AC6夢小説マトメターノ   作:青木晃

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五花海を信じたい女

 今時財布なんて持ってるやついるか? 普通。と言いかけたところで口にするのをやめた。こいつに世間一般の普通であるとか、常識なんてものを期待するだけはなから無駄だということを、一瞬忘れかけていた。

「これは霊験あらたかなお守りで、古来地球の中国、秦の始皇帝も珍重し、常に懐にしのばせればあら不思議、不老長寿金運上昇家内安全などなどが保証される……らしいよ!」

 などとドヤ顔で言い出したわりには、そいつはすぐそばの溝に引っかかって転びかけていた。これも受け売りをそのまま喋っているだけで、内容をまともに理解しているわけではないのがポイントだ。

「五花海がまた変なもの売りつけやがったのか」

「変じゃないよー」

 ちゃっかりと口上まで覚えてしまっているあたり、すっかり騙されて絆されたのだろう。訳の分からない二度と行かないであろう店のポイントカードやら、前のルームキーなどが乱雑に突っ込まれた財布の中から、如何にもうさんくさい黄色い札が取り出される。

 ――なんでこんな不抜けたやつがここにいるのか、何か光る物を見いだされたのか、それともただの酔狂な馬鹿か。その答えは、本人しか知らない。

 俺は深く追求することをやめた。

「おやおや。して如何ほどでしたか? こちらの護符の効き目は抜群でしたでしょう?」

「うーん……。あ、この前アイスのあたり棒が出たよ」

「おお、それは素晴らしい。このまま大事にしてあげてくださいね」

「ガキ相手の商売はお気楽でよさそうだな」

「御贔屓様ですからねえ」

「ガキじゃないしー」

 さすがにこいつの態度が年齢不相応であることは否定しないらしい。

 昔、子供の時分にテキ屋のくじ引きで散々な目に遭わされたことを思い出した。なんでもかんでも相手の言葉を信じて、小さな損を積み重ねるこいつを、俺は馬鹿だと思う。けれど、時々その馬鹿さがうらやましいとすら感じる時も――なくはないが。そうなろうとは思わない。わざわざ馬鹿になろうとすることはない。

「それに、私は一切偽物や贋作を彼女に売ったことはありませんからね」

 営業スマイルを浮かべる五花海に続いて、あいつはうんうんと大げさなほどに首を縦に振る。

 はいはい、そーですか。そのまま水晶でも瞑想用のチャクラ音声でもなんでも買っとけよ。

 

「今日は二機落としてきたよ」

「素晴らしい戦果ですね」

「五花海のお守りのおかげかな」

「……それはあなたの実力ですよ」

 …………なんで俺の行く先々には常にこいつらがいるのか。己の運の悪さを嘆かずにはいられない。なにもやましいことはないが、出くわしたくない気分なので、俺は思わず物陰に隠れた。

 物陰から、二人の様子を窺う。あいつは汗に濡れた髪を五花海になでつけてもらいながら、体をじっと強張らせていた。普段の多動症じみた動きが嘘のようだ。

 猫みたいだと思った。

 あいつはけっこう人なつっこいように見えて、実のところはきちんと甘える相手を選んでいるタイプだ。あんな風に他人におとなしく髪を触らせているところは、今初めてみた。

「じゃあ、今まで死なないでこれたのも、手術がうまくいったのも、全部五花海じゃなくてわたしがすごいからなの?」

「うーん、そればかりはなんとも言えません! あなたは運がいいんでしょうね」

「そっかぁ……。じゃあ、今までのお守りは全部意味がないの?」

「そんなことはありませんよ。私は嘘をついたことはないでしょう?」

「うん……」

 見ていて寒気がするような会話だ。気色悪くてたまらない。でも今ここで出て行けば、あいつらに気づかれてしまう。

 自分は壁であると思い込むことにしようか。自分を殺さないと、あいつらに甘ったるいグルーミングみたいな会話を聞いて正気を保っていられない。

「わたし、死にたくないよ」

「…………じゃあ、レッドガンを辞めますか?」

「えっ……」

 わがままな子供を叱りつける母親のような言葉だ。けれど、意味が違う。捨てられそうな子供のように、あいつは大きく目を見開いて、五花海の腕を掴んだ。強化人間が生身の体をためらいもせず掴んでいるのだ。それなりに痛みはあるだろう。それなのに、この男はいつも通り貼り付けたような笑みを浮かべるだけだった。

「…………別に、冗談ですよ」

「五花海は、辞める気なの?」

「だから、冗談ですよ」

「嫌な冗談はやめてよ。そういうの、よくないよ……」

「あなたがいる間は、辞めるつもりはないですよ」

 絶対に嘘だ。

 五花海のことは仲間として別に嫌いとか、そういう個人的な悪感情みたいなものはない。ただ、あいつは平気な顔をして嘘をつく。罪悪感もなく、むしろ他人のために嘘をつく。平気で、悪びれもせず。そこに優劣や好き嫌いといった勘定は発生しない。けれど、損切りというものは確かに存在する。

 あの女がそれを知らないとしたら、馬鹿だ。ああ、でもこいつは本当に物を知らないんだった……。

「う、うん……。そっか、だよね。ずっとここにいた方がいいよ。おっきい企業だし、ちゃんとお給料も出るし、ご飯も食べられるし…………。ミシガン総長に恩返ししなきゃ、ね…………?」

 こいつの辞書に、裏切りやら損得勘定という言葉は存在しないらしい。完全に丸め込まれて、薄ら笑いのようなものを浮かべていた。

 ベイラムが落ち目になったら逃げる。別に意外だとも思わないし、そこに新鮮な驚きはない。

 ただ、五花海がそれを実行する時は、本当にベイラムが落ちぶれた時なのだろう、とは思った。

 

 平べったい緑のベンチに腰掛けながら、あいつはぼーっと窓の外を見ていた。外といっても、青い空や綺麗な景色などは全く期待できない。ごらんの通り、埃とも灰ともつかないような雪が津々と降っているだけだ。

 手が空いているやつは見舞いに行けとミシガンがいうので、仕方なく行こうとしたら、ちょうど非番だった五花海も当然のようについていくと言い出した。

「一番乗りしてたんじゃなかったのか」

「そうした方がよかったですかねぇ」

「…………知らねえよ」

「彼女はあなたが好きですよね」

「あの爺があいつのお守りさせてくんだよ。いい迷惑だ」

「それだけ信用されているんですよ」

 …………くだらない。

 消毒液の匂いとナースコールが響く以外は、バカバカしいほど静かだった。軍の病院といっても、最前線にあるわけではないし、一刻を争う事態の人間が、最上階の部屋に置かれているわけではない。

 手術が終わってあいつがぶち込まれたのは集団の大部屋だったらしく、そこでは話がしにくいからと、廊下に出て談話室のベンチに腰を下ろした。あいつは俺たちが来てからもずっと心ここにあらずといった様子で、普段よりも輪を掛けた馬鹿面を晒していた。

「…………」

 どうにも居心地が悪い。間を埋めるために飲み物でも買ってこようかと思ったが、この病棟には自販機がないことを思い出し、思わず舌打ちしそうになる。

「…………それで、左手は大丈夫なんですか」

「みんな、まずそればっかりだね」

「…………すみません。一番気ががりなもので」

 あいつの様子はいつもとまるきり違う。馬鹿な犬っぽい雰囲気はさっぱり消えていた。……まあ、手術をするくらいの大怪我をしたあとで元気いっぱいに振る舞えと言われても難しい話だろう。

 左手に巻かれた包帯とギプスが、細い腕に似合わずミスマッチだった。パーツの付け替えを間違えたような、ちぐはぐな光景だ。黙っていれば、こいつはスポーツかなにかで怪我をしたティーンエイジャーで、俺たちはお見舞いにきた同級生という感じに見えるかもしれない。

 けれどこいつはれっきとした職業軍人で、この怪我も作戦行動中に負った傷だ。本来なら、心配してわざわざ顔を見に行くような程度のものではない。むしろ、こんなことでわざわざ出向かれるなんて、一人前扱いされていないようなものだ、と俺は思う。……こいつがそう思うかまではわからないが。

「治らないことは、ないって。でも、もうパイロットは無理なんだって。リハビリすれば普通の動作はできるけど、神経が前と同じくらいまでには回復しない……からこのまま機体に乗っても意味がないって」

「そうですか…………。では、名誉除隊になるのでしょうか」

「ほかに行くとこないから。後方勤務扱いになるかもって言われた」

 足をぷらぷら揺らしながら、こいつは他人事のように言い放った。

「べつに、もう乗れなくってもいいんだ。それにわたし、すごく運がいい。壁越えの時に一緒の部隊の人…………みんな死んじゃったけど、わたしはまだ生きてるからね。生きてれば、大丈夫だから」

 空元気で強がっているわけではないのだろう。あいつは窓の向こうの暗い空を眺めていた。ずっと先を見据えるような視線を追っていると、こっちまでセンチな気持ちになってくる。

 ――べつに、本人が納得してるならそれでいいんじゃないかと思う。

 わざわざ強化手術を受けてパイロットにさせられて、それが辞められるなら万々歳だ。安全――かはわからないが、後ろに引っ込んで事務方でもやってる方がよっぽど気楽なことだ。

「結構元気そうだから、いいんじゃねえの。別に腕だって動かなくなるわけじゃねえし」

 それなのに、死ぬほど陰気なオーラを出しているこいつはなんなんだ。五花海のそんなしょぼくれた面を見ていると、明日にでも自殺するんじゃないかと思えてくる。…………こいつに限ってそんな真似はしないと思うが。

「それでも障害は残るんでしょう」

「元々がおかしかったんだよ、多分。元に戻るだけだよ」

 五花海がこいつの手をさすりながら、検分するような表情でじっと患部を見つめているのが本当に気色悪かった。過保護な親のような表情を年下の同僚に向けてるのはマジで怖い。…………こいつってこんなキャラだったっけ?

「気色悪ぃ、ベタベタ触ってんじゃねよ」

「…………もうお医者さんに診て貰ったから大丈夫だよ」

「だ、大丈夫なわけがないじゃないですか…………。あなたみたいな人をこんな体にして、ああ、ほんとうに…………。なにが大丈夫なんですか、下手したら本当に動かなくなっていたかもしれないのに……」

「もっとひどい状態の人もいるのに、なんでわたしだけ大げさに騒ぐの」

「お得意様の状態を気に掛けるのは当たり前じゃないですか」

「…………」

 普通のやつはガキに執着してこんな顔をしないはずだ。

「……帰る。あんまここに長居しちゃほかのやつに迷惑だろ」

 俺はもうこの状態についていくのに疲れた。あいつに顔も見せたし、目的は果たせたはずだ。

「えーイグアス帰っちゃうの」

「俺だってずっと暇じゃねえんだよ」

「来てくれてありがとね。じゃあ、バイバイ」

 あいつはヘラヘラと笑いながら、まだ比較的動く方の右手で小さく手を振っていた。

 五花海……あいつがどんな顔で俺を見送ったか――そもそも俺の方なんて一瞬も診ていなかったかもしれない――確認するのが怖かった。そのまま振り返らず、すぐにやってきたエレベーターに飛び乗った。

 

   ◇

 

「沈むのがわかっていて逃げないなんてことがあるんですか」

「…………」

 わたしが最後に彼の声を聞いたのは、個人的に送られてきたメッセージの録音音声だった。ベイラムを裏切って敵方についた彼と親しくしていたわたしは、名目上の取り調べで、音声を提出した。

「あなたもここから逃げた方がいい。正直……、アーキバスもヴェスパーも前と大差ないですが、少なくとも落ち目のベイラムよりはマシですよ」

 再生されている音声の彼は、紛れもなくわたしが仲良くしてくれていた仲間で、メッセージから受ける印象はなにも変わらない。こんなにわたしの前は露骨な言葉遣いはしていなかったと思うけど。

 つい最近まで仲間として一緒にやっていた相手を裏切って、その上でこんな風に悪く言うなんて…………とは言えないし、思わない。

 でも、偉い人の前だからちゃんとこいつは裏切り者ですねって顔をしなくちゃいけなくて。…………一人抜けたくらいで大げさだなーとか、もっとやることがあるんだけどな、みたいなことを思わないわけじゃないけど。

「暗号化しないで送ってくるあたり、わたしも信用されてなかったんですよ。これくらいのこともできないって思われたんだと思います」

 だから早く帰してよ。

 わたしのデータやら個人の履歴すらも洗いざらい確認されて、彼の言うとおりこんなところ抜けてやればよかったかな、と今更ながら考えてしまう。この惑星でやることなすこと全部がから回っていることや、無茶な作戦ばかり実行されているのはわたしにだってわかることだ。

 ――五花海が言っていることは、全部正しい。もといた組織に砂をかけていった彼の言葉があまりにも正確なので、ここにいる人は苛立っているんだろう。わたしをいじめるような言葉が多い。ここにはわたし一人と偉いおじさんおばさんばっかりだ。レッドガンの誰も助けてくれないし、この個室には鍵がかかっている。

「…………」

「あなたは彼に騙されていたようですね。わけのわからない物を売りつけられて……」

「…………そうだったかもしれないですね」

「怒らないんですか?」

「いいんです、本当によく効いたので」

 わたしがそう言うと、強化ガラスを挟んだ向こうから失笑が漏れた。

「占いなんて、わたしが信じるか信じないかが全てなんじゃないんですか。彼がいなかったら、わたし……、とっくに死んでましたよ」

「負傷して二度とパイロットに復帰できなくなった傷を恨まないんですか」

 ――元々パイロットになんてなるつもりはなかった。人を殺しても、なにも楽しくなんてない。生きるために、仕方なくやっていたことだ。この人たちにとっては、戦果は株価のレートみたいなものでしかないんだ。

 この怪我だって……、勲章だって何もうれしくない。

 理想論ばっかり押しつけやがって。

「あなたたちのせいで、前線ではみんな死にましたよ。わたしだけ生き残った。だからわたしはラッキーなんです」

 どうせ、わたしが何か言ったところでレッドガンの待遇がよくなるとか悪くなるとか、そういう次元の話じゃないんだ。この人たちも、この戦争でどうせ負けるのに無駄なことばっかりやらされててかわいそうだ。

 あらん限りの罵倒と一緒に部屋から追い出されたわたしに、構ってくれる誰かはもういない。どこにもいない。死んだか――探しても会える気がしない。

 五花海がくれた物がなんだか遺品のように見えて仕方がない。多分、もう二度と会えないのに彼はわたしにベイラムの悪口しか残してくれなかった。――それが一番、わたしにとって辛いことかもしれない。

 だからといって、追いかけてここを去る度胸はわたしにはなかった。なかったから、誘ってもくれなかったんだ。いてもどうせお荷物だから、アーキバスはわたしなんかを使ってはくれないだろうし。

 前ほど達者に動いてくれない左手がうずく。閉じかけた傷口が熱を持って痛み出すと、彼が撫でてくれた体温を思い出して、泣きそうになる。

 でも、泣いてたら駄目なんだよね。

 …………わたしはすごい人なんでしょ。五花海が持ってきたものは全部御利益があって、誰でも幸せにしてくれるんでしょ。嘘はつき続けて破綻さえしなければ本当になるんでしょ、死ななかったら、勝ちなんだよね……。

 彼に教わった言葉や思想の全てがわたしを構成する器官になっていた。

 彼はわたしの片翼だった。でも、お互いでそう思っていたわけじゃなかった。

「あの人たちも、あんなに置いていかれたなんて言わなくてもよかったのにね……」

 包帯を撫でる。まだ彼の体温が残っている気がした。

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