『三……ヶ月……?』
呆然と告げられたばかりの余命を力無く繰り返した。人の生死に関わることだというのに、表情を動かさない医者はさらに続けた。
『ガンの進行度によっては、さらに短くなる恐れもあります。投薬によって期間を延ばすことは可能ですが……治療は、難しいかと』
そこから先の医者の言葉は覚えていなかった。
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───
─────
目を開くと白い天井が見えた。
「あー……」
声を出してまるで女の子のような声になっていることに驚愕し。
「そうだった」
グレンは、今は女の子(ウマ娘)になっていることを思い出した。
「……嫌な夢見ちゃったなぁ」
自身の余命を宣告される場面など嫌な夢とカテゴライズして何の間違いもあるまい。実際は三ヶ月も生きることなく死んだわけだが。
現在グレンは先日のレースで脚を骨折し、病院に入院している。その状況が深層意識をに刺激し、あのような夢を見させたのかも知れない。L/Roarsの勝利に貢献したグレン。だが左脚の骨折、という代償を支払うことになった。レントゲンで見させてもらったが、脛と足首の間の骨に亀裂が走っているのが見えた。幸い怪我の程度は軽く、完治にそれほどの時間は要さないそうな。
グローリーチャレンジャーレースの最中にグレンが使用したテイオーステップ。トウカイテイオーはその強力無比な走法に、自身が耐えきれなくなった。
「まさか脚が脆いところすらも同じとはなぁ」
天井を見上げながら呟くグレン。この天井もいい加減見飽きてきた。白い天井に嫌気がさしたグレンは寝返りを打とうとし──
「……」
──骨の治療のために固定されている左脚を思い出し舌打ちした。もう痛みはないのだが、確実な治療が優先されたためこうして固定されている。退院はあと1週間ほどで出来るとのことだ。
「早く退院したいなぁ」
こうしていると思い出したくもない前世の晩年の自分を思い出して嫌になる。
1人ため息をついていると
──コンコン。
病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「やぁ」
ガラッとドアを引いて入って来たのは阿笠だった。
「阿笠?どうしたの」
「お見舞いだよお見舞い」
阿笠が片手に持った小ぶりのメロンを掲げる。
それをベッド脇の小机に置く。そこには見舞いに来てくれたポッケ達やドゥラ、マスターとベリーが置いていったフルーツの盛り合わせが所狭しと置かれている。その中に置かれた阿笠のメロンは窮屈そうに身を縮めていた。
「どうせならもっとデカいやつ買って来いよ」
「相変わらず可愛くないね君は」
阿笠は来客用に置かれているパイプ椅子を広げて座った。
「調子はどう?」
「すこぶる良いね」
「そうは見えないけどね」
「うん、暇すぎて死にそう」
Switchでもあればいいのに、とグレンが呟く。しばらく沈黙が流れた。
「それで……」
口火を切ったの阿笠だった。
「勝ったね」
「そうね」
見事グローリーチャレンジャーレースを制し、最強の座を勝ち取ったL/Roars。しかしそれは阿笠との契約満了を意味していた。
「今度こそ僕はお役御免だね?」
「そうねぇ……」
再び沈黙が流れた。グレンは天井を眺め、阿笠は窓の外に広がる快晴の天気を眺めた。
「正直めちゃくちゃ助かったわ」
「それはなにより」
「これからどうする?」
「さてね。そろそろ新しい仕事でも見つけないとかな」
「……仕事ねぇ」
そうだ、と阿笠がパイプ椅子の横に置いていた彼の鞄を持ち上げる。
「これ、L/Roarsの子達に渡しといてくれるかな」
差し出されたのはクリップで止められた複数の書類。それぞれにグレン、ポケット、メイ、ルー、シマ、とメンバーの名前が書かれている。
「なにこれ」
書類を受け取り、パラパラと捲ると中身はトレーニング内容などが書かれた紙がまとめられている。
「君たちの練習を見ていた時に書いたトレーニング表だよ。それぞれに合わせた内容だから、それらを繰り返せば君たちの身体能力はもっと伸びるはずだ」
「アフターケアも万全、ってわけか。ドゥラの分がないけど?」
「あの子は実家のトレーナーがついてるだろう。僕の出番なんかないだろうさ」
「それもそうか」
なんとなく、グレンと書かれた自分のトレーニング表を開く。そこにはグローリーチャンピオンレースに向けて行っていたトレーニング内容に加えて、びっしりと注釈が書き込まれていた。
「職業病にも程があんだろ」
「君に骨折させてしまったからね」
グレンは阿笠の顔を見た。てっきりいつものような飄々とした顔をしているのだろうと思ったが、窓を眺め続けている阿笠の顔には悔恨の色が滲んでいることに、少なからず驚きを覚える。
「……あれは俺が無茶な走り方したせいだ。お前の責任じゃねえよ」
「誰だって目の前でウマ娘が怪我するところなんて見たくないだろ」
「それはまぁ……」
グレンもトウカイテイオーが骨折するシーンを見る時は毎回胸が締め付けられる心地がしたものだ。
「……じゃ、僕はもう行くよ」
「おう」
椅子から立ち上がり病室の出口に向かった阿笠だが、何かを思い出した様子でグレンの方へ振り返った。
「あ、君たちのトレーニングデータはちゃんと消しといたからね」
「トレーニングデータ?」
「ほら、トレーニングを見てた時に僕が書いていたやつだよ」
そう言われて思い出してみれば確かに、阿笠はいつもバインダーに紙を貼り付けて何か書き込んでいた。ウマ娘の身体の機微を把握しなければならないトレーナーにとっては重要なものだとか。
「はいはい分かった伝えと……」
突然グレンが黙り込んだ。
「阿笠」
「え?」
「一応聞くけど、そのトレーニングデータって俺がトレーニングを始めて、グローリーチャンピオンレースに出て、それで骨折した一連のデータも入ってる?」
「……多分?」
阿笠は何の話?と首を傾げていた。
「阿笠」
「ん?」
「そのデータ貰えない?」
「え、消しちゃったんだけど」
「頼む!そこを何とか!」
グレンの食い付きは異様だった。その勢いに気圧された阿笠はうーん、と唸り頭を捻った。
「バックアップすればどうにかなるか……?」
「悪い。大事なものになったんだ」
「なったって何?まあいいけど。それはそうと……何に使うんだい?」
阿笠がそう聞くと、グレンはニヤリ、と口角を持ち上げた。
「ひ・み・つ〜♪」