らんまれんまで目がまわる 作:Pちゃん(本物)
小さな頃、具体的には5歳の頃。僕は頭を強くぶつけた。それは親父が修行だと言って組み手をさせられた時に起きた事故である。意識を失う直前、大丈夫かと心配する親父の声と、駆け寄る兄を見て僕は前世の記憶というものを思い出した。
……といっても、前世が勇者だったり、魔王だったりとファンタジーな感じではなく至って普通の日本人だ。日本に生まれ、育ち、勉強して、就職して。まぁ詳しく語るような激動の人生を送ったわけではないが、前世で学んだ知識は今世でも役にたつだろう。親父や兄は年相応にはしゃいでいた僕が急に大人しくなって頭の打ち所が悪かったかと心配していたが、大丈夫だと言っておいた。まぁいきなり5歳児が大人っぽくなったらそう思うか。僕もそう思うだろう。
今世の家族は父と母、兄と僕の4人だ。母親はいるが今は一緒に暮らしていないので3人になる。どうやら親父が僕と兄を連れて修行の旅に出る際、嫌な制約を結んだらしい。それは……
『男の中の男に育たなければ親子共々切腹』
である。ぶっ飛びすぎだろ、どうなってんだこの世界の日本。
しかも親父は僕と兄に理由を知らせぬままその誓約書に手形を押させている。男の中の男という個人の主観によって変わりそうな概念に命を掛けてしまった僕は軽く憂鬱になった。なんだろう、外見ムキムキマッチョマンになればいいのか、性格的にそうなればいいのか教えてくれどこかに居る母親よ。
性格的に、なら僕はもう詰みだ。前世の記憶を思い出して精神的に成長してしまった事でアニメの主人公のような熱い言動は少し気恥ずかしくてとれそうにない。親父が熱心にしている格闘技もあまり興味がないし……。
と、小さな兄に格闘技を教えている父を見ながら僕は考えていた。そして、親父みたいにはなりたくないなと思った。何故かって? ほぼ無職だからである。格闘道場を営み、弟子を取って育ててお金をもらっている……なら立派だと思うが、この親父にそんなものはない。金はなく、髪もなく、あるのは下劣な思考回路。恐らく親父の師匠もこんな感じなんだろうな。まともな師匠だったら小さい子供二人を引き連れて武者修行の旅に出る無職の男にはならないように精神修行とかするだろ。格闘技って心も鍛えられるものではないのか?
それから数日間、山の中で親父は僕たちに修行をつけた。兄はやる気みたいだが僕のやる気は地の底であり、隙を見て逃げ出して今夜の夕食を探す探検に出ていた。探検と言っても近くの川で魚を捕まえているだけだが。
前世の知識を使い、落ちていたペットボトルで簡易的な罠を作ったり、石を裏返してカニを捕まえたりしていたら親父はどこで学んだか知らんがさすがワシの息子だ! どわっははは!
と高笑いしていた。
とはいえ、こんな量では大人と子供二人の食事を賄えるはずもなく……はらへったなぁと兄と言いながら街を歩いていた。道着の子供二人が街の中をフラフラ歩いているなんて普通に通報されそうだが、この日本ではされないみたいだ。まぁ街並みとかすれ違う人たちを見たら前世よりも年代的には過去の様だし、価値観も違うんだろう。
そんな時だった。僕の運命を変える出会いがあったのは──。
⭐︎
「なんやあんたら、腹減ってんかいな」
「お、おまえは?」
「ウチは
頭に八巻を巻いて青い甚平のような服を着た少女は笑顔で名乗る。少女──右京からはとても美味しそうな匂いがした。
「おれは
「よろしく」
「よろしくな、らんちゃん、れんちゃん!」
右京は初手から渾名で僕たちの事を呼んできた。この年頃の子供たちはこんなにコミュニケーション能力が高かったのか、と老人の様な事を考えてしまった。
「じゃー右京は、うっちゃんだな!」
兄も渾名で呼ぶ事にしたらしく、早速渾名を付けていた。
「らんちゃんたち、ウチの店来いや、お好み焼き食わしたる!」
「え、いいの?」
出会って間もない僕たちにお好み焼きを食べさせてやると意気込む右京に俺は思わず聞き返した。
「おとんがよく言っとるねん、腹減ってる奴ら見捨てたら立派なお好み焼き屋にはなれへん! って!」
「おー……かっこいいね」
職人魂とでも言うのだろうか。
「れんま! 食いに行こう!」
兄は久方ぶりに食べるお好み焼きを想像して涎を垂らしていた。実を言うと僕も右京の漂わせるソースの匂いを嗅いで腹の虫が暴れ回っていたので何度も頷いた。
『タダ飯は美味いぞ! どわっははは!』
脳内で過去の親父の発言が響き渡った。
……やっぱり僕も親父の血を引いているらしい。こんな事で感じたくはなかった。
⭐︎
めちゃくちゃ美味かった、お好み焼き。これに比べると今まで食べてきたお好み焼きはカスやと言いたくなるほど。屋台でご飯を食べるといいうのは初めてだった。
右京とその親父さんはお好み焼きにがっつく僕たち兄弟を温かい目で見ており、おかわりもいいぞと言ってくれた。やばい、この人とウチの親父交換してほしい。
「良い食いっぷりやなぁ、らんちゃんとれんちゃん!」
「ふめぇよふっちゃん!」
「兄貴、食べながら喋ったら色々飛ぶからやめてね」
「ふが!」
口周りをソースで汚しまくる兄を見て溜め息を吐きながら拭いてやると右京の親父さんはほほぅ、と唸るように言う。
「なんや、そっちが兄貴なんか。弟やのにしっかりしとるのう」
「あ、あはは……よく言われま……言われる!」
別に悪いことはしていないのに、感心する右京の親父さんを見て罪悪感が湧いた。某名探偵もこんな気分を味わっていたのだろうか。
「乱馬! 連馬! ここにおったか!」
「げ、親父」
「探したぞ! ……む、お前ら飯を探しに行くって言っておったのにこの父を差し置いて自分たちだけお好み焼きを食うとは何事かっ!」
ゴチン!
鈍い拳骨の音が二つ鳴り響く。
「いってぇ!」
「何すんだクソ親父!」
「実の父に向かってクソ親父とは何だ! いやぁすみませんな、ウチのバカ息子共がご迷惑をおかけしたみたいで……」
親父は人の良さそうな父親モードで右京の父親と接していた。自分の親だから分かる。アレは何かよからぬ事を考えていると。
過去に親父は言っていた。『欲しいものが手に入らなければワシは死んでも後悔する。だから死んでも手に入れるのだ!』と。
大人同士の話があるから外で遊んできなさいと僕たちは追い出され、仕方なく右京の親父さんの屋台から少し離れた空き地で雑談をする事になった。
「へぇ〜……らんちゃんは格闘家目指してるんや!」
「そうだ! 俺は最強の格闘家になる! だから毎日鍛えてるんだぜ?」
小さな身体では出ないが、力こぶを頑張って見せようと顔を真っ赤にするまで力を込める兄。右京はそんな兄を見てケラケラと笑っていた。
「れんちゃんは?」
右京は純粋な眼で此方を見ながらそう問いかけてくる。
夢……深く考えた事は無かった。前世も、今も。ただ生活が出来ればいいかなと社会の波に揉まれ、そのまま知らぬうちに死んでしまった前世。今世では何か始めてみようかとも思ったが、親父がアレだし、やはり真面目に働いた方が良いのかもしれない。
「うーん……まだ無いかなぁ」
「連馬も格闘家やろうぜ! 俺たち兄弟で最強になるんだ!」
その格闘家目指した成れの果てみたいな奴が親父だしなぁ……とは口に出さなかった。
「うっちゃんは? やっぱりお好み焼き屋さん?」
とりあえず僕の夢については有耶無耶にさせてもらおうと右京に話を振る。右京は僕の言葉を聞いて待ってましたと言わんばかりの表情だ。
「せや! ウチはお好み焼き屋をやって、極めるって決めとる! らんちゃんたちもウチが店を始めたら絶対来てな?」
「おう! 絶対行く!」
「楽しみにしてるよ」
そんな、他愛のない話をしていると親父がいい笑顔でやってきた。
「連馬! お好み焼きは好きか?」
「え? 好きだけど……」
謎の問いかけに首を傾げながらも答えると、親父は一層笑みを浮かべて頷きながら僕を抱きしめた。
「よく言ったっ! 流石我が息子……頼んだぞ、連馬よ」
「何を?」
ガシガシと乱暴な手つきで頭を撫でた後、親父はまた戻って行った。この親父の謎の行動の真意を知ったのは、右京の家に泊まらせてもらった翌日だった。
「大変や! あのおっさん、ウチらの屋台奪って逃げおった! れんちゃんを駄賃代わりにして!」
眠気眼を擦りながら僕は衝撃的な事を右京から告げられた。
簡潔に言うと──そう、僕は売られたのだ。お好み焼きの屋台と引き換えに。