎ捨てているが、典型的な兵士の装備だ。走る為に重荷となるものを捨てて、少しでも身軽にしたのだろう。
素人仕事ではこうはならない。
国に仕えるもの………その中でも、王家の護衛を担当するような優秀な人材の印だと、仮面の男は知っていた。
とくれば、この少女の身元も察せる。
年齢を考えれば、青年の仕える国_______【ゼクセリオン帝国】の末姫だろう。
つい最近、滅んだ国だ。ここまで逃げるのも容易くは無かっただろうに。
「なぁ………頼、むよ………前金は…………俺の、剣を持ってってくれ………安モンじゃねぇ………売れば、それなりになる筈だ………」
最後まで捨てずに腰に佩いた、大きな剣。
仮面の男が手を伸ばし、シュラリと引き抜く。
柄から鍔、刀身に至るまで、職人の拘りを感じる見事な一振りだ。
鍔と刀身の繋ぎ目には、紅く輝く宝石が埋め込まれている。
「……………これは……………」
「家宝の剣………って奴さ。へへっ………先祖の形見だかで、仰々しく飾ってあったからさ…………使ってなんぼだろって………持ち出したんだ………」
「………えぇ。剣なんて、使ってなんぼにあります故。飾ったままでは、剣が泣きまする」
「あんた………話分かるねぇ………」
生き延びられたなら、一杯呑みたかった。
そんな軽口を叩く青年の背から、丁寧に少女を抱き上げた。
「あり、がとう…………その子、だけでも………頼んだ………みんなの、命で………繋いだんだ………」
「………後は、任せて。貴方は少し、眠ると良い」
「あぁ………そうかぁ………じゃあ、御言葉に…………甘えっかなぁ…………」
霞む視界。消え入る呼吸。
その瞳から光が消えたのを確認した仮面の男は、静かに青年の瞼を下ろすと、そっとその傍に抱えた少女を寝かせた。
「…………亡くなっている事にも気が付かぬほど、必死で駆けた。名も知らぬ姫君、貴方様の騎士は………羨む程に忠義者にありましたぞ」
翌日。
何も無い大地。
人の住む場所から離れた、僅かな動物が暮らすその場所に。
二つの墓が、並んでいた。
★★☆
_______大陸歴479年。
大地に住む人々は、未曾有の危機に晒されていた。
悪しき
その侵攻による、大陸一の軍事力と領土を誇った【ゼクセリオン帝国】の崩壊。
大陸中央部では、残った人類国家が手を組んで、死霊術者達や蘇ったゾンビやスケルトンといったアンデッド達に対抗。
今を生きんとする生者と、全てを壊し作り直そうとする死者。
生き残りを掛けた大規模な闘争が、巻き起こった。
それから、2年。
大陸歴481年の事。
大陸中央部では、聖女と契りを結び神々の力を借り受けた《勇者》によって
暗雲に包まれた人類の未来に、僅かな希望の光が射し込んだ、そんな時期。
大陸中央部から遠く離れた、南西の一地方、名を【カースケード】。
国家に従う事無く、代々の領主達が独自に治めている土地。
わざわざ従える旨みも薄い為、中央部の争いに巻き込まれなかった、辺境の大地。
そこでは今、人類危機とはまた異なる、《現実的な問題》が蔓延していた。
中央部から逃走してきた難民達による様々な問題。
盗賊や山賊、果ては脱走兵達の横行と略奪による村々の被害。
田舎故に中央部の軍隊も見回りに来ないが故、アンデッドに対する圧倒的な軍事力不足。
このままでは、人類が滅ぶ前にカースケードが地図から消えてしまう。
そんなカースケードにおいて、とある職業が増加の一途を辿っていた。
「……………ん?あぁ、仕事でありますかな。自分らを選ぶとは、お目が高う御座いまする」
それは山賊や盗賊の一歩手前であり、全く非なる者達。
特定の場所に留まること無く、村や街を渡り歩き、金次第でどんな仕事も請け負う何でも屋。
「見合った賃金は要求致しますが、損はさせませぬ。血とクラウンの流れが止まらぬ限り、汝らに勝利をもたらしましょうぞ」
騎士が主に忠誠の証として剣を捧げる行為とは真逆。
金銭次第で、どんな相手でもその剣を捧げ売る者。
「さて_______我らの値段は、如何程で?」
これはそんな、【