ギネヴィア王妃伝   作:廃棄工場長

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/zero編①

 

 

「――ああ、これでようやく私の望みが叶います」

 

 

 その少女は狂っていた。少女が狂ったのは、一体いつだったのだろうか。

 ――奇跡の願望器を巡る戦いに参加するために、狂戦士のクラスとして理性に枷を嵌められた時だろうか。

 ――国のために尽くした筈の最愛の王が、無残にも内乱の末朽ち果てた時だろうか。

 ――王の結末を回避するために、力を求めて『終末』を名乗る悪魔と契約した時だろうか。

 

 

「――だって、貴女はあれだけ国や民のために頑張ったのですから――少しぐらい幸せになりませんと」

 

 

 少女の目の前には、どんな願いも叶えるという魔術装置――小聖杯があった。その中に満ちている魂は、少女ともう一人のサーヴァントを除き、全てのサーヴァントが取り込まれていた。本来では聖杯が起動するために必要な量には、サーヴァントの数は足りていない筈だった。

 しかし、弓兵のクラスで呼ばれたサーヴァントが、並のサーヴァント三騎分の霊基を保有していたため、聖杯が起動するのに必要な基準に達してしまった。もっとも、少女の狂った思考ではその事実を正しく認識できていなかったが。

 

 

「――愛しています、■■■■■」

 

 

 少女が口にするのは、最愛の王の名。彼女のためだけに、邁進してきた少女の旅路は間もなく終わりを迎える。

 

 

 ――これは、原点《ゼロ》に至る物語ではない。

 

 

 ――これは、一人の少女が、救済/断罪されるまでの物語である。

 

 

■■■■

 

 

「――問いましょう、貴方が私のマスターでしょうか?」

 

 

 第四次聖杯戦争に参加することになった間桐雁夜が、召喚したサーヴァントは一人の少女だった。

 少女の容姿を一言で表すなら、童話に出てくるようなお姫様であった。その少女が身に纏っているのは、薄いピンク色のドレスであり、その華美な装飾のないシンプルなデザインは、少女の清楚さを際立てていた。

 

 

「お前、喋れるのか……。俺はバーサーカーを召喚した筈……」

「――へえ、私はバーサーカーのクラスで召喚されたんですか。私が喋れるのは――まあ、何事も例外があるということで、納得してくれませんか?」

「ああ……」

 

 

 少女――バーサーカーは召喚された辺りを見回し、己の状況を整理する。

 

 

(マスターの体調はあまりよろしくないみたいですね。見た感じでは、無理な肉体改造が原因かしら。後ろのご老人は味方よね……。もう、人間半分以上辞めてるみたいだけど)

 

 

 バーサーカーは、雁夜の背後にいる妖怪地味た風貌の老人について考えを巡らせる。そうしていると、件の老人――間桐臓硯が雁夜に話しかける。

 

「会話可能なバーサーカーとは……。今回で四度目となるが、この儂をして初めてよ」

「何だよ、爺。俺の召喚したサーヴァントに文句でもあるのか」

「いやあ、なに。一旦家を出たとはいえ、かわいい孫が儂のために、聖杯を取ってくると息巻いておるのよ。なら、孫の召喚したサーヴァントがどの程度のものか、一目ぐらいは見ておきたいと考えるのも、自然じゃろう?」

「余計なお世話だ、爺」

 

 

 臓硯からの嫌味に対して、悪態をつきながら返答を返す雁夜。

 

 

「俺が召喚したサーヴァントだ。絶対に時臣や他の魔術師どものサーヴァントに負けるか。行くぞ、バーサーカー」

「は、はい! わかりました、マスター」

 

 

 普段は、蟲を利用した魔術の鍛錬という名の拷問でしか使われない間桐家の地下。そこには場違いの格好をしているバーサーカーと、そのマスターである雁夜は臓硯を残して、今後の方針を雁夜の自室へと赴き、話し合うのであった。

 薄暗く、蟲の体液による異臭が充満する地下室に一人残された臓硯。その視線は、地下室から早足に去っていった雁夜ではなく、彼のサーヴァントであるバーサーカーに向いていた。

 先ほどまで、雁夜に対して浮かべていた嘲りの表情を引っ込め、五百年の歳月を生きてきた魔術師に相応しいに顔に浮かぶのは、疑問の感情であった。

 

 

「……しかし、儂が用意した聖遺物は、かの『湖の騎士』に縁ある物だったはずじゃが……。前回にアインツベルンが召喚した『あれ』に毒された聖杯にまともな英霊を呼べるとも思えんが。はてさて雁夜の奴め、いったい何を呼び出したのかのう?」

 

 

■■■■

 

 

「おい、早速脱落者が出たぞ」

 

 

 間桐家の自室にて、雁夜は使い魔越しに見ていた先程の戦闘――蹂躙の結末を、バーサーカーに伝える。

 

 

「――誰が脱落したんですか? もしかして、貴方がご執心の遠坂のサーヴァント?」

「いや、違う。時臣の弟子だった聖堂教会の神父だ。クラスは多分アサシンだ」

 

 

 雁夜は先の戦闘を思い返す。時臣のサーヴァント――クラスは不明――は、自陣に侵入してきたアサシンを、背後から飛ばした剣に貫くことで始末していた。一瞬の攻防であり、最弱とされるアサシンとは言え、瞬く間にサーヴァントを一騎屠ったのだ。時臣のサーヴァントの戦闘能力は強大であり、さぞ高名な英雄なのだろう。

 

 

 ――バーサーカーは、時臣のサーヴァントに勝てるだろうか。

 

 

 ――いや、全く想像できない。

 

 

 雁夜の話を部屋のベットに腰掛けながら、聞いているバーサーカー。手に持った読みかけの本から視線を上げ、雁夜の方へ顔を向ける。

 その自然な動作だけで、何人の男が目を惹かれるだろうか。バーサーカーの容姿は決して傾国の美女という程のものではなく、むしろ平均的であった。

 それなのに、彼女にどうしようもなく親しみを覚える。バーサーカーがもつ生来の気質か、或いは彼女の保有スキルか――。

 

 

 ――どちらにせよ、バーサーカーのような食器よりも重い物を持ったことのないような少女が、古今東西の神話や歴史に名を刻む英雄たちに勝てるビジョンが毛ほども浮かばないことには、変わらなかった。

 

 

「――もしかして、マスター。何か失礼なこと考えてました?」

「そんなことはない。アサシンが脱落したお陰で、暗殺されるリスクを気にせず、戦闘を行う馬鹿たちが少なからずいるだろうからな。そいつらを観察して、まずは情報収集するつもりだ」

「なるほど。マスターはマスター成りに色々考えてたんですね」

「そっちこそ、失礼だな」

「だって、召喚した当初は『時臣ー! 時臣ー!』としか言わずに、令呪を使って私を特攻させようとしますし」

「……それは忘れてくれ」

 

 

 くすくすと、可笑しそうにバーサーカーは笑う。その様子を見て、溜め息をこぼす雁夜。

 本来であれば、間桐臓硯が用意した聖遺物に縁のある英霊が、雁夜のサーヴァントとして召喚され、狂戦士のクラス特性として理性を犠牲にする代わりに、より強大な力を手に入れる筈だった。

 しかし、実際に召喚されたのは童話に出てくるような容姿の少女であった。

 

 

(爺の奴が準備した聖遺物だ。偽物である訳がない。嫌がらせとは言え、貴重な聖杯戦争の参加枠をそんなことに使う筈はないだろう)

 

 

 時臣と同じくらいには、臓硯のことを嫌っている雁夜だが、臓硯が聖杯に託す願いへの真剣さだけは信頼していた。

 その上で考える。

 

 

 ――バーサーカーの真名は、何であろうか。

 

 

 雁夜はまだバーサーカーの正体を知らない。正確には、ある程度の予想はついている。けれど、雁夜はそれを指摘しようとしなかった。

 

 

『――私の真名は、今は言いたくないんです。聖杯から与えられた知識で、私が後世でどのように伝わっているのかは理解しています。だから、私の心の整理ができてから伝えたいのですが、よろしいでしょうか?』

 

 

 バーサーカーが召喚されたあの夜。雁夜に告げられたのは、少しの猶予を求める言葉。

 不安なのだろうか。己の人生で起こした悪業や醜態が、マスターである雁夜に知られることが。

 

 

『真名と聖杯に託す願いはまだ言えませんが、待ってくれませんか?』

 

 

 雁夜に今できることは、バーサーカーが話すのを待つだけである。

 バーサーカーの気持ちがきちんと整理できるのが先か。雁夜がマスターとして相応の振る舞いを見せて、バーサーカーからの信頼を得られるのが先になるのか。

 その時の雁夜には、知る余地のない話である。

 

 

■■■■

 

 

 アサシンが脱落してから数日。雁夜とバーサーカーは、桜と戯れながら聖杯戦争とは思えないほど、平穏な日々を送っていた。

 一見平和そうな日常を送っている雁夜であるが、街が闇に包まれると、その意識を切り替える。ただの一般人のものから、大切なものを取り戻すために戦う覚悟へと。

 雁夜は使い魔である蟲と視覚を共有させながら、夜の冬木の街を探索する。

 その際に見かけたマスターとサーヴァントとの一組について、軽い外見に関する情報をバーサーカーに伝える。

 

 

「――嘘でしょ。何で彼女が――」

「おい、どうしたんだ、バーサーカー?」

 

 

 そのサーヴァントと思わしき人物の特徴を伝えた瞬間に、普段は微笑みを絶やさないバーサーカーの表情が一瞬で崩れた。

 

 

■■■■

 

 

 序盤こそ静かに進行されいた聖杯戦争は、大きな展開を見せる。

 

 

 『狂戦士』の名を冠する少女は、何に狂い、何を想うか。

 

[newpage]

 雁夜は使い魔で得た、マスターとサーヴァントの組み合わせらしき人物たちの特徴を伝える。

 マスターらしき銀髪の女性――恐らくアインツベルンのマスター――について話している時は、特に異変は見られなかったバーサーカー。

 しかし、次の瞬間にバーサーカーの態度が急変する。雁夜が話題を銀髪の女性から、金髪の貴人に変えた途端であった。

 

 

「――いや、まだ人違いかもしれませんし……」

 

 

 常に身に纏っている、童話の登場人物のお姫様のような、穏やかな外見からは想像もできない錯乱振りを見せるバーサーカー。

 雁夜からの質問には答えず、小声で何かをぶつぶつとバーサーカーは呟き続ける。

 

 

(……こんなバーサーカー、初めてだ……)

 

 

 バーサーカーの変貌振りに驚きを隠せない雁夜は、暫しの間バーサーカーの錯乱状態を見るだけしかできなかった。

 

 

(バーサーカー。はは、言葉通りの『狂戦士』だな……)

 

 

 聖杯戦争に呼ばれる『狂戦士』のクラススキルに、『狂化』というものがある。本来であれば、直接的な戦闘等の武勇に優れない英霊を、理性という枷を取り払うことにより、大幅な強化を加えることを目的としている。

 雁夜が第四次聖杯戦争において、『狂戦士』を召喚したのも、『狂化』によるパワーアップが目当てだった。

 マスター全員が持つ固有能力である、サーヴァントの大雑把なステータス透視能力。雁夜がそれによって、バーサーカーの『狂化』のランクを確認していた。

 そのランクはEX(評価規格外)。ここまでの『狂化』であれば、例えどんな雑兵であろうと、歴戦の強者たちにも勝るとも劣らない強化になるのが普通であろう。

 しかし、雁夜に召喚されたバーサーカーにそのような変化は見られなかった。『狂化』のランクがEXでありながら、ステータスはほぼ全てがCランクを下回っていた。とてもステータス強化の恩恵を受けていると思えるものではなかった。

 それだけではなく、バーサーカーは会話が可能であり、意思疎通には問題はなかった。

 だが、この瞬間に雁夜は確信した。

 ――目の前にいるのが、少女の形をした怪物であることを。

 どれだけ見た目が華奢で清楚であっても、少女の秘めた狂気は底知れないものであった。

 『狂化』は確実に効力を発揮しており、バーサーカーの思考に影響を与えていた。何がバーサーカーの地雷に触れたのかは、雁夜にはわからなかったが。

 

 

「――マスター。そのサーヴァントの方は、今どうされているかを教えてもらっても?」

「ああ、別にそれは構わないが――」

「どうかしたのでしょうか?」

 

 

 バーサーカーの雰囲気に威圧された。いや、それは雁夜の錯覚であった。バーサーカー本人にその気はなく、あくまで自然体であった。

 バーサーカーは、雁夜に対して返答を促す。狂気を孕んだ暗い瞳向けられて、若干言い淀みながらも、雁夜は答える。

 

 

「そのサーヴァントだが、今ランサーらしきサーヴァントと交戦中で――」

「それは本当ですかっ!」

 

 

 雁夜の返答を聞くと直ぐに、バーサーカーは腰掛けていた椅子から立ち上がると、その姿が霧のように消えていく。サーヴァントが持つ能力、霊体化だ。

 

 

「直ぐに戻りますので!」

「お、おい! 待て、バーサーカー!」

 

 

 雁夜からの呼びかけを無視して、霊体化したバーサーカー。彼女がいなくなった部屋には、雁夜だけが残された。

 

 

「くそっ! バーサーカーのやつ、いきなりどうしたんだ……」

 

 

 一人だけとなった室内で、混乱状態の頭を落ち着かせるためか、独り言を呟く雁夜。

 

 

「もしかするとバーサーカーのやつ、あの場所に行ったのか?」

 

 

 可能性の低い仮定をする。そうでなくとも、あの暴走したバーサーカーを放っておくのは、聖杯戦争に参加するマスターの戦略としてはお粗末であった。

 『令呪』を使ってバーサーカーを呼び戻すことも考えたが、しかし、先ほどまでのバーサーカーの異常な態度を見ていた雁夜は、その考えを破却する。

 幾分か冷静を取り戻した雁夜は、使い魔である蟲と再び視界を同調させる。

 

 

 同調された雁夜の視界には、コンテナに囲まれた場所にいる、特徴的な三人が映る。

 一人は、二振りの槍を構えた黒子が印象的な美丈夫。

 一人は、青いドレスに甲冑を纏った金髪碧眼の少女。その手には不可視の武器が握り、槍を構えた美丈夫と対峙している。

 最後の一人は、そんな少女に守られるかのように、少女の後ろに控えいる銀髪の女性。その女性は、二人の戦いの行く末を見守っていた。本来起こり得るはずのない、古今東西の英雄たちによる奇跡の戦いを。

 魔術師や戦闘者としても未熟者である雁夜が見た所では、黒子の美丈夫――ランサーと、金髪碧眼の少女――セイバーの戦いは拮抗していた。

 ランサーが呪符の付いた二振りの魔槍を、セイバーの死角を突くように、交互に振る。

 

 

「――――っ!」

「――っ! やるなっ!」

 

 

 的確に急所を狙ってくる二振りの魔槍を、危ぶげなくその手に持つ不可視の武器で弾くセイバー。

 ランサーの右手から振るわれた魔槍を、セイバーは力強く押し返した。そして、そのお返しと言わんばかりの強烈な一撃を、真上からランサー目がけて振り下ろした。

 

 

「――今のは、危なかったぞっ!」

 

 

 一撃、一撃が死を感じるさせる攻防に、ランサーは嬉しそうにその端正な顔を悦に染める。

 それに対してセイバーも、聖杯戦争の序盤から自分と互角以上の騎士と矛を交えることができ、どことなく笑みを浮かべている。

 

 

「これほどの手合いと出会えるとは、まさに聖杯の奇跡だな」

「全くその通りだな、ランサー」

 

 

 戦闘者ではなく、魔術師としても落伍者の烙印を押された雁夜の目には、どちらが優勢であるのかは判別できなかった。強いて言うのであれば、互角であろうか。

 

 

(バーサーカーがご執心のサーヴァントは、あの金髪の少女か……)

 

 

 蟲の視界を、金髪の少女騎士に向ける。確かに綺麗であった。街を歩けば、十人中十人が振り返るほどの美貌だ。彼女の後ろにいる、銀髪の女性――人の手が入り造られたホムンクルス――の容姿に引けを取らないレベルであった。

 しかし雁夜には昔から片思いを引きずっている女性がいるため、精々「綺麗だなー」程度の感想で留まるのだが。

 

 

 そして雁屋が観続けること、数分。ランサーが繰り出した巧みな一撃によって、戦況は一気に傾くことになる。

 

 

■■■■

 

 

 この時の雁夜は知る由もなかったが、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントの選定にはある法則が存在する。

 呼ぶサーヴァントが決まっている場合は、縁のある聖遺物を使い、確実にそのサーヴァントを召喚される。けれど触媒を用いない、或いは触媒に縁のある対象が複数人いる時。その場合、召喚者の性質に最も近い者が選ばれる。

 

 

 今回間桐臓硯によって準備されたのは、かの『湖の騎士』に縁のある触媒であったが、この時間軸において召喚されたのは■■■■■だった。

 聖杯戦争において、召喚者とサーヴァントの性質は近いという法則が働いているのであれば、間桐雁夜と■■■■■の起源は同一のものと言えるだろう。

 

 

 繰り返すが、間桐雁夜は魔術師としては三流以下である。聖杯戦争開催直前に、無理な肉体改造を受けて、簡単な魔術程度は行使できるが、力量は今回の参加者の中で下位に位置する。またその感性も、一般人のものに過ぎない。

 

 

 しかし正史において、愛する女性の娘を助けるという高尚な動機は、いつしか女性を奪った男――娘の父親――に対する殺意へと変貌してしまう。そして最後には、自らの手で最愛の女性を手にかけてしまった。その過程で、彼は第四次聖杯戦争における一、二を争う厄災の種として機能していた。

 

 

 既に正史から外れたこの時間軸では、彼がそのような結末をたどることはないだろう。だが、因果は収束するものだ。

 

 

 舞台の上で誰か一人がその役を降りれば、別の誰かがその役を担うことになる。

 

 

 ――間桐雁夜が恋愛感情を拗らせることで狂い、果たしていた役割は、一体誰に引き継がれたのだろうか。

 

 

 その答えが出るのは、そう遠くはないに違いない。

 

 

■■■■

 

 

「――ああ、やっぱり貴女なのですね」

 

 

 気配が察知されない程度の距離を保って、私は一つの戦場を見守っていた。

 黒子が印象的な美丈夫の槍兵。

 神牛の戦車を駆る騎乗兵に、そのマスターであろう青年。

 傲慢を形にしたような金色の弓兵。

 他にもそのマスターや使い魔の気配が感じられるが、今の私にはそのどれもが眼中になかった。

 

 

「――■■■■■」

 

 

 小さい、誰にも聞こえない程の声量で、愛しの王の名を呟く。

 

 

 今すぐ駆け出して、貴女の傍にいたい。貴女の敵を討ち滅ぼしたい。

 生前では叶わなかった、守られるだけの女ではいたくない。

 今の私には力がある。悲劇的な結末を迎えた貴女を救うために、『終末』を名乗る悪魔と契約した力が。

 

 

 動き出しそうになる体を、理性で食い止める。『狂戦士』として呼ばれた私が、「理性」という言葉を使うのは滑稽極まりないが。

 ここで、行く訳にはいかない。貴女にどうしても顔を会わせたい気持ちに反して、貴女を裏切ってしまった申し訳なさも混在している。

 それに、私がこの場に現界しているのもマスターのお陰であるから、あまり迷惑をかけることができない。

 直接の手助けは難しい。だから、『彼』に代わりに行ってもらう。貴女の騎士の一人ですから、心強いですよね。――■■■■■?

 

 

「――宝具限定解放。『円卓に背きし■の騎士(サー・■■■■■■)』」

 

 

 膨大な魔力がうねり、瞬きの間に人型に収束していく。

 その場に現れたのは、一人の黒騎士。霧のような黒い魔力が纏わりつき、正体を知っている私でなければ、『彼』を認識するのは困難であろう。例え、貴女であっても。

 

 

「――よろしくお願いしますね。■■■■■■卿?」

「Aaaaaaaaaa!!」

 

 

■■■■

 

 

「――ちっ、時臣め。『令呪』を下らんことに使いよって。命拾いしたな、狂犬」

 

 

 そう吐き捨てるように、黄金の鎧に身を包んだ弓兵――アーチャーは霊体化をして、その姿を消していった。

 後、その場に残されたのはセイバーとそのマスターの代役を務めるアイリスフィール。

 ランサーとライダーの主従。

 そして――謎の黒騎士であった。

 

 

(――あれは、バーサーカーのサーヴァントでしょうか?)

 

 

 セイバーは自由の効かない両手で、剣を構え油断なく警戒する。

 

 

「――嘘だろ……。あのサーヴァント、ステータスも碌に見れないぞ」

 

 

 ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットが小声で呟く。聖杯戦争のマスターとして与えられた能力、サーヴァントのステータスを一部を見れるもの。その力を以てしても、あの黒騎士のステータスは確認できないようだ。

 

 

(――宝具か保有スキルか。何らかの手段で偽装しているのでしょう)

 

 

 内心、考察を進めるセイバー。しかし彼女にとって不利な状況は変わりそうになかった。

 

 

 第四次聖杯戦争は序盤にして、佳境を迎えていた。

 アサシンがアーチャーに屠られて、暗殺の脅威に怯える必要がなくなった参加者達。

 積極的に街中を歩いていたセイバーとアイリスフィールは、倉庫街にてランサーと交戦。

 一進一退の攻防を繰り広げた後、ランサーの宝具『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』。それによって治癒不可能な傷を負う。これにより、セイバーはランサーを倒さない限り、切り札が封じられ、戦闘能力に著しい制限を課せられた。

 

 

 形勢がランサーの方に傾き始めた瞬間に、乱入してきたライダーとアーチャー。状況は混乱を極め、先に動いた者から殺られる。

 そんな意識の元、全員が睨み合っている中、新たな乱入者が現れた。

 その正体は、推定バーサーカーである黒騎士であった。

 突然現れた黒騎士は、アーチャーに何かしらの武器を片手に襲いかかった。その後の展開は意外なもので、黒騎士が有利に事態が進行。

 

 

 アーチャーが放つ武具を弾き、時には掴み取り、いなしていく黒騎士。その所業に怒りを覚えたアーチャーだったが、マスターからの念話があったのか。

 矛を収めて、撤退していったのだ。

 

 

 それまでの様子を見ただけでも、黒騎士の戦闘能力は一級品であった。まともに戦えば、今のセイバーでは敗北は免れようがない。

 増しては、黒騎士の他にもランサーやライダーもこの場にはいる。そうなれば、一緒にいるアイリスフィールの安否すら、保証できない。

 

 

 そう思考を巡らしていると、黒騎士はセイバーの方へ体を向ける。緊張で張り詰めていた空気の中に、鎧が鳴らす音が響いた。そして黒騎士はセイバーに襲いかかる――ことはなかった。

 

 

「Aaaaaaaaaa……」

 

 

 理性を失くした、獣の地味た唸り声。しかし、セイバーには自分を気遣うような声色に感じられた。

 

 

「貴方はいったい? もしや私の――」

 

 

 アーチャーを相手に見せた、狂戦士とは思えない技量。一瞬だけとはいえ、セイバーに対する態度。

 それらの要素と、セイバーの保有スキル【直感A】が訴えかける。

 黒騎士の正体は、生前の知り合い――技量の高さから、円卓の騎士の誰か――ではないか。そう尋ねようとした、セイバーの言葉は黒騎士に届くことはなかった。

 霊体化をして、黒騎士は去っていく。

 

 

「セイバー……」

 

 

 黒騎士がいた場所を黙り込んだまま、見つめるセイバー。その様子を心配そうに、アイリスフィールは見守ることしかできない。

 本当のマスターであれば、こういう時には良い助言か何かをすることができるのではないか。そんな思考に囚われてしまう。

 本来のセイバーのマスターは、更にコミュニケーションに問題があり、それ以前の問題であったが。

 

 

■■■■

 

 

「すいません、マスター。只今戻りました」

「――っ! バーサーカーか! いきなり出て行くから驚いたぞ……」

「申し訳ありません……。これでは私もマスターのことは言えませんね……」

「それは別に構わない。ただせめて、次からは一言相談してくれ」

「はい……」

 

 

 間桐邸における雁夜の自室。帰還したバーサーカーから、謝罪の言葉を受け取る。

 それ自体には問題はない。バーサーカーも無傷であった上に、直接的ではないにしろ、戦闘手段があるのを確認できた。他陣営のサーヴァントの容姿、戦闘能力、マスターとの関係もある程度の把握もした。結果としては上々だろう。

 

 

「そう言えば、お前が呼び出した奴は使い魔か?」

「えーと、あの方は……」

 

 

 答えに言い淀むバーサーカー。それはそうだろう。真名に関しては、バーサーカーの方から言い出すまでは探らないと約束していた。

 それを失念していた雁夜は、慌てて質問を取り下げる。

 

 

「あー、別に言いたくないならいい。俺も無神経だった」

「……お気遣いありがとうございます。時が来れば必ずお話します。『彼』についても。あの方についても」

 

 

 あの倉庫街に集まったサーヴァントの内の一体。バーサーカーが取り乱すきっかけとなった金髪碧眼の少女騎士。

 ランサーの宝具によって、一時的に露わになったセイバーの不可視の剣。同じ英霊や魔術師であれば、セイバーの正体は一目瞭然だ。

 そして、かの王にここまでの愛情を向ける女性という点を踏まえれば、バーサーカーの正体に行き着くのは簡単だろう。

 それでもバーサーカーの真名は、彼女の口から聞くべきだ。それがマスターとしても、魔術師としても、三流以下の自分にできることだ。

 そう意識をし直し、雁夜はバーサーカーと今後の方針について、作戦を組み立てるべく、会話を重ねた。

 

 

 ――激動に満ちた、聖杯戦争の一日が終わる。

 

 

■■■■

 

 

 ――夢を見ている。

 

 

 雁夜がそう確信を持てたのは、目の前にある光景が現実離れしたものであったからだ。

 

 

(――これはバーサーカーの記憶か?)

 

 

 マスターとサーヴァントは魔力的な繋がりがある。それを通して、稀にだがサーヴァント側の記憶等が夢という形で出力される。

 そういった話を、魔術の手ほどきを臓硯から受ける際に聞いたことがあった。

 

 

 自由に動くことはできないが、辺りを見渡す程度は可能なようだ。

 昔の時代を題材にした映画でしか見ないような内装の部屋。派手ではないが、確かな値打ちを秘めた調度品の数々。記者の端くれとしての観察眼が、部屋を構成する要素の一つ一つが現代で見ることができる場所は限られていると告げている。

 

 

 その中心部には、一人の人物がいた。

 青色を基調とした礼服。金髪碧眼の男装の貴人――で正しいのだろう。

 倉庫街でランサーと戦っていた際は、青色のドレスの上に甲冑を纏った姿をしていた。

 格好こそ異なれど、目の前の人物は生前のセイバーなのであろう。

 

 

 戦闘の最中に見せていた可憐ながらも、同等の実力の者と死合える武人特有の歓喜の表情が印象的であった。

 しかし、バーサーカーの夢に出てくるセイバーの表情は違っていた。

 凛々しさを全面に押し出して、中性的な魅力に溢れている。

 確かに見ようによっては、少年と言い張ることができるかもしれない。身体的差異についても、あの花の魔術師が仕えていたと考えれば、一時的に誤魔化すことも不可能ではないだろう。

 

 

『――私の名は■■■■。■■■■・■■■■■■だ。――』

 

 

 セイバーが口を開く。所々聞き取れず、ノイズがかかったように聞こえる。

 セイバーの真名は、昨夜の戦闘で判明している。そこの部分は聞き取れなくても、問題はない。

 

 

 セイバーと、記憶の主であろうバーサーカー。その二人は雁夜の思考を余所に、会話を続けていく。

 相変わらず、聞き取れない箇所がある。

 

 

 ただ時折聞こえてくるバーサーカーの声は、雁夜が聞いたことがない程緊張に満ちたものであった。

 しかしその会話の最後には、バーサーカーはとても嬉しそうに感じられた。

 

 

 ――夢はそこで終わった。

 

 

■■■■

 

 

「――キャスターの討伐で、令呪が一画か……。バーサーカー、この話どう思う?」

「恐らく勘になりますが、良いように利用されるだけかと……。マスターの推測通りに、アーチャーのマスターとアサシンのマスターが裏で手を結んでいるとしたら、最後はアーチャーに止めをさせさせるでしょう」

「やっぱりそう思うか……」

 

 

 聖杯戦争史上未聞の事態。本来中立勢力を保っている聖堂教会の監督役による参加者の招集。

 念のため、雁夜も使い魔である蟲を使って参加していた。

 

 

 その目的は、一般市民の殺害を繰り返すキャスター陣営の討伐。

 聖堂教会の言い分はこうだ。神秘の隠匿を全く考慮していないキャスター陣営の凶行は他の参加者にとっても不都合になる。

 神秘の術である魔術師には速やかに排除に動くべきだ。

 

 

 その他にも、マスターが巷で有名な連続殺人鬼であるという情報。キャスターの真名や能力についての詳細な情報が提供された。

 そしてそれだけではなく、キャスターを倒した陣営には報酬に予備として保管されていた令呪を一画が約束される。

 

 

 実に怪しい話である。いくら聖堂教会といえど、現代の魔術師が及ばないレベルの術を行使するキャスターを相手に、ここまでの詳しい情報を手に入れる。

 普通に考えて不可能だ。しかし同じサーヴァント、それも諜報に特化したアサシンのクラスであれば可能だろう。

 

 

 実際に先の初戦で敗退となっているアサシンのマスター――言峰綺礼は、今回の監督役の息子。

 アーチャーのマスター――遠坂時臣の弟子でもあった。

 聖杯戦争開始にあたって、二人の仲は決裂しサーヴァントをぶつけ合う程の戦闘に発展した。その結果アサシンは脱落し、マスターであった言峰は教会に保護されることになった。

 

 

 だが雁夜の推測では、アサシンはまだ生存しており、言峰は安全圏から情報収集に徹して、追撃役をアーチャーが担当する。

 その上で障害があれば、監督役としての強権を振るう。

 もしも裏でこの三者が本当に結託しているとしたら、まさに盤石の布陣だ。

 

 

 バーサーカー単騎では苦戦は免れようがない。この際アーチャーやアサシンについては考えず、対キャスター戦のみに考えを限定する。

 

 

 ――ジル・ド・レ。またの名を青髭。

 聖女ジャンヌ・ダルクと共にオルレアンの戦争を駆け抜けた騎士としての英雄的側面。

 反して、聖女の処刑を期に狂っていき、幼き子の命を糧にしていた悪魔崇拝者という反英雄的な側面。

 

 

 実に真逆な要素が混在している人物であった。

 そして今回呼ばれたのは、反英雄的な側面だった。

 純粋な魔術師ではなく、宝具やスキルによる使い魔の召喚に特化した能力。

 

 

 その召喚できる使い魔の質と量は、開示された情報だけでは判断することはできない。

 仮に直接的に対峙した際に、バーサーカーは勝利を収めることができるだろうか。

 

 

 倉庫街の戦闘で、バーサーカーが使役した黒騎士。

 アーチャー相手に大立ち回りを披露した黒騎士であるが、キャスターの物量の前に押し潰される可能性がある。

 いくら魔力の消費が雁夜に負担を強いるレベルではないとはいえ、多勢に無勢だ。

 

 

 魔力のことに関しての質問ははぐらかされた。保有スキルに『竜の炉心』と呼ばれる、魔力の生成・増幅を促進させるものがあると説明を受けたが――。

 

 

 それかけていた思考を元に戻す。

 バーサーカー自身に戦闘能力があると思えない。

 ここは真名に関する話題に触れない程度に、スキルや宝具について尋ねるか。

 そう思い、雁夜は質問を投げかける。

 

 

「――そうですね。私も多少護身のためにある程度は武具を扱えますが、件のキャスターも騎士の方でしょう? 使い魔の集団を処理したとしても、私がキャスターに至近距離で戦う手段はほぼありません」

「まあ、そうだよな。……って、少しは剣とか使えるのか……。意外だな。てっきりお前の戦闘はあの黒騎士頼りかと思っていたぞ」

「むう……、失礼ですね。私だってあの方を支えるために色々と取り組んでいたんですから」

「ああ、悪かったよ」

 

 

 バーサーカーが言う、『あの方』。恐らくセイバーのことであろうが、そのことを雁夜は指摘しない。

 あくまでも、バーサーカーの自主性に任せるだけだ。

 

 

 わざとらしく頬を膨らませるバーサーカーであるが、雁夜からの謝罪を受け取ると笑みを一瞬だけ浮かべると、表情を真剣なものに変化させる。

 

 

「こちらこそ失礼しました。話を戻しますが、私も宝具の応用で使い魔の軍勢を召喚できます」

「それは本当か、バーサーカー!」

「まあ、一体一体が弱いので、どれだけ役に立つか分かりませんが……」

 

 

 そこで言葉を一旦切り、バーサーカーは雁夜にキャスターの容姿について質問をする。

 

 

「ああ、そう言えばお前が飛び出したあの日、魔力に余裕があったからな。唯一使い魔で補足できたセイバー陣営を追跡していたんだが――」

「――あのー、マスター。その話初耳なんですけど……」

「悪いとは思っているが、お前に言うとまた突撃しかねかいからな」

「……否定できませんけど」

「話を続けるぞ……。詳しい内容は分からないが、キャスターはセイバーにご執心のようでな。近い内に、セイバー陣営の拠点――郊外の森にあるアインツベルンの城に現れるだろう」

「……マスター。その話本当ですか?」

「本当だ……」

「――分かりました」

 

 

 不満な顔をしていたバーサーカーの顔が一変する。感情の消えた無表情なものに。

 予想通りの反応だ。バーサーカーの地雷を、キャスターは思いっきり踏んでしまったらしい。

 

 

「――マスター。キャスターは私が必ず殺します。良いですね?」

 

 

 そのバーサーカーの宣言に、雁夜は半ば諦めの境地で頷き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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