國広が下弦の伍・累を捕虜にするという滅茶苦茶をやらかしたが、その結果は早くも出ていた。
「鬼による被害が極端に減ってます」
「隊士が遭遇した鬼も、ほとんどが累を探しているらしいな」
「俺の担当区域も、鬼の情報がてんで入って来なくなったぜェ」
半年に一度の柱合会議を終えて、一ヶ月と経たない内に開かれた緊急柱合会議。
柱たちは國広の作戦が効果覿面と知り、驚きを隠せなかった。無惨にとって鬼殺隊は殲滅対象なのに、鬼狩りとの交戦よりも累の捜索を優先するような指針を取っているのだ。それはつまり、彼の言っている通り無惨に取って累は大切な鬼であるとの証明に他ならない。
「しかし……まさかあのような作戦が通じるとは」
「こればかりは、認めざるを得ないな……」
「上弦の鬼も累の捜索を優先するとすれば、今は隊士を強化する好機とも捉えられるな!!」
炎柱の提案に、皆が頷く。
全ての鬼が無惨の命令で累の捜索を優先されてるのならば、鬼殺隊は一旦後回しにされてる可能性がある。それが正しければ、質の低下が問題視される一般隊士を鍛え直す絶好の機会が今だと言える。
「……で、累の方こそどうなってんだ?」
「お館様、炭治郎君と國広さんを介して珠世という鬼を迎え入れたと聞きますが……」
「うん、彼女は医学に秀でていてね。國広と禰豆子、累の血を研究して鬼を人間に戻す薬を造っているんだ。きっといい結果が出るよ」
「その、珠世という鬼は……信用できるのでしょうか?」
実弥の疑問に、耀哉は頷いた。
「大丈夫。そもそも彼女の件は産屋敷家に代々伝わっているからね」
「代々?」
「そう、ずっと昔から。珠世さんは鬼舞辻無惨を抹殺したいと考えている。私達と同じ志を持っているんだよ。今までは接点がなかったから交渉も取引も出来なかったけど、國広と炭治郎が接触した事で彼女が協力してくれるようになった」
國広と炭治郎。
この二人が鬼殺隊に関わったことで、戦局は大きく動こうとしている。
しかし、無惨抹殺を最終目標とする鬼殺隊と珠世と違い、國広は彼らとの和睦を進めている。
対決ではなく解決で、血を流すのではなく人に戻す薬で全てを丸く収めようと考える國広の進言を、柱たちはどう受け止めていいかわからなかった。鬼によって大切な人を奪われた隊士たちに、そんな都合のいい夢を見せるような計画は信じるに値しないだろう。
だが事実、國広によって助けられた隊士が大勢おり、その実績は無視できない。
「……お館様、失礼ながらよろしいでしょうか」
「いいよ、錆兎」
「おそらくですが……あいつは鬼との戦いは眼中にありません」
「どういうことかな?」
一同の視線が集まる中、錆兎は最近の國広の様子を語る。
「最近の奴は累の面倒を見たり炭治郎たちと積極的に関わってますが……同時に他の隊士たちに聞き込みをしています」
「聞き込み?」
「はい。妙な村人と関わっていないか、と」
「……山梔子村、だね?」
耀哉の言葉に、錆兎は無言で頷いた。
山梔子村は、國広の生まれ故郷であると同時に、因縁の場所でもある。
國広の母親・冴子はあまりにも悍ましい目に遭い、息子を逃がすために自らを犠牲にした。
國広は鬼による不幸ではなく人間による不幸で家族を殺された。それは鬼殺隊と根本から対立するものだ。
「……その上で、お館様はどうお考えなのですか?」
耀哉は、少し間を置いてから口を開いた。
「鬼舞辻無惨は私と國広だけで対処する。皆には山梔子村に関連すると思われる事案を全て調べてほしい。
「それは…勘、ですか?」
「勘だね。でも私はそっちに賭けてみたい」
耀哉の直感に、柱たちは息を呑む。
産屋敷家の人間は、未来予知と言える程の勘、先見の明を持っており、産屋敷家はその能力を使って代々莫大な財産を築き、家や鬼殺隊の危機を幾度となく回避してきた。特に耀哉は歴代当主の中でも一際強く、その力を以て鬼殺隊の指針を決定してきた。
そんな彼の勘が訴えるということは……。
「もしかすれば、するかもしれないってことか」
「……とても複雑ではありますね」
「反発もあるかもしれねェが、仕方ねェ」
柱たちは口々に述べた。
鬼狩りが鬼と和睦という形で決着するなど、先人たちも夢にも思わなかっただろう。
「……この戦いは思わぬ形で今終わりを迎えようとしている。皆には、今後とも鬼殺隊を支えてほしい。そして
その言葉に、柱たちは一斉に頭を深く下げてから、行動を開始するべく各自動き出した。
こうしてこの会議によって、最終局面への動きが決定付けられたのであった。
同時刻、蝶屋敷。
引退した花柱・胡蝶カナエが管理する診療所の日光を遮った一室に、國広はある人物と面会していた。
「珠世さん、どうだ?」
「あっ、國広さん!」
「むっ!」
「おう、元気そうだな二人共」
國広は炭治郎・禰豆子兄妹と軽く挨拶する。
柱合会議において庇い立てたくれたこともあり、竈門兄妹は先輩が顔を出したことに嬉しそうだ。
「で、薬の方は順調?」
「ええ。あなたの血と禰豆子さんの血を混ぜて作った薬は調合そのものは上手く行きました」
「問題なのは効くかどうかってところだ。珠世様の研究なら問題ないだろうが……」
愈史郎の言葉に國広は頷く。
鬼舞辻無惨を人間に戻すには、その血と細胞が必須であるのはわかっている。しかし作ったからといって無惨の血に適合するかどうかが不安なところだ。
「まぁ、予定通り累と禰豆子に打ってもらうしかねぇか」
「それについてですが、もう少し時間が欲しいんです」
「というと?」
「先程炭治郎さんにもお話したのですが……近い内に禰豆子さんは太陽を克服するかもしれないのです」
その言葉に、國広は目を見開いた。
鬼にとって太陽は絶対的な天敵であり、鬼が夜にしか活動できないのはそれが最大の理由。日光に身を晒すと肉体を保つことが出来ず、身体を焼き尽くされて消滅してしまうのだ。これは無惨も同じであり、太陽の克服は悲願であるのだ。
その日光の克服を、禰豆子がしてしまうのではないか。もしそれができたら、鬼を人間に戻す薬の効能をより強化できる。
「つまり……日光を克服した禰豆子さんの血が必要なのです。なので、禰豆子さんが太陽を克服した時にその血を採取して、試作した薬を混ぜて調合します」
「なるほど……じゃあそれまでは奴らをなるべく泳がせておかねぇとな」
「時間稼ぎ、ですか?」
「そういうこった」
そう……あくまで
その為に行動しているのは耀哉の読み通りであるし、國広が知る無惨の行動からもこれが想定内の動きであることは明白。
「鬼殺隊全体は産屋敷に任せるにしろ、おれたち遊撃隊も迂闊には動けねぇ。だが……それでもやらなきゃならねぇ」
「そうですね。私も、できる限りのお手伝いをします」
珠世の言葉に國広は頷く。
そして、その横で話を聞いていた炭治郎が國広に質問する。
「……國広さん、俺は何をすれば?」
「禰豆子と累の傍にいてやれ。俺もなるべくそうするが、お前よりも多く色々と抱えてるんでな」
「禰豆子と下弦の伍を?」
「口があるんだ、言葉喋れんだ。相互理解も不可能じゃないさ。お前はそういうのに向いてるだろ? 長男坊」
ニヤリと笑う國広に、炭治郎は「わかりました!」と快活に答えた。
「よし。……でだ、珠世さん。その薬はいつ頃完成する?」
「そうですね……禰豆子さん次第としか言えません。日光を克服しないと目処が立ちませんので……しかし禰豆子さんの変化の速度は私の想像を遥かに超えてます。あなたの血も貴重な実験体として役に立ってます」
「そりゃ、俺の母ちゃんが実の父親に犯されて産まれたのが俺だからな」
國広がさりげなく言った言葉に、禰豆子と累はきょとんとしたが、意味を理解した炭治郎は衝撃的な事実に絶句し、珠世と愈史郎と顔を背けた。
「く、國広さん……山暮らしの理由って……」
「人里だと、色々面倒だからな。それに鬼殺隊に入るとそいつを庇わなきゃならねぇだろ? 俺ぁヤだぜ、母さんを殺した村の連中を庇うの」
あくまでも自然体のままそう語る國広だが、炭治郎は血の気が引いていた。
鬼よりも悍ましく醜悪な所業によって、國広が誕生した。そして彼は住んでいた故郷によって母を殺された。
世捨て人同然の生き方をしていたのは、半ば人間という存在に失望し諦めているからなのだろう。鬼も人間も本質は変わらないと。
そして、そんな禁忌の血が流れる自分にも――
「……國広さん」
「別に死に急いじゃいないさ。母さんの最期の言いつけぐらい守らねぇとな」
「……はい」
そんな國広の心中を察したのか、珠世もそれ以上は何も言わなかった。
「さて……俺はそろそろお暇するわ」
「えっ、もうですか?」
「ああ。ちょっと野暮用でな」
そう言って立ち上がった國広は、そのまま部屋を後にするのであった。
*
その日の夜。
獪岳は思わぬ襲撃に遭っていた。
「畜生……何なんだ、てめぇら……」
「それは君が知る必要のないことだ。私たちが知りたいのは槍木國広の居場所のみ……大人しく教えれば、命だけは助けてあげますよ」
獪岳は、山伏の恰好をした集団に囲まれていた。
身長に差はあるが、いずれも屈強そうな雰囲気で、獪岳と力量は互角以上……否、集団の為に圧倒的に不利だった。
この絶望的な状況で、獪岳は相棒の所在を吐けと迫られていた。
「あいつの居場所は死んでも教えねぇ」
「……そうですか」
「ぐあっ!」
獪岳の答えを聞いた瞬間、集団の長と思われる男が彼の腹を蹴り上げた。その一撃に獪岳は蹲り、咳込む。
「がはっ……げほっ……」
「躾が必要だ」
山伏の長は淡々とそう言って、周りの集団に目配せする。
指示を受けた集団はうなずき、蹲って動けぬ獪岳を錫杖で何度も殴りつけてきた。
殴られる度、骨は軋み、肉は悲鳴を上げる。それでも山伏の長は指示を取り消そうとはしないし、集団も暴行を止めようとはしなかった。これは一種の私刑だった。
「がっ……!!」
「さて、もう一度聞こう。奴の居場所はどこだ?」
「ぐはっ……げほっ……」
「……どうやら、これではどうあっても答えないようですね」
そう言うと山伏の長はもう一度蹴りを入れようとしたが……すぐに手を止め、集団を制止した。
「待て」
何かに気づいた山伏たちは動きを止めて、耳を澄ませる。
すると遠くから草を掻き分ける音が聞こえてくる。そしてそれは次第に大きくなり……やがてその集団の前に現れた。
「……てめぇら、いい度胸じゃねぇの」
「槍木、國広……!」
山伏の集団は、現れた國広に驚愕する。
「……くに、ひろ……」
錫杖で殴られていた傷と痣だらけで蹲る獪岳は、國広を見上げる。
國広は槍を構え、山伏の集団を睨みつける。
「こいつは俺の大切な相棒だ。手ぇ出したからには容赦しねぇ」
「困りますね……時治翁からは穏便に事を済ませよと命じられてるんですが」
(時治翁…!)
その単語に、獪岳は反応する。
時治とは、山梔子村を支配する槍木時治――國広にとって不倶戴天の敵だ。
「あのジジイ……」
「大人しく来てくれれば、今後一切鬼殺隊に手は出しませんよ」
「はっ……噓だな」
時治はそういう性分ではないと、國広は確信していた。
あの男が自分や獪岳に手出しするなと約束させるはずがない。むしろ捕らえて搾取する方だ。
「……残念です。では口封じもかねて――」
「おっと、そんなマネしていいのかい? 俺は殺し合いを
「っ!!」
その言葉と共に、長の男の前に天明が推参。
日輪刀を構え、その切っ先を男の喉元へ向ける。
「宇髄の一族の……なるほど、厄介な……ここは退きましょう。この事を時治翁に」
『御意』
長の男は撤退を宣言すると、山伏たちは一斉に退却していく。
その様子を見た國広は溜息を吐き、相棒に声をかける。
「大丈夫か?」
「……ああ……死んじゃいねぇ」
獪岳は痛む身体を無理矢理起こしながら國広に言う。
そんな彼に國広は手を差し出す。
「立てるか?」
「ああ、問題ない……天明」
國広に言われ、天明は獪岳を背負う。
あの山伏たちは、山梔子村の人間――時治の手下だ。
鬼殺隊士が人に手出しできないことを利用し、時治は國広を探し出していたのだ。
「……國広…」
「どうやらチンタラしている場合じゃねぇな。鬼よりも醜いクソジジイがコソコソと動き出してやがる」
そう吐き捨てる國広に、天明は問いかけた。
「そいつの狙いは何だ?」
「……奴にとっては人間も鬼も自分の欲望を満たすための家畜程度の認識だ、あんなつまんねぇ奴に食い物にされるわけに行くかよ」
「……俺の父親の方がマシに思えるな」
「子供は親を選べねぇからな」
國広の答えに、天明は溜息を吐きつつも頷いた。
本当の鬼は、人間の欲なのだろう――彼は心の中でそう思うのだった。
次回、ついにワカメ頭が……!