本作についてはなるべく短めに終わらせようと思ってます。
やりたいことがあるので。
それから幾年月が経ち。
國広が求め続けた〝兆し〟が、ついに訪れた。
「鬼が人を庇った?」
「ああ、義勇と共に雲取山で出会った。今は鱗滝先生に身を寄せている」
錆兎と義勇の二人と久しぶりに会った國広は、ある兄妹の話を聞いた。
それは鬼に襲撃された炭焼き一家の生き残りの長男と長女の内、長女が鬼となったが、倒れた兄を庇うような構えを取ってい隠してきたというものだ。
この話は産屋敷家に通してあるが、他の者に話すと余計な混乱を生み、一部の者の独断で斬られるというのもよろしくないと判断されて秘密にされている。一方で鬼に対する恨み憎しみがなく、柔軟な思考と鬼殺隊の常識に囚われない価値観を持つ國広には
「鬼は人を喰う。その鬼が、人を守ったんだ……今まで会ってきた鬼と明らかに違う」
「……俺も見た」
「そうか……
國広は意味深に笑う。
今まで見せたことのない顔に、二人の水柱はおろか、遊撃隊の面々も驚く。
「これを待ってたんだ、今までの鬼殺隊の常識がひっくり返る時を。その二人と合流したい、俺が後ろ盾になる」
「しかし、それをすると話がややこしくならないか?」
「
國広は自信に満ちた眼差しで言い切る。
この先に起こる、大きな戦いを見据えているが、同時に何かを焦っているようにも思える。
それに気づいた獪岳は、國広に一つの問いを投げかけた。
「……國広、お前は誰と戦う気だよ」
「鬼殺隊と鬼舞辻の潰し合いで漁夫の利を狙ってる奴だよ」
『!?』
その言葉に、誰もが衝撃を受ける。
漁夫の利を狙っている者がいるということは、つまり鬼よりも厄介な敵がいるということ。鬼舞辻無惨は國広にとっては目先に立つだけの敵――言わば「最悪無視してもいい存在」でしかないのだ。
つまり鬼を倒しても、疲弊した鬼殺隊を叩こうとする連中が出てきて奪われるということ。そればかりか、鬼殺隊を滅ぼそうとするかもしれないのだ。
「その目星も付いてるが、流石に用心深いな。まだ尻尾が掴めない。だからその尻尾を摑む為にも、俺はこの兄妹と会いたい」
「國広」
「人間の方が鬼よりおっかなかったりするもんさ。鬼はいつだって人の心の中にいる。俺はそれをよく知ってる」
國広は、どこか遠くを見るように呟くのだった。
*
「ば……け、もの、め……」
ボロボロと消滅する鬼を見下ろし、國広は欠伸をする。
どこか歯応えの無さを感じるが、文句を言っても仕方がないと溜め息を吐く。
國広遊撃隊の戦果は凄まじいもので、これで数えて150体目。それも全員重傷を負わずに任務を遂行できている。慢性的な人材不足と隊士の質の低下を抱える昨今の鬼殺隊を補助しており、その首領たる國広の意見は決して無視できなくなった。
何より、國広は柱よりも一般隊士からの信頼が厚い。堅苦しさの無い立ち振る舞い、遊撃隊の隊長に恥じぬ指導力、率先して斬り込み殿も厭わない勇猛果敢な戦いぶり、そして何より刀を使えないという致命的欠点をものともしない戦闘力が、周囲の心を掴んでいる。
特にこの数年で國広遊撃隊は飛躍的に実力を伸ばし、今では柱に匹敵する戦力となっているのだ。
「とはいえ……現状が変わんねぇのもキツいな」
「仕方ないだろ、それぐらい俺たちを警戒してんだろ?」
「それじゃあ困るんだよ、最初っから舐め腐ってくれないと」
國広のボヤきに、有一郎は真菰たちと顔を見合わせる。
膠着状態は、ある意味では面倒なのだ。お互いに警戒しまくってしまうと、出方を伺うあまり何もできないのだ。
「臆病者ってのは、裏を返せば警戒心と猜疑心が強いってことだ。舐め腐って痛い目に遭わせるって手段が通じにくい。ちょっとは迂闊になってほしいもんだぜ」
そんなことを言ってると、遊撃隊専用の鎹鴉が降り立ってくる。
「カァァァッ!! 遊撃隊、浅草ニ向カエ!! 鬼ノ目撃情報アリ!!」
「ったく……怠いなぁ」
「そういうこと言わないの」
やる気の無さが溢れる國広に、真菰が発破をかける。
こういう仕事こそ、気を緩めないのが肝心だ。それが今回のような緊急案件ならなおさらである。
道中は特に何の問題も無く進んだ。既に鬼の情報を持っている鴉の指示に従い、國広たちもまたそれを追うようにひた走る。
そして……目的の浅草につく。
『こ、これが東京……』
「こんなかに紛れてるってか? 結構面倒だな……とりあえず……ん?」
獪岳たちが東京の街に圧倒される中、國広は気づいた。
人混みの中にいる、椿の柄の着物を着た妙齢の女性と、その隣に立つ書生姿の青年に。
――もしかして、あの二人のことか?
「……お前ら、追うぞ」
「!? 見つけたのか!?」
「おそらくな。人違いだったら悪い」
國広たちは人混みの中を縫い、その二人を追う。
すると二人は徐々に人気のない場所に向かっているのが見て取れた。しかも足の速さが少しずつ速くなっている。まるで國広たちに気づいて、逃げているかのように。
間違いない――確信した國広は、天明に目配りしつつ声をかけた。
「そこのお二方」
「……何でしょうか」
「夜分遅くにすいませんね……このあたりで行方不明者が出てると聞いて、よく椿の柄の着物を着た女性が目撃されると聞いたんですが、何か知りませんかね」
明らかにカマをかけるつもりの声掛けに、二人は肩を一瞬だけ揺らす。
その反応を見て、國広は一歩前へ出た。
「俺たちは決して怪しい者じゃないよ」
「……人違いではないでしょうか」
「いや、その反応は知ってるな。……ちょっと話聞かせてもらえるか?」
その時、天明が反対側に回り、挟み撃ちの状態を作り上げた。
それを見た女性の顔に緊張が走り、隣の書生風の青年は目を鋭くさせる。
その瞳を見た國広は、ニヤリと笑みを深めた。
「今の内に言っとくが、血鬼術使って逃げようなんて考えるなよ? そういう手口はよく知ってるし、そうさせねぇ」
「っ……!!」
「
「ほう、そっちの美人さんは珠世っつーのか。お前は?」
書生風の青年に問いかけると、彼は「貴様に名乗る名は無い!!」と威嚇するが、國広はそれに怯まず口を開く。
「しかし、俺が今まで会った鬼とは違うな。血の臭いが異様に薄い……それに初対面とはいえ舐め腐った態度じゃないし、何より話し合いでこの場を乗り切ろうという空気だ」
「……何が言いたいのですか?」
「俺はさっき、鎹鴉に「鬼の目撃情報があるから浅草に行け」って言われた。だが「浅草に潜む鬼を討伐しろ」とは言われてない。要はそっちの出方次第で俺たちの対応も変わるってことさ」
「あなた方は、何者ですか……?」
椿の柄の着物を着た妙齢の女性――珠世は問いかける。
「俺たちは國広遊撃隊……鬼殺隊公式の別働隊って言えばいいか?」
「鬼殺隊公式、だと……!?」
「そんなの、聞いたことないわ…!!」
その言葉に、珠世と愈史郎は驚きを隠せない。
しかし國広は、そんな二人に対してさらに畳みかけるように言葉を重ねる。
「俺は元々外様の人間でな、生粋の鬼殺隊士じゃない。産屋敷直属だが、別にいつでもクビ切られても問題ねぇ。元の山暮らしに戻るだけだしな。……俺としては、一時的でも手を組める相手は多い方がいいと思ってる」
「そんな言葉、信用できるか!! 珠世様、こいつらは危険です!!」
「そう思われんのも百も承知さ……だが悪い話じゃねぇはずだぜ?」
國広はニヤリと笑いながら言う。
刀の柄を握らず動向を伺う遊撃隊の態度に、珠世は信用に値すると判断し、口を開いた。
「私の名は珠世、こちらは助手の
「俺は遊撃隊隊長の槍木國広だ。右から宇髄天明、真菰、時透有一郎、そして相棒の獪岳だ」
「私の診療所へ案内します、そこでお話ししましょう」
珠世の診療所に案内された國広たちは、そこで話し込むことになった。
「……ではあなた方は、鬼舞辻を滅ぼすためというより、この状況で漁夫の利を得ようとする輩を倒すと?」
「ああ、そいつらは鬼からも搾取して甘い汁啜るような奴らだ。おたくらもバレたら時間の問題だ、よくて飼い殺しだろうよ。……ここまで来たら協力しようじゃねぇか」
國広はそう言うと、先程の書生風の青年――愈史郎に目を向ける。
彼は珠世に手を出すなと言わんばかりにガンを飛ばしている。
「鬼舞辻が滅ぼうが人間にうっかり戻ろうが知ったこっちゃねぇ。そもそも鬼に殺される奴らよりも流行り病や戦争で死ぬ奴の方が圧倒的に多いからな」
「鬼舞辻よりも質が悪いのか、お前の敵は」
「むしろ鬼舞辻の方がまだマシかもな、山梔子村は」
「村ぐるみなのか!?」
愈史郎からの質問に、國広はそう答える。
鬼の始祖以上の脅威が、人間の村であるという
「……その者と、どう戦うつもりですか?」
「そこは今考えてる。何せ連中は探り合いも化かし合いも得意なんだ」
珠世に質問された國広は、出された紅茶を飲みながら答える。
「村の連中に世間の常識や倫理なんざ通じねぇ。近親相姦で産まれた忌み子の俺も、結局はある程度肥えたところで搾り取るつもりだったし、母親も俺を逃がすために殺された」
「っ……」
「ひどい……子供の命を弄ぶどころか、自分たちの私欲の為に搾取するの……!?」
國広の壮絶な過去に、息を飲む一同。
己の欲望を満たすだけの、鬼に匹敵、いやそれ以上の人間の悍ましい狂気と悪意。悪徳の村に生まれ、村の人間に母を殺された國広にとって、人を喰らう鬼の方がマシに思えるのだ。
「俺にとっちゃ人間も鬼も大差ねぇ……むしろ本能で襲ってくる分、鬼の方が素直だ。人間ってのは欲望や大義名分で、平気で人を陥れ殺しまくるからな」
「では、あなたは……」
「俺は鬼舞辻が何をしたいか次第で対応を変える。この国を滅ぼす気なら徹底抗戦だが……」
その場にいる全員の視線が、國広に集中する。
要は鬼舞辻が人間社会に今後も害をなすと判断すれば容赦なく殺すが、そうでなければ國広は和解も視野に入れているということだ。
「……俺はな、鬼よりも人が怖い。奴らが俺たちと敵対する気がないなら、無理に戦う必要はないと思ってる」
あまり人前に見せなかった國広の〝弱さ〟に、全員が言葉を失う。
彼が見てきた人間の闇があまりにも深すぎて、その心の傷は計り知れない。
「どんな人間も欲や本能、心の弱さがある以上、俺たち人間が悪事を働くことも、鬼が人を襲うのも大して変わらねぇんだ。……俺はな、その両方を見てきたからわかる」
『……』
「鬼も人も関係ねぇ。弱い奴はいつも食い物にされるんだ……」
國広はそう呟き、紅茶を飲み干すのだった。