「え……なん……誰……?」
いきなり対面することになった、ライスシャワーそっくりの謎のウマ娘。目の前のウマ娘は混乱しきりのグレンに対し、冷静さを保っている。
「床に座りっぱなしもなんだ。座れよ」
そういうとライスシャワー似のウマ娘は部屋の中を歩き出した。背後の壁に手をつきながら立ち上がるグレン。そこでグレンは今自分がいる場所が、先ほど侵入したばかりのスピカのトレーナー室と似た部屋にいることに気づいた。
「ここは……」
「ライスシャワーとそのトレーナーの使ってるトレーナー室だ」
部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろしたウマ娘がグレンの問いに答えた。
「まあ座れって」
何が何やらの状況。もうどうにでもなれ、と半ば投げやりな気持ちでグレンは、ウマ娘の座っているソファからテーブルを挟んで対面に置かれたソファに座った。
「自己紹介から行くか」
グレンか座るのを見届けたウマ娘は口を動かす。
「スプリンクルソルトだ。よろしく」
「……グレン」
もちろんスプリンクルソルトという名前に聞き覚えはない。一体目の前に座るウマ娘は何者なのか。そしてグレンが抱える疑問を、目の前のウマ娘も抱いたらしい。
「お前、何だ?」
いきなり核心をつく問いにグレンは戸惑いを隠しきれなかった。
「何だといわれても……」
そんなものこっちが聞きたい。
「……じゃ質問を変える」
グレンの顔を、表情も変えずにじっと見つめながらスプリンクルソルトは決定的な問いを口にした。
「ウマ娘プリティーダービー、って言葉知ってるか?」
「っ、それって……!」
顔色を変えるグレンを見て、納得したように頷く。
「どうやらおれとアンタは同類らしいな。なあ、転生者さんよ」
─────
───
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スプリンクルソルトは転生者だ。グレンと同じように。衝撃を受けるグレンだったが、スプリンクルソルトはなるほどな、と呟くだけでその様子に驚きといった感情は見受けられない。
「……もうちょいこう、なんかないの?」
「ん?ああ、これでも驚いてるよ。顔の表情筋が死んでてな、気にするな」
自身の顔を指で動かし、驚きの表情を形作るスプリンクルソルト。
「ていうかなんで俺が転生者だと分かったの?」
グレンの問いかけに対し、ソルトは親指で建物の外を示すジェスチャーをした。
「ここからアンタがトウカイテイオー達に追っかけられてるのが見えたんでな」
トウカイテイオーと瓜二つのグレン、ライスシャワーと似ているスプリンクルソルト。自分が転生者であるならばグレンもそうかもしれない、とスプリンクルソルトは考えたという。
「なるほど……。もういくつか聞いても良いかな」
「おれに答えられることなら」
「スプリンクルソルトさんは……」
「ソルトでいいよ。いちいちまだるっこしいだろ」
「……分かった。ソルトはいつからこっちにいるの?」
グレンの問いに壁に掛けられたカレンダーを顧みてうーん、とソルトはしばらく唸る。
「今年の三月の頭だな」
「えらい最近じゃねーか」
まだグレンが骨折して入院していた頃である。
「そういうお前はいつからこっちにいるんだ?」
「去年の四月」
「そりゃ長いな」
「それと……なんでトレセン学園にいるの?」
今グレンの対面に座るソルトはくつろいだ様子でソファに腰掛けていた。その様子から、このトレーナー室には馴染みがあることが見て取れる。
グレンはトウカイテイオーと瓜二つということから生じるであろう面倒ごとを避けるため、髪色と瞳の色を変えて──瞳の色が変わった理由については今だに謎だが──ショウ南ノ風にて隠れるように過ごしてきた。
グレンとソルトは境遇が異なる可能性が高い。
「おれは気付いたらライスシャワーの実家にいてな」
初っ端から異なっていたようだ。
「それでまぁ最初は凄い騒ぎだったんだが、こいつただのウマ娘じゃねえって話になって、取り敢えずトレセン学園に預けられることになったってのが大まかな経緯だ」
「大まかすぎない?」
とはいえ、いきなり家の中にウマ娘が出現し、しかも娘と瓜二つの容姿をしているとなれば適切な対処ができる両親などまずいないだろう。家で面倒を見るより、施設が整ったトレセン学園に預けるほうが合理的なのかもしれない。
「他の生徒とか、たづなさんとかに怪しまれたりとかしなかったの?」
「ライスシャワーの双子の妹ってことでゴリ押したみたいだな」
「ええ……」
「まあウマ娘って実際に近くで過ごしてみて分かったんだが穏やかな気性の種族でさ。詮索してくる娘がほとんどいなんだわ」
どうやら至れり尽せりな環境にいたらしい。羨ましいなチクショウ、とグレンが内心妬んでいると今度はソルトから質問を返された。
「お前こそ今まで何してたんだよ。去年の四月からいるって言ってたよな」
「パン屋で働いたりフリースタイルレース走ったりしてた」
「……パン屋?」
さしものソルトも首を傾げていた。グレンも全く同じ気持ちだった。改めて考えても何がどうしてパン屋で働くことになったのか意味がわからない。
「それにフリースタイルレースってなんだ」
「民間が経営するレースだってさ」
「それを一人で走ってたのか」
「最初はね。今はチーム組んでる」
「へぇ」
転生者、という同じ肩書きを持つものどうしのグレンとソルト。初めて出会う同じ境遇の人物にお互い話が弾んでいた時だ。グレンの耳が足音をキャッチした。それも二人分。どんどんこの部屋に近づいてくる。
「やべっ!」
まずいと思い咄嗟に身を隠せる場所を探すグレンを制止したのはソルトだ。
「待て、あいつらなら大丈夫だ」
「え?」
ソルトのいうあいつらとは。その答えはすぐに明かされた。
トレーナー室のドアが開かれる。入ってきたのは一人の女性とウマ娘。女性の方に見覚えはないが、ウマ娘の方はよく見知った顔だった。
「ソルトちゃんお待たせ……えっ?」
グレンと目があい、戸惑いの声を上げる小柄なウマ娘。黒鹿毛に藤色の瞳、スプリンクルソルトによく似ている容姿。否、スプリンクルソルトが似ているのだ。後に「黒い刺客」「レコードブレイカー」など様々な名前で呼ばれることになる優駿。ライスシャワー、その人だった。
「あら、お客さん?」
ライスシャワーのすぐ後から入ってきた女性。恐らくはライスシャワーのトレーナーだろうか。現在のグレンの身長が低く、目線がかなり低いことを加味してもその女性の身長はかなり大きく見えた。推定180cmは超えているだろうか。
「と、トウカイテイオーさんがなんでここに?」
「ライス、そいつはトウカイテイオーじゃない。グレンって名前の別人だ」
「「えっ!?」」
ライスシャワーとそのトレーナーらしき人物は揃って驚きの声を上げた。
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宇宙猫を思わせる表情を二人揃って浮かべるライスシャワーと女性を、スプリンクルソルトが軽く叩いて再起動を促し、今だに困惑している二人とスプリンクルソルトはグレンの対面のソファに座った。
「ごほん。えー、改めて……」
三人並んで座ったソルト達。その端っこの高身長女性が咳払いをし、空気の転換を図った。
「ライスシャワーのトレーナー、米沢です」
「ら、ライスシャワーです……」
「どうも、グレンです」
そういえばアニメ二期でライスシャワーのトレーナーらしき人物の写真が載った新聞が描写されていたな、とグレンは思い出していた。ライスシャワーと身長差があり過ぎるとのことで話題になったりもしていた。彼女、米沢が恐らくはそうなのだろう。流石にあの写真ほどの身長差はないがやはりデカい。先ほどのグレンの見立て通り180cmは下らないだろう。
「……」
落ち着かない様子でグレンをチラ見しているライスシャワー。その横でソルトはソファの、米沢からライスシャワーを挟んで反対側に腰掛けていつの間に淹れたのか紅茶を啜っている。
「それで……あなたはソルトちゃんと同じく違う世界から来た、という認識でいいのかな」
「はい。てか知ってるんですね」
「ライスのご両親から聞かされてね……最初は何の冗談かと思ったけれど」
チラリ、とソルトを見る米沢。その視線に気付いたソルトはマグカップから口を離し肩をすくめた。
「それで貴方はトウカイテイオーの怪我を防止するためにトレセン学園に来た……って認識でいいのかしら」
「大丈夫ですよ」
米沢は難しい顔をしてこめかみを抑え込んでしまった。ソルトが現れて二週間も経っていないところにグレンが現れたのだ、当然の反応と言える。
「違う世界からの転生者なんて……漫画の中だけの存在だと思ってたわ」
「俺もですよ」
「おれも」
同調するグレンとソルト。
「それでグレンさんはこれからどうするの?」
「……どうにかしてここから逃げたいんですけどね〜」
ここで捕まってしまっては何の為に変装してまでトレセン学園に潜入したのか分からなくなってしまう。それに、ショウ南ノ風では客足が増える頃合いだ。そろそろ帰って店の手伝いをしないといけない。だが米沢の話ではトレセン学園周辺は不審者を取り逃さないよう厳重な警戒網が敷かれているらしい。逃げ出すのは簡単なことではない。
どうしたものか……と頭を悩ませているグレン。そこへ
──ピロン。
携帯の着信音が響いた。米沢がポケットを探って携帯を取り出す。おそらくメールだろう、その画面をしばらく眺めてから米沢は携帯をしまった。かと思えば、目を閉じて何やら考え込んでしまった。なんだろう、と思ってソルトを見るがソルトは肩をすくめるだけで米沢が何を考えているのかは分かりかねるらしい。
「お姉様?」
考え込んだまま喋らなくなった米沢に不安になったのかライスシャワーが控えめに袖を引っ張ると米沢はようやく目を開いた。
「……トレーナーとしてなら、あなたをここで捕まえて警備の人たちに引き渡すのが正解なんでしょうね」
「……」
すぐにグレンは部屋の出口の方角を確認した。警戒するグレンを前に米沢は手を叩いた。
「ヨシ!」
何がヨシなのか。
「グレンさん」
「な、なんですか」
「あなたが逃げれるように私も手伝うわ」
「は?」
突拍子もないことを言い出した米沢に、ライスシャワーとソルトが驚いたように彼女を見る。もちろん驚いたのはグレンも例外ではない。
「いや手伝ってくれるのはありがたいですけど……理由をお伺いしても?」
トレセン学園に侵入した不審者の脱出を手助けするなど、トレセン学園に勤めるトレーナーが行っていいことではない。しかし米沢はなんでもないことのようにグレンの質問に返した。
「あなたはトウカイテイオーを怪我から守るために来てくれたんでしょう?」
「まあそうですね」
「私はトウカイテイオーのトレーナーじゃないけど、トレーナーよ。ウマ娘を守る仕事をしているの」
トウカイテイオーの怪我を守るためのグレン。それはトレーナーという、ウマ娘を導き守る者に重なる部分があった。故に、米沢はグレンを助けたいと思った。同じウマ娘を助ける立場として、グレンへの感謝の証として。
「だから手伝わせてほしいな」
「あ、ありがとう……ございます」
─────
───
─
「あと二十分後に、校門の警備の網が緩むはずだから、そこを狙うわ」
先ほど米沢に回ってきたメール。それはトレーナー達に向けた業務連絡であった。メールの中には、何時何分にどこどこの捜索を行うことが記されておりグレンはそれを逆手に取り、人がいなくなる時間帯を狙って脱出を図ることにした
「じゃあこのトランクケースに入って」
「事案」
「それは言わないで」
米沢が用意したのは大きめのトランクケースだった。この中にグレンを入れて米沢が脱出の手引きをするという算段なのだろう。しかし……
「流石にデカ過ぎて怪しいだろ」
ソルトの指摘の通り、米沢のトランクケースはかなり大きく、人一人入ってもまだ余裕がありそうなものだった。不審者がまだ発見されていない中で、巨大なトランクケースを引いて校門から出て行くというのは確実に目立つ。あまり得策ではないだろう。
「こっちのトランクケースならいけるんじゃない?」
グレンが指さしたのは部屋の隅にあった別のトランクケース。
「え、それかなり小さいけれど」
「だからこそですよ。こんな小さいトランクケースに人が入ってるなんて誰も思いませんって」
「でも……これ入れるの?」
ライスシャワーが疑問を抱くほどトランクケースは小さい。だがグレンはトウカイテイオーなのだ。
「ほらこの通り」
「うおっ体柔らかっ」
柔軟性を活かしてすっぽり収まってしまった。
「こりゃバレねえよ」
「というわけです。米沢さん、これでお願いします」
「分かったわ」
そして時間になった。
「じゃあ、グレン。元気でやれよ」
「お前もなソルト。ライスシャワーも元気で」
「あ、ありがとうございます」
そして米沢が引くトランクケースの中、グレンは静かに待った。
─────
───
─
米沢によってトランクケースが開かれた時、グレンはトレセン学園の外にいた。どこかの路地裏だろうか。周囲に人影はない。
「流石に身体凝りました」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
うーん、と大きく伸びをするグレンに米沢は道の奥側を指さした。
「この先に行けばあなたの言っていた商店街に行けるはずよ」
「何から何まで……」
「いいのよ気にしなくて」
肩を回しているグレンに米沢が話しかけた。
「実を言うとね」
「はい?」
「あなたの脱出を手伝った理由はもう一つあるの」
「それは……」
「ソルトちゃんよ」
「ソルト?」
グレンが聞き返すと米沢は微笑んだ。
「今日のソルトちゃん、本当に嬉しそうだった。初めてよ、あんなに笑ってるソルトちゃんを見るの」
グレンにとって、同じ境遇の人間──今はウマ娘だが──がいるということは嬉しいことだった。それはソルトも同様だったらしい。
「……ソルトによろしく」
「ええ、伝えておくわ」
そして米沢が見送る中、グレンはショウ南ノ風に向けて走り出した。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
グレンがトレセン学園から脱出し、ほうほうの体でショウ南ノ風にたどり着いたころ。
「……あん?」
机に見覚えのない書類が置かれているのを見つけたスピカのトレーナー、沖野トレーナーは怪訝な声を上げた。
トレセン学園に不審者が侵入したとのことで、つい先程までスピカのメンバーや他の学生の安全を確保する作業に駆り出されており、たった今戻ってきたところだった。
ポケットから新しい飴を取り出し口に咥えながらその書類を手に取る。裏返すとそこには『沖野トレーナーへ』の文字があった。スピカの誰かかとも思ったが沖野の記憶にある限り、誰とも一致しない見たことのない筆跡だ。
昼間の事件もあるので用心しながら開ける。中には危険物らしきものはなく、紙が数枚入っていた。ゆっくり取り出して眺めてみる。恐らくは誰かの、それもウマ娘の身体データがプリントされていることが分かる。
「なんでこんなものがここに……」
トレーナーの同僚の誰かが間違えて置いて行ったのだろうか。
「……ん?」
ふと紙のデータに既視感を覚えた。気のせいか、と思いつつ目をすがめて吟味する。
「……」
パソコンを立ち上げた。選択するファイルのタイトルは、『トウカイテイオー』。目当てのデータを画面に表示し、紙に記されているものと交互に見比べる。
「こいつは……」
現在記録中のトウカイテイオーのトレーニングデータ。紙のデータはそれと寸分違わず一致している。沖野は冷や汗をかいた。沖野が危惧したのはデータの流出。しかもおかしなことにテイオーのデータはまだ計測途中であるにも関わらず、紙の方はその先まで記されている。まるで未来から来たように。そしてデータを見比べていくうちに、紙のデータには異変が起きていることに気づいた。
紙のデータは折れ線線グラフの形式をとっている。グラフは右肩上がりになっており、身体データの向上を表しているのだが、それがあるところでプツリと途切れているのだ。そしてそこには二つの漢字が書き記されていた。
『骨折』
嫌がらせか、妨害の類か。そのいずれもあり得ない。なぜならば、競争ウマ娘にとって身体データは命と脚の次に大事なものだ。情報漏洩、盗難は徹底的に対策され他者の目に入ることがないよう、幾重ものセキュリティが掛かっている。ここまで詳細にトウカイテイオーの身体データを知り得る者は沖野以外に存在しない。
では一体、このデータは誰のものなのか。
沖野は新しい飴を取り出した。そして思わず噛み砕いてしまった飴の棒をゴミ箱に捨てた。
スプリンクルソルト
二人目。競馬に詳しい。