らんまれんまで目がまわる 作:Pちゃん(本物)
親父に
売られてからすぐの事を話すと、初めは右京も、その親父さんも顔を真っ赤にして怒っていたが、生憎と親父は住所不定。そんな簡単に見つかるわけはなく、行き場のない怒りを大きなため息と共に吐き出しているのを見た。
親父が僕を売った契約はどちらかの子供、僕と兄貴どちらかを右京の許嫁にする代わりに屋台をくれと言うもの。僕の命はお好み焼きの屋台の価値しか無かったらしい。泣けるぜ。
そんな契約を果たした時、右京の親父さんはだいぶ酔っ払っており、親父の言う事を冗談だと思っていたとのこと。まぁ屋台と子供を交換するなんて親普通は居ないよな。……実際に居たわけだけど。
目が覚めると消えた屋台、残された小さな少年、交わした約束……それらを思い出した右京の親父さんはめちゃくちゃ頭を抱えていた。
右京は親父が兄貴と共に逃げようとしていたところを目撃し、追いかけたらしいが、大人の足に勝てるはずもなく、半ベソをかきながら帰ってきた。
「連馬……言うたな。どや、ウチの子にならんか?」
「いいの?」
「子供がそないな事気にすんな。ここでお前を見捨てたら、それこそ人でなしやわ」
右京の親父さんは僕の頭を撫でながら笑顔でそう言っていたのを覚えている。
とりあえず、クソ親父は必ず殴る。そう誓った小さな僕だった──。
──というのが久遠寺家でお世話になる事となった経緯なのだが、ぶっちゃけ早乙女家……クソ親父の元で暮らすのとは天と地ほどの差があった。そもそもちゃんと働いて子供を育てている
右京の親父さんをおやっさんと呼ぶようになったのはまぁ、親父の代わりに育ててくれているし、ってのが主な理由だ。親父と呼ぶのは少し気恥ずかしいモノがあったのでおやっさんに行き着いた。
最近の日課は右京と同じ学校に通い、家に帰っておやっさんの店の手伝いをする事だ。おやっさんは僕に手伝わなくてもいい、友達と遊んでこいとよく言われるがぶっちゃけ屋台分のお金は働いて返さないと僕の良心が痛むのだ。娘である右京が将来の為に積極的に手伝っているからおやっさんも僕もそういう感じで手伝っているのかと最近は思っているらしい。右京がそう言っていた。ごめんなさい、お好み焼き屋を目指しているわけじゃないんです。また罪悪感の種が生まれた気がする。
そして日課……とまでは行かないが、暇つぶし程度にしていることがもう一つある。それは体づくりである。いつかクソ親父をぶっ飛ばす時、ナヨナヨパンチじゃあ格好が付かないからだ。
何やらこの世界の日本は格闘技というものが前世より盛んになっているらしく、至る所に◯◯流格闘技という看板が建てられているのを眼にする。その数の多さから推測すると、クソ親父みたいな格闘家も少なからずいると言う事だ。
もし、またおやっさんや右京の店が壊されたり、奪われたりするような事があった時にそいつらを退けられるくらいの強さは持っていたい。これでも一応、男だからね。
許嫁の話は右京もまだ理解していないので僕もよく分からないととぼけてなあなあの状態を継続している。まぁ意味を理解した頃には右京もそんな約束忘れていると思うから心配してない。
⭐︎
それは、河川敷で身体作りのためのランニングをしていた時だった。
(なんだ……人か?)
道のど真ん中で倒れる一人の老人の姿がそこにはあった。白、というより銀に近い小綺麗なジャージを身に纏い、ピクリとも動かない老人は屍かと思われているのか、誰も近寄ろうとせず、回れ右して去っていく始末だ。
「…………あの、大丈夫ですか」
僕もそれを見て数十秒ほど悩み、とりあえず声だけはかけようと思い、恐る恐る老人に近寄った。
「……ぐ」
老人はとりあえず生きているらしく、ぷるぷると震えながら手を伸ばして来た。
「め、めしを……くれんか」
「はぁ?」
なんとも言えない気持ちのまま朝食にと持って来ていたおにぎりを差し出すと、一瞬のうちに僕の手の中から消えた。
「はぐ! ガツガツガツ!」
獣のように貪り食う老人の姿に若干引いていると、食べ終えた老人はニカリと笑いながら手を上げた。
「いやーすまんかったのぅ! なんせ3日ぶりの飯じゃったもんで」
「はぁ……そうですか」
悪い人……では無さそうだけど、関わるのは辞めておいた方がいい。僕の勘がそう告げていたので、くるりと回れ右をしてその場を去ろうとする。
「待たれよ」
「ごぶっ!……何しやがんでぃ!」
あろう事か老人は僕の足を掴んで転ばせたのだ。思わず口調が荒くなってしまったが、当の老人は変わらず笑顔だった。
「おぬし、小さいながらも体作りとは……将来の夢は武道家か?」
「……いや、特に決めてないよ。強いて言えば身体作っとかないといけない理由があるだけ」
痛む鼻を触りながら僕はそう答える。身体作り……と考えて思いついたのがスタミナを鍛えるランニングだろうと、とりあえず始めていただけだ。
「うむぅ……そうか。おぬしには中々素質があると思ったんじゃがのぅ」
老人は残念そうに腕を組んで唸る。
「素質? 何の?」
「そりゃあ勿論、格闘家としてのじゃ。基礎から鍛えようとしておる辺り、おぬしの身近な人物が格闘家と見た」
……凄い、少し話しただけでそこまで分かるものなのか。と僕は感心した。
「……一応親がそうだよ。とても憧れるような人じゃないけどね」
流石に子供と屋台を引き換えるような親ですとは恥ずかしくて言えなかったので濁すと、老人はそう言った僕の顔を見てこれ以上追求はしなかった。
「ふむ……まぁよい。これも何かの縁じゃ! おぬし、ワシの元で学ばんか?」
「別に、格闘家目指してるわけじゃないから本格的にやるつもりは……」
「何を言っとる! 今は聞かんが、理由があって身体を作っとるんじゃろう? 子供が間違った鍛え方をすると将来苦労するぞ?」
老人の言葉は一理ある。兄とクソ親父のモノを見ていたのは言え、それだけで身体の作り方を理解したわけじゃないし、おやっさんもお好み焼き屋で忙しいから頼もうとは思わない。右京は女の子だし除外する。
「……」
「安心せい! めしの礼じゃ。金など取らんよ」
やはりと言うか、この老人は何処かの流派の偉いさんっぽい。まぁ見るからに鍛えてそうな体付きをしているし話の内容的にそうなんだろうなとは薄々感じていたけど。
「えっと……本当に目指しているわけじゃないから、途中で辞めてもいいの?」
「そこはおぬしの意思を尊重しよう。武とは己の
ワハハ! と豪快に老人は笑う。隠し事をしようとしない辺り、やはり悪い人では無いのだろう。
「……分かった。じゃあ、少しの間お世話になります」
「おぉ! 良い返事じゃ! おぬしならきっと、我が流派を極められるじゃろう──おっと、そういえば名を名乗っておらんかったのぅ」
老人は立ち上がり、ジャージの埃を払うと僕に名乗った。
「ワシの名は
「僕は、早乙女連馬です。よろしくお願いします」
シルバーネイルって何だ? と疑問は浮かんだが、自己紹介なのでここはスルーして僕も名乗る。
「早乙女連馬! 良い名じゃ!」
──この出会いが無ければ僕は格闘家としての才能に最期まで気付くことは無かったんだろうな、と後々思うことになる。