「っつーわけで……」
コップを掲げたポッケが高らかに声を上げる。
「グレンの退院、そしてグローリーチャレンジャーレース優勝を祝して」
『乾杯!!!!』
コップたちが音を立てた。
ショウ南ノ風の飲食コーナーは椅子や机が片付けられ、パーティー会場の様相を呈していた。壁に掲げられた横断幕には『祝!グレン退院&L/Roars優勝!!』と書かれている。L/Roarsの祝勝会、そしてグレンの退院祝いも兼ねたこのパーティー、残念ながらドゥラは実家の都合で来ることが叶わなかった。
「いやーご心配をおかけしまして……」
「ホントだよ全く!最大の功労者が不在のせいでパーティー出来なかったじゃねえか!」
グレンの背中をバシバシと叩きながらポッケが笑う。グレンの顔は痛みを堪える色を見せていた。
「それにしてもあのSCORDに勝つなんて、大したものねぇ」
しみじみと呟くのはマスターである。ポッケ達から事情を聞いたマスターは、快くショウ南ノ風の一角を貸し与えてくれた。
「お前が骨折したって連絡受けた時マスターめちゃくちゃ狼狽えてたぜ」
「ベリーちゃん」
「そろそろケーキが焼けるころかな……」
慌てて厨房に引っ込むベリーを見送ったマスターは、咳払いをして話題の転換を図った。
「ベリーちゃんも凄く慌ててたのよ」
「転換の先よ」
まさかの道連れである。とはいえ様々な人に心配をかけた己の不徳の致すところを恥じるばかりである。
「治療費はちゃんと返しますので……いつか」
境遇が境遇なのでいつになるのか全く分からないことにグレンは内心頭を抱えていた。だがマスターはあっけらかんと笑い飛ばす。
「いいのよそんなもの!いつもグレンちゃんはお店の手伝いしてくれるし、お金を払うくらいしか私には出来ないもの」
「でもさぁ……」
「納得しなさそうね。そうね、どうしてもというのならグローリーチャレンジャーレースの賞金と折半ってことにしない?」
「賞金?」
「お前ウソだろ」
首を傾げるグレンに横に座っていたルーが呆れた。
「普通、フリースタイルレースってのは一着か二着、三着になると順位に応じて賞金が支払われるんだよ」
「そうだったのか……じゃグローリーチャレンジャーレースの賞金は?」
「登録してあるメイの口座に後日振り込まれるはずだからそこで六等分するつもりだぜ」
六、という数字を出してグレンははたと思い出した。
「そうだ!ドゥラの分はどうする?」
「それなんだよなぁ」
ドゥラは名家の娘であることに加え、推定年齢が小学生ほどなのである。口座などを持っているわけがないし、かといって現金を押し付けたら後が怖い。
「そん時ドゥラと話して決めるしかないか」
「だな」
賞金、という話をずっとしていたのが原因かグレンはとあることに思い至った。
「あれちょっと待って?俺何回かフリースタイルレース出て結構二着とか三着取ってるけど一回も賞金貰ってないよ!?」
「うわー、やっちまったなお前」
口座すら持っていない上にそれを登録もしていないのだから当然である。あとでフリースタイルレースの運営団体に問い合わせてみよう、とグレンは固く誓った。というところでベリーが厨房から顔を出した。
「マスター、ケーキの飾りつけどこいった?」
「え?棚の二段目にあるでしょう」
「空だぜ?」
「……そう言えばこの前の注文で使い切ったわね」
マスターも厨房に行ってしまった。それを見計らってグレンは対面に座るメイに話しかけた。
「阿笠も誘ったんだっけ?」
「ああ。来なかったけどな」
やはり阿笠にもうL/Roarsと関わる気は無いらしい。少し寂しいような気もする。思えば謎の多いやつだった。特に気になるのがマスターとの関係だが……会うことがないのであれば、それが判明することもあるまい。
グレンは思考を切り替え、マスター達が持ってきた焼き立てのケーキに集中することにした。
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パーティーがつつがなく終わり、ポッケ達が帰ったその日の夜。グレンは新聞を見つめていた。新聞紙に大きくつけられた丸。
トウカイテイオーが今年の始めに若駒ステークスを制覇した時のものだ。
若駒ステークスは2000m。トウカイテイオーの勝ちタイムは、2:01.4。
先日グレンが走ったグローリーチャレンジャーレースの中距離部門。距離、2000m。グレンの勝ちタイムは2:04.3。
グレンとトウカイテイオーが走ったレース場は異なる。とはいえ、同じ距離を走り同程度のタイムを叩き出した。それはつまり身体能力と身体の構造も同じということだと、グレンは考えた。
根拠となる理由はそれだけではない。グローリーチャレンジャーレースでグレンが骨折したのは左脚。トウカイテイオーが骨折しなのも、まさに左脚なのである。
──パラ。
「……」
阿笠が送ってくれた書類をめくる。そこには阿笠がL/Roarsのトレーナーとなり、グローリーチャレンジャーレースに至るまでのトレーニング内容が。そしてグローリーチャレンジャーレースを走るグレンのペースタイムが、勝ちタイムが、全て記されている。
グレンの骨折に至る全てが。つまりトウカイテイオーが同じトレーニングをして、同じレースを走って、そして骨折した場合の過程が、だ。
──パラ。
もう1枚紙をめくる。そこには阿笠の書き残した注釈がビッシリと、所狭しと書き込まれている。元とはいえ中央のトレーナーのもの。
グレンは考えた。
『このデータ使えばテイオーの怪我回避出来んじゃね』
と。
もちろん齟齬はあるだろう、走っているレース場が違うし、バ場の状態だって一致してるとはいえない。だがないよりマシだ。これは使える。トウカイテイオーの、これからの指標として。
脳裏に浮かぶのは三本指を立て、嬉しそうに笑うトウカイテイオー。トウカイテイオー推しや、ウマ娘アニメ二期を見たことのある人ならば彼女が三冠をとった姿を想像したことのある人は多いだろう。グレンも例外ではなかった。
見たい。
トウカイテイオーが無敗三冠を制覇する瞬間を。
トウカイテイオーを怪我から守る。そう決心したは良いが、はてどうすればいいものか。トウカイテイオーは中央を走る現役のウマ娘。おいそれと接触出来るものではない。
そもそも、どう説明してこのデータを渡せばいいというのか。
──私はあなたと全く同じ身体を持ったウマ娘で、これはそんな私の骨折に至るデータです。これを活用して日本ダービーの怪我を回避して無敗三冠を取ってください!
ただの頭のおかしいやつである。というかなんで日本ダービーでトウカイテイオーが怪我するなんてこと知ってるんだと総ツッコミをくらうこと受け合いだ。
説明したくとも、転生してくる前の知識ですと言う他ない以上、信用される可能性はゼロ以下。となると、アプローチの仕方を変えるしかない。トウカイテイオーではなくグレンのデータの意味を正しく理解し、客観的に見て、テイオーのトレーニングに活かしてくれる人物に渡す。
つまりはトレーナー。
スピカを率いる沖野トレーナーである。
スピカの存在はテレビで確認済み、テイオーがスピカ所属なのも若駒ステークス後のインタビュー映像で確定している。故に目下の目標は沖野トレーナーへの接触。しかし、彼は中央に勤めるエリートトレーナー。その上現在注目の的であるスピカのチーフを務めている。テイオー同様、接触は難しいだろう。
ではどうするか。
グレンはトウカイテイオーに瓜二つである。これを活かす他に手はない。
つまりトレセン学園へ潜入するのだ。
次回、トレセン学園潜入。というところでまた勝手ながら休止期間に入らせていただきます。続きは気長にお待ちいただけると幸いです。
次はいよいよテイオー登場、そして新キャラも登場予定です。お楽しみに。