トウカイテイオーVSトウカイテイオー   作:イモ天屋

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 ここ書く事がない……。


#1 覚醒 ─Awakening─

 

「クソッタレだこんな世界」

 

 そう言い残してその男は死んだ。

 

 余命3ヶ月の命。

 

 その残された3ヶ月を生きることなく。

 

 医師の診断によると過剰なアルコール、及び薬物の摂取が原因と判明された。

 

 自暴自棄になった一人の男が死んだ。

 

 男の目に映った最後の景色は見慣れた部屋の天井。

 

 次に目を映した部屋の側面に貼られたポスター。

 

 ウマ娘のトウカイテイオーのポスター。

 

 男が好きな、いわゆる推しというやつである。

 

 最後に目に映すのが推しであることにささやかすぎる幸せを噛み締めながら男は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はずだったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂を切り裂いた騒音がやけに大きく感じ、男の意識は覚醒した。

 

 ゆっくりと目を開く。

 

「……どこだここ」

 

 すぐそばから無機質なコンクリートの柱が天に向かって伸び、同じくコンクリートで出来た天井を支えている。

 

「……」

 

寝転がったまま周囲を見回す。

 

 左右に目を向けた結果、青空が見えた。

 

 透き通る青と、西から差し込む日の光。朝早い時間帯のようだ。

 

 どうも今自分がいるのはどこかの高架下らしい。

 

 再び先ほどの騒音が聞こえた。

 

 真上から聞こえたところを察するに、おそらく騒音の正体は高架を走る車の走行音と思われる。

 

 むくり、と男が起き上がる。

 

 ズルッ。

 

「ずるっ?」

 

 妙な感触を感じた肩を見る。

 

 そこには服がずれたことで露わになった白く透き通った白磁の如き柔肌があった。

 

「は?」

 

 よくよく見ると今自分が身に付けているのは昨日まで着ていた汚れた服である。

 

 そこはいい。

 

 だが問題はその服と今の自分のサイズに乖離した差があることだ。

 

 昨日までは服屋で適当に選んだためサイズが合わずぴっちりと肌にへばりついていた服。

 

 それが今は動くたびに余剰な布が波打った。

 

 恐る恐る袖を捲る。

 

 現れたのは昨日までの見慣れた色白い不健康的な腕ではなく。

 

 中世の美術家たちが手がけた彫刻品のように美しく細い、そして白い腕。

 

 そして先ほどから耳を打つ鈴を鳴らすような可憐な声音。

 

 ここに至って初めて男は自身の置かれた状況を認識した。

 

「女の子になってる……」

 

 股間に手をやり己の分身が姿を消していることを確認し、確信する。

 

「女の子になってるうっ!!」

 

 誰もいない高架下に一人の少女の絶叫が響いた。

 

 男、現在少女はパニックに陥った

 

 ……訳でもなかった。

 

「転生ってやつか」

 

 その手のコンテンツを常に身近に置いていた暫定前世男だった少女にとって、事態の把握は容易かった。

 

「問題はここが異世界かどうかだな」

 

 異世界だとしたら自身が見知っている言語が使い物にならない可能性がある。

 

 だが周囲を見渡す限り、その心配は無用そうだった。

 

 自分がいる高架下。

 

 その隅っこに置き去りにされているのであろう埃を被った車。

 

 そのナンバープレートには31-20という数字と共に渋谷、という文字があった。

 

「ここが日本であることは分かった」

 

 ヨッ、と立ち上がる少女。

 

 丈の余った部分が地面から引きずられ、汚れた。

 

「ただまぁそれだけだな」

 

 ズボンは何回も巻いてどうにかくるぶしが見えるようにし、靴は紐をキツくキツく縛ることで無理やり履く。

 

 同じように袖を捲って手を使えるようにした。

 

「ヨシ……と」

 

 袖を捲ったことで露出した見覚えのない手。

 

 少女はしばらくその手を眺めた。

 

「……綺麗な手だな」

 

 馴染みの深い、見慣れた手とは似ても似つかない真っ白な手。

 

「いや白いところは似てるか」

 

 晩年の生気の失せた手を思い出して少女は笑った。

 

 とりあえず周囲の探索のために高架下を離れることにした。

 

「ここが前世と同じ日本なのか、それとも」

 

 それを知るためにまず人通りの多いところへ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどの車には渋谷、と記載されていた。ということはここは渋谷なのだろうか?

 

 高架下の周囲は住宅街のようだった。

 

 朝早い時間のせいか静まり返った家々の中を一人歩く。

 

 玄関にさげられたネームプレートにはどれも日本人の苗字が書かれており、また家の作りも日本のそれだ。

 

「あの車がたまたまアメリカに放置された日本車だった、てオチじゃなくて良かったー……」

 

 ははは!と一人で笑いながら塀に貼られたポスターの横を過ぎ……

 

 ようとして止まった。

 

「……」

 

 一歩二歩下がりポスターの前に戻る。

 

 内容はなんてことはない、よくある交通安全を呼びかけた啓発ポスターだ。

 

 問題はそのポスターの中心にプリントされた人物にある。

 

 目を擦ったり三秒ほど凝視したり角度を変えてみたりしたがその人物が変わることはなかった。

 

「会長……だよな」

 

 ウマ娘シンボリルドルフが凛々しい立ち住まいでポスターの中からこちらを見ていた。

 

 あの緑色に染め上げられた軍服を模した勝負服を身に纏うウマ娘がそこに描かれ……違う。

 

 絵ではない。

 

 絵にしては立体的すぎる。

 

 これは……写真?

 

「いや待て。まだ決めつけるのは早いぞ俺。ウマ娘と交通安全省がコラボした時のポスターかもしれないだろ」

 

 冷や汗をかきながらポスターから後ずさる。

 

 その時横合いから騒音が飛んできた。

 

 咄嗟にそちらを見ると通り過ぎる車が一瞬見えた。

 

 見える限りで判断するとおそらく大通り。

 

「……だったら!」

 

 すぐさま走り出し、大通りに出る。

 

 車が通る車線が二つ、その脇に歩行者のものと思われる赤く塗装された細い道。

 

 

 

 そしてその間に存在する青く塗装された道が目に入った。

 

 

 

「ウソだろ……?」

 

 青い道は車線を挟んだ向こう側にある。

 

 プァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

「うっっっわ!?」

 

 道路に出た途端、鳴り響いた大きな音に思わず頭に手をやる。

 

「バカやろ───ッ!!危ねえだろ!!」

 

 声がした方を見るとトラックに乗った禿頭の男性が窓から身を乗り出し、こちらに怒鳴っていた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 あたふながら向こう側へ渡る。

 

「怪我したらどうすんだドアホウ!!」

 

 怒鳴りながら行ってしまった男性を見送るのも束の間、なぜ自分が車道を飛び出したのか思い出してすぐに青い道に向かう。

 

 青い道は車一台分の幅があり、目が届く先まで伸びていた。

 

 そして。

 

「マジかよ……」

 

 青い道に描かれた人の絵。

 

 その絵の人物の頭頂部に描かれた明らかな異物。

 

 極め付けは頭上に設置された看板。

 

『ウマ娘用レーン』

 

 もう確定だった。

 

「ここウマ娘の世界だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道路に立ちっぱなしだとまた轢かれかける恐れがあるのでひとまず渡ってきた方へと戻る。

 

「ウマ娘の世界……マジか」

 

 脇にあった電柱にもたれかかり、ズルズルと座り込みながら力無く呟いた。

 

 前世からウマ娘の世界に行きたいと常日頃思っていたがまさか現実になるとは。

 

「ってことはさっきの会長のポスターも本物ってことだよな」

 

 この世界にはシンボリルドルフが存在する可能性がある。彼女がいるのならば、彼女が生徒会長を務めるウマ娘ではお馴染みのトレセン学園も存在する可能性が高いだろう。

 

「実感湧かねーな……」

 

 呟きながら先ほど見たシンボリルドルフのポスターが貼られた場所に顔を向け

 

 その違和感に眉を顰めた。

 

「なんだ?」

 

 電柱に手を当てて立ち上がる。

 

 おかしなところは何もない、見た限りは普通の日本の住宅街があった。

 

「……?」

 

 不思議に思いつつ、もう一度会長のポスターを見ておこうと歩き出した。

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 歩く。

 

 

 ……歩く。

 

 

「……ちょっと待て」

 

 遠すぎる。

 

 数分歩いてやっとポスターが貼られた塀が見えてきたところで立ち止まる。

 

 なぜこんなにも離れている。

 

 先ほど走った時、大通りに出るまで十秒も掛からなかった。

 

 振り返ると小さくなった大通りに繋がる入り口が小さく見えた。

 

 狐に包まれた気持ち、とはこういうことか。

 

 そう思いながら頭をかき

 

「ない」

 

 ない

 

「待って」

 

 耳が。

 

 そういえば。

 

 先ほど車にクラクションを鳴らされた時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分はどこをおさえた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る頭の上に手を持っていく。

 

 口、鼻、目、眉、前髪、と段々と高さを上げてたどり着いた頭頂部。

 

 フサッ。

 

 何か毛深く、柔らかくて、とても触り心地のよい感触が返ってきた。

 

「……」

 

 半ば確信しながら己の手を今度は臀部へと持っていく。

 

 フサッ。

 

 同じく触り心地のよい感触が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウマ娘になってるぅ─────ッッッッッ!!」

 

 少女の、いやウマ娘の絶叫が寝静まった住宅街に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渋谷スクランブル交差点。

 

 毎日大勢が行き交う交差点の片隅にそのウマ娘はいた。

 

「本当にウマ娘の世界なんだな……」

 

 あの高架下で目覚めたウマ娘である。

 

 便宜上ここからはウマ娘Aと呼称することにしよう。

 

 Aの眼前には大勢の人間、そして彼らに混ざって歩いている頭に馬の耳と臀部から覗く尻尾が生えた女性たち。

 

 いうまでもなくウマ娘である。

 

 Aは交差点から目線を外し、はるか上に移した。

 

 そこには野外ビジョンが設置されており、中には先ほど見たシンボリルドルフの交通安全啓発のコマーシャルが流れていた。

 

「疲れた……」

 

 高架下で目が覚めてからというもの、衝撃的な事実を連続で目の当たりにしたAの精神は疲弊していた。

 

 それだけではない。

 

「腹減った……」

 

 彼女が身に纏っている服には食べ物も金も入ってなかったのだ。

 

 精神は疲弊し、空腹に苛まれるA。

 

 しかも着ている服はサイズの合っていない汚れた男物である。

 

 その様相はハッキリいってホームレスのそれであった。

 

「このままここで飢え死にするのかなぁ……」

 

 なんだか定まらなくなってきた気がする視界の中、Aは転生して早々死を覚悟していた。

 

「また転生できたら今度はどこかの家の赤ん坊だといいな……」

 

 と、Aが次の転生先に思いを馳せている時である。

 

 隣に誰かが立つ気配がした。

 

 Aがそちらに目をやったタイミングと同時にAが座り込んでいる地面のすぐ横に何かが置かれた。

 

 カロリーメイト。前世でよくお世話になった栄養食品である。

 

 咄嗟に顔を上げるA。

 

 そこにはスーツ姿にメガネをかけた男がいた。サラリーマンだろうか。

 

 彼はカロリーメイトを置くとAに軽く会釈をして行ってしまった。

 

「……」

 

 立ち去る男とカロリーメイトを交互に見るA。

 

 男の姿が見えなくなるとAは恐る恐るカロリーメイトの箱を手に取った。味はチョコ味である。

 

 箱を開けてカロリーメイト二つ一組が入った袋を開ける。少なくとも見た目は前世と変わらないカロリーメイトのチョコ味である。

 

 取り敢えず一口齧る。

 

 前世となんら変わらないカロリーメイトのチョコ味だった。

 

 それを知覚した途端Aの中で何かが弾けた。

 

 一口齧ったカロリーメイトを一気に口に放り込む。高速で咀嚼しながらもう一つを二つに割って片割れをまた放り込む。

 

 嚥下するのももどかしく感じながらもう半分を口に、そして手は手付かずだったもう一つのカロリーメイトへ伸ばす。

 

 ところでカロリーメイトというのは性質はビスケットに近く、食べると口内等の水分が一気に持っていかれる。

 

 そんなもの一気に平らげたAがどうなるかはお察しの通りだろう。

 

「ごぇ゛っ」

 

 喉に詰まるのである。

 

「ぐ……ぐぐぐ……」

 

 胸元を叩きながら必死に喉に詰まったカロリーメイトを飲み下そうとするA。しかし水分が奪われた彼女ではそれは難しいだろう。

 

 餓死から抜け出したかと思えば今度は窒息死か。

 

 再び死を覚悟したAだったが、救いの神は二人いた。

 

 目前に水のペットボトルが差し出された。

 

 差し出した人物を碌に確認する暇もなくAを水を受け取ると未開封のそれを開けて中の水を呷る。

 

 なんとかカロリーメイトを嚥下し危機を脱したAがそこで初めてペットボトルを差し出した人物を見た。

 

 妙齢の女性がそこにいた。心配そうにAを覗き込んでいる。ふとその横に子供だろうか。女性に顔立ちが似た女の子が同じようにAを覗き込んでいる。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 妙齢の女性は微笑むと女の子の手を引いて行ってしまった。

 

 かと思えば女の子が駆け戻ってきた。

 

 何かと身構えるAの手に、女児は肩から下げた小さいカバンから何かを取り出して置いた。

 

 そして母親の元に戻っていった女の子達は今度こそ立ち去った。

 

 Aが手のひらを開く。

 

 そこには小さい飴玉が置かれていた。

 

「……」

 

 Aは思わず呟いた。

 

「優しいかよ」

 

 前世の世界との差にAは思わず涙した。

 

 腹も満たされたところでこれからの身の振り方について考えることにした。

 

「警察に行けば保護してもらえたりするのかな……」

 

 と独り言を漏らした後Aはすぐに自ら否定した。

 

「いや、俺のことをどう説明すればいいのか分かんねーよ」

 

 気付いたら高架下に寝ていたこの世界に転生してきた者です、などと馬鹿正直に言えば病院にぶち込まれることは間違いない。

 

 かと言って身分を保証出来るものが手元にない今、上手い言い訳ができるとも思えなかった。

 

「言っててもしょうがないか……」

 

 ひとまず今夜を過ごす場所を見つけることにしよう。

 

 とは言え、まだ太陽も高い位置にあり夜が来るまでまだ時間がある。

 

 Aは周囲を探索することにした。

 

 歩きながら独り言をこぼすA。

 

「トレセン学園とか見に行ってみたいなぁ」

 

 気分は完全に旅行者のそれである。

 

 前世から憧れていたウマ娘の世界ともなれば無理もなかった。

 

 道路の傍に立てられた青看板を見上げる。

 

『府中まで24km』

 

「24キロか。ちょっと遠いな……あ」

 

 Aは自分が今なんであるのかを思い出す。頭に生えた耳に手をやるとモフモフとした手触りのいい触感が返ってきた。

 

 次に車道の横に設けられた青いレーン、ウマ娘用レーンに目をやる。

 

「……走ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちぇええええええええええ!!!!」

 

 奇声を発しながら公道を爆走しているあのウマ娘は誰だろうか。

 

 もちろんAである。

 

 部屋に引きこもったまま生涯を閉じたAにとって、時速70kmを優に超えるウマ娘の脚力での全力疾走は新鮮な体験だった。

 

 どハマり、というやつである。

 

「いやっふォォォォォォオ!!!!」

 

 不審人物と化したAはウマ娘用レーンをひたすら駆けていった。

 

 1時間後後。

 

「ゼェ……ハァッ……ウッp……オエ……」

 

 府中の片隅には電柱に寄りかかった今にも死にそうなウマ娘という地獄のような光景が爆誕していた。

 

 碌にトレーニングもしたことのない、長距離を走った経験もない運動素人が24kmもぶっ続けで走ったらこうなるのは自明の理であった。

 

「ハァッ……ハァ……調子に乗りすぎた」

 

 若干青い顔をしながら立ち上がったAは傍に建てられた看板に目をやった。

 

『府中へようこそ』

 

 その文字と共にデフォルメされたジャージを着たウマ娘のイラストがあった。

 

「さて行ってみますか」

 

 Aは府中の街に足を踏み入れた。

 

 ……までは良かったのだが。

 

「どこだここ」

 

 Aは前世も含めて府中に来たことがなかったのだった。

 

 周囲を見回す限り、住宅街のようだ。

 

「また住宅街か」

 

 あまりウロウロすると怪しませる可能性もあるからさっさと抜けてしまおう。

 

 と、足早で歩くA。道も分からない状態でそんなことをすればどうなるか。

 

「また迷った」

 

 こうなる。

 

 来た道も分からなくなってしまった。

 

「ヤベーどうしよ」

 

 迷子になっているうちに日が傾き始めた。この様子だとトレセン学園の前に寝床を見つけるのが先か。

 

 そう考えながら歩いているA。

 

「寝るっていったってなぁ……夜は冷えるだろうし……新聞紙でもあればなぁ」

 

 と、一人でブツブツ呟きながら歩いているAに突然声を掛けてくる存在があった。

 

「ちょっとアンタ」

 

「公園の遊具の中とかで……え?」

 

 声を掛けられた事実に少なからず驚きを覚えながら振り返るA。その視線の先には

 

「何処に行こうとしてんの。そっち人ん家の庭だよ?」

 

 Aから少し離れた位置に立つトレセン学園の制服を身に纏い赤みがかった髪の毛を両サイドにまとめ、呆れた表情を浮かべる……ウマ娘。左手に下げた買い物袋が妙によく似合う庶民的な印象を受ける彼女は

 

「ナイスネイチャ!?」

 

「え、なんでフルネームなの?」

 

「うおーっ!すげえ本物だぁ!!」

 

「偽物がいるみたいな言い方すな」

 

 駆け寄って間近に見ても変わらず本物のナイスネイチャがそこにいた。

 

「ちょっ、近!?」

 

「えー!めっちゃ可愛い!!」

 

「かわ!?」

 

 遂に見知ったウマ娘を目の当たりにしたAは大興奮のあまりナイスネイチャの周囲を回転し始め

 

「アンタほんとどうした!?」

 

 ナイスネイチャの渾身のツッコミと手刀により我に返った。

 

「はっ。す、すいません……つい興奮のあまり周りが見えていませんでした」

 

「なんで今度は敬語……?ていうか、アンタなんでこんなところいるの」

 

「いやー……実は道に迷ってしまって」

 

「道に?この辺で?……本当に大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないんでちょっと最寄りの人通りのあるとこまで案内してくれませんか」

 

 この通り!とAが手を合わせて拝むと怪訝な顔のナイスネイチャはまぁいいけど、と承諾してくれた。

 

 その道すがら。

 

「ところでナイスネイチャさん」

 

「……なに?」

 

「今って何年?」

 

「は?」

 

 当然ながらものすごく怪訝な顔をされた。

 

「最近ちょっと物忘れがひどくて」

 

「……走政36年4月20日」

 

「走政……」

 

 聞いたことのない年号だ。年号は元の世界とは違うらしい。

 

 などと話しているうちにAの言った通り、ナイスネイチャは人通りの多い場所に案内してくれた。

 

 その場所はAにとって見覚えのある場所だった。

 

「ここって……商店街!?」

 

 あの福引でお馴染みの。

 

「ここでいいの?」

 

「バッチリですよ!いや〜助かりましたありがとう!」

 

「そ、そう」

 

 手を合わせ頭を下げて、感謝の意を表すAに対しナイスネイチャは何故か引き攣った笑いを浮かべていた。

 

 ここなら夜風を凌げる場所も多いはず、と考え歩き出すAの背中にナイスネイチャが声を掛けた。

 

「そろそろ門限も近いし遅れんなよー」

 

 その言葉は雑踏に紛れていったAの耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイスネイチャが案内してくれた商店街はたくさんの人に溢れ、活気に満ちていた。

 

「お〜繁盛してんねえ!」

 

 Aの前世の地元にあった商店街はシャッター街と化していたため、今いるような活気付いた商店街は新鮮だった。

 

 ここの人の来ない路地裏ならば夜を明かすことも可能かもしれない。上手く行けば食べ物も得られるだろう。

 

 Aは早速近くの店と店の間に出来た小さな路地裏に身体を滑り込ませていった。

 

 路地裏に入ると雰囲気は一変した。人の声は遠くなり、また薄暗い闇が目の前にあった。

 

「取り敢えず夜風は凌げるな」

 

 上を見上げるといつの間にか陽が落ちていて、幾つかの星の光が見えた。

 

 Aはどうにか一日を乗り切ったのだ。

 

「ふぅー……」

 

 どっこいしょ、と路地の片隅に腰を下ろす。

 

 長いため息を吐くと疲労感が一気に押し寄せてきた。

 

 目を覚ましたらウマ娘になっていて、しかも別世界にいるという激動の一日だったのだ。

 

「……これからどうなるんだろうな」

 

 夜空を見上げながらずっと胸の内に浮かんでいた疑問が溢れる。

 

 Aの言葉に答えるものはなく、夜空で輝く星々も何も教えてはくれない。

 

「しんみりしてても始まらないか」

 

 両手で頬を叩き気合いを入れる。

 

 先ほどナイスネイチャに今何年かと聞いた時、走政36年という年号と共に4月20日ということを教えてくれた。

 

 4月の終わりならば昼の暖かさにも納得がいくが、夜は冷え込む時期だ。

 

 となると何か防寒が出来るものを得る必要がある。

 

「確か新聞紙とかアルミホイルがこういう時役にたつんだっけ」

 

 前世で無駄に費やしていた動画プラットフォームから得た知識を思い出したAは、さっそく目当てのものを入手しようと立ちあがり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして倒れた。

 

「はえ?」

 

 Aの酷く間抜けな声が誰もいない路地裏にこだました。

 

 Aはすぐに立ちあがろうとするが

 

「……動かねえ」

 

 Aの意思に反し、Aの腕はピクリとも動かない。そして動かないのは腕だけではなかった。

 

 Aは身体中の力が抜けていく感触に気づいた。

 

 必死で身体を動かそうともがくが指の先もピクリとも動かない。

 

「あぇ……なん……」

 

 状況も飲み込めないまま、とうとう声すら出せなくなってきた。

 

 どんどん暗くなっていく視界。

 

 その端で何かが動くのを見たところでAの意識は暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと異世界だった

 

 ……なんてことは多分なく。

 

「どこだここ」

 

 昨日と同じ文言を口にしながらAは覚醒した。

 

 ただ違う点と言えば目線の先にあるものが高架下の冷たいコンクリートではなく木製の天井裏ということか。

 

 どうも今自分がいるのはどこかの家らしい。

 

 取り敢えず周囲の状況を確認しようと上体を起こした。

 

 四畳半ばかりの広さの部屋の隅っこの布団が敷かれ、Aはそこで寝かされていたようだ。

 

 部屋にはAの寝ている布団の他にちゃぶ台が置かれている。隅っこには布がかけられた何かが置かれており、壁にはウマ娘のポスターが貼られている。

 

「誰かの部屋っぽいけど……」

 

 と、

 

 ふとAの耳が小さな異音を捉えた。

 

 音は断続的に聞こえており、どうやら部屋の出入り口らしきドアの向こうで発生しているようだ。聞き覚えのある音とすれば何かを引っ掻く音だろうか。

 

 謎の音に若干ビビっているとまた新たな音が響きだした。共に木の軋むような音も聞こえる。

 

 そしてその音はだんだんと大きくなっている。

 

 それが足音だとAが気付いたのとドアノブが回される金属音が部屋に響いたのは同時だった。

 

 まず目に入ったのは色褪せたパーカー、そして少し膨らんでいる胸。

 

 カジュアルなズボンを履き、そして腰の向こうからは茶色の長いものが伸びている。

 

 入ってきたのはウマ娘だった。

 

「お、起きたか」

 

 赤みがかった茶色───ウマ娘ならば鹿毛と言うのだったか───の髪を肩の辺りで切り揃えている。

 

 そして赤橙色の双眸がAに向けられていた。

 

「ずいぶん寝たな、もう朝の9時だぞ」

 

「あの……あなたは?」

 

 取り敢えず……というか出来ることがそれくらいしかなかったAが投げかけた質問にウマ娘が答えた。

 

「アタシか?アタシはハックルベリーだ。よろしく」

 

「ハックルベリー……さん」

 

「ベリーでいいよ」

 

 突然Aの腹に重たい感触が生じた。

 

「うわっ!?」

 

 びっくりしながら目線を振り下ろすとそこには

 

「猫?!」

 

 一般的な猫と呼ばれるそれの2倍はあろうかという体躯を持った三毛猫がAの腹に乗っかっていた。

 

「お前ドンさんに感謝しろよ?ドンさんがアタシを呼ばなかったらお前あそこで野垂れ死にしてたんだからな」

 

「ドン……?」

 

「その猫の名前だよ」

 

 ハックルベリーが顎でAの腹に乗っかっている猫を示す。

 

 それに答えるようにナァ、と腹の上の猫が鳴いた。

 

「そうか君が……」

 

 昨日暗くなる視界の端で動いた物体。

 

 それが今腹の上でやたら寛いでいるドンなる猫だとAが気づくのにそう時間はかからなかった。

 

「ありがとう」

 

 頭を撫でるとドンさんはゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「目覚ましたんなら着替えて顔洗ってこい。着替えはそこに置いてあるやつだ。アタシので悪いけど」

 

「あ……分かった」

 

「聞きたいこともあるだろうけどな。取り敢えず飯食った後にしようぜ」

 

 そういうとハックルベリーはドンさんの名前を呼び、二人は部屋から出ていった。

 

 取り敢えず着替えることにしたAは自分が今着ているものが昨日と変わらず前世からの服だということに気付いた。

 

 Aは服を脱ごうと裾を掴み

 

「……」

 

 そこで動きを止めた。

 

 この服は前世からある唯一の物だ。

 

 これを脱ぐと前世との繋がりが永遠に失せてしまう気がした。

 

 幸の薄い人生だったがいざ繋がりのあるものを切り離すとなると躊躇いが生まれることにいささかの驚きを覚えつつ脱ぎ捨てる。

 

 前世の服を全て脱ぐと自身の裸体は出来るだけ見ないようにして──自身のものとはいえウマ娘の裸体を見るのは抵抗感がある──すぐさまベリーがおいてくれた着替えを手に取った。

 

 ベリーが用意してくれたのはTシャツ、パーカー、そしてジーンズ。当然というか下着は用意されていない。ただTシャツたちはいずれもAとはサイズが合わなかった。

 

 昨日と同じ動作を今日もしていることに妙な感触を覚えながらAはジーンズの裾を捲って歩けるようにし、反して新鮮な面持ちになったのはウマ娘の尻尾だった。

 

 ウマ娘のベリーの服なのだから当然なのだがジーンズには尻尾を通す為のものと思われる穴が臀部の辺りに設けられていた。

 

「こうか?」

 

 しばらくの苦闘があったがなんとか自身の尻尾をジーンズに通し終えたA。

 

 一通りの服を着て、どこかおかしいところがないかチェックしようと鏡でもないかと部屋の中を見回す。

 

 すると布がかけられた何かがAの目に止まった。

 

 近づいて横から見てみるとどうやら化粧台のようだ。

 

 ベリーのものだろうか。

 

「ちょっと借りますよ〜、と」

 

 悪いとは思いつつも服の着方にミスがあったら気まずい。

 

 Aは布に手を掛け、そっと持ち上げた。現れたのは予想通り化粧台だった。

 

「ビンゴ」

 

 布を台の横に置こうと、移動した時のことである。

 

 Aの姿が鏡に写る。

 

 なんの気無しに鏡を見たA。

 

 そしてそこに写った自身の姿を見ると

 

 

「おわぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」

 

 

 

 絶叫した。

 

 

 

 驚愕のあまりバランスを崩して後ろに倒れ込む。その際ちゃぶ台をひっくり返し大きな音を立てた。

 

 その音はどうやらこの家中に響いたようですぐにドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。

 

「なんだどうした!?」

 

 音を聞きつけたベリーがドアを蹴破る勢いでAのいる部屋に入ってくる。

 

 だがAの方はそれに意識を向ける余裕すらなかった。

 

 何故ならば

 

 鏡に写った自身の顔、姿

 

 それはウマ娘というだけでなく

 

 トウカイテイオー

 

 彼の者に瓜二つだった。

 




変更点
 #0─Prologue─を新たにこの話の前に挿入しました。
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