#12
ドゥラメンテがL/Roarsに加入して1週間が経った。
阿笠の声が公園に響く。
「グレン!タイム下がってるよ!スタミナ切れた!?」
「まだまだぁ!!」
「ポケット!腕の振りはもっと大きく!」
「わぁってるっての!!」
「ルー!……シマを救護してきて!」
「世話焼けんなぁもう!!」
L/Roarsは最後の調整段階に入っていた。
1.
トレーニングの合間の休憩時間、グレン達はターフの隅に円を描いて座り込んでいた。
ちなみにドゥラメンテは不在である。彼女は家のトレーニングで忙しい。
「4年に1度開かれるグローリーチャレンジャーレース。それが私たちのリベンジステージだ」
メイがカレンダーの2月29日に大きくつけられた丸をペンで叩く。
「グローリーチャレンジャーレース……?」
「……知らなそうだな」
「知らんなぁ」
グローリーチャレンジャーレース。
フリースタイルレースにて開催されるチーム戦専門のレースである。その趣旨は、駆け出しのウマ娘達を集め切磋琢磨させることでフリースタイルレースに更なる飛躍をもたらせようというもの。
初めて開催されたのが40年前の2月29日。つまり閏年である。それから4年に1回の2月29日に開かれることになった本レースは、その貴重性からトゥインクルシリーズのG1に勝るとも劣らない盛り上げを見せる。
「ってことはかなりデカいレースってこと?」
「そういうこと」
グローリーチャレンジャーレースの規模は、フリースタイルレース有数の大きさを誇る。運営にアマチュアだけでなく、企業や国すらも参入することから、その格の違いが伝わるだろう。
「デカいからこそ、参加条件が設けられてる」
その参加条件とは、結成から2年以上経っておらず、またチーム戦の短距離、マイル、中距離のレースにて累計で6勝を挙げたチームに限るというもの。
「……あれ、俺たちそれ満たしてない?」
L/Roars結成は今年の1月の終わり。そして結成からの初戦、その後の対SCORD戦の一つ前に走ったレースでL/Roarsは全勝している。
「結成から2年以内で全距離累計6勝を上げてるのはウチとSCORDを入れて5チーム。今年結成して6勝出来てるのはウチだけだ」
ちなみにL/Roarsのグローリーチャレンジャーレースの参加条件を満たすスピードは過去の中で最もはやいという。
「あれもしかして俺たちって凄い?」
「もしかしなくても凄いぞ」
「SNSでも結構話題になってんだぞ……」
ルーが見せてくれたSNSには、確かにレースを走るL/Roarsの動画が結構な数拡散されているのが確認できる。
「マジかよ」
そしてそれはトウカイテイオーと瓜二つの容姿を隠して生きているグレンからしてみればあまり嬉しくないことであった。
幸いにもSNSに上がっている動画は全て観客席から撮影されたもので、グレンの姿は遠いためかボヤけていて細部が分かりにくい。その上レースを走っている最中なのでゆっくり観察している時間もない。正体がバレることは今はないだろうが──。
(とはいえ、グローリーチャレンジャーレースは何か対策して走らないとリスキーだな……)
と考え込んでいるグレンを他所に。
「このデッカい舞台でSCORDから1着をぶん取る……そうすりゃ、否が応でもオレたちが最強だってこと認めざるを得ねえだろ」
獰猛な笑みを浮かべながらポッケは拳を鳴らした。その瞳は借りを返すという気炎に燃え、ゆらめいている。
チームSCORDがグローリーチャレンジャーレースへ出走登録をしていることは確認済みである。
2.
トレーニング終わりの柔軟をしていた時のことである。
「前から思ってたんだけどよ」
ふいにポッケが口を開いた。
「お前身体めちゃくちゃ柔らかいよな」
その視線の先には脚を開き、地面にピッタリ着くレベルまで上体を倒しているグレンがいた。
その隣で前屈に挑戦しているものの、ルーに背中を少し押されただけで悶絶しているシマと比べればその差は一目瞭然だった。
「あー、やっぱりそう思う?」
「なんでちょっと他人事なんだよ」
グレンからしてみれば、この身体は転生して得た、今だに得体の知れない物なので実際他人事ではある。だがそのことをポッケが知る由もない。
「ちょっと羨ましいなぁ」
「え、なんで?」
「一発芸、エクソシスト階段下りが出来んじゃん」
「理由しょーもな」
金◯ロードショーで放映されていたものを事前知識ゼロで見たせいで、しばらく別人レベルで物静かになっていた割にその物真似を芸にしたいと思う辺り、ポッケのタフネスさが伺える。
「ま、柔らかいと色々出来て便利ではある」
「それってたまに試してるあの変な走り方の事か?」
「変なとはなんだ変なとは」
メイの言葉に不満げなグレンはその場で前屈体勢から手を使わずに、後ろに転がってから上体を振って立ち上がる。おお、とポッケたちの拍手を受けながらグレンは胸を張って大仰なポーズを取った。
ちなみにメイの言った変な走り方、とは。
テイオーステップである。
この身体がトウカイテイオーと同じであるならば、自分にもトウカイテイオーと同じ走り方が出来るかも知れない。そう思ったグレンはたまに練習しているのだ。残念ながら、今だに成功した事はないが。
「いつも身体倒しすぎて豪快にコケてるもんな」
「そろそろ顔無くなりそう」
一般的なウマ娘の走り方すら今だに慣れていないのだ。そんな中で特殊な走り方であるテイオーステップを、グレンが習得出来るはずもなかった。
「んー、そんな話してたらなんか試したくなってきたな……阿笠!もう一本!」
グレンの声に少し離れたところでバインダーに挟んだ何かの紙にペンで書き込みを入れていた阿笠が顔を上げ、渋い顔をした。
「えー?今日はもう休んで欲しいんだけど」
「一本だけ一本だけ」
言いながら早くもコースのスタート地点に向かっていったグレンにため息を付きながらストップウォッチを取り出す阿笠。
「私見学してもいいですかー!?」
「んー?別にいいけどー」
ポッケたちも興味をそそられ、阿笠の隣に移動しグレンの様子を見学することにした。少し離れたスタート地点に移動していくグレンの背中を見ながら、ポッケは隣に立つ阿笠にずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「実際のとこ、意味あんのかアレ?」
「あるよ」
即答。思わず阿笠の方を向くがそこにはいつもの飄々とした胡散臭い顔。
「いうて風の抵抗が減るだけなんじゃねえの?グレンはそう言ってたぜ」
「それは副次作用だね」
そこから阿笠による解説が唐突に始まった。
「まずストライドは知ってるよね」
「舐めてんのか」
「なんでお前はいつも喧嘩腰なんだよ……!知ってます」
「いででいででで!」
ポッケの両側の側頭部をグリグリして制裁を加えているメイと、痛みに悶えて謎の軟体生物みたいになっているポッケに、阿笠はどう反応すればいいのか分からず取り敢えず話を続けることにした。
「グレンが試してる走り方はね、そのストライドを大きくとってるんだよ」
「ふ〜ん……」
「もう尋常じゃないレベルで」
「そんなに」
思い返してみれば確かに、あの走り方をしていたグレンの脚は凄く大きく前後に開いていたような気もする。
「つーかよ、ストライドの意味は分かんだよ。それが大きいとどうなんだ?」
「んー……まずスピードが出る」
ストライドとは、人間が─この場合はウマ娘が─一歩踏み出す時の歩幅を指す。ストライドが大きいほどスピードが出るのは、一歩でより遠くへ進めるようになるからだ。
「けどストライドを大きく取れるウマ娘ってのは大体が体格のいい娘なんだよ」
「なんでだ?」
「単純に脚の長さの問題」
「あー……」
お世辞にもグレンは体格に恵まれているとは言い難い。グレンの小柄な身体でストライドを大きく取ろうとすると、自然と身体は沈み込み、あの体勢になるというわけだ。
「じゃあグレンは体格の不利をあの走り方でカバーしようとしてるってことですか?」
「おそらくね」
実情はただトウカイテイオーと同じ走り方をしてみたいという薄っぺらいオタク思考なのだがそのことを阿笠達が知る由はない。
離れたところで阿笠が片手を上げるのを見て、グレンはスタートの構えをとった。
「よーい……」
阿笠の声に合わせて上体を倒すグレン。
「……」
深呼吸を一つ。
脳裏にターフを思い描く。そこを走っているのは白い影。勝負服に身を包んだトウカイテイオー。
彼女はターフに溶け込んでしまのでは、とつい危惧してしまうほど上体を倒して大地を駆けている。
速い。
かつて自分も同じように駆けたいと思った。今なら出来るはずだ。
「ゴー!」
阿笠が合図した。それと同時に、グレンは弾かれるようにターフに飛び出し──
顔面からターフに突っ込んだ。
「だめじゃねえか」
顔面を押さえてターフにうずくまっているグレンと、それに駆け寄るメイたちを見ながらポッケは真顔で言った。
「んー、デジャヴ」
阿笠は既視感を覚えていた。グレンのトウカイテイオーの走法の取得は、まだまだ先になりそうだ。
3.
現在フリースタイルレースを走るチームの中で、最強と謳われているチームSCORD。一糸乱れぬ連携と、フリースタイルであることを最大限に活かした灰色の戦法にはグレンたちL/Roarsも敗北を喫した。
そんなSCORDのメンバーであるが、実は評判がすこぶる悪い。
曰く、学校にも行かずどこかの廃墟にたむろしている。
曰く、恐喝・万引きの常習犯。
曰く、暴力沙汰を数えればキリがない。
他多数。
「ヤンキーのガキかよ」
メイの説明を聞いていたグレンは開口一番そう言った。
「俺たちそんな奴らに負けたん?」
「素行は悪いが実力もあるのが厄介なんだよなぁ……」
「ていうかなんでそんな奴らにトレーナーなんかついてんだ?」
ポッケが心底不思議そうにメイに聞くがメイがそんなことを知っている訳もなく。何か陰謀めいた物を感じずにはいられないグレンだった。
そんな会話をしているグレンたちは現在、阿笠に頼まれ買い出しの最中である。内容はテーピングやストップウォッチに使う電池などの消耗品。
故に近所のホームセンターに訪れている訳なのだが、このホームセンター、大きさに比例して利用客も多い。子供から大人、老人、人からウマ娘までその層は多岐に渡る。つまり何が言いたいかというと──
「よぉ、誰かと思ったら負け犬どもじゃねえか」
噂をすれば影というやつだ。
声のした方に目をやると、ベンチに1人の目つきの悪いウマ娘が座っていた。グレンはその顔に見覚えがあった。
ボサボサの鹿毛、目付きの悪い黄色の眼、そしてギザギザの歯。
チームSCORD、そのリーダーを務めている
「あんたは確か……ソイルスクリーム」
「あー違う違う」
グレンに対し、チッチッと舌を鳴らしながら人差し指を左右に揺らすスコルピオン。
「ソイルスクリーム様、だろ?」
「……」
うぜぇ……。
ソイルスクリームが浮かべているニタニタと下卑た薄ら笑いが腹立たしさを加速させている。
「ダメだろー、敗者は勝者に対して取るべき礼儀ってもんがある」
「汚ねえ真似して勝ったくせしてどの口が言ってんだてめぇ」
喧嘩っ早いポッケが噛み付くが、ソイルスクリームは気にした風もなく鼻で笑う。
「おいおいありゃれっきとした戦法だぜ?それをとやこう言われるのは心外だなぁ」
「テメェ……」
「おい、よせポッケ」
ヒートアップするポッケに袖を引いてメイが制止をかける。
「実際、バ群をコントロールして他のウマ娘の進路を妨害するのは、トゥインクルシリーズでも使われることのある戦術だ。もちろんグレーゾーンだけど」
「そういうこと。負けたからって噛みつくなよみっともないぜ〜」
「……調子に乗っていられるのも今のうちだぜ」
青筋を浮かべたポッケがソイルスクリームを睨め付ける。
「オレたちはグローリーチャレンジャーレースに出る。そこでお前らに勝ってやる」
「ほ〜、そうかよ。せいぜい頑張んな」
ポッケの叩きつけた挑戦状に、しかしソイルスクリームは調子を崩すことなく手を振りながら行ってしまった。
「……嫌なヤツだなぁ」
その背が見えなくなったところでグレンが思わず呟く。特にあのニヤニヤとした笑み!なんと腹立たしいことか。
しかし、ソイルスクリームは一直線に出口に向かって歩いていく。その手に荷物は一つもない。
「わざわざ煽りに来たってことか。……様子見かな?」
「前回のレースで、私たちも脅威に思われたんだろうな」
グレンとメイがソイルスクリームの後ろ姿を眺めていると、
「あ゛あ゛ムカつくー!」
その横で地団駄を踏むポッケはグレンとメイの方向を振り返ると拳を突き上げた。
「メイ!グレン!さっさと買い出し終わらせてトレーニング行くぞ!あんなヤツらにやられっぱなしじゃいられねぇ!」
「へーいへい」
「すぐ熱くなるんだから……」
ポッケを先頭に3人は駆け出していく。決戦の舞台、グローリーチャレンジャーレースの開催は間近に迫っていた。