AC6夢小説マトメターノ   作:青木晃

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過去ラスティの一人称「俺」を流行らせたい


ラスティ義妹夢主6

 暖房が、切れている。ベッドから床に足をつけるとひんやりと冷たい。靴下越しに感じる堅い感触と、身に染みるような朝の寒さが重なって孤独に対する耐性がするすると減っていくような感覚がした。

 お父さんとお母さんと連絡がとれなくなってから、今日で二日目だ。親が不在気味でうちに帰ってこないのはいつものことで、わたしも慣れっこだ。でも、今回は不安になる要因がいくつかあった。電話をかけても出ないし、折り返してもこないのは初めてだった。いつだって両親はわたしを心配していた。わたしが幼いから、その傾向は余計に強い気がする。

 親はよく外泊する。仕事が忙しいからだ。というか、家にいる時間の方が少ないかもしれない。そんな時に一日一回は電話で話すのが暗黙の了解というか、明文化されていない親とわたしとのルールみたいな物で、それはわたしが生まれてから今まで一度も崩されたことがない。

 何かあったのかな――、と考える。我慢強いわたしでもそろそろ本格的に不安になってくる頃合いになっていた。

 電気が通らないせいでテレビもネットも見れないし、新聞も電子で購読しているせいでここで何があったのかはわからない。

 昨日の昼から、家の外は何か騒がしいけれど絶対に外に出てはいけないと言われているのでわたしはどこにも行けず、誰かに何か伝えたくても連絡を取る手段が存在しない。

 この惑星はわたしが生まれた時から情勢が不安定で、学校もいつ爆撃されるか分からないので基本的に授業も家で受けることになっていた。今日は平日で、本当ならわたしはそろそろパソコンのモニターの前にいなくてはいけない時間だ。

 連絡なく欠席したわたしを心配して、先生か誰かが手を回してくれるだろう。……だから、それまでは我慢しよう。こういう時に焦って動いて、実は大したことがありませんでした、となってしまった時、わたしは恥をかくだけだ。

 リビングを通って、キッチンに行く。

 パジャマの上にブラウスだけという格好で、わたしはシンクの前に立った。冷蔵庫には冷凍食品がどっさり蓄えてあるけれど、電子レンジが使えないから意味がない。うちには蓄電の設備があるので使えないわけじゃないけど、もったいないからできるだけ残しておきたいし、常温の食べ物があればそれから先に消費してしまいたい。

 まず、冷蔵庫が使えないからすぐに腐ってしまいそうな牛乳から先に飲むことにした。いつもならトーストしたパンも一緒に食べるけど、今回は焼くのはなし。寒い部屋だから夏場みたいに食べ物がすぐ駄目になる可能性は低いけど、開封した物は先に食べないといけない。

 なんでうちの電気が駄目になっているんだろう。

 ここじゃ停電はよくあることだけど、ちょっと長すぎる。どこかの発電所が襲撃されたとかなら復旧にしばらくかかるかもしれない。そしたらお風呂も入れないから結構めんどくさい。

 机の上に味気ない朝食を並べたところで、家のドアを叩く音が聞こえてきた。

 ドンドンドン!

 ノックというよりは叩きつけるような乱暴な音だった。

 インターホンが使えないから、誰かがわたしを呼んでいるけどその誰かがわからない。

 親だったら鍵を持っているだろうし、近所の人か、知らない人だろうか……。

 とにかく、すぐに開けない方がいい。

 わたしはリビングの床から音がしないように、息を殺して歩いた。緊急用の武器はロックがかかっていて、本当の非常時以外は使わないようにと言われている。今は密室が保たれていて、わたしがドアを開けなければ安全……なはずだ。窓はしっかり閉まっているし、カーテンは閉めてある。

 通報システムは予備電源で生きていると仮定して、知らない人だったら居留守を使えばいい。

 よし、とわたしは頷いた。

 のぞき穴から、相手の顔を見る。

「…………」

 さっきから無遠慮に扉を叩くその人は、全く知らない人だった。若い……多分男の人。

 何の目的かわからない。知り合いでもないし、お母さんとかお父さんの友達とかでもなさそうだ。

 絶対に、開けないでおこう。

 その人は、まるで機械のように扉を叩く。無表情のまま、何か荷物を持っているけれど、それが何かはわからない。武器とかだったら怖い。

 このまま放置していれば、近所の人か誰かが通報してくれるかもしれない。それか、マンションの警備員の人が来てくれるかも。

 わたしは改めて鍵を確認した。アナログな方もしっかり閉まっているから大丈夫だな、と思った瞬間、向こうから声がした。

「ナマエさんー、いますか」

 ――どうして、わたしの名前を知っているんだろう。

「…………寝てるのか? でもこの時間は授業だろ……」

 …………なんで、わたしのことを知っているんだろう。

 謎の人は、「おーい」とか、「開けてください」とか言いながら、わたしの家の扉を相変わらず乱暴に叩く。こういう時に限って廊下を歩く人はいない。みんな関わりたくなくて引っ込んでいるのか、それとも運悪く誰もいないのか――。

 とにかく、よくない状況だ。

 でも依然として、わたしの安全は担保されたままだ。こっちが開けなきゃいいんだから。

「…………仕方ない、か」

 その人はポケットから何かを取り出して、うちの扉に押し込んだ。

「え…………」

 ガチャ、と音がして扉が開く。抵抗なく、流れるように。目の前に立っていたわたしはなすすべもなくその様子を目撃する。

「なんだ、居留守使ってたのか」

 その人はわたしを見下ろして、そう言った。

「あなた、誰ですか……」

「…………」

 わたしの質問には答えずに、その人はわたしの横を通り過ぎてズカズカと家に侵入する。マットに靴裏を擦りつけると、まるで自分の家に入るみたいにその人はわたしの家に入っていった。

「ふ、不法侵入だー?」

 わたしが大声で叫んでもその人はお構いなしだった。扉は開けっぱなしだったから、近所中に声が聞こえていただろう。

「あぁ……、はい。現場につきました。今から娘さんと話します。…………ええ、わかってます。はい、はい。では失礼します」

 なにやら電話をかけて人と喋ってるし、わけがわからない。

 自分の常識の外で物事が起こると、人は固まって動けなくなるらしい。

 突然の侵入者は、わたしの意思などお構いなしにやってきて、暴君の如く部屋に君臨している。どうしてこんな理不尽なことをされているのに、わたしは体が動かないんだろう。今すぐ部屋の外まで走って誰かに助けを求めればいい……んだけど。

 ――できない。

「ナマエさん、いいですか?」

 男はいきなりわたしに目線を合わせて、静かに言った。

「いいって、何が……」

「今から大事な話をします」

 学校の先生みたいな言い方だった。

 実際、わたしの年齢を見て言い方をあわせたんだと思うけど。

「あなたのご両親はテロに巻き込まれてお亡くなりになりました」

 悪い冗談は、このシチュエーションだけにしてほしい。

 

 その男の人はアクション映画の主人公みたいな格好をしていた。そんな野生児みたいな風貌とは裏腹に、女の人みたいな作り物っぽい顔立ちをしていて、それが本当に映画の俳優みたいな偽物じみた雰囲気に拍車をかけていた。

 無表情だし、愛想もない。歳は上だけど、まるきり大人という感じもしない。多分大学生くらいの年齢だと思う。

 わたしははじめ、これはタチの悪い冗談だと思っていた。ドッキリの企画か何かで、部屋の中に隠しカメラがあるんじゃないかと思って周りを見回した。そんなわたしを見て、彼は哀れむような、道理のわかっていない子供を見る時特有の、大人の顔つきになっていた。

 なんで、とかどうして、とか、ありふれた質問をするのは馬鹿げていると知っている。でも言わずにはいられなかった。

「……俺は、おそらく星外企業が行った工作の一環だと考えています。師父も同じお考えです。貴方のご両親が、議会で通そうとした法案が……向こうにとって不利益にしかならないものでしたから」

 子供にでもわかるように話しているつもりなんだろう。その割にはわたしの知らない人の話をするし、どうして警察や両親の秘書じゃなくて、あなたが来るんですかって感じだし……。

 ――この人の言っていることは本当なんだろうと思った。

 この星は戦争の真っ只中だ。いつ殺されてもおかしくない状況ではある。でも、うちの親は関係ないと思っていた。そんなことは向こうからすれば知ったことはない、ということなんだろう。

 ニュースで見ているだけでも、いや、ニュースだけじゃない。この場所で歩いていればどこからだって理不尽な侵攻に不満を漏らす声が聞こえる。まだルビコンは完全に支配されているわけではないから、どれだけプロパガンダを打ったところで市井の人々の声はかき消すことはできない。

 徹底抗戦を続ける面倒な政治家は、武力で黙らせてしまおうという安直な発想。如何にも外様の侵略者がやりそうなことだと思う。

「ご両親のIDカード、です」

 持っていた袋の中から、二枚のカードが取り出されて、わたしの目の前に差し出された。紛れもなく、わたしの親が持っていた市民IDそのものだ。震える指先で受け取って、プラスチックのひんやりとした冷たさと、無機質な堅さを確かめる。

「他の遺品は……、今はまだこちらで預からせてください」

 ボソボソと呟くように言葉を伝えてくるこの人は、わたしの親とどういったつながりがあった人なんだろう。

 見るからに政治家ではない。若すぎるから。

 秘書の人でもなさそうだ。わたしの知っている人の中に、この人の顔はない。

 そうでなければ、何かの政治的なグループのつながりだろうか。企業の侵攻に抵抗する政治結社のようなものだったら、こんな人がいてもおかしくない。両親はそういった集団と関わっていてもおかしくない……と思う。

 親はわたしにそういった団体との関係を話してくれたことはなかった。わたしはまだ子供だからというのもあるけれど、危険なことに巻き込みたくなかったのだろう。

「あなたは……、一体誰なんですか」

「…………」

「いきなりやってきて、親が死にましたなんて言われて、すぐにはい、そうですかって受け入れるわけないじゃないですか」

「貴方のご両親に俺は……、とてもお世話になっていました。全く血のつながりのない俺を、息子みたいに思ってくれて……。これは俺の独断でやっていることなんです。それに、もう」

「いや、だからあなたについてわたしは聞いてるんです」

 どうしてこの人はかたくなに自分のことを話そうとしないんだろう。こっちは身元から何から筒抜けだというのに、向こうがある程度自己開示してくれないと話をしようという気がわいてこない。

 大人のくせに、抜けているところの多い人だ。……これくらいで許せてしまうわたしも、相当のお人好しかもしれない。

「……ラスティ、です。名前。そう呼ばれて、います……」

 一文字一文字をかみしめるように、その人は自分の名前を言った。わたしは頭の中で、彼の名前を反芻する。自分の名前を教えて貰うだけなのにこの人は――ラスティさん……は、重要な秘密を打ち明けるような態度だった。かしこまって聞いているのが馬鹿馬鹿しいくらいだけど、その感じが逆に今の救いになっているかもしれない。

「あの、とりあえず朝ご飯食べていいですか? 話はそれからで」

「あ、はい。大丈夫です」

「何か飲みますか? っていっても、牛乳か冷たい水くらいしかないですけど」

 こういうとき、本当は子供らしく戸惑って泣けばいいんだろうか。わたしの体は親の言いつけを完全にインストールして、客人に対するもてなしをしっかりするようにという義務感だけで動いている。

「……ご飯を食べたら、お話、します。これからのことも、全部……」

 真剣なくらい陰気な顔をしているラスティさんを見ていると、どっちが大変な立場かわからなくなってきた。

 

 親の遺体は、損壊が酷すぎてわたしには見せられないらしい。わたしはそれでもいいです、見せてくださいって言ったけど、無駄だった。

「死んだところを見ないと、死んだって実感がわかないんですよ」

「…………」

 喪服に着替えて、棺の前で葬儀会社相手に抗議しているわたしを見て、後ろにボディガードよろしく控えているラスティさんが、気まずそうな表情をしているのが見なくてもわかった。

「あの、大丈夫です。このまま続けていただいても……」

「はぁ……」

 怪訝な顔をしながら、葬儀を執り行う社員の人はわたしの顔とラスティさんの顔を交互に見る。でも結局、大人の言い分の方が有利だ。

「……では、ご遺体はこちらで預からせていただきます」

「はい、お願いします」

「わたしの親って銃で殺されたんですか? それとも爆破? 見せられないような状態ってことは、後者でしょうか。それとも圧死ですか?」

「……ナマエさん、静かに」

 冗談じゃない。わたしは親の死に顔も見れないのか。どんなにグロテスクだったとしてもそれを見届ける権利はわたしにある。

 なんでこんなぽっと出の男にわたしの行動を制限されないといけないんだろう。

 苛立ってムカついて、ラスティさんのことを思い切り睨んだけど、無視された。

 わたしも何かしたいけれど、小学生は黙って静かにしていることが仕事だと言われた。あと、挨拶に来た議員だとかどこかのお偉いさんだとかの相手も。

 わたしが連れてこられたホテルでは、ずっと知らない大人がわたしの親のためにずっと動いている。ラスティさんだけが、わたしとちゃんと話してくれる唯一の大人だ。

 葬式用の服も、食事も、全部この人が手配してくれた。葬儀の打ち合わせに無理言って連れ出してくれたのも、この人だし。

「うちの親は信仰もないので、葬式なんてしなくてもいいですよ」

「…………存じてます。でも、貴方のご両親はいろいろと繋がりがありますから……。人脈がナマエさんを助けることだってある、と思います。だから、人とのつながりは大切に……」

「あーあー、はいはい。理解してますよ。わたしはシケた顔して、お花を持って静かにしてればいいんでしょう」

「……そうですけど、でも……」

「わたしは、テロの被害者の遺族で、かわいそうな子供って役をやらないといけないんですよ」

「貴方のご両親は、ルビコンの未来を作るはずの人、でした。貴方が思っているよりも、影響力は大きいんですよ。……小学生の世界では、あまり理解できないかもしれませんが」

「…………知ってる。学校で、無視してくる子とか、いるし……」

「……ルビコン内部でも、企業を受け入れるか……、徹底抗戦の姿勢を取るか、割れていますからね」

 わたしの親と懇意にしていたくらいだから、この男の思想は大体察しの付く通りだ。

 両親は理想を貫いて死んだ。あるいは、志半ばで凶刃に倒れた。どうとも表現できる。

 立派なことだと思う。それと同時に、わたしが一人になるかもしれないのにするべきことだったのだろうか、とも思う。

 わたしも年相応に親に甘えたかった。彼らがやらなくてはいけないことだったと理屈では理解しているが、やっぱり親は親で、わたしには唯一の肉親で、もう会えない人になってしまう前にもっと何かできなかったのかと悔やんでも悔やみきれないし、なんでもっと一緒にいてくれなかったんだろう、と他の親子を見る度に嫉妬のような感情が生まれいく。ずっと我慢していた感情が、親がいなくなってようやく自分事として吐き出せるようになった……のかもしれない。

「きっと今は、いろいろな思いがあると思います。でも、貴方のご両親の理想を無駄にしたくない。思いを継いでいきたいと……俺は思っています。理解してもらおうとは思いません。でも、今はルビコンの未来のために貴方のご両親の力が必要なんです」

「…………どーでもいい。こんな星も、何もかも、なんでもいい。どうなっても知らない」

「…………」

 わたし一人よりも、この星で生きている何百万の方をとった親。正義のために、正しいことのために生きている親を、わたしは誇りに思うと同時に……恨んでいる。

「……おなか空きませんか? ケータリングでも頼みましょうか」

 重苦しい空気の中で、大人は気を遣ってくれているのがわかる。ラスティさんという人は、そういう意味では本当に大人らしい振る舞いをしているといえるだろう。

 わたしは……、子供だから何でも自分で決定できない。誰かの好意がなくては生存すらできない。

「今はいりません」

「そうですか……」

 政治家二人が死んだだけで、葬式はこんなに時間がかかるのだということも知らなかった。両親二人に捧げる花の名前もわたしは知らない。この人のことも、この惑星で起きている抗争も、全ては遠い世界の出来事のように思えてくる。

「じゃあ、食べたくなった言ってくださいね」

 全てを取り仕切るこの人が、わたしの知らないことを全部知っているというだけで憎たらしく思えてしかたがなかった。

 

 嵐のように時間は過ぎ去っていく。くたくたの体をソファに預けながら、わたしは天井を見上げた。

「お疲れ様、でした」

 わたしは乱暴に靴も靴下の脱いでしまうと、そこらに放り投げた。体を締め付けるような格好は嫌いだ。大人になったらずっとこんな服を着ていないといけないのかと思うと、吐き気がする。

 ラスティさんは机の上にペットボトルとレンジで暖めたばかりのご飯を並べた。召使いみたいだな、と失礼な目線で彼を見る。

「お風呂も入れておきますね」

 やつれた顔は最初にあったときから同じだけど、今はそこに疲労も乗っかって、死にかけの病人みたいに見えた。

 若いくせに覇気ってやつがない。

「夜中に何かあったら俺の番号にかけていいですから」

「…………」

 ホテルの部屋でかいがいしくわたしの世話を焼く彼を見ていると、なんとも言えない気持ちになってくる。むずむずするっていうか、なんだろう。

 この年代の男性と関わることはめったにない。友達のお兄ちゃんとか、それくらいしか。わたしは一人っ子だし、学校の先生はみんな親と同じくらいの中年手前くらいの先生か、お年寄りしかいなかった。

「今日は疲れたと思うので、早く寝た方がいいと思います」

 ラスティさんはこちらに何も強制しない。早く寝なさいではなく、早く寝た方がいいと言う。お風呂に入れとも言わず、湯沸かしのタイマーをセットする。歯を磨けとか、散らかした靴も黙って拾ってベッドの脇に並べる。

 これがお母さんかお父さんだったら、絶対に命令する形で言ってくるのに。

 こんな風に言われたことがなかったので、正直むずがゆくて仕方がなかった。何もかも自分で選べと言われているようで、嬉しいような、どうしたらいいか決めてほしい気もするし……。

「ラスティ……さん、は、ご飯は」

「俺は……さっきので満腹なので」

 葬儀の最中に食べた、お皿の面積に対して量が少なすぎるご飯を思い出した。わたしはずっとお悔やみ申し上げますを連呼する人たちに向かって頭を下げるので精一杯で、ろくに味も理解できなかった。

 わたしですらお腹が空いてしまっているのに、子供のわたしより食べるであろうラスティさんが平気だというのはおかしいと思った。気遣いなのだろうか、それとも早く一人になりたいのか。

「こんなに多い量、残しちゃいます」

「…………」

「半分食べて貰えます?」

「え、えぇ……。いいんですか?」

 ラスティさんは、ゆっくりとこちらに近づいた。わたしはホテルに備え付けのカラトリーを出すと、テーブルの上にセットする。

「これ大人用のメニューだし、いっぱい種類あるし、パーティ用のやつだから量多いし、食べられないし……」

「すみません、どういうのが好きかわからなかったので……」

 目の前にセットされたオードブルを見ながら、流石にこれを子供一人に食べさせるのはあり得ないと思った。

 確かに、揚げ物とか、チョコレートのケーキとか、小さい子供が喜びそうなメニューばかりだけど……。

「嫌いな物あったら避けといて貰えれば……」

「……お父さんは好き嫌いせずに食べろって」

「え、あ……、あぁ。そうですよね。うん、好き嫌いせずに野菜も食べた方がいいですよ」

 この人は、どうしてもわたしに嫌われたくないんだろう。そんな態度が言葉や行動の端々からにじみ出て、臭いくらいに感じ取れる。

 ……この人は、一体わたしにどうしてほしいんだろう。

 ここまで面倒を見て、小学生相手に媚びを売るみたいな態度をとって。正直、そこが見えてこないことが一番不気味だった。普通、こういうことって女の人がわたしの面倒を見てくれるんじゃないの? 男の人と二人きりでいさせられて、親の秘書や周囲はなんとも思わないの?

 ――そういえば、わたしはラスティさん以外の人とろくに会話もしていない。常に間にこの人が入ってきて、壁を挟んで会話するみたいに、他の大人と話をさせられていた。

「…………」

 急に動きを止めたわたしを、ラスティさんはじっと見つめている。

「気分が悪いですか? 大丈夫、ですか」

「…………っ」

 一度頭に浮かんだ疑念は、冷静になれるほど静かになってくれない。

 聞く、か……?

 今……、この人に、話してもいいことなんだろうか。

 正直、わたしはこの人を信用できない。周りがあっさりと受け入れていることが気持ち悪いくらいだ。

 こちらに危害を加えてこないという保証もない。

 目の前に並んだ食事が、途端に明度を欠いていく。

「体調が良くないようでしたら、医者も呼べますよ。薬も……市販のやつだったら」

 この心配するような表情も、言葉もなにもかもわたしを騙すための嘘だったら、どうしよう。何かの書類にサインさせて、遺産をふんどる気かもしれないし……。

 今まで大して考えてこなかった疑念が、次々と浮かんでは脳のスペースを占有していく。

 沈殿したような青い色をした瞳が、わたしを見ている。これが……わたしを心配してくれている顔なのか、騙そうとしてくる詐欺師の表情なのか、わたしにはもう見分けがつかなくなってきた。

「………………な、なにが目的で……、わたしなんかに……」

 縋るような気持ちと、もう何がなんだかわからなくなってきた混乱で、一番言わないでおこうと思っていた言葉を言ってしまった。

「目的……」

 この人が悪逆非道な詐欺師で、わたしを殺してしまうつもりなら今、一息で殺してくれと思った。

「…………」

「目的は……この星の未来のため」

「わたしなんて……。そんなこと、何の役にも立たないでしょう」

「大雑把に言いすぎたかも、しれません……。すみません。俺は……、ルビコン解放戦線のメンバー……です。貴方のお父様とお母様は、ずっと支援をしてくださっていた恩人……で、俺は特に二人に面倒をみてもらっていた、から、二人の間にお子さんがいるって聞いて、いてもたってもいられなくなって……それで……」

「お父さんたちは、実の娘よりもレジスタンスの支援の方に時間を割いてたってこと?」

「…………この星を侵攻から守るためには、必要なことですから。今住んでいるところが企業に支配されると、大変なことになります」

「…………否定しないんだ」

「すみません。プライベートのことは俺もよく、わかりません。だから、わかったような口を利くのも違う、と思いました……」

「…………」 

どこまでが本音なんだろう。それとも、底抜けに素直な人間? どちらにしても、わたしからすると不愉快でしかない。

 きっとこの人は、わたしよりも親がどういう人間だったか知っている。……きっと、あの二人のことだから自分の息子のように扱ったことだろう。だから恩義を感じて、会ったことすらなかったガキ相手にこんなに平身低頭な態度で、誠心誠意……心を尽くして接している。

 馬鹿丁寧な男だ。

「……結局、わたしはどうなるの?」

 ――実のところ、ずっと考えていたのは親についてではなく、今後の身の振り方についてだ。わたしの親は天涯孤独の身の上でルビコンに転がり混んできた労働者の出身同士で、つまりはわたしには身よりという物が存在しない。頼れる血縁はここにはいないのだ。ということは、わたしはどこかの施設に入れられるか、政治家同士のコネクションによって知らない家庭に入ることになる可能性が高い。

 ――正直、酷なのはそこだ。

 今までずっと一人で自由に過ごせていたのに、いきなり他人と一緒に暮らせと言われればわたしの心は崩壊するだろう。

 もう今の段階ですら、人とずっと一緒にいると体が強張ってきている。

 でも未成年が後見人なしで合法的に一人暮らしをすることはできない。

 …………考えるだけで憂鬱だった。

 この未来を彼がどうにかしてくれるんだったら、わたしはラスティさんを神を信じるように愛してやってもいい。

 こんな青臭い、学生みたいな人に何かができるとは思っていないし、期待しないけど。

「……望むなら、俺が後見人になってもいいですか?」

「…………えっ?」

 思わず、手からフォークを落としそうになった。――ジョークなら今すぐ訂正してほしいところだ。

「俺……は、法律的には養子を取れる年齢だし、貴方のお母様からもよろしくと頼まれています……から、まだ若いのでいろいろ大変かもしれないし、もしかしたら、無理だって言われるかもしれないですけど……。俺は、やっぱり恩師に報いたいと思っています。だから、その、会ったばかりのやつを信用しろって言われても無理だと思うけど……。ナマエさんさえ、よければ――家族に、なりませんか」

 顔を真っ赤にしながら、しかも細くて消えてしまいそうな早口で彼は言い切ってしまった。その後、あっ! という焦りの表情に切り替わり、すぐに押し黙ってうつむいてしまった。

 わたしはというと、今伝わってきた情報をかみ砕くのに精一杯で……、口を開けて彼の顔をぼーっと見ているしかできない。

「す、すみません……。出過ぎた真似を……してしまいました。感情だけで先走るのは悪癖だと、よく注意されるのに」

「…………」

 再び、沈黙……。

 ――どう答えたらいいんだろう。

 この人についていって、わたしは幸せになれるんだろうか。

「お父さんとお母さんは、なんて……」

「もしもの時は、娘を頼む……と」

 わたしは人の良さそうな笑みを浮かべた両親が、この人に家族――わたしのことだ――の話をする様子を想像した。

 ……如何にも彼らが言いそうな言葉ではある。

 両親が政界でどのような立ち位置にあったのかわたしにはまだ理解できないが、暗殺されたことから考えて決して味方が多くなかったはずだ。

 今のルビコンは企業の「庇護下」に入って物質的な恩恵を受ける代わりに自由を差し出すか、自治権の確保のために抗戦するかに分かれていると聞いている。星外企業の持つ資本と技術が欲しいと考える立場の人間も多いだろう。どうでもいいと思いつつ、なんだかんだここで生きていく以上は、考えることを避けられない。

 この男に両親が何を見いだしたかは分からない。人となりも、そもそもルビコン解放戦線でどのような役回りをしているのか、具体的に両親が彼に何を期待していたか、知るための資料や形見は存在しない。恐らく非公式での関わりだから、証拠は全て消去されているのだろう。

 ……だから、自分の直感で選ぶしかない。この先自分がどうなるか、どう生きるか、この歳で選ばなくてはならないなんて。

「……わたしは、ラスティさんを信じていいんですか」

 自分で考えろよ。そう思ったけれど、わたしの口は思ったことをそのまま出してしまう。

 親がそう言ってるなら、それが正しいと思うしかない。そもそも、両親を殺した犯人が彼だという可能性も考えられるのに、わたしは早く楽になりたい一心で縋っている。

 自分の思考を放棄――考えることを辞めたくて仕方がない。今わたしが生きているだけで大勢の人の何かしらに影響があるのだとしたら……自分の言動一つで体制が動くという可能性があるのなら、わたしは徹底的に使われるだろう。

 わたしが弱くて、未熟で、子供で、何の力も後ろ盾も持っていないから。傀儡にされて使い捨てられるだろう。そうなることは容易に想像がつく。

 ――でも、この人のところについていけば、少なくともすぐに死ぬことはないだろう。

 わたしは両親のようになりたくない。顔も知らない人間に道半ばで殺されて太く長い人生を生きるなんてまっぴらご免だ。

 早く一人になりたい。でも一人だと生きていけない。利用されるならされるで、利用目的がはっきりしている人のところに行きたい。

「わたしはまだ……死にたくない」

 期待してしまう。この人ならもしかして、なんて絵空事を。

「……絶対に、大丈夫です。約束、します」

 根拠なんてない。

 目の前の人は誠実そうな目をしている。しているだけ――確証なんてない。

 藍色の目がこちらをじっと見つめている。真っ直ぐな瞳だ。最初に見たときは確かに陰りのようなものがあったように感じたけれど、今は違う。

 ――むしろ、直線で射貫いてくるかのように鋭利な輝きが、まぶしいと感じるくらいだ。

 この人はきっと何かを成し遂げるだろう。わたしの親が期待をかけていたのもうなずける。

「じゃあ、わたしと家族になって……お兄ちゃん」

 お父さんとお母さんは死んだ。誰もその代わりになんてなれない。第一、この人を父と呼ぶにはまだ若すぎる。

 そっと伸ばした手に彼の指が触れたとき、胸の奥で火花が弾けるような疼きが生じた。

 

「……そういえばさ、お兄ちゃんって喋り方変わったよね」

「あ、あぁ……。そうだったかもしれない。昔のことだから、あまり覚えていないが」

 ソファに寝転がりながら、わたしは兄の顔を見つめる。精悍な顔つきとは言い難いが、あの時見つめた瞳の奥の光はたおやかな見た目とは裏腹に、年々輝きを増していっているように思う。

 ……でも、ここにいるときの兄はどこにでもいるような普通の人だ。会社勤めの……サラリーマンといっていいかはわからないけど。まぁサラリーを貰って仕事している人だから、正しいと言われれば正しい……か。

 キッチンに立って、別にやらなくてもいいのに手料理を作る彼を見ていると、親っていうものがいたらこんな風なのかな、とか、余計なことを考えてしまう。今の時代、ほとんどの家庭では調理という概念が消えて、大概はチルドの合成食で事足りてしまう。料理なんて物は金持ちの道楽か、趣味の領域であって家政の領域には存在しなくなった。

 それなのに、兄は家で料理を作る事を辞めない。まぁ……、美味しいからいいんだけど。

 その理由が趣味なのか、それとも何か別に理由があるのかはわからない。聞こうと思ったことがないわけじゃないけど、別に知ったところでどうというわけでもないから。

 昔から料理をするときの顔つきだけは昔と同じ。全く変わらない。足下にまとわりつく子供のわたしをあしらいながら、どこで教わったのか慣れた手つきで野菜を切ったり炒めたりする姿は、昔の少しシャイだった頃の兄と同じだ。

 どっちがいいとか悪いとかの話じゃない。わたしは兄を心から愛しているし、人間は生きていれば変化することを強いられる。これは避けられないこと、だから……。

「そういえばさ、わたしの今の歳の時にお兄ちゃんはわたしを養子にしたんでしょ。よくできたよねって今なら思うよ……まぁ、昔から感心してたけど」

 大学生の歳で年齢の離れた子供、しかも血縁でもなんでもない子供を、責任感だけで引き取るんだから、まぁ普通の人間じゃないよねっていう。

 わたしが今の年齢で、兄と同じ立場だったとしたら絶対にそうしないだろう。

 兄はそういう面で任侠っぽいというか、筋を通したり縁故を大事にしたりすることを重んじる、昔気質みたいなところがある。ちゃらんぽらんで適当に生きてるわたしとは違うなぁと、思う。

「……本当に、ナマエのご両親に私は世話になったんだよ。恩返しというわけでもないけれど、とにかく何かしなくてはいう感情だけであの頃は突っ走っていた気もするな」

「ふーん」

「それに、家族が欲しかったんだ」

「へぇ……」

 兄の来歴は詳しく聞いていないけれど、わたしの親が親代わりみたいな物……というか、ルビコンのレジスタンス全員が親みたいな物、だったらしいから、そうなった背景を想像するのは難しくない。

「わたしと一緒になって、よかったって思う?」

「あぁ、思うよ」

「ほんとかなー?」

「そこを疑われたら証明しようがないだろう!」

 確かに、とわたしは笑う。

 本当はもっと確証が欲しい。絶対にわたしは愛されているのだという確証、ずっと一緒にいてくれて、必要とされているのだという実感。それらを明確に表してくれないと不安になる。

 誰だってそうじゃないの。

 ……わたしは、他の家庭を知らないし、知る予定もないからいつだって不安になる。この人がいつわたしを置いてどこかに消えていくかもしれない。危険な場所で、どこの馬の骨ともわからないような奴に殺されて、骨だって戻ってこないかもしれない。

 そういう世界に生きているから。予想できる未来だから。

 ……わたしはずっと、兄のことが好きだ。

 きっとそれは未来永劫変わらないんだと思う。

 だって、兄以上にわたしのことを思っている人はこの世界にはいない。兄には未来があって、目標があって、世界のために動いているけれど、わたしには何もない。せせっこましい小さな領域を、手のひらで扱えるような安全地帯を死守するので忙しくて、他なんてどうでもよく思えてくる。

「わたしたち、ずっと家族だよね」

「ナマエがそれでいいなら」

 それでいいんじゃなくて、最初からそれ以外あり得ないんだよ。

 兄の視線の先をわたしが占有していた時間というのは、本当にわずかだった。この人の目は常に先を見据えている。終わりの見えない状況の閉塞感に安心するのはわたしだけで、ラスティはずっと先にある地点を真っ直ぐ見つめて、そこに向かって歩いているのだ。地面を這うように、自分の領地を守ろうとうずくまっているわたしとは、違う。

「……わたし、親と同じ墓には入らないから」

 だから、お兄ちゃんも死んでもずっとわたしと一緒にいてよ。

 そう願わずにはいられない。選んだ家族は、血縁よりも重たいから。

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