「おいグレン」
「なんでしょうか」
「なんでしょう、じゃねえよ。なんだよソイツ」
怪訝な顔をしながらポッケはグレンの背後に隠れる小さなウマ娘を指さす。
「ドゥラメンテちゃんだよ」
「名前を聞いてんじゃねえよ。なんで連れてきた?」
チームの練習の場にいきなり幼いウマ娘を連れてきたらそりゃそうもなるか……、と思いつつグレンは言った。
「この子をL/Roarsに勧誘した」
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数日前。
問題のウマ娘を連れて一旦観客席に戻る。ここのレース場が閉まるまでまだ時間はある。とはいえ、日も暮れ始めたので手短に済まさなければならないだろう。
「で……えっとドゥラメンテちゃん?」
「はい」
「さっきの走り見せてもらったよ。惜しかったね」
「ありがとうございます」
幼い見た目ながらはきはきと、しっかりとした受け答えから育ちの良さが伺える。
「応援して下さっていたんですか。では申し訳ありません、不甲斐ない走りをしました」
「いやそんなことは……」
「それでどのようなご用件でしょうか」
「あ……いや、えーっと……。なんでフリースタイルレースを走ってたんだろうって気になって」
「……何かおかしなところでもありましたか?」
「ああ、いやいや!そういうわけじゃないんだよ」
どう答えようかと思い悩むグレン。
「あんな凄い走りをするウマ娘がなんでこんなところで走ってるのかなー……って」
対してドゥラメンテは首を傾げていた。
「凄い……ですか?3着でしたが」
「いや凄かったよ」
実際、ドゥラメンテの走りは凄まじかった。中盤はバ群に囲まれていたにも関わらず、あの最後の直線で一気に先頭集団にまで迫った末脚。その脚は磨かれる前であろうに、まだ発展途上であることに戦慄するばかりである。
ふと着ている服を見ると、走りやすそうな機能性を重視したデザインをしている。グレンには見覚えがあった。以前、ポッケ達が見ていた雑誌を覗いた際に掲載されていたブランド物の服のはずだ。
「良いところのお嬢さんだったり……て」
ドゥラメンテの方を見ると口を一文字に引き結んで冷や汗をかいている。分かりやすい。
しかしいよいよ彼女の正体が分からなくなった。
「当たっちゃったか」
「どうか、内密にお願いします……」
「言わない言わない」
というか今の言葉から察するに、実家には内緒でここに来ているということか。
「勉強でも嫌になったの?」
「……」
裾を掴んで黙り込んでしまった。年相応なところもあるのだな、と微笑ましくなった。
「まー、俺も大した身分じゃないから説教なんかするつもりはないけどさ。勉強はちゃんとやっといた方がいいよ?難しくても」
ソースはグレンの前世。
「その……」
「ん?」
「簡単すぎて……」
「……」
才女だった。
偉そうな口を叩いていた数十秒前の自分を殴りたくなった。
(というか先程の走りに加えて勉強が簡単に感じてしまうほどの頭脳も有しているとか三女神は二物を与えすぎでは?)
しかしこれはチャンスだ。
「ドゥラメンテちゃん」
「はい」
「チーム戦に興味ない?」
「はい?」
ドゥラメンテは小さな頭をこてん、と傾げた。
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───
─────
そして現在に至る。
「ラァァァァァァァァア!!」
「シッ……!!」
現在グレンとメイの目前ではポッケ、シマ、ルー、ドゥラメンテの4人による簡単な模擬レースが行われていた。
「すげーなあの娘。まだちっちゃいのにポッケとタメ張ってんぞ」
「な、すげーだろ」
何故か胸を張るグレン。
「いやホント、何処から連れてきたのあんな娘」
たった今来たばかりの阿笠がドゥラメンテを凝視している。元トレーナーの彼だからこそ、ドゥラメンテのその凄まじい潜在能力も見抜けるのだろう。
「フリースタイルレース走ってた」
「そんなことある?」
半信半疑の阿笠に対し、メイは握り拳を作っていた。
「確かにあの娘がL/Roarsに入ってくれればSCORDにだって……!」
「まぁまだ決めた訳じゃないらしいけどね」
メイがズッコケた。
「まだ勧誘しただけなんよ」
「じゃなんでここに?」
「色々確かめてから入るか決めたいとさ」
「本当に入ってくれるのかねぇ……」
阿笠はなにやら半信半疑そうに顎髭を撫でている。
「あの娘、見たところ名家の娘だぞ」
「えっ?」
「あー、分かる?」
シマはグレンに『コイツマジか……』と言いたげな目を向けた。
「あの年で、ポッケに引けを取らない走りが出来るウマ娘なんてそうそういないよ。相当腕利きのトレーナーがつかない限りはね」
幼少期からトレーナーに走りを見てもらえるウマ娘など候補は自ずと絞られる。
「ふむん」
グレン達の思索を他所にポッケ達とドゥラメンテが駆けていく。
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走り終えたドゥラメンテ達に近寄ると、ポッケがドゥラメンテに話しかけているのが聞こえて来た。
「お前ちっちゃいのによくやるなぁ!」
「ありがとうございます」
カラカラと笑いながらドゥラメンテの肩を叩くポッケ。ドゥラメンテの方はよく見ると尻尾の振りが若干早いように見える。
「おうグレン!なかなかつえーじゃねえかコイツ!」
「でしょ?」
「お前がウチに入ってくれたら頼もしいなぁ。どうだ?ウチのチーム入んねえか?」
始めの胡散臭がる態度はどこへやら、ポッケはドゥラメンテを勧誘する気満々になっていた。
「ちょっと待って、その前にはっきりさせておきたいんだけど」
そこへ片手を上げて阿笠が割り込んで来た。
「君のご両親はフリースタイルレースを走ることを承知してるの?」
「してません」
即答である。
「それは大丈夫なの?」
「バレたら多分怒られます」
大丈夫じゃないようだ。これは後が怖い。
「別にいいじゃねえかよ。ウマ娘はこんくらい反骨心あった方がいいってもんだぜ」
「20年も生きてないやつが何を……」
メイがポッケの呑気な言動に頭を抱えている。
「それに、オレたちと一緒にフリースタイルレース走りゃ、コイツも得られるもんがあんだろ。Win-Winってやつ?」
なんせオレたちが目指してるのは最強なんだからな!
高らかに宣言するポッケ。対してメイはこめかみに手を当てて頭を振っていた。確かにこれからSCORDを始めとした有力者たちと競っていく自分たちと共に走れば、ドゥラメンテの身体能力や精神面は成長を見せる可能性が高いだろう。
だがフリースタイルレースは勝てば何をしても良い、無法の世界。名家の出であるドゥラメンテに、もし怪我でもさせたら。
ちょっと、無事でいられる気がしない。
そんな青い顔のメイには気付かず、ドゥラメンテはポッケのある言葉を反復した。
「最強……?」
「お、気になるか」
口角を上げるポッケ。
「今、フリースタイルレースじゃSCORDって奴らが最強って言われてる。オレたちはそいつらをぶっ倒して頂点に立つのを目標にしてんだ」
「最強……」
最強という言葉を口の中で反復しているドゥラメンテ。グレンはその様子を見て最強という言葉に何かこだわりでもあるのだろうか、と思った。
「けどやっぱ現最強は伊達じゃなくてよ、今のオレたちじゃ一歩及ばねえんだ」
「私が加入すれば勝てるのですか」
「ん?ま、オレたちだけでも勝てるだろーけど」
大事なところでいらぬ意地を見せるポッケに変わってグレンが最後の肝心なところを引き継いだ。
「どうかなドゥラメンテちゃん。俺たちと一緒に、掴んでみないか」
──最強を。
グレンは知る由もないが、ウマ娘のドゥラメンテに対してこの誘い文句はかなり得点の高いベストアンサーだったりする。
「今なら期間限定でそこそこの腕のトレーナーの指導もつくよ」
「そこそこっていうのは僕のことかな。コラ、おい」
「分かりました」
考え込んでいたドゥラメンテが顔を上げ、グレンに視線を合わせる。グレンから見た彼女は、毅然とした決意を漲らせていた。
「貴方達のチームに、入らせて下さい」
こうしてL/Roarsは新たにドゥラメンテという、強力なメンバーを得てSCORD打倒に邁進していくこととなったのである。
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その日の夜。
「うーん……」
グレンは部屋に敷かれた布団の上に寝そびり、天井の木版の模様を眺めていた。
すると突然腹部に重みが生じた。手だけを動かして確かめるとフワフワとした感触が返ってくる。
そのまま手を動かし続け、ドンさんのゴロゴロという喉が鳴る音を聞きながらグレンは今日あった出来事を思い出していた。
『ドゥラメンテ』
グレンが引っかかっているのはあのウマ娘の名乗った名前であった。何が引っかかるのかというと
「
天井を見ながらグレンは呟く。なー?と腹の上のドンさんに話しかけるがドンさんはなご、と鳴くだけでそれが同意の意なのか判断がつかない。
あれほどの実力を持ったウマ娘。どこぞの高名なウマ娘である可能性が高いのだが、グレンには名前だけでなく顔にも見覚えがなかった。ひょっとしてこの世界は自分が知っているウマ娘の世界ではなく、一モブに過ぎないウマ娘も尋常でない実力を持つ戦乱の世界なのだろうか。
グレンの思考に答えが出ることはなかった。やがて思考に疲れたグレンは消灯し、部屋には1人と1匹の寝息が漂っていった。