リハビリも兼ねてるのでちょっと読みにくい場所もあるかも
仕事帰りの電車を降り、月夜に照らされた夜道を歩く。一日の仕事の疲れから、早く自宅に帰りたいという想いのままに足を進める。
時折、淡く光る月を見上げて、二度と帰れぬであろう故郷に想いを馳せる。この場所で生きていくのだと何度も心に刻み込みながらも、それでもなお薄れることがない故郷への想いを抱きながら。
「そういえば、今日は満月なんですね~」
月に一度、必ず訪れる満月の日。昔の人々は、月の満ち欠けが何故起きるのかがわからず、怪異や神様の仕業であるとし、畏れていた。それ故に、月は災いを齎すものという考えが根強く付いていた。
科学が発達した現在では、月の満ち欠けについても解明されているため、月と太陽の間に地球があり、月が太陽の光を反射した際に、反射された光が地球に届いた時の大きさが違うだけで、ホントの月が削れたり治ったりしているわけではない。仮に、衛星サイズの巨大な質量を持った物体の一部が、削れたり復活していたりするのであれば、それこそ地球に衝突してもおかしくないくらいの影響は起こりうるというものだ。
とは言えど、それほどまでに重要な出来事は、あの月に住んでいた頃には一度も起きることはなかったのだが。
「あー……今日の晩御飯は何にしようかな。帰りにちょっとスーパーにでも寄っていきましょうか~」
過ぎ去った過去をいくら悔やんでも詮無き事であるように、今この瞬間を生きているということが一番大事なのである。差し当たっては、今の時間であれば残っていることがほとんどない半額弁当を買えるかどうかが大事なのだ……!!
今の私を過去の私が見たらなんと言うのだろうか。生き急いでいるというのか、はたまた大変な毎日をおくっているとでも言うのでしょうか。それでも、命令を聴いてただ同じ作業を繰り返していただけのあの頃と比べると今の生活は、毎日が目まぐるしく変わって大変だけど、それでも充実して楽しいのだと言える。
「月には兎が住んでいて、毎日餅をついているんだよ」
過去の人々は一体何を思って、この言葉を残したのだろう。子どもの夢を壊さないためか、それとも本当に私たち月の兎が住んでいることを知っていたのか。一説では、地球から見える月の模様が、兎と臼の形に見えることから出来た言葉とされています。何億年という長い時の中でできたものが、偶然にもそういう風に見えているというものですが、なんとも凄い偶然もあったものだ。
スーパーでの買い物を済ませ、再び帰路に付く。今日は奇跡的に半額弁当があったので、思わず飛びついてしまった……。夜も遅い時間ですから、今から料理するとなると流石に遅すぎる……。
帰宅した後、スーパーで買った弁当をレンジに入れて温めている間に、着替えと荷物の整理を適度に済ませる。いい感じの時間で温めた後は、もはや飲まない日がないくらいに日課となった、エナジードリンクをつまみに晩御飯を食べる。ご飯の始まりは、やはりエナジードリンクを飲んでから。
「くぅー……!やっぱり、この味が一番ですねぇ……!!この舌を刺激する感覚と、喉に絡みつくような感触、これがあるからこそ、生きてるって実感しますね……!」
エナジードリンクは栄養ドリンクとは違い「清涼飲料水」であるため、疲労が溜まった身体の疲れを軽減する為の効果などはない。一般的にはコーラやサイダーなどと同じ、炭酸飲料なのだ。効果的には、気分をスッキリさせたい時や出勤前に飲むのがメインであるが、カフェインも含まれているため、夜寝る前に飲むということも可能である。
食事も適度に済ませ、今日の配信を始めるまでに、知り合いのライバー達の配信を回っていく。最近では、すっかりライバーとしての活動が板に付いてきた感じがして、ちょっとこそばゆい。自分が配信を行っている際に見に来てくれる人達もいるが、他のライバーさんの配信では、その人だけのリスナーさんもいるので結構新鮮な気分になる。「自分も、他のリスナーさんと同じく、この人の一リスナーなんだ」と。そう感じる度に、過去の自分がどんなに寂しく、脆い存在だったかを思い出す。
月の兎である私達は、人間の価値観で言えば「言葉を喋ることはできないけど、言葉を理解できる動物」という扱いだった。それに疑問を抱いたことはなかったし、毎日のように餅を突くのだって楽しかった。毎日配られる最低限のご飯と、同じ場所で働く仲間達と共に、月の神様に捧げる餅を作り続けながら、このままこの場所で生きていければいいのだと、そう思っていた。
そんな毎日に変化が訪れたのは、突然だった。かぐや姫様が月から地上に降り立ったのだ。当然、上流階級の人達だけじゃなく、一般の人達も大混乱に陥った。どこに落ちたかわからない姫様を探すために、餅を作る係だった私たちにまで招集がかかるほど、切羽詰まっていたのだ。やがて、仲間達と共に地上に降り立った私達は、現地の人間達に紛れるようにして姫様を探すことにした。そこから紆余曲折を得て、姫様は月へと帰られたが、私達は帰還の術を持っていなかった。否応なしに、地上で生きていくことを余儀なくされたのだ。そして人間達に紛れながら、姿を変え場所を変えること千年以上。現代において、一人の人間として生き続けながらも、はるか過去よりも発達した技術に関心しながら、今を生きている。
今にして思い返せば、どれだけ劣悪な環境にいたのだろうと思う。人権ならぬ兎権なんてものはほとんどなかったし、ほとんど奴隷のようなものだった。しかし、今となっては「そんなこともあったなあ」と思い返せる程には、今を楽しめているし、いい思い出として記憶の中に残っている。
ただ、長く生き続けているとどうしても飽きというものは来るわけで、その都度飽きが来るたびに何をしようかと探すのは大変だった。何分、現代と比べると遙かに娯楽が少ないのだ。むしろ今が溢れ過ぎてるとも言えるが、それでも毎日のように同じことを続ける日が数年もかかると飽きてしまうのだ。月に居た頃は、このようなことは考えなかったが。
それからどれだけの月日が経ったかわからなくなった現代、やがて私は一つのとある広告を見つけることになった。
「Vliver事務所二期生募集中……?配信者っていうものですかね?」
いつものようにインターネットを使い、色々と見て回っていた時に偶然見つけたそれに、何故か強く興味を惹かれた。広告の内容は、事務所に所属するライバーとなり、配信アプリを用いてVliverとなり、配信活動をするというものだ。Vliverというものは、自らの素顔を見せることなく配信できるので、そういったものを気にする人達も安心なのである。中には、これを逆手に取って自らの素体をアバターとし、設定と言う名の元に種族や情報を隠すことなく出しているものもいる。それでも、リスナーの視点からするとそれが嘘かホントであるかはわからないものだし、基本的にはそういう設定だとしてみんな楽しんでいるようだ。それを踏まえて、通るかどうかはともかく、応募するだけでもいいかと考え、応募してみたのだが。
「まさか、ホントに通るとは思いませんでしたね~……。嬉しいことではあるんですけど、こんなにスルっと通るものなんですかね……?」
事務所の中では、私は二期生というものになるようだ。一期生と呼ばれる人達だけでなく、同期である二期生の子の中にも既に活動している子もいる。この人達と同じグループの中に入るのだと考えたら、不安よりも楽しみが先に来る。何より、今まで出会ったことがないような人とも知り合うことができるのだ。その良し悪しはあるだろうが、それでも楽しくなることは間違いない。
「さてさて~……いよいよ明日は私の初配信というやつですねえ……。色んな先輩方の配信とか見てきましたが、私は果たしてちゃんとできるのでしょうか」
不安と期待と、色んな感情がごちゃ混ぜになった状態で、刻一刻と近づく時間を前にして薄く笑う。今までも何度も経験したことだが、未だに慣れないものである。これから新しい自分が始まるのだと、そう実感できるようになるまで、果たして今回はどれくらいかかるだろうか。
「エナジードリンクも飲み終わったし、晩御飯も食べ終わった。できる限りの準備はしてきましたから、きっと大丈夫。みなさんも待っているでしょうし、そろそろ行きましょうか。私の、Vliverとしての初配信に」