太陽を……動かす……?
そんなことがあり得るのか?
男は言葉にこそ出してはいないが、明らかに動揺した顔がその思いを雄弁に語り、ようやくその事象を現実のものとして受け入れたように彼は彼の目の前に佇む青年を見つめる。
その視線に気が付いた俺は彼に話かけた。
「なかなかぶっ飛んだ計画だったな」
俺がそう笑って言ってやれば、男もつられたように破顔する。
「お前、名は何という?」
「
「敬語はいらぬ。俺はアノス。アノス・ヴォルディゴードだ」
俺は秀兎の前に手を差し出す。
「よろしくな」
そう言うと秀兎は「ああ」と云いながら俺の手を握り返した。
「ところで話は変わるけど、どうしてアノスはあの山に居たんだ?」
「分からぬ。訳あってこの世界に飛ばされ、気が付いたらあの山にいた」
秀兎がこの世界……?と小さく呟きながら口を開く。
「もしかしたら、アノスは神隠しにあっていたのかもな」
「神隠し?」
俺がそう聞き返すと、秀兎はああと頷く。
「別のところにいて、気が付いたらこの山に居たんだろ?それはもう神隠しと言ってもおかしくはないだろ」
俺はそれを聞いて、クククと笑う。
「なんだよ。何かおかしいか?」
「何、言い得て妙だと思ってな」
確かに、俺がこの世界に来る前に聞こえた声は雰囲気からして神族のものだった。
それを言葉で表現するとすれば、なるほどな、神隠しは適切な表現だろう。
「なんだよ、それ」
俺の言葉を聞いてか、秀兎は少しニヤけた表情を見せる。
「カー!カー!」
突如、頭上に鳥の鳴き声が響き渡り、一匹の黒い鳥が秀兎の肩に止まった。
「これは
俺がその鳥を見ていると、秀兎が解説してくれる。
鳥が伝達係か。なかなかどうして、普通の組織ではなさそうだ。
「鬼殺隊とは誰でもなることはできるのか」
「いや、鬼殺隊になるには最終選別に合格しなくちゃ無理だよ」
「最終選別?」
「最終選別は藤襲山で一週間生き延びることで……ってアノスもしかしてそれに参加するつもり?」
俺の質問に答えている途中、彼は驚いたように目を丸くさせる。
「さてな、まだ分からぬ」
俺がそう答えると、秀兎は少し思案するように目線を上げ、口を開く。
「もし参加する予定なら、呼吸について知っておいた方がいい」
「呼吸?ああ、確か先ほど技のようなものを繰り出していたな」
俺がそう言うと彼は首を縦に動かす。
それと同時に、彼の肩に止まっていたカラスはバサバサと羽音をたてどこかへ飛んでいった。
しかし、彼は気にせずそのまま口を開く。
「あれは呼吸の中でも水の呼吸と呼ばれるものだけど、それ以外にも呼吸はたくさんの種類がある。人によってどの呼吸が最も適しているかは個人差があるけど、全ての呼吸は呼吸は鬼と戦うために身体能力を上げるためのものなんだ」
「なるほどな。では呼吸を習得するまでは太陽を動かすとするか」
「あはは………普通、太陽は動かそうと思って動かせるものじゃないんだけどね……」
そう云った秀兎見て、俺は先ほどから思い浮かんでいた疑問を口にする。
「お前たちは魔法を使わぬのか?」
秀兎は、その言葉を聞いてポツンとした表情を見せた。
「魔法……?」
どうやら予想は的中したらしい。
俺は秀兎に「いや、なんでもない」と言葉を返し、現状について整理を始める。
まず、俺はこの世界に来てから、違和感を幾つか覚えていた。
最初に気付いたのはこの世界に来てすぐだ。
空気中の魔力量が少ないのだ。
いやそれどころか殆ど無いと言ってもいい。
空気中だけでなく秀兎や鬼すらもほとんど魔力を持っていなかった。
次に気付いたのは魔法を使ったときだ。
俺が《
恐らくだが、この世界は魔力に対し強い抵抗を持っている。
それ故、魔法の力は弱まり、空気中に存在する魔力は別のものに変化してしまい、魔力というものを保つことができない。
試しに、俺は空気中に魔力を少し放出させる。
魔力は空気中を漂ったかと思えば、すぐに離散し、その形を変えた。
決まりだな。
俺は体に纏わせている反魔法を全て解除する。
推測にはなるが、魔力に抵抗が強いこの世界では俺の世界と比べ魔力の回復が遅くなるやもしれぬ。
つまり不必要な魔力消費は抑えなくてはならない。
突如、横からぐぅ〜〜と大きな音が響いた。
「一晩中走り続けたからな。お腹が空いた」
「ふむ。近くに食事をする場所はあるのか?」
「あるよ。アノスも一緒に来るか?」
俺がその問いに答える前に再び秀兎が口を開く。
「あ、アノスは神隠しにあっていたもんな。お金のことは安心して。僕が出すよ」
確かに、俺はこの世界の通貨を少したりとも持っていない。
やはり持つべきものは友情か。
「すまぬな。恩に着る」
そうして俺たちは山を下った。
◆◇◆
カラカラカラ……
木でできた引き戸を引いた秀兎に続き、俺は店の中へ足を一歩踏み出す。
「青山さん、天丼二つ」
前に居た秀兎が、そうこの店の店主であろう男に呼びかけた。
「あいよ!おっ、秀ちゃんが人を連れてくるなんて珍しいね」
「そうかな?確かに、ここに人を連れて来たのは初めてかもしれないね」
秀兎がそう答えると、青山と呼ばれた男は俺の顔をじっくりと見る。
「えらい背が高いな。外人さんか?それに顔もあれや……えーっと何つったかな、ああそうハンサムや。顔もえらいハンサムでまさに非の打ち所なしって感じやな」
男はそう言うと、うーんと唸りながら顎に手を当てた。
「紹介するよ。こちら、天ぷら屋の店主の青山さん。お喋りな性格だけど天ぷらの味は確かで、僕のお気に入りの一つなんだ」
「おう!青山や!よろしくな!あっ、外人さんには日本語は伝わらへんよな……。えーっとアイムアオヤマ!ナイストゥミーチュー!」
「何、日本語とやらは俺に通じるから気楽に話すといい。俺はアノスだ。よろしく頼む」
「なんや、日本語が通じるんなら最初から教えてや!まぁええわ。アノスちゅーたか?ちょい待ち、俺が最高の天丼を食わせちゃる!」
青山はそう言うと、店の奥に入って行く。
秀兎はその後ろ姿が見えなくなるのを見届けると、そっと口を開いた。
「あの人、生まれも育ちも関東の人なんだけど、色んな人とすぐに打ち解けられるからってああいう喋り方してるだよ」
「お気楽な性格をしてるように見えて意外と繊細な人なんだ。だからもし、この世界に鬼がいて、僕がその鬼と戦ってるなんて言ったらきっとあの人は傷ついてしまう」
「だからアノス、鬼のことは僕以外の前で絶対に話さないて欲しい」
「分かった」
どうやら、鬼の存在というのはこの世界では一般的なことではないようだ。
しかし、天丼か。
俺がいた世界では聞いたことのない食べ物だ。
耳を澄ますと、店の奥からジュワーと油の跳ねる音がする。
それに加え、揚げ物の食欲をそそる匂いが店中に広がり、天丼に対する期待はだんだんと高まっていく。
それからしばらく待っていると、どんぶりを二つ持った青山が店の奥から出てきた。
「はいお待ち!ご注文の天丼や!」
そうして目の前にどんぶりがカタンと音を立てて置かれると、俺は天丼の深淵を覗こうとどんぶりから溢れる湯気ごしにどんぶりを見つめた。
白い白米の上に、まるで我こそが主役であるというように佇むのは天ぷらか。
そのサイズはどんぶりの半分を占めるほど大きく、食欲を掻き立たせる一品だ。
「ほう……」
俺が感嘆の声を漏らすと、青山がフフと笑うように言った。
「うまそうやろ。食うてみぃ」
「もちろんだ。いただこう」
俺はそう言うと、箸を巧みに使い天ぷらを掴み口に入れる。
うまい。
サクサクとした衣に肉厚でジューシーな食感のギャップが口の中で様々な味わい深さを引き立てる。
すかさず俺はご飯を口にする。
「塩、かけてみぃへんか」
俺が食べている途中、青山がニヤリとした表現で塩を差し出す。
どうやら、俺はまだ天丼の深淵には至れていないようだ。
俺は塩を受け取ると天ぷらに一振りする。
これは……
サクサクの衣に塩が絡みつき、これまで以上の味わい深さを演出している。
天丼、見事な食べ物だ。
俺が天丼を食べ終わると、青山が嬉しそうな表情をして話しかけてくる。
「どうやっ!天丼、気に入ったか!?」
その問いかけに俺は笑みを浮かべて答える。
「ああ、見事な食べ物だった」
それを聞くと青山はさらに嬉しそうな表情を浮かべた。
「それじゃ、そろそろ会計いいかな?」
秀兎が会計を切り出すと青山は満足げな顔でこう言った。
「アノスが随分とうまそうに食ってくれるもんだからちょいとおまけしちゃる!普段なら二人分のお値段のところ今回だけ一人分のお値段で十分や!」
「そうかい?それはありがたいな」
秀兎はそう言うと財布からお金を取り出す。
「んじゃまたのご来店待ってるで!」
青山はお金を確認すると俺たちのことを店の前まで見送ってくれた。
俺たちは青山に別れを告げた後、山から反対方向へ向かって歩いていく。
そうしていくつもの角を曲がり、やがて少し大きな屋敷が見えてきた。
頭上を見れば先ほどのカラスが音もなく飛んでいる。
そうしてその屋敷の前にまでたどり着くと、一人の仮面を被った男が立っていた。
その男は一言も発することなく秀兎に近づき、ん、となにか棒状の物を差し出した。
「ありがとうございます」
秀兎がそう言い終えるより早く、男はそれを差し出すとどこかへ行ってしまった。
「刀か」
俺がそう呟くと、秀兎はああと言って刀を腰に携える。
「壊れたばかりだというのに、なかなかどうして速いな」
「刀が折れたのは今日に始まったことじゃなかったからね」
「では、また山へ行くのか?」
「ああ、けど今日は別の山だよ。ここからは離れてるけど那田蜘蛛山って山に行く予定だ。僕の勘がこの山に鬼がいると言っているからね」
「ふむ。いつ出発する?俺もついていこう」
「いいのかい?じゃあ睡眠をとる時間も加味して、8時間後にここを出よう。ここからだと那田蜘蛛山は結構離れているから、走ってもかなりの時間がかかる。今のうちに英気を養っておくべきだと思うんだ」
「なるほどな、了解だ」
俺はそう言うと秀兎と別れ、別方向へ向かって歩きだしたーーーーー
次回があるならば那田蜘蛛山編です
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