「ギネヴィアよ、お前の婚約相手が決まったぞ」
いつも通りにとられている朝食の合間に、綺羅びやかな装飾の服を着つつも、年相応の落ち着いた雰囲気を身に纏った男性はその言葉を、目の前の少女に告げた。
「――っ! 父上、いきなりは驚きますので、そういう話題はもっとちゃんとした時にお願いします……」
「ああ、すまなかった。配慮が足りなかったよ。だが相手が相手だから、早めに伝えておきたかったんだ」
「それなら、構わないですが……」
ギネヴィアと呼ばれた少女は、男性――父親であるレオデグランス王 の開幕の言葉に少しの動揺を見せるものの、王女として育てられた際の今までの経験があってか、すぐに落ち着きを取り戻す。
レオデグランス王は、ギネヴィアに注意を受け謝りながらも、今のタイミングでこの話題を切り出したことを反省する気はなかった。
理由としては、ギネヴィアの婚約相手からの催促であった。相手側にどのような思惑があるのか分からないが、ギネヴィア自身を早めに自分の手の届く所に置いておきたいという俗っぽい理由の可能性もある。
「――父上! 聞いていますか!」
「――ああ、勿論聞いているよ。今回の婚約相手が誰であるかについて、だろう?」
父親であるレオデグランス王の目から見ても、ギネヴィアという少女は美しかった。容姿はギネヴィアを生んで早々に死別してしまった妻であった女性の面影が強く表れており、今は少女の身であるが後数年もすれば、国随一の美女になることは誰の目にも明らかだった。
綺麗な茶色の髪は、その端正な顔立ちをより映えさせる一因になっており、ギネヴィアが良く好んで着る薄いピンク色のドレスも、彼女の清楚さを表していた。
そんなギネヴィアの美貌が噂になったせいか、幼少の頃から貴族や分家の方から、自分の息子の嫁に彼女をほしい、といった相談は数多くあった。もっとも娘可愛いさに、レオデグランス王が全てギネヴィアの耳に入る前に断っていたのだが。
今回の相手も、その可能性は十分にある。
(――いや、かの魔術師が補佐を務める者だ。そのような俗物はありえん。今はまだ若いが、彼は立派な王になるだろう)
レオデグランスとて、己を凡才の身であると自覚しながらも、一国の玉座に着き数十年を『王』として過ごしたのだ。相対した人物が、どのような人物であるのかは、一目見ればだいだいわかる。
――思い出すのは、少女と見違える程の体躯でありながら、王者としての覚悟を秘めた碧眼の瞳。
『――レオデグランス王。貴方の娘であるギネヴィア嬢を、我が妻へと迎い入れたい。』
レオデグランスがギネヴィアに今回のことを話す数日前に、相手側からの使者がやってきていた。レオデグランスの返事は一旦保留であったため、使者にそう伝えて帰らせた。それから日を置かずして、当の本人が数人のみの護衛を引き連れて、レオデグランスの元へ来訪した。
その際に出会った中性的な青年は、レオデグランスにとって非常に好ましい性格であり、向こう側のギネヴィアとの結婚を求める理由も、彼が統治する土地では内乱が勃発しているため、平定の第一歩にその父親であるレオデグランスの後ろ盾を必要としたからであった。
父親としてのレオデグランスは、婚約の理由がギネヴィアの美貌に釣られてではないことに感心しつつ、王としての理性でも、相手の民を思いやる気持ちを認めていた。
(――彼なら、ギネヴィアのことを任せられる。)
そう心の中で呟いたレオデグランスの返答は決まっていた。
「もちろんだとも、――――」
しばしの間、ここ数日間のことを思い出していたレオデグランスは、勿体ぶるようにギネヴィアの疑問に答えた。
「――ギネヴィア、お前の婚約相手はかのアーサー王だ」
■■■■
貴女と私が会ったきっかけは政略結婚だった。若くして王位を継いだ若輩者を許さない諸王たちが我こそはと兵を率いて、ブリテン中を戦火に晒していた。
そんな時に選定の剣に選ばれた貴女は、優秀な円卓の騎士たちと共に、数多くの勝利をその手にもたらした。貴女がこのブリテン島を統べる王となることに異論を挟むような人間は殆どいなかった。
そんな残りの反対勢力を黙らせる為に、父親であるレオデグランス王の紹介の元、私たちは顔を合わせることになった。
――その日、私は運命に出会った。
陳腐な表現かもしれなかったが、そうとしか言えなかった。
青を基調とした礼服に身を包み、凛としたオーラを放つ貴女に、私は一目惚れしてしまったのだろう。
日の光を宿したような黄金の髪に、私と同じくらいの小柄な体。
その小さな体で、この方はブリテンという国を背負っていく過酷な運命に向き合っていくのか。
「――私の名はアーサー。アーサー・ペンドラゴンだ。このような成りで、幼い頃は女と間違われることもあったが、必ず君を幸せにすると約束しよう」
この婚約は政治的なものであったことは理解している。内乱状態で、諸王たちが好き勝手に統治者を自称している状況である。
これからその内乱を治めていこうする立場の人間が、妻を娶っていないのも格好がつかないからだろう。
だから、貴女のその言葉もあくまで社交辞令に過ぎないものであると分かっている。
しかも、目の前の相手は聖剣の加護により不老であり、ただの人である私では決して同じ時間を歩むことはできない。
「――分かりました。その婚約を受け入れます」
そんな貴女の申し出を私は受け入れることにした。
例え貴女が求めるのがお飾りの妻であろうとも、これから茨の道を歩むであろう貴女を一番近くで支えることのできる立場に成れる。部下である円卓の騎士や花の魔術師であろうと、この役目は奪わせない。
――これが惚れた女の弱味って奴なのかしら。
貴女が笑顔を浮かべながら差し出してきた右手を、こちらも右手で握り返しながら、自分の顔が赤くなるのを自覚する。
「ギネヴィア、顔が赤いですが、どうかしましたか!」
赤くなった顔を見られたくなく、目線を下げながら握手に応じていると、貴女はそんな的外れなことを言い出した。
先程まであった王者としての風格が消え去り、まるで友人を心配する少女のような声色だった。
こちらの右手を握っていたのを優しく離すと、距離をいきなり詰めてきてその手を、私の額に当ててきた。
恐らくは熱を計る為の行為であり、全くの善意による行動だったのは疑いようのない事実であった。
しかし、恋する乙女の思考回路へと切り替わっていた私に、その行動は劇薬だった。
「――――っ! 何も問題はありません!」
頭が上せたようになる感覚を味わいながらも、急いで相手から距離を取り、問題がないことを伝える。
「そうですか……、なら良かった」
胸を押さえて安堵の息を吐く貴女の様子を見ながら、心を落ち着けるのに費やす。
――これは、慣れるのに苦労しそうだわ。
そんなことを考えながら、これから貴女と紡いでいく日々を思い描いていた。
それは、きっと何ごとにも代えがたい素晴らしい色彩の未来であろう。
――そう言えば、この時私は貴女のことを、絶世の美男子だと思っていて、貴女も「本当の性別」について何も言わなかったから、長い間ずっと勘違いすることになったのよね。
私が、貴女――アーサー・ペンドラゴンを自称する彼女の本当の名前について知るのは、もう少し後の出来事だった。
「どうも、ギネヴィアです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
――私は、貴女に出会ったこの日を地獄に落ちることになっても、忘れることはないだろう。
■■■■
少女の身でありながら、将来王となる為に男として育てられたアルトリア――アーサー・ペンドラゴンは、未だ正統な統治者がなく、内乱を続ける諸王たちを鎮圧する為の第一段階として、レオデグランス王の後ろ盾を得る為に、彼の娘と婚約することとなった。
自分の本当の性別を隠したまま、同じ女性と結婚することになり、女としての幸せを奪うことになってしまう相手のことを考えると、アルトリアは憂鬱だった。
単なる政略結婚、自分も聖剣の加護によって成長はなくなり、男性として振る舞うのだからお愛顧だ、と割り切れれば良かったのかもしれない。
でも、できなかった。それも、彼女が優しかったからだ。その元来持ち合わせた性格が、自分と婚姻することになった相手を気づかわせる。
先方の騎士の案内によって、レオデグランス王の娘がいる場所ヘ向かっている。
「アーサー様、こちらになります」
「どうも、案内ありがとう。ここまでで十分だ」
案内してくれた騎士に礼を告げると、入室の許可を得る為、扉を軽くノックする。
二、三回小気味よい音を鳴らした後、入室の許可が下りる。
「――――どうぞ」
そして、入った先に待ち受けていたのは、華美な装飾が施されていない、シンプルなデザインのドレスを身にまとう少女であった。
髪の色はこの辺りの地域では珍しい綺麗な黒髪が肩ぐらいの長さまで伸ばされおり、それが彼女の清楚さを物語っていた。
第一印象は、可憐な花のような少女であった。言葉を交わしていく内に、その性格も外見に相応しいものであると感じた。
――自分のような人間には、勿体ない女性ですね。
今回アルトリアの婚約相手として選ばれたギネヴィアには、女性として本来約束されていた幸せが訪れることはこの先ないであろう。
自分がブリテンを統治する為の犠牲として、ギネヴィアの未来を奪ってしまうのだ。
ならば、自分はこう名乗らなければならない。
「私の名はアーサー。アーサー・ペンドラゴンだ。このような成りで、幼い頃は女に間違われることもあったが、必ず君を幸せにすると約束しよう」
ほんの少しの真実を加えながら、アルトリアとしてではなく、偽りの名を告げる。
嘘つきであり、目の前の少女を、既に純粋な人の身でなくなった自分の道連れにすることに、罪悪感を隠さぜずにはいられない。
――もしも、許されるのならば、貴女に人並み以上の幸せあることを祈らせてください。
アルトリアの内心を知っているのか、知らないのかは分からないが、ギネヴィアはその顔に眩い笑顔を浮かべながらこう言った。
「――分かりました。その婚約受け入れます」
――ああ、この少女を妻とできる自分はなんと幸せ者であろうか。
アルトリアは決心する。今後どのようなことがあろうとも、彼女――ギネヴィアを守ることを。
ブリテンという国だけではなく、ギネヴィア個人を取りこぼすことがないように。
己が持つ聖剣の所有者として、ブリテンを統べる王として相応しくあれるように。
これは、昔のとある国であった一つの出会い。王となった少女は、自らの性別を偽り、王妃とする少女とこれからの将来を誓い合う。
彼女たちのその先にあるのは、希望か絶望か。
その過程がどうであれ、この結末にあるのは、一つの国の覆しようのない崩壊である。
その物語の導入は語られた。その続きをご覧頂こう。
――さぁ、とある少女たちの話しをするとしよう。
■■■■
私がキャメロットに招かれて、幾日か経過した。アーサー王の妻として生活していく内に、部下である円卓の騎士の皆様との交流を深めていった。
どの方も、強烈な個性を持つ殿方ばかりだ。
例えば、太陽の加護を得た聖剣の担い手であるガウェイン卿。昼間の間であれば、その身体能力は三倍にもなり、私の夫であるアーサー王に匹敵するらしい。
さらには料理が得意と聞いたことがあるのだが、私は彼の得意料理を食べたことはない。
ガウェイン卿が何度か「私でよろしければ、ご馳走致しますが」と誘ってくるのだが、その度にアーサー王や他の円卓の騎士達が、それとなく別の話題にすり替えている。一体どのような料理でしょうか。
例えば、円卓において最強とも名高いランスロット卿。偶々拝見させてもらった試合では、その技量だけで加護が発動中のガウェイン卿と互角の戦いを繰り広げていた。
また伝聞では、野盗の群れに遭遇した際には一本の木の枝で乗り切ったという話もある。
他にも、円卓随一の矢の使い手であり、琴や詩の才能にも恵まれたトリスタン卿。
アーサー王の参謀役で、円卓における頭脳担当のアグラヴェイン卿。
等など、円卓の騎士の皆様は騎士としては全員が最高峰であるのだ。
「アーサーったら、何処に行ったのでしょうか?」
アーサー王を探す目的で、王城の中を徘徊する。キャメロットに居を移して何日か経ったが、未だにこの城の広さには慣れない。
「ここは……」
色とりどりの花が綺麗に咲く庭園。気がつけば、そこに迷い込んでしまった。
多種多様の花が持つ魅力が、損なわれないように計算された配置。
しばし庭園に咲く花に見惚れていると、隅にいた一人の人物が近づいてきた。侵入者であろうか。さすがに、アーサー王のお膝元にやってる盗人はいないと、結論づける。
「おや、王妃様じゃないか」
件の人物が、話しかけてきた。ローブで頭までを隠す服装に、やたらと大きい杖。押さえているだろうが、感じ取れる独特な魔力。十中八九魔術師だろう。王城にいても違和感のない魔術師と言えば――。
「――マーリン様ですか?」
「正解だよ。初対面なのによく分かったね。もしかして、アーサー王から話しは聞いていたのかい?」
「ええ、色々と興味深い話を」
――花の魔術師マーリン。アーサー王から聞いた話だと、人間と夢魔の混血らしい。魔術の腕は一級品で、アーサー王の幼少期の師匠であったとも。
アーサー王から聞いた話を考慮しても、マーリン様に会うのは今日が初めてだが、一言言いたい。
(胡散臭過ぎませんか、この人! 上手く言えませんが、なんとなく醸し出す雰囲気が……)
その感想は、初対面の人物に失礼極まりない。
マーリン様はアーサー王を王座に導き、今日まで支えているのだ。その功績は図りしれない。
「――では、改めて自己紹介を。アーサー王に仕える魔術師マーリンだ。気軽にマーリンお兄さんとでも呼んでくれても構わないよ」
「初めまして、マーリン様。アーサー王の妻であるギネヴィアです。普段から、アーサー王が世話になっております」
仕切り直して、互いに自己紹介を行う。私が話終えると、今度はマーリン様が口を開く。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。ギネヴィア様」
優しげに伝えられる一言。でも、どこかその声は機械的に造られたような違和感がする。
魔術に関しては素人だが、王女という立場で様々な人間を見る機会があった。その経験から培われた直感が囁く。
「――失礼ですけど、私貴方のこと好きになれそうにないです」
「参考までに聞いてもいいかい? もしも改善できるのであれば、今後に生かしておきたいからね」
フードの覗く、マーリン様の瞳。まるでこちらの全てを見抜くような視線に晒されながら、私は答える。
「強いて言えば、その目でしょうか。マーリン様がその目で何を見て、何を感じたのかは存じあげません。しかし、アーサー王は――あの人はこの国を絶対に幸せにするでしょう。私はただその手助けを微力ながらさせてもらうだけです」
私が言葉を締めくくると、辺りが静寂に包まれる。
(私、マーリン様にいきなり何を言っているのでしょうか……)
アーサー王が信頼するマーリン様に対する暴言のような発言。
数分間ほど経過しただろうか。マーリン様が、沈黙を破る。
「貴重な助言有り難く受け取っておくよ。アルトリ――いや、アーサー王もいい女性を王妃として迎い入れたようだね」
マーリン様が、何故か満足そうに頷く。――というか、アーサー王の名前が呼ばれる前に、別の方の名前が聞こえたような気が。
そのことについて尋ねようとした瞬間であった。
「――ギネヴィア、ここにいましたか」
凛とした声が、私とマーリン様しかいなかった空間に、第三者の来訪を告げる。
その声の正体は、アーサー王であった。彼は私の傍に近づくと、マーリン様の存在に気づいたようだ。
「マーリンもいたのですか」
「おや、私はついでかい。酷いじゃないか、アーサー。私と君の仲じゃないか。それとも、最愛の奥方が自分以外の男性と喋っているのが、気にくわないのかい?」
「な、何を言っているのですか! 自分の妻にも配慮できなくて、何が王ですか!」
「ま、そういうことにしておこうか」
「マーリン!」
――凄く楽しそうに、話してますね。
マーリン様の指摘により、アーサー王の顔が赤くなっていく。普段では見ることのできないアーサー王の様子に、表情が緩んでいくのを実感する。
彼に大事にされている事実を、この上なく嬉しく思う。
でもこれ以上は不憫である為、助け船を出す。
「マーリン様。アーサー王も困っておりますので、こちらで失礼します。行きましょう、アーサー王」
二人の会話を遮ったことに対する謝罪をしつつ、アーサー王と共にこの場を離れようとする。
背を向けた私達――いや私に向かって、マーリン様が声をかけてきた。
「最後に一つ私から助言だ、ギネヴィア様。君は自分の信じるままに行動しなさい。決められた結末は変えられないかもしれないが、少しでも彼の助けになるだろう」
――私が信じること。そんなこと、ここに来てから決まっている。
隣にいるアーサー王に目をやり、小声で呟く。
「――貴方に相応しい女性になってみせますから」
「ん? どうかしましたか、ギネヴィア?」
「――いえ、何も」
――ブリテンの統治の為に尽力するアーサー王を、王妃として支える。それが、非力な私にできる精一杯のことだから。
この時の私は既に、マーリン様が口走った名前の件について、質問しようとしたことは完全に忘れていた。
■■■■
「中々上手くいっているようじゃないか。アルトリアも隅に置けないね」
一人庭園に残された魔術師は言葉を紡ぐ。これでこの国はしばらく安泰だろうと、思考する。
「これなら、あの結末は多少はマシになるかな?」
マーリンの千里眼が映し出したものに、基づいた予言。定められたブリテンの滅びの運命は変わらない。
その事実を伝えても、アルトリアはこの国を救う為に王になった。
その事実を伝えても、ギネヴィアはアルトリアを支えると誓った。
――だから、せめて彼女達の未来に少しでも祝福があることを願って。
■■■■
「くそっ! せっかく私の手駒として招き入れた異民族をこうも簡単に……!」
石造りの堅牢な砦。内部に設けられた一室、その中でも奥の方に位置する部屋に、一人の男の苛立った声が響く。
その男はゆったりとした服を着ており、所々豪奢な細工が施されていた。その細工から、男の身分が高いものであることが伺える。しかしよく見てみれば、男の服はボロボロになっている。男は落ちぶれた貴族か何かなのだろうか。
部屋の方も碌に手入れが行き届いていないせいか、あちこちに埃が溜まっている。
「何故、何故こんなことに……」
本来海を渡って侵攻してくる外敵達からの防衛を目的として造られた砦は、一人の男の支配下にあった。
男は王であった。王とは言っても、一つの島国に無数に存在する内の一人でしかないが。
その誰もが『己こそが正統な支配者である』と主張して、島国――ブリテン島は群雄割拠な状況であった。
度重なる内乱。ピクト人達による侵略。終わりの見えない戦乱の時代に、民達は疲弊をしていった。
そんな時代を憂いた一人の王が、ブリテン島の統一の為に立ち上がった。その王の名を、アーサー・ペンドラゴン。湖の乙女から聖剣を授かったその王は、円卓の騎士を部下として、凄まじい勢いでブリテンを平定していった。
その勢いは留まることを知らず、遂にはアーサー王の手は男の領地まで届き、数日に渡る睨み合いの末に両軍は衝突した。
人々の願いによって鍛えられた星の聖剣――エクスカリバーの担い手であるアーサー王を筆頭に、精鋭揃いの騎士達によって、男の軍勢の大半は切り捨てられた。
太陽の加護を授かりし騎士、ガウェイン。
湖の精霊に育てられた騎士、ランスロット。
他にも名だたる円卓の騎士達の活躍により、男は元々の支配域の後方へと退却せざるを得なかった。
男にはもう後がなかった。ブリテン島の統一に乗り出したアーサー王に反抗した諸王達の多くは、既に討伐及び、アーサー王の勢力下に降っている。
男の軍勢は既に瓦解しており、残された砦に数人の部下達と共に立て籠もるしかなかった。
砦の前にはアーサー王の軍が集結し始めていて、鼠一匹の逃げる隙もない。
男は覚悟を決めた。自らの破滅に繋がったとしても、アーサー王に一矢報いることを。
「仕方ない……、あれを使うしか……」
男の視線の先にあるのは、透明な硝子瓶。その中には、赤黒い液体が封入されている。
男は座っていた木製の椅子から立ち上がり、その硝子瓶の中身を一気に飲み込んだ。
男の手から硝子瓶が落ちて、パリンと音が室内に響く。
「あ、あAAaaaaaaaッ!」
男の体に異変が起き始める。その体は人間のものではなく、異形のものへと変化していく。
――卑王ヴォーディガーンは、ブリテン島の意思と一体化となった。
■■■■
マーリン様と出会ってから、既に一年の月日が経過した。アーサー王がブリテン平定の為に、度々各地へ遠征に行くこと以外は、変わらない日々が続いていた。
そんなある日、私は一つの問題に直面していた。
「――一体いつになったら、アーサー王は私を寝所に呼んでくださるのかしら」
王妃に求められる役割は、当然後継ぎを産むことである。けれどアーサー王の妻としてキャメロットに招かれて、一年も経ってしまっているが、私達の関係性には特に変化はない。
最近では、アーサー王がブリテンを統治することに反対を主張したとある諸王。その人物の討伐の為に、キャメロットを不在にしている。
そのため、アーサー王は現状多忙である。そのことは理解している。
理解しているけれど――。
「私って、魅力がないのでしょうか……」
アーサー王は武勇だけではなく、王としての器も兼ね備えている。一目惚れした女としてのひいき目を除いても、容姿の方も整っている。
出会った時に、私を心配するように覗き込む透き通った緑色の瞳。私だけに見せる優しげな表情。
いつどの時でも、あの凛々しい顔が頭を離れない。
「寂しいと思うのは、傲慢でしょうね……」
アーサー王が遠征に行っている間も、円卓の騎士が全員出払っている訳ではない。その彼らと話したりするので、充実した日々ではあるが。
(あれだけ立派な方ですから、遠征先で他所の御婦人に言い寄られてなければいいんですけど……。大丈夫ですよね、アーサー王)
しかし、それとは別に心配事があった。
今回の遠征先についてだ。反乱分子の筆頭であったヴォーティガーン。アーサー王は彼の討伐に向かったのだが、どうにも嫌な予感がする。
軍勢同士のぶつかり合いでは、間違いなくアーサー王の方に軍配は上がるだろう。ヴォーティガーン自身にも、戦力差を覆すほどに特別な力もなかった筈だ。
それだけではなく、ガウェイン卿も同伴している。何も心配することはない。
この違和感が杞憂であることを願うことしか、今の私にはできなかった。
――アーサー王の軍に甚大な被害が出た。
私がその報せを聞いたのは、しばらく後のことであった。
■■■■
ここからは、語り部を交代するとしよう。
この物語の主役は、当然ギネヴィアだ。あえて言うなら、彼女とアーサー王――アルトリアという二人の少女の愛と希望に満ちた物語になる筈だ。多分。
この時点で、ギネヴィアとアルトリアは互いに相思相愛に近いが、アルトリアの方はまだ自分の本当の性別を伝えていない上に、政略結婚だということに負い目を感じているからね。二人の関係が前進するには、もう一押しほしいかな?
停滞した物語を先に進めるには、何事も大きなイベントが必要になる。
そのイベントを起こすのに、相応しい人物が何人かいるけど、誰がいいかな。
――卑王ヴォーティガーン。彼はアルトリアがブリテンを統治するのに、反対した人物の一人だ。
彼の負け自体始めから決まっているけど、互角ぐらいの勝負はしてほしいね。
もちろん軍勢同士の戦いでは、アルトリアが率いる円卓軍の圧勝だったけど。
アルトリアのことを考えて百面相をしているギネヴィアの様子をもう少し見ていたいと思うけど、場面を変えようか。
追い詰められたヴォーティガーンは、硝子瓶に入っていた竜の血を自分の体に取り込んで、ブリテン島の意志と一体化してしましたようだ。わかりやすく言うと、ヴォーティガーンが巨大な魔竜へと変貌してしまった。
自ら立て籠もっていた古城を破壊して、魔竜はその姿を現したようだ。
魔竜の初手は、竜の吐息《ドラゴン・ブレス》。あらゆる物を飲み込むほどの大きな口から放たれた熱線は、アルトリアの軍勢に壊滅的な被害を齎した。
竜化した影響で知能に変化でもあったのか、その一手は非常に効果的であった。現に、竜の吐息《ドラゴン・ブレス》に耐えられたのは、アルトリアとガウェインだけみたいだし。
アルトリアがエクスカリバーを、ガウェインがガラティーンを。それぞれの聖剣を構えて、魔竜に突撃していった。
二振りの聖剣と魔竜の強靭な肉体がぶつかり合う。いや硬すぎるでしょ、あの魔竜。アルトリアとガウェインの二人掛かりでも、倒せないとか。
魔竜が二発目の熱線が発射される。あ、ガウェインに命中して、ダウン。アルトリアが一人で戦線を支えることになった。
効き目の薄いエクスカリバーから、巨大な槍へ武器を持ち替えるアルトリア。その槍の正体は――ロンゴミニアド! 本気も本気じゃん。
まさか、数時間も単独で魔竜を押し留めるとは。アルトリアもやるじゃん。
その後は、復帰したガウェインとアルトリアに強烈な一撃を繰り出された魔竜はようやく地に墜ちた。
アルトリアは残った騎士達を纏めて、愛するギネヴィアが待つキャメロットに帰還していきました。いやーよかったねー。
いかにも三下の悪役のような、「ここで私を倒しても、いずれ第二、第三の私が――」という捨て台詞を吐く魔竜。
かくして悪い王様は倒されて、理想の騎士王は美しいお姫さまと末永く暮らしましたとさ! はい、めでたし、めでたし。
あれれ? なんで魔竜――ヴォーティガーンの意識が消滅してないの? ブリテンの大地を蝕む毒のように、卑王の自我が島全体に溶けていく。
おかしいなぁ、僕の知っている歴史ではヴォーティガーンはここで完全に消滅する筈なのに。もしかして、これ厄ネタ?
まあ、いいや。僕が見たいのは、ギネヴィアとアルトリアの絡みだからね! そもそもあんまり深く干渉すると、あの夢魔に気づかれちゃうし。
え? 僕が誰かだって? はは、そんな些細なことは気にしなくていいよ。君達はただ彼女達の紡ぐ物語の読み手であればいいんだから。
あの夢魔風に言うと、こうなるかな?
――さあ、とある二人の少女の話をするとしようかな! 結末は悲劇しかないんだけど!
■■■■
魔竜と化したヴォーティガーンを討伐した私は、生き残りの騎士達の傷の回復をある程度待って後、キャメロットへ帰還することになった。
私自身の負傷は、聖剣の鞘の加護によって全治している。
騎乗していた軍馬は魔竜の攻撃で全滅してしまった為、徒歩での移動になってしまったが。
怪我人がいるせいで、軍の歩みは行きの半分以下だ。その行軍の遅さに、僅かばかり感情が苛立ってしまう。騎士達に落ち度はない。彼らは自らの命を賭けて、努めを果たした。
彼女――ギネヴィアの顔が見たい。その内心を隠しつつ、私は疲れた体に鞭を打ちながら、軍の指揮を取る。
騎士達が――ブリテンの民が望む理想の王であり続ける為に。
私――アルトリア・ペンドラゴンは本来の性別を偽って、玉座についている。そのため、現在ギネヴィアと婚約をしているのは、後ろ盾を目的とした政略結婚である。
私の王妃となる女性には、不自由を強いてしまう。女性同士の婚約になるので、女性としての幸せを保証できないからだ。
いったいどのタイミングで、私の性別について切り出すべきか。色々と考えていたが、ギネヴィアに出会ってからそんな心配事は吹っ飛んでしまった。俗に言う一目惚れであったのかもしれない。
それからの日々は、私にとってとても幸福であった。勝手ながら、ギネヴィアも同じように感じていてほしいと思う。
私がギネヴィアを愛しているように、彼女も私のことを想ってくれているという自信はある。しかし、彼女が好いているのは、あくまでアーサー王《男性としての私》でしかない。
女性の私では、彼女と本当の意味での愛を育むことができない。
どうすればよいのか。一度マーリンにでも、相談するべきだろうか。
ヴォーティガーンの討伐から数日。キャメロットへ到着した私達を迎えてくれたのは、ギネヴィアと王都の守護を命じていた円卓の騎士達であった。
「ただいま戻りました――ギネヴィア?」
私の姿を見るなり、胸に飛び込んできたギネヴィア。どうしたのだろうか。疑問に思った私は、彼女に問いかける。
「私が不在の間に何かありましたか、ギネヴィア?」
「…………」
ギネヴィアは私の胸に顔を押しつけたまま答える様子はない。鎧を着た状態であるため、彼女の顔に傷がつかないだろうか。そんな思考に逸れてしまう。
ギネヴィアが私に抱きついてきたことは、この一年間全くなかった。ギネヴィアの顔が見れたことの嬉しさより、彼女に抱きつかれてることに羞恥の感情が湧き出してくる。
視線を出迎えてくれた騎士の一人に向けるが、困惑の表情を返されるだけだ。
時間にして、数分ほど経った頃。顔を見せようとしなかったギネヴィアが口を開いた。
「よかった……無事に帰ってきてくれて……」
ギネヴィアの声は震えていた。彼女が顔を上げて、上目遣いで私を見つめてくる。彼女の顔は赤く充血しており、涙でせっかくの化粧が崩れていた。
普段とは全く異なる様子のギネヴィアに、私は気づけなかった。先ほどまで浮かれていた頭が、急速に冷めていく。
ギネヴィア――最愛の女性に余計な心労をかけてしまった。
何が常勝の王だ。何が聖剣の担い手だ。
自分で愛した――愛してくれている彼女を不安にさせている。
「要らぬ心配をかけました、ギネヴィア。大丈夫です、私はこの通り怪我はありません」
空いていた両手をギネヴィアの細い体にまわす。優しく、それでいて強く抱きしめ返す。彼女が安心できるように。
私の体にギネヴィアの体温が伝わってくる。それだけではなく、女性特有の甘い香りが私の鼻腔を侵していく。
「あ、あの……アーサー王……」
「どうかしましたか? 私のことは気にしなくていいです。ギネヴィアの気が済むまで、いつでも構いません」
「いえ、そうではなく……」
さっきまでの私のように、ギネヴィアの顔が茹で上がっていく。互いの存在がとても身近に感じられる、この状況が永遠に続くことを願ってしまう。
そんなことを考えながら、愛らしいギネヴィアの表情を堪能していると――。
「他の方にも見られいますよ……」
「えっ?」
――ギネヴィアの一言が、私を現実に押し戻す。周りの騎士達の視線が突き刺さるのを感じる。止めませか、その生暖かい目を。特にランスロット卿とマーリン。
それを意識するに従って、私の顔も再び熱くなっていく。
(もしかして、このやり取り全部見られていたのですか……)
周囲の空気に耐えかねた私は、予てから考えていたことをギネヴィアだけに聞こえるように、彼女の耳元で囁く。
「――続きは夜に、私の部屋でしましょうか。話したいこともありますので」
ギネヴィアからの返答を待たず、抱擁を止めて体を離す。
遠征していた騎士達には休息をとる指示を出して、残りの者達にはそれぞれの持ち場に戻るように伝える。
騎士達が去っていく。それに便乗する形で、私もその場を退散する。そして残ったのは、ギネヴィアだけになった。
(とりあえず、夜に向けて湯浴みでもしましょうか……)
己の中の煩悩を打つ払うように頭をふるい、私は自室へと帰っていった。
■■■■
「ついにこの時が……」
時間帯は、夜の闇に完全に包まれた頃。私――ギネヴィアはアーサー王の寝室に来ていた。部屋の主が不在の中、私は昼間の出来事について回想する。
ヴォーティガーン討伐から帰還したアーサー王を迎えた際に、衝動のままに彼に抱きついてしまった。
ヴォーティガーンとの戦いで、円卓軍が壊滅した。そんな報告を聞いた時、私は一人で立てない程の動揺を覚えた。王妃としてあてがわれた自室に籠もって、何もする気が起きなかった。
無気力な状態が続いていた。そんな私の様子を見かねたのか、部屋の外からであったが、ランスロット卿やベディヴィエール卿等が慰めに訪れに来てくれていた。失礼なことだが、彼らの献身にも私は無反応であった。いつの間にか、私の中でアーサー王が占める割合が大きくなっていたようだ。
その後、魔術か何らかの手段を用いたマーリン様から、アーサー王やガウェイン卿の無事を知らされた。
――ああ、よかった。
そして、今日の昼間に再会を果たした際には思わず抱きついてしまった。衝動的な行動であったため、一度正気に戻ると、途端に恥ずかしくなった。
それはアーサー王も同じであったのか、顔を赤くしつつも、私の耳元でこう囁いた。
『――続きは夜に、私の部屋でしましょうか。話したいこともありますので』
耳元で声を出された時に、脳髄に走る甘い刺激。その感覚を思い出すと、胸の鼓動が早くなってくる。
落ち着け、落ち着け。そう言い聞かせながら、胸に手をあてて、呼吸を整える。
ついに、王妃としての役割を果たす時がきたのだ。
ここに来るまでに侍女の助けを借りて、入浴は済ませてある。着ているものも、私が好んでいる薄いピンク色のネグリジェだ。
アーサー王はまだ部屋には戻られない。いつでもその時が来ても大丈夫なように、心を落ち着けておく。
キャメロットに来て、はや数ヶ月。アーサー王はもちろんのこと、円卓の騎士達を筆頭に、彼の部下との交流は欠かしていない。
マーリン様はあの日出会ってからも、顔を合わす機会はあるのだが、あの時のような超越者的な雰囲気は見られなかった。どちらかと言えば、胡散臭いお兄さんでしかない。アーサー王を傍で支える王宮魔術師の役職を持つ方に失礼な感想だが。
そんな思考に意識を割いていると、寝室の扉を軽くノックする音が聞こえてきた。
「――入ってもよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
噂をすれば、何とやら。扉の前にいるのは、アーサー王のようだ。つい緊張のあまり、上擦った声で返事をしてしまう。
恥ずかしく、顔が赤くなるのが実感できる。そんな顔を見られたくなく、掛け布団を両手で掴み、顔を隠そうとする。
「――待たせましたね、ギネヴィア……どうかしましたか?」
「い、いえ! 何にもありません!」
「なら、良いのですが……」
私の挙動不審な動きに、若干の困惑を見せるアーサー王。しかし日頃から手のかかる人物を複数相手にして慣れているのか、直ぐに気を切り替えて、彼の顔にはいつもの微笑が浮かぶ。
その柔らかい笑みに、ますます動悸が早まるのを感じる。
「隣に座ってもよろしいでしょうか?」
「はい……問題ありません」
いや何を言っているのだ、私の口。多少距離がある状況で、この有様だ。隣に来られた場合、私はどうなってしまうのだろうか。羞恥心のせいで、爆発してしまう。当然ながら、比喩であるけれど。
「それでアーサー王。話とはいったい?」
「――前から言おうと思っていたのですが、中々言い出す機会がなくて、申し訳ありません。私の本当の名前はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴンです」
「――え?」
――はい? アーサー王から告げられた一言の内容が、脳の処理能力を超えて活動を停滞させる。
アルトリア。アーサーではなく、アルトリア。頭の中で、その名前を何度も復唱した。
私の理解が正しければ、目の前の人物の性別は――。
「――はい。もうお気づきでしょうが、私の本来の性別は女性です。普段はマーリンの魔術で誤魔化しているのですが……貴女にはそろそろ言うべきかと思いまして。……幻滅しましたか?」
「――」
自分が嫁いだ先の王が女性であった。騙された、と憤れば良いのだろうか。
しかし、不思議と怒りの感情は湧いてこない。むしろ色々と感じていた違和感に腑が落ちた。
男性にしては細すぎる肢体。凛々しさよりも可愛らしさを感じさせる容姿。
時々見せる女性らしい仕草。
惚れた人間としての視点で、私の感性が麻痺がしているだけだと思っていたのだが――。
理想の王を体現した、完璧な男性。そういった意識が根底にあり、どこか一線を引いていた。
生涯をかけて支えると誓ったのが、自分とアーサー王――アルトリアと壁を私の方から作ってしまっていた。
どこか遠い存在に感じられた彼女が、自分と同じ等身大の少女に過ぎない。
その事実が、私の心の中を彼女をより愛おしく想う気持ちで満たしてくる。
不安そうにこちらを見てくるアルトリアは、何故か庇護欲が掻き立てられる。それに反対するように、悪戯心が湧いてくるが、理性で何とか押し止めた。
「――もちろん驚きましたが、別に貴女のことを嫌いになるはずがありません。私はアーサー王――いえ、アルトリア。貴女という人だからこそ、好きになったんです。そこに性別など些細な差です」
「――」
アルトリアの告白から、様々な思考が私の頭の中を駆け巡った。そして、導き出した答え。
力強く言い切った私に対して、今度はアルトリアが言葉を失っている――というよりかは、呆然としている? アルトリアの頬に一筋の涙が伝う。
その涙に意識が一瞬奪われている間に、私の体が抱擁された。
昼間の時とは違い、薄い服越しに感じられる互いの体温。慎ましいながらも、私に柔らかさを主張する、アルトリアの女性としての象徴。
――本当に、女性なんですね。
「……しばらくはこのままでいさせてください」
「――大丈夫です。私は貴女の妻ですから。このぐらい当然です」
「……ありがとうございます」
消え入るような、小さい声。普段とのギャップが凄まじいアルトリアに対する、内なる煩悩を必死に抑え込み、彼女を優しく抱き返す。
――この静かな時間は、アルトリアが疲れて眠るまで続いた。