AC6夢小説マトメターノ   作:青木晃

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ラスティ義妹夢主5

 珍しく、その日のわたしは日が登ってすぐに目を覚ました。いつもは、目覚まし時計が鳴ってもしばらくベッドで身悶えているのが常だけれど、今日は別人みたいに寝起きがスッキリしていた。これがいいことなのか、それともよくないことが起きる予兆なのか、意味が読めない。意味を読むこと自体、無駄な行為かもしれないけれど、わたしは脳を焼かれた陰謀論者みたく、何事にも意味を見出す性質だったから、我慢できなかった。

 思考が始まる。その前に朝の準備をしなくちゃ。もうそろそろ兄が起きる時間だ。起こしに行ってびっくりさせてやろう。

 

   ◆

 

 新しい学校で、わたしはそれなりにうまく行っていた。わたしが擬態をすることを覚えたからだ。兄の方も、仕事はそれなりにうまく行っているようだった。いいことだと思う。それから、彼氏ができた。彼の横顔は兄によく似ている。

 わたしと彼が付き合い出したのは、なんてことのない告白からだった。わたしは彼が古風にラブレターを送ってきたから。それを気にいってオーケーしたのだと周りに吹聴した。全部、嘘だけど。

 実際のところ、わたしは彼のことなんて好きでもなんでもなかった。わたしの心の中には兄がいて、それ以外は至極どうでも良かった。ただ、周りに馴染みたかった。もう二度と、兄への特別な感情を周りに悟られたくなかった。

 そんな個人的かつ身勝手な理由で、わたしは一人の男の純情を現在進行形で弄んでいる。

 

「今日は一緒に帰れるよな?」

 昼休み、たまたますれ違った彼にそんなことを言われたので、わたしは黙って頷いた。わたしはきちんと笑っていられているだろうか? 向こうはわたしの内心を知ってか知らずか、嬉しそうに笑っていた。

 ……ああ、ちょっと角度が惜しかった。

 もう少し斜めを見てくれれば、彼の目の角度は兄に酷似している。目元だけ、お兄ちゃんにそっくりだ。

 

 新しい男と付き合っていながら、わたしの本心は兄への恋心を拗らせまくっていた。それなのに、なぜ新しく彼氏を作ったのかといわれれば、複雑な気持ちを吐露せざるを得ないだろう。

 正直に言おう。前の学校で、近親相姦のクソ女だと罵られたことを根に持っている。

 実際のところ、わたしと兄には血のつながりはない。お互い別々の両親のもとに生まれたし、親戚というわけでもないから、絶対にこの感情は近親相姦のそれではない。これは揺るがない事実だ。

 けれど、問題はそこではない。

 わたしと兄は養子縁組をしている。つまり、書面の上ではわたしと「兄」は親子で、一度こうなると解消するまでお兄ちゃんとわたしは結婚できないことになる。それに実際、わたしと兄は本当に兄妹同然の暮らしをしている。わたしはお兄ちゃんの下着を洗濯機で洗うし、昔は一緒にお風呂に入っていたし(その時からわたしは兄をゴリゴリに恋愛対象として見ていた)……で、気づいた。もうこれはほぼ血の繋がりのある兄妹と一緒ってことじゃん、と。

 昔から、兄にこの感情を伝えることは迷惑であることは、なんとなく理解していた。昔というか、小さい頃は、お兄ちゃん大好きと無遠慮に叫んでいたが、流石にこの年でそれをやるのは痛々しく見えるだろう。そして何より、冗談っぽく見えてしまう。愛の告白は本気で伝えないと、あの朴念仁は何も気づかないだろう。

 現在、兄はわたしのことを完全に妹だと思っている。つまり、わたしを女として見ていない。それでは困る。

 なので、新しく外で男を作ることにした。

 これは巧妙な擬態であり、兄を欺く隠れ蓑であり、そしてなによりあわよくば兄が嫉妬してくれるのではないかという祈りである。本命は一番最後だ。

 前の学校のようなことは二度と起きないようにする。それがわたしと兄との間に言葉無くして交わされた約束であり、現在進行形でそれは守られている。

 わたしはいい子だから、嘘が露見するようなことはしない。だから、好きでもない男と手を繋ぎ、ハグもした。キスは……そろそろ求められるんじゃないかなという頃合いだけど、ファーストキスにこだわりがあるわけじゃないし、どうでもいいやと思っている。

 ──まあ、全部嘘だけど。

 

 わたしたちは放課後、ありきたりなデートをするのが常だった。今日はテスト期間が終わってすぐで、学校の生徒の大勢が浮かれていた。わたしはその様子に同調しつつ、いつになったらこの男と兄を引き合わせられるだろうか、と作戦を練ることへ神経を集中させていた。

 兄が少なからずショックを受けたら、わたしの勝ち。この男はもう用済みで捨てても構わない。セックスを求められる前に別れてしまおう。

 その点に関して、わたしの良心は痛むことを知らない。目的のためならどれだけ人を傷つけようが、構わないと思っている。それと同時に、兄はきっとそんなに衝撃を受けないだろうと考える冷静な自分がいる。

 ……自分の性格の悪さというものに、薄気味悪さを覚えるわたしがいた。いつから、わたしはこんなに冷酷になれたんだっけ? それとも、みんな黙っているだけで、これが普通なんだろうか……。

「ナマエ、顔色悪いけど大丈夫?」

「あぁ……うん。昨日あんま寝れてなくって。それでかも」

「どうせ勉強してたんだろ? テスト終わったのに、超真面目だよなあ」

 曖昧に笑って受け流す。

 わたしなりに、これ以上この男を傷つけないように必死だった。お願いだから、わたしを好きならないでいてほしい。どうせ手ひどく振るのはこっちなんだから、余計な手間をかけたくない。暴れてナイフでも振り回されたら、面倒だし。

「あっ……垂れてる」

 わたしの手に持ったアイスが、コーンのふちから溶けて流れる。持っていた右手まで垂れて、そうしたら、もうどうでもよくなった。

「…………」

 ベタベタとアイスは溶けていく。もう何もかも、どうでもいい。放置していると、向こうが心配そうな顔をしてわたしの顔を覗き込んできた。……うるさい。顔だけで、うるさい。

「……それ、いらないなら俺が食おうか?」

「…………」

 ……なんで、こうなったんだろう。

 わたしが無言で俯いていると、向こうが困ったような顔をして、焦っているのがわかった。

 わかっていて、面倒だから無視をしている。

 早く、わたしを嫌いになってくれないかな。こっちから振るのも面倒くさいし。

 ってか、正面からこっち見るのやめてよ。もうちょっとだけでいいから……横を向いててよ。

「…………気持ち悪い」

 思わず口から出てしまった。

 わたしの言葉を聞いて、向こうはなんとも言えない神妙な顔をして、「体調が悪い? なら帰ろう」と言ってくる。

 まさか、自分に対してそう言われているとは思ってもいないんだろう。そうだね、普通はそう思うよね。

 ……あーあ、どうしてこんなバカなことをしちゃったんだろう。

 お兄ちゃんのことが好きなのに、なんでこんなやつを彼氏にしちゃったんだろう。

 ほんっとうに、わたしって馬鹿だな。その上、最低のクズだな。

 自己嫌悪でいっぱいになり、何も言わずに黙っていると、向こうが家まで送ると言ってきた。もう家なんてすぐそこだったし、断ろうかとも思ったけど、なんとなくで許してしまった。

 今日は、お兄ちゃんが家に帰ってくる日だったから。

 

 うちはタワーマンションなので、彼とはロビーで別れるつもりだった。ロビーというか、普通にホテルのフロントみたいにソファがあって、コーヒーが飲めるサーバーまである。

 本当は部外者を入れちゃいけないんだけど、どうしても兄とこいつを引き合わせたくて、こっそりと連れ込んだ。

 幸い、ここの住民の数はそれなりにいるから、ちょっとくらい混ざったって別に目立たない。

 狙い通り、兄が帰宅すると連絡を入れていた時間と被せて帰宅する。エレベーターの前に立つ兄の姿を見つけて、内心ガッツポーズをしながら駆け寄った。

「お兄ちゃん!」

 呼びかけると、兄は振り返って手を振る。わたしの顔を見て顔を綻ばせかけていたが、横にいる男の存在に気づいて、さっとよそ行きの顔に表情を作り変えた。──わたしだけが、兄の細かい顔つきの変化に気づけている。

「ああ、初めましてかな? 君はナマエの……お友達? それとも……」

「ナマエさんと、おつきあいさせて頂いてる者です」

 被せ気味だった。緊張している、固い声……。まあ、真面目そうでいいんじゃない?

 わたしはというと、兄の表情を凝視していた。口元では笑顔を作り、幸せそうなアピールをする。

 兄は驚いたような表情を浮かべているが、次第に、なんとも言えない嬉しそうな顔に変わった。

 ……面白くない。

 これじゃあただの、予想通りでしかないじゃん。

 最初からわかっていたけれど、兄は兄でしかなかった。

 お兄ちゃんは、本当にいい「お兄ちゃん」で、それ以上でもそれ以下でもない。ほんっとうに、憎たらしいくらい、大好き。

 そう思うと同時に、刺したいくらいに憎らしく思う。お兄ちゃんは、わたしに男ができても嬉しそうにするんだね。そんなに都合のいい展開がないとわかっていながら、わたしは気が狂いそうなほど、内心で怒っていた。

 わたしを離さないでよ。

 でも、そんなギラついた兄の姿を見るのは嫌だった。

 徹底した矛盾。

 そして、馬鹿みたいな子供の浅知恵。

 わたしは勝てない試合に最初から挑んでいるようなものだった。

 ……本当に、馬鹿馬鹿しい。わかっていたけれど、悔しくて涙が出そうになる。

「ナマエと仲良くしてくれて、ありがとう」

 兄はそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。

 ……早く帰れよ。

 もう見たいものは見れたんだよ。

 ムカついて、腹の中が煮え繰り返りそうだった。

 結局これも、自分で始めた話なのに。

 

   ◆

 

「それで、さっきの彼なんだけど」

「ああ、うん……? うん……」

 さっきの彼? 誰だっけ? と一瞬思ったけれど、暫定現在の彼氏であるあいつのことだと理解して、わたしは頷いた。正直、見たいものは見れてあいつは用済みだなと思っていたけど、兄の中ではついさっき妹が紹介してきた彼氏だったな。

 兄はなんだか浮かれていて、ウキウキとしながら料理を作っていた。わたしがいつも食べているケータリングの安っぽい食事を嫌って、兄は自分の家に帰って来れる時は必ず自炊をする。わたしもその横で手伝う。それがいつもの慣習になっていた。

 ショットガンマリッジなんて言葉があるくらいだし、大事な妹に彼氏ができて、兄は少なからずショックを受けると思っていた。そんなことを期待してわたしは彼氏を作り、兄に紹介したのだ。そういう用法で彼氏を作る女は、世界中探してもわたしくらいだと思う。

「ナマエももう大きくなったんだな。ついには彼氏まで作って……あの子、真面目でいい人そうだったな。いい男を捕まえたなぁ」

「うーん……そうかな」

「彼氏のことで謙遜するのはやめておけよ」

「うーん……」

 わたしにとっては、お兄ちゃんが一番かっこいい男性で、素敵な人で、大好きなんだけどなあ。……なーんて言えたら、どれだけいいか。まあ、言ったところで兄はそれこそ自分を謙遜して、もっといい相手がいるとかなんとか言って、わたしの思いを適当にあしらうだろう。そういうところが本当にイラつくけど、大好き。

「……なんだか寂しくなりそうだ」

「えっ?」

 今、なんて言った?

「──いや、なんでもない」

 誤魔化したいことがある時、斜め下を見るのが兄の癖だ。わたしは、それを見逃さない。

「お兄ちゃん、わたしが結婚したら寂しい?」

「……まあ、そうかもしれないな」

「よかった。じゃあわたし、一生結婚しないでいる!」

「……それは、まあ、本当に結婚したい人ができるかもしれないから、やめておきなさい」

「お兄ちゃんが寂しくって泣かないならしてもいいんだけどね」

「ははっ、流石にそんなことは……いや、あるかもしれないな」

 まさか、兄がそんなことを言うとは全く予想できなかった。それこそ、わたしがショットガンの銃撃を喰らったような衝撃だった。

 嬉しくって、ニヤニヤする。

 わたしは無性に飛び跳ねそうで、飛び跳ねる代わりに手元の野菜の皮を剥くスピードを上げた。

 ブラザーコンプレックス丸出しの発言であるにもかかわらず、兄はわたしの発言に追及しない。自分の言ったことが恥ずかしくて、何も言えなくなっているんだろう。

 かわいいなあ。

 成人した男の人にこんなことを思うのは、失礼?

 さっきの人はね、本当になんでもないの。

 口から出まかせにそんなことを言ってしまいたくなる。

 お兄ちゃん、ごめんね。本当は彼氏なんていないから、寂しがらないで。

 そう言って抱きしめられたら、どれだけよかっただろう。……でも現実は、そううまくはいかない。

 わたしは片手で「勉強に集中したいから、別れよう」とメッセージを送信して、あの男の連絡先を全てブロックする。そして、再び流し台の前に立つ。

「……何か連絡でも?」

「ちょっと友達のメッセ返してた」

 きっと今、向こうは本気でショックを受けているだろう。既読ついたか見てないから、わかんないけど。……友達に、彼氏がいるっていうのは隠しといてよかったな。これで学校公認のカップルとかになってたら、別れた後気まずいし。

「ナマエ、ちゃんと彼氏は大事にしろよ」

「はあい!」

 なぁんて、威勢よく返事したけど。現実はめちゃくちゃだ。わたしは明日から、多分学校で男をめちゃくちゃにフったクズの女ってことになってるかもしれない。でも、それくらいのリスクを負ってでも、兄のあの言葉を引き出せたのはよかった。

 わたしって本気で性格が悪いんだなぁ。お兄ちゃんの言いつけ、これだけは守れそうにないや。ごめんね。

 

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