短距離部門とマイル部門が終わり、残るは中距離部門。L/RoarsとSCORDは共に一勝一敗。正真正銘、このレースで勝敗が決まる。
「っし、じゃ最後の作戦確認やろうか」
レース直前、L/Roars中距離部門のメンバーであるグレン、ポッケ、ドゥラメンテの3人は地下バ道の近くで打ち合わせを行っていた。といっても、脚質や各々どこで仕掛けるかを確認する簡単なことなのだが。
「まず俺は先行、ポッケは追い込み、ドゥラメンテちゃんは……」
「ドゥラで構いません」
「分かった、ドゥラも追い込みってことだよね」
レース全体で目指す流れとして、まずスタートから序盤まではグレンが先頭に近い位置をキープ。
中盤はグレンがSCORDに牽制、その隙にポッケとドゥラが後方より進出開始。
そして終盤はグレンがSCORDの注目を集めているうちに大外から2人の差し切りで勝利をもぎ取る。
「でもよぉ……これだとグレン、お前」
「ポッケ、もう決めたことだろ」
渋い顔で黙り込むポッケ。今グレンが口にした作戦はグレンがSCORDを道連れにすることを前提に成り立っている。
「チームが勝てるなら、別に俺が1着を取る必要もない」
チーム戦はチームの中の誰かが1着を取ればそれで勝ちが決まる。
「……」
「もちろんただで負けてやらないぜ」
ニヤッとグレンが笑えば、ポッケも顔の渋い色を納め、獰猛な、大型のネコ科肉食動物を彷彿とさせる笑みでそれに応えた。
するとポッケが拳を掲げた。
「ん、何?」
「レース前の気合い入れだ。ほらお前も拳出せ」
「ふーん……こう?」
ポッケの真似をしてグレンも拳を作り、持ち上げる。そのままポッケのそれに突き合わせた。こつん、と鳴らない音が聞こえた。
「おー……なんかいいね」
「だろ?ほら、ドゥラも」
傍らに立っていたドゥラにポッケが声をかける。
「えっ?……こ、こうですか」
慣れない様子ながらもグレンとポッケの拳に、自身の拳を突く。すると3つの拳により三角形が形作られる。3人は互いの顔を見合わせ、
「勝ちに行くぞぉ!!」
「おう(はい)!!」
高らかに宣言した。
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ターフに走り出たグレン、ポッケ、ドゥラを出迎えたウマ娘がいた。
「──なんだてっきり逃げ出したのかと思ったぜ」
ソイルスクリーム。その背後にはSCORDのメンバー2人。
「これ以上わざわざ恥かくこともねえだろうに」
「そんなに焦んなって」
ポッケの言葉に、ソイルスクリームが眉を顰める。
「前回楽勝で勝てたオレたちに、あと一勝のところまで迫られてるもんな?気持ちは分かるぜ。お得意の作戦はどうしたよ」
「……調子に乗るなよ」
僅かに青筋を浮かべたソイルスクリーム。だがすぐに平静を取り戻した。切り替えの速さは大したものだ。伊達にチームのリーダーを務めてはいないということか。
だが先程のポッケの口撃で生半可な煽りでは逆効果と悟ったらしい。
「せいぜい頑張るこったな」
それだけ言うとチームメンバーを引き連れて行ってしまった。
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───
─
レース開始の時間が来た。各々のゲートに収まっていくウマ娘達を見ながら、グレンも同様に歩みを進める。
(……流石に緊張するな)
この一戦にチーム全体の勝敗がかかっている。当然、かかるプレッシャーは一人でレースを走っていた頃の比ではない。
ゲートに入ると、周囲の雑音が遠ざかったような感覚に包まれた。
深呼吸を一つ。
ここからはポッケやドゥラの姿は見えない。彼女らも緊張しているのだろうか。いや、レース前の姿を思い出すにそんなこともないかもしれない。というか、ポッケに至っては緊張している姿が想像できない。
「……」
負けたらどうするだとか、そんなことは考えないことにしよう。シマも、メイもルーも己のベストを尽くした。なら自分もそれに続くだけだ。
覚悟を決めたグレンは、静かにレース開始の瞬間を待った。
『グローリーチャレンジャーレース、中距離部門』
スピーカーから実況者の声が流れてくるのに合わせて、観客席は徐々に静寂に包まれていった。
最前列にいる阿笠とL/Roarsのメンバーも一言も喋らず、ただその時を待った。
──ガコン。
ゲートが開いた。
『スタートしました!!』
我先にと飛び出したウマ娘達。あっという間に先頭集団、中団、後方の集団が形作られ最初のコーナーに飛び込んでいく。
「いいスタートだ」
双眼鏡を覗き込みながら阿笠が呟く。L/Roarsの三人は皆文句のつけどころのないスタートを為した。特に、惚れ惚れするほどの見事なスタートを見せつけたのはグレンだった。
グレンはスタートが上手い。
それは阿笠がL/Roarsの顧問となった数週間という短い間でも実感できるほどのものだった。
ウマ娘という種族は元来、狭い場所が苦手だ。広い草原を本能の赴くまま走り回る種族だからである。故に自分一人分ほどの広さしかないゲートは苦手とする者が多い。とはいえそれは訓練で克服できるものだ。逆にいえば訓練しなければ克服できないということでもある。
だが、阿笠はグレンがスタートの練習をしているところを見たことがない。にも関わらずグレンのスタートの技術はトゥインクルシリーズを走るウマ娘に匹敵するレベルである。
あれはグレンの天賦の才だというのが阿笠の下した評価であった。
中身が人間だということを知ればすぐさま覆すだろうが。
そんなことも露知らず、レースは進んでいく。バ群は早くもレース中程に入った。
「お〜、いい感じじゃねえか!」
目を凝らしてレースを見守るルーが声を漏らした。短距離部門、マイル部門で見られたSCORDによる妨害。今はそれが見られない。
「グレンのおかげだろうな。SCORDの奴らやりづらそうにしてる」
「グレンさ──ん!頑張れ─!!」
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───
─────
メイの分析の通り、SCORDの妨害がないのはグレンの働きによるものだ。
SCORDのメンバー、オービック。その後ろにビッタリと張り付くことで彼女らを牽制し続けていた。ソイルスクリームと、SCORDのもう一人のメンバーが煩わしそうな表情を浮かべているのを見て、グレンは思わず笑みを浮かべた。
(いいぞぉ……このままやつらの考えてることは全部白紙に返して
それを出来たのは半分は偶然であった。
まずSCORDに囲まれた状態で周囲に絶えず気を配っていたこと。
次に日が翳ったことによりレース場が僅かに暗くなったこと。
最後に仮面を被っていたことにより視界が限定されていたこと。それが幸いして異変にいち早く気付けたこと。
これらの条件が重なっていなければ自分に向かって飛んできた鈍く輝く蹄鉄を、咄嗟に身を捩ってかわすことなど出来なかっただろう。ましてや仮面がなければ、蹄鉄を、モロに顔面に喰らっていたに違いない。
「落鉄!?」
双眼鏡を覗き込んでいた阿笠が切迫した声を上げる。
落鉄とはレース中に何らかの要因によってウマ娘の靴に取り付けられた蹄鉄が外れることをいう。
蹄鉄はウマ娘の脚を地面へ接触する際の衝撃から守ってくれる重要なアイテムだ。故にレース前に厳重な注意のもと取り付けが行われ、またその後も幾重ものチェックを重ねてレースに出ることになる。だから落鉄というのはそうそう起こることではない。
意図的に起こされたものなら話は別だが。
(チッ、避けられたか)
胸中とは裏腹に、下卑た笑みを浮かべるのはSCORDの中距離部門を走る三人の一角、オービック。
かわされはした。だがそれだけだ。
レース中という緊迫した状況の中、蹄鉄との接触による衝撃から即座に回復出来るウマ娘などいない。必ず混乱状態からの回復時間を要する。そしてそのタイムラグは時速70kmものスピードで推移していくウマ娘のレースにおいては致命的なものだ。
「あばよ目障り」
鼻を鳴らして前を行く2人に追いつこうとし──
轟音。
──振り返る。目を見開く。息を詰める。
いる。
黒鹿毛のウマ娘が一切減速することなく。
破片となって散っていく仮面の向こう側。仮面が形作っていた影が、蹄鉄によって粉砕されていく。影が晴れる。
オービックは見た。
影の向こうで紅い双眸が自身を見据えているのを。
声が出なかった。
なぜ止まらない。
なぜ減速すらもしない!?
顔面に蹄鉄が当たったというのにあの目はブレることなくオービックを睨め付けている。
「──ぁ」
オービックが発した声。
それがもはや震えによって声として判別すら出来ないものだったと彼女が認識したかどうか。
それを意に返すことすらなく、グレンは身を沈める。その体勢は、大空から降下し獲物に襲い掛からんとする鷹を思わせた。
そこで初めてオービックは、今し方聞いた轟音の正体に思い至った。
あれはこのウマ娘が、その脚をターフに叩きつけて生じたものだ。
何のために?
決まっていよう。
加速を得るために。
果たしてオービックの視線の先。
今度は大地を蹴り飛ばして生じた轟音。
それすらも置き去りにしてグレンは一気にオービックに迫った。
─────
───
─
落鉄というアクシデント。それは離れた観客席からも見えた。
「おい大丈夫なのかよグレンのやつ!?」
ルーが切迫した声を上げる。シマは悲鳴を上げている。
「分からん……避けたようには見えたけど……」
「なんか走り方おかしいしホントに大丈夫かよ!?」
メイ達の視線の先、グレンはまるで地を這うように体勢を低くして走っている。ルーはそれが顔面に蹄鉄が当たった影響だと考えた。
実際は違う。
察しの良い方ならばお分かりだろう。
そう。
テイオーステップである。
周囲は敵、チームメイトは遥か後方、もし自分が失速すれば今度はSCORDの魔の手がポッケ達に向くことは目に見えている。ここで引き下がる訳には絶対にいかない。
孤立無援の極限状態。
ここに至って、遂にグレンは彼の帝王の走りの技術を会得したのだ。
追い詰められて、危機に瀕した時、新たな技を習得して形勢逆転。
まるで漫画のようなご都合展開。
そんなものは有り得ない。ここはウマ娘のレース。自身の培った経験と技で戦い抜くしかない。
だが、グレンのテイオーステップは違う。
なぜならば。
彼女の身体に刻み込まれた技術なのだから。
逃げるSCORD、喰らいつくグレン。レースは佳境に入った。最終コーナーを抜け、最後の直線へと入っていくバ群から突出したのはSCORD、そしてグレン。
「テメェ……何笑ってやがる!」
苛立ちを隠す余裕すらなくソイルスクリームが叫ぶ。ソイルスクリームが見たグレンの顔。
そこには、酸欠の苦しみに顔を歪めながらも浮かぶ──笑み。
弧を描く口が開く。
「いやぁ……俺ばっかり見てていいのかって思ってさぁ」
「何を……」
「気をつけろよお前ら」
──最強が来る。
ソイルスクリームは、クリステルは、オービックは、それを聞いた。観客達は確かに聞いた。L/Roarsのメイは、ルーは、シマは、そして阿笠は、聞いた。
一つに重なった、轟音を。
はるか後方、バ群の中から抜け出した二つの影が爆進を開始した。
『お──っとここでL/Roarsのポッケとドゥラメンテが抜け……な、なんだあの末脚!?』
実況が己の役割を思わず放棄してしまうほどの加速。影の正体はジャングルポケットとドゥラメンテ。
(アレは……ヤベェ!!)
ソイルスクリームが直感する。
別格。
そんな表現すら生ぬるいと思える怪物達が後方より迫る。スピードを上げるSCORD達。それはもはやレースを勝つためではない。ウマ娘の本能が叫んでいる。
逃げろと。
生存本能が刺激されるほどの気迫。
後に歴史に燦然と輝く栄光を刻みつけることになる二つの伝説。それが早くもこのレース場に姿を現したのだ。
そしてジャングルポケットとドゥラメンテに気を取られたSCORDに更なる追い討ちが掛かる。
「オラァどこ見てんだぁ!!!!」
グレンが叫ぶ。
グレンはポッケに言った。
ただでは負けてやらないと。
再び加速するグレン。SCORDの真ん中を突っ切るグレンに、もはや対応する体力すらもない彼女らの両端をジャングルポケットとドゥラメンテが抜き去る。
その目はもはやSCORDを映してすらいない。見るのはただゴールのみ。シマ、メイとルーが繋いだバトンを成就させるために。
そして。
SCORDに一歩先んじて、L/Roarsがゴール板を駆け抜けた。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
歓声が巻き起こった。
最強の座に君臨し続けていたSCORD。それを引き摺り下ろしたL/Roars。
ついに成された下剋上に沸かない観客はいなかった。
当事者のL/Roarsのメンバーももちろん例外ではない。
「やった────────ッッ!!」
シマが飛び跳ねる、その隣ではルーが喜びの雄叫びを上げ、さらにその隣ではメイが安心から脱力してへたり込んでいる。
そして阿笠もゴール板を駆け抜けた三人を見て、長い長い息を吐いた。
一方のグレン達。
「ハァッ……ハァッ……」
息も絶え絶えの様子のグレンに肩を貸すのはポッケ。それを真似して反対側の肩を持ち上げるのはドゥラである。
「ったく、無茶しやがって」
「勝てたんだからいいでしょ……キッツ……」
「大丈夫ですか?」
「うん……ごめんやっぱ分からん。顔傷ついてない?」
幸い、仮面の尊い犠牲により目に見える傷はない。だがこの後の病院直行は決定事項だろう。
とはいえ今は。
グレン達は観客席に向き直る。そして手を振った。
再び湧き上がった歓声の雨の中。
今はこの勝利の余韻を味わっていよう。
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「あ、やべ」
観客席にいたメイが何かを思い出し顔を青ざめた。
「どうしたメイ?」
「……誰かグレンとドゥラに耳に気をつけろって言ったか?」
「あっ……」
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すぐ隣から聞こえたスゥ────ッ……という音にグレンとドゥラがなんだろう、と思った瞬間である。
「オレたちの勝ち、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
数値にして実に135db。人の限界許容量に迫るポッケの大音量の雄叫びがグレンとドゥラの耳朶に叩きつけられた。
「……ん!?おいどうしたお前ら!?」
至近距離に加えてウマ娘の優れた聴覚が仇となったトリプルコンボによりあえなく昏倒したグレンとドゥラに慌てるポッケ。
勝利の余韻?味わえるといいですね。
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「折れてますね」
「なんて?」
レース後に立ち寄った病院。そこでグレンはとんでもない事実を突きつけられたのだった。
もしこのレースでL/RoarsとSCORD以外のチームが勝利していた場合、そのチームとL/Roars、SCORDの中距離メンバーでサドンデスレースが開催されます。