「……」
──なんだか妙なことになっちまったぞ……。
訝しみ全開で自分を見つめるトウカイテイオーの前でグレンは冷や汗をかいていた。そしてグレンを見つめるのはトウカイテイオーだけではない。スペシャルウィーク、ゴールドシップの三人。現在グレンはスピカの部室にてサイレンススズカを除いたスピカのメンバーに囲まれていた。
どうしてこのような状況下にグレンが置かれているのか。ことの始まりは一本の電話であった。
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日が暮れ、店じまいをしていたショウ南ノ風の電話が鳴った。すぐ近くにいたマスターが受話器を取った。
「はいこちらショウ南ノ風です……ええ、おりますが」
そのまま電話の相手と幾つかの言葉を交わしたマスターがグレンを呼んだ。
「グレンちゃん、貴方宛ての電話よ」
「俺に?」
「なんでもトレセン学園の人からって」
ショウ南ノ風にはつい先日シンボリルドルフが尋ねて来たばかりだった。もしや何かトラブルでもあったのか、と不安になりながらグレンはマスターから受話器を受け取った。
「お電話代わりましたグレンです」
『トレセン学園所属のトレーナーの沖野だ』
予想外の人物にグレンは思わず目を瞬かせた。
『ルドルフ会長からお前さんのことを聞いてな、電話させてもらった』
公にはしないんじゃなかったんかい会長……とグレンは思った。が、すぐにトウカイテイオーとそのトレーナーの沖野は当事者でもあるし話さない方が不自然か、と思い直した。
『単刀直入に聞くが俺の机にあの書類を置いて行ったのはお前さんか?』
「ええ」
『そうか。今回電話したのはあの書類について詳しく話を聞きたいと思ってな。近いうちに会えるか?』
グレンはしばらく逡巡した。グレンが今まで身を隠していたのは、トウカイテイオーと瓜二つの容姿が世間に与える混乱を避けるためだ。しかしよく考えてみれば、すでにシンボリルドルフ会長経由でこちらの正体はトレセン学園に筒抜けだろうし今更隠れてもしょうがないだろう。
それにこの話は渡りに船である。グレンが沖野トレーナーに例の書類を置き逃げしたのは、自分の正体を説明しようがないからである。沖野トレーナーがこのデータを活用してくれるのを祈る、という他力本願の丸投げでしかなかったのが今回の件で覆せるかもしれない。
「構いませんよ」
『助かる。日程に関してはそちらの都合に合わせる』
「では来週の火曜日の午前9時でどうですか」
『平日だがいいのか?』
「その日は空いてまして」
数少ないショウ南ノ風の休日である。
「それにスピカの方々はその時間は授業中でしょう」
『……それもそうだな』
「ではそういうことで」
「今の誰なの?」
電話を切ったグレンにマスターが不思議そうに問いかけた。聞き慣れない男性の声がグレンと会話していたのだ、当然といえよう。しかしマスターに問い掛けにグレンは困ってしまった。なんと説明すればよいのか。
「……レース関連の人」
「ああ、フリースタイルの?」
「そうだよ」
納得して頷きながら厨房に引っ込んでいくマスターの背中に、グレンは密かに安堵のため息をついた。騙している形になっている訳だから罪悪感が湧くが、転生云々の説明をしないといけない以上喋るわけにもいかない。
「難儀な身の上だぜ全く」
誰にも聞こえないよう呟いた。
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約束の翌週の火曜日。
トレセン学園校門前にグレンの姿はあった。またテイオーモードに戻すか迷ったが今更すぎると思い、辞めた。それに前回と違い、トレセン学園関係者に正式に招かれている身であるので人目を憚る必要はない。とはいえ、顔を見られると困るのは依然変化無しゆえにキャップ帽を目深に被っている。校門に到着して程なくして奥から一人の人間が出て来た。
「お前さんがグレンか?」
見覚えのある容姿の男性に出迎えられた。校門まで出迎えに来た沖野だ。
「ええ」
「スピカのトレーナーをやってる沖野だ」
知ってる、とは口に出さずに心の中で呟くに留めた。握手を求めて来たので握り返す。
「グレンです。よろしく」
ちなみに太ももは触ってこなかった。別に触れられたいわけではないが、アニメ一期ではお約束だったようなものなので、ちょっとガッカリしたのは内緒だ。
「早速で悪いが話を聞かせてくれ。スピカの部室で構わないか?」
「構いませんよ」
「分かった。じゃあ行こう」
二人はスピカの部室に移った。グレンは沖野に勧められた椅子に座り、沖野はグレンの前までスツールを引っ張って来て腰を下ろした。
「ルドルフ会長からそちらの事情は概ね聞いた。その、なんだ、苦労したな?」
「あっさり受け入れますね」
「いや今も困惑はしてるが……」
「まあ転生者がどうのこうのとか言われても信じられませんよね」
「自分で言うのかそれ」
ゴホン、と咳払いをして沖野は空気を引き締めた。
「とはいえだ。改めて詳しい背景を聞かせて貰えるか」
「そうですね」
─────
───
─
「と、いう訳です」
「うーむ……」
グレンの今までの経緯を聞き終えた沖野は難しい顔をして黙り込んでしまった。虚空を眺めながら沖野はグレンにも聞き覚えのある、とあるフレーズをつぶやいた。
「ウマ娘は別世界の魂を受け継いで走る……か」
ウマ娘。時に数奇で、時に輝かしい別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。
「お前さんはその別の世界から来たってわけだな」
「はい」
「なるほどな」
「あっさり受け入れますね」
「いやこう見えても困惑してるんだが」
おとぎ話の類と思われてきた、ウマ娘のルーツ。それを実証できる存在が今目の前にいる。沖野といえど困惑せざるを得なかった。
「で、トウカイテイオーは日本ダービーで脚を折る。それもアイツの強みの柔軟性が原因で?」
「はい」
「確かに危ういとは思ってたが……」
目元をほぐす沖野。グレンは前世の知識から、目の前の男の、人となりを知っている。おそらく、今彼の胸中はトウカイテイオーの怪我の兆候を見逃した自分を責めているに違いない。
「慰めに聞こえるでしょうが、トレーナーさんに責は無いですよ」
「テイオーにもないだろう」
「それは……そうですが」
不幸は突然訪れる。どれだけ対策しようが関係はない。史実のトウカイテイオー号然り、ライスシャワー号然り。どんな強さを誇った馬であろうと、ウマ娘であろうと。それは平等に、残酷に。
目元を揉んで沖野はため息をついた。
「まだ起こってないことを後悔しても仕方ない……言ってて凄い違和感あるなこれ」
重要なのはいかにテイオーの怪我を回避するか、これ一点。
「俺の脚のデータ、使えますか?」
「使えるな」
グレンはトウカイテイオーと同一の身体を持っている。そのグレンがトレーニングし、そして骨折に至ったデータはこれからのテイオーの何よりの指標となるはずだ。
「……とはいえだ」
バツの悪そうな顔で頬をかく沖野。
「気分を悪くさせるようですまない。改めてタイムを計らせて貰えないか?本物かどうか改めて確認したい」
「なるほど。構いませんよ」
「悪いな、助かる」
「いえトレーナーとして当然の対応でしょう」
トレーナーとしての立場上、曰く付きのデータをホイホイ信じるわけにもいかないのはグレンにも理解できる。そんな訳で、グレンは沖野の観察のもとトレセン学園のターフを走ることになった。
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トレセン学園のターフは授業中ゆえか人影は無かった。グレンにとっては、人目を憚ることなく走れるので好都合である。
「さてと……じゃ、距離2000m左回りでいいか?」
「了解です」
スタート地点に移動する。服装はいつぞやのジャージ。
「スタートの合図お願いします」
「おう」
沖野がコースから出るのを待ってからグレンは構えを取った。沖野が片手を上げる。
「スタート!」
振り下ろされた手、一瞬聞こえたストップウォッチが押された音。それと同時にグレンはスタートラインから飛び出した。
─
───
─────
指定された距離を走り終え、グレンは沖野の下に戻った。
「どうです?」
「ああ……」
沖野は手元のストップウォッチを見つめている。
「……ほぼ同じタイムだ」
沖野はストップウォッチからグレンに目線を移す。そこにはトウカイテイオーと瓜二つ、だけでなく身体能力もまったく同一のウマ娘が立っていた。グレンのデータの、裏打ちが取れた瞬間であった。
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「一つ聞いてもいいか」
「なんですか?」
トレーナー室に戻る道中、沖野がグレンに話しかけた。
「どこかでトレーニングをしていたんだろう?」
「ええ、まあ。何故ですか?」
「おれはテイオーのトレーニングは付きっきりで見てきたつもりだ」
トウカイテイオーは中央トレセン学園にて、沖野トレーナーの下で指導を受けていた。そのテイオーと、いくら身体能力が同一でも身を置く環境が違うグレンが同じタイムを出せることは奇妙だ。と、沖野は考えたらしい。
「俺もフリー……ごほん、個人的な理由でトレーニングをしてまして」
「へえ」
「中央のトレーナーにも教えてもらいました」
「中央の?」
「元、ですがね」
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─
トレーナー室が見えてくる位置まで歩いてきた時だった。グレンはトレーナー室の前に数人の何者かが立っていることに気づいた。沖野も同じタイミングで気づいたようで「ん?」と声を上げた。近づくにつれてそれらが誰なのかに気づく。
「やあトレーナー」
「……お、お前ら」
トウカイテイオー、スペシャルウィーク、ゴールドシップ。チームスピカの面々がそこにいた。その表情は笑みを浮かべている。だが目が笑っていない。怖い。
そして場面は冒頭へと至る。
─
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─────
部屋の中央に、有無も言わさずに座らされたグレンは冷や汗をかきながら周囲の出方を注視することにした。
「お前ら授業はどうしたんだよ……」
沖野がバツの悪そうな顔で聞くと、ゴールドシップが鼻を鳴らして答える。
「早退してきたぜ。数日前からお前の様子がな〜んかおかしかったからよ〜。ウマ娘の勘ってやつだな」
「ったく変なところ鋭いんだからよ……」
ぼやく沖野を他所にグレンに詰め寄るトウカイテイオー。そのまましげしげとグレンの顔を眺め回す。
「君がこの前のボク?」
「そうです……」
「なんでボクと同じ見た目してるの?」
「話すと長くなりますぅ……」
「話して」
「はい」
テイオーの圧にグレンは屈するほかなかった。
─
───
─────
グレンは自身の正体に繋がる情報、事情を洗いざらい話した。
「転生者ぁ?」
ものすごく胡散臭い目で見られている。
「ホントかよ?」
ゴールドシップが傍に立つ沖野に聞くと、沖野は頷いて肯定した。
「ソイツの2000mのタイムは、細かい条件の違いを加味してもテイオーのそれにかなり近い」
「見た目だけのそっくりさんじゃないってことか」
「その転生者さんがどうしてボクを助けようとするのさ」
グレンはトウカイテイオーの顔を見る。なんだか懐かしさを感じる。そういえばこちらの世界に来てからロクに顔を見る機会も無かったなと思った。
「なんというか……」
トウカイテイオーは腕組みをして静かにグレンの言葉を待っている。
脳裏にアニメ二期の彼女の姿が思い浮かんだ。脚の故障により、夢を諦めることを強いられ涙を流す彼女を。あの故障はトウカイテイオーのせいではない。彼女の才能に、脚がついてこれなかっただけだ。沖野トレーナーもまた全力のサポートをしたが、実ることはなかった。
誰のせいでもない。だからこそあの理不尽さはグレンの前世の心に刺さった。心残りとも言える。
「君の泣く顔を見たくなかった……というか」
「え?」
「やめろぉ!そんな顔で俺を見るな!」
他に表現のしようもなかったから仕方ないのだが、なかなかくさいセリフを吐いたせいで困惑した目を向けられた。
ダメージを負ったハートを押さえてうずくまったグレンを眺めながら口を動かしたのは沖野だった。相手はトウカイテイオー。
「どうするテイオー。言ってることは本当のようだが」
「んー……」
しばし考え込む。沈黙を経て、結論が出された。
「信用してみようかな」
「そうか」
トウカイテイオーがグレンのそばをかがみ込んだ。
「悪い娘じゃなさそうだし」
グレンの眼前に手が差し出される。
「ね、改めて自己紹介しようよ」
「え、あ、うん」
グレンは差し出された手を握った。すると握り返され引っ張られる。なんとか立ち上がる。
「ボクはトウカイテイオー。君は?」
「……グレン。俺はグレンだ」
鹿毛と黒鹿毛。蒼眼と紅眼。この二点以外、全ての特徴が同じ二人のウマ娘がようやく出会ったのであった。
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グレンとトウカイテイオーの自己紹介は済んだ。しかしチームスピカの他のメンバーへの挨拶はまだである。
「んー、一応もう一回事自己紹介しておくか。チームスピカのトレーナーの沖野だ。よろしく」
「よろしくお願いします。あの、これから俺はどういう立場になるんでしょうか」
「そうだな、あんたは事情が特殊すぎるからなんとも言えんが……。しばらくは臨時のスタッフとして来てくれ。今度職員カードを渡す」
「分かりました」
沖野の次は長い芦毛が特徴のチームスピカお馴染みのウマ娘。
「ゴールドシップだ。よろしくな!」
自己紹介を終えたかと思うとゴールドシップは目を細めながらグレンの周囲をぐるぐると回転し出した。
「な、なに?」
「おめえ……なんだか海の匂いがするな」
「は?」
「さては前世は海の男だったな!それもでっけえバケモノを相手に戦う!」
「あー、こういうやつだ。仲良くしてやってくれ」
「知ってます」
次、ウマ娘というコンテンツに触れたことがあるならば知らない者はいないウマ娘。
「スペシャルウィークです!よろしくお願いします!」
「よろしく」
アニメ一期の主人公の姿がそこにあった。トウカイテイオーは推しだったがスペシャルウィークもまたドラマを見せてもらった。こうして本人に会えた事実にグレンは感無量だった。
次──
「ん?」
「どうした」
「他のメンバーは?」
「いやここにいるので全員だが」
「え!?」
今トレーナー室にいるのはグレン、トウカイテイオー、スペシャルウィーク、ゴールドシップ、沖野トレーナーの五人。
「マックイーンは!?ウオッカとスカーレットは!?」
「ウオッカとスカーレットって誰だ。それにマックイーン?あの娘は他所のチーム所属だが」
「なんで!?」
驚愕の事実を知らされたグレン。どうも自分の知っているチームスピカとはかなり実態が違うらしい。
トウカイテイオーへの協力を取り付けることには成功した。しかし自分の知るチームスピカと、この世界のチームスピカの相違。新たに増えた謎にグレンは頭を悩ませるのだった。
そのうちわかるさ
ぶっちゃけアニメ本編でウオッカとスカーレットいてもいなくてもそんなに変わらn、やめてください石を投げないでください。ウオッカに関しては後々加入しますので……。