───オグリキャップのラストラン、奇跡の有マ記念から数日後。
「選ばれーしこーのー道を、ひたすらに駆け抜けてー♪」
next frontierの一節を口ずさみ、ショウ南ノ風のドア前を箒ではいているウマ娘。
グレンである。
ショウ南ノ風が位置する商店街は朝早い時間でも散歩の人や商品を運んできた業者が通りがかることが多い。
だが今日に限っては誰も人影の一つも見えない。
そう、元旦である。
「……」
箒を持ったグレンは唐突に周囲を見まわし始め、誰もいないことを確認すると箒を壁に立てかけた。
そのまま商店街の通りの中央に立つと
「よっ……!」
という掛け声と共に駆け出した。
「さぁハナを奪って行ったのはグレンノオー、だが後続も追い縋る!」
1人で実況とレースの真似を両立しながら誰もいない商店街を軽く走るするグレン。
その脳裏に浮かぶのは先日のレース。
有マ記念。
スーパーホースが起こした奇跡を、至近距離で目の当たりにしたグレンは見事に脳を焼き尽くされていた。
「後続を突き放し、1着でゴール!!」
両手を上げてゴールするグレン。
「イエエエエエエエエエエエイ!!!!」
湧き上がる歓声。
もちろんグレンの歓声である。
───にゃほ。
「今アホって言ったかお前」
それを白けた目で見るドンさんに近づき、わしゃわしゃと頭や顎を撫で回す。
鬱陶しそうにしているドンさんを見ながらグレンは呟いた。
「はー、俺もレースに出たかったなぁ……」
グレンはトウカイテイオーと瓜二つの容姿をしている。
そんな彼女が表舞台に立ったら騒動が巻き起こることなど目に見えていた。血縁関係もないグレンがトウカイテイオーと瓜二つである理由を、転生云々を触れて説明出来ない限り、トゥインクルシリーズに出ることは難しいだろう。
「グレーン?」
ため息をついていると遠くからベリーの呼ぶ声がした。
「お前そんなとこで何やってんだー?」
「ちょっとドンさん追っかけてたー!」
「何してんだ。おせち食おうぜー」
誤魔化しのダシに使われたドンさんのネコパンチを受けながらグレンは立ち上がった。
─────
───
─
「あけましておめでとう」
「あけおめー」
「あけましておめでとう、今年もよろしくね」
───にゃふ。
ショウ南ノ風の数少ない休みの一つである元旦。
グレンはベリー達と一緒にこたつに入っておせち料理をつついていた。
「美味しいねこのおせち」
「近所の鳳翔さんの手作りをお裾分けしてもらったのよ」
商店街の角で定食屋を営んでいる人である。
「なるほど〜」
グレンが胸中で賞賛の拍手を上げながら黒豆をちびちび食べていると
「あ、マスターそろそろアレ始まるぜ」
ベリーが時計を指し示しながら声を上げた。
「あら、もうそんな時間?」
マスターが手元とリモコンを操作しテレビをつける。
はてアレとはなんぞやとグレンがテレビを覗き込むと、テレビにはウマ娘の実況でお馴染みの明坂と解説でお馴染みの細江純子が晴れ着姿で映っていた。
画面右上には
「ウィンタードリームトロフィー……」
「お前まさかこれも知らないって言うんじゃないだろうな」
「シッテルシッテル、シッテマスヨ」
確かアニメ一期にチラッと出て来た謎のレースだったはず、と記憶の糸を手繰り寄せるグレン。
アニメ一期、という単語が懐かしい。今頃スピカの部室じゃ沖野Tが鍋の前でしばかれていたりするんだろうか。
などと考えながら
「あ、オグリキャップ」
先日生で見たばかりの芦毛のウマ娘を画面の中に見つけた。
「ついこの前引退したばっかりなのにもうドリームトロフィーシリーズ出走か……やっぱすげーな」
後に聞いたところによると元々オグリキャップはドリームトロフィーシリーズへの出走を予定していなかったらしい。
ファンからの投票や、出走して欲しいと言う旨が書かれた手紙などが膨大な量届いたため急遽出走を決定したそうな。
「これがオグリブームか」
史実でのオグリ人気も凄まじいものだったらしいがここではそれ以上の熱量を感じられた。
なにせ競馬ポジションのトゥインクルシリーズが国民的スポーツになっているのだ。当然とも言える。
「引退は寂しいけれど、こうしてオグリちゃんの新しい挑戦が見れるのだから嬉しいわね」
しみじみと呟くマスターにエビを頬張りながら頷くベリー。
「あれ?」
そんな中、オグリキャップに近づくウマ娘に気付いた。
小柄な身体をドリームトロフィーシリーズオリジナルの勝負服に包み、青と赤の大きな髪飾りを付けている芦毛のウマ娘。
「タマモクロス……」
画面の中で2人は親しげに談笑している。
これも後に聞いた話だ。
この日、オグリキャップとタマモクロスというトゥインクルシリーズで激闘を繰り広げた2人の優駿の対決が再び実現したことで番組の視聴率は驚愕の100%を記録。
レース場の観客席が満員になったことはもちろん、街中ではスマホでレースを見るために道端に立ち止まる人が続出。
渋谷スクランブル交差点では、信号が変わっても誰も、車すら動かないという珍事が発生したという。
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レースが始まった瞬間はもはや様々な事象を飛び越して静寂を伴った。
ガコン。
テレビからすら、ゲートが開く音が聞こえた。
ターフに飛び出すウマ娘達。
鳴り響くターフに打ち付けられる蹄鉄が奏でる轟音で我に返った人々からは、それに負けず劣らずの歓声が迸った。
レースは怒涛の展開を見せた。
目まぐるしく順位が入れ替わるウマ娘達。
その全員が例外なく優駿。
己の培って来た技術を、互いへ叩きつけ合いながら前へ前へと進む。
だがやはりあの2人は違った。
『まもなく最終コーナーで、おぉっとバ群の中から飛び出すの1人の芦毛のウマむ……いや違う2人!2人です!!2人の芦毛のウマ娘が同時に飛び出した……』
『オグリキャップとタマモクロスだぁぁぁぁぁぁ!!!!』
抜かし抜かされ、差がアタマ一つ分開いたら今度はハナ差でこちらが前に出る。
凄絶とすら形容できる2人の一騎打ち。
それをハナ差という僅差で制したのは
『勝ったのは勝ったのは……タマモクロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!』
そこからの観客達の様子はもう形容できる文字がないので省かせていただく。
ただ、全く同じタイミングでアメリカの地質研究所の日本付近に設置された地震探知機が、ごくごく小さいながらも確かに揺れを検知したことを記しておく。
『奇跡の復活を遂げた芦毛対決を制したのはタマモクロス。引退レースでオグリキャップに敗れたあの時の悔しさを今見事に晴らしました』
なお上の明坂の言葉は後日文字起こしされたもので、テレビから聞こえる声は感極まりすぎて鼻声で、全国民は何を言っているのか全く分からなかった。
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テレビの前に座るグレン達の3人はしばらく言葉も発さずに、テレビを食い入るように見つめていた。
「すごかったわね」
「すごかった」
「すごい、うん」
語彙力は軒並み低下していた。脳内の委員長を鎮めつつ、グレンは手を見る。
オグリキャップとタマモクロスの激闘に当てられ、手に持った湯呑みからわずかにお茶がこぼれる程になってしまった手を。
(俺もちゃんとウマ娘ってことか……)
反対の手で宥めるように揉み回す。その様子をマスターとベリーは横目で見ていた。
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───
─────
翌日。
正月休みが明けた。商店街の店々が店を開く。正月特有のセールや行事が開催されそれを目当てに人々がやってくる。商店街はいつも以上の活気を見せていた。
もちろんショウ南ノ風も例外ではない。
「パン焼けたわー!」
「はいさー!」
焼きたての湯気をたてているパンを手早く商品棚に並べる。
「グレン、ちょっとレジ立ってくれ!」
「ほいさー!」
レジ前に並んだ会計待ちの行列を解消するためにベリーと2人掛かりでレジを回す。
「さぁ正午よ、まだ忙しくなるわよ!!」
「ひいさー!!」
怒涛の勢いでパンを焼き、並べ、レジ対応をする。
目まぐるしく店内を立ち回っていると、やがて日が傾きついに店じまいの時間となった。
ドアに掛けられたOpenと書かれたプレートを引っくり返しcloseにしたマスターはグレンとベリーに振り返り
「じゃあ、2人とも……休み明け初日お疲れ様!!」
パァン!と手を叩いた。
「お疲れ〜!」
「お疲れです……」
マスターとベリーはさすが修羅場慣れしているだけにあれだけ過酷な業務を終えた後でもケロッとしている。疲弊のあまり空の棚に寄りかかってないと立っていられないグレンとは対照的だった。
「しんど……」
「向こう1週間はこの調子だぞお前」
「……」
1日目でこれだと言うのにこれから1週間毎日続くという事実に愕然とした。
「クソお世話になりました!!」
「おいこら逃げるな」
走る構えを取る前にベリーに首根っこを掴まれた。
「この忙しい時に貴重な働き手逃すわけねぇだろ〜んん?」
「助けてー!!」
店内でワチャワチャしている2人をマスターは笑いながら見ていた。
「まあでもそうね、お正月期間は仕事が多すぎて衣食住だけじゃ不釣り合いね」
「え?いや今のは冗談で」
「そんなグレンちゃんに耳寄りな情報」
マスターが懐から何か細長い紙を取り出した。
「はいこれ」
「なにこれ?」
受け取った紙を見ると
『〇〇レース場にて参加者募る』
という文言と共に走るウマ娘のイラストが描かれていた。
「マスター、これは……?」
「招待状よ」
「フリースタイルレースのな」
グレンの首に手を回したままのベリーが続けて答える。
「フリースタイルレース……?」
聞いた覚えのある名前に眉を顰めた。
「アマチュア版トゥインクルシリーズ……みたいなやつ……?」
「ま、概ねそんな感じね」
「これに出られるってこと?」
「そうよ」
ほー、と声を漏らしながらフリースタイルレース場への招待状を眺めるグレン。
(この時期にレースへの招待状って……)
先日の有マ記念とウィンタードリームトロフィー。
2つのレースを通して変わったグレンの内面は2人にはお見通しだったということだ。
その事実に若干赤面しながらもグレンはマスターと目を合わせた。
「ありがとう、マスター」
「お安いご用よ♡」
バチコーン、というウィンクが帰ってきた。
ちな歴代ショウ南ノ風にお世話になったウマ娘たちは親への反抗心故に家出してきたくらいなので闘争心が強く、一般的なウマ娘に比べてレースへ出走したい欲が強いです。だから全員もれなくフリースタイルレースへ出走しています。