その忌み子、〝ほぼ天才〟につき   作:悪魔さん

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この時点で原作の四年前、竈門家が襲われる二年程前の時系列となってます。


第六話 上弦の弐・童磨

 暫くの年月が経った頃。

 國広と天明の下に、獪岳が黒い詰襟を着こなして戻ってきた。

「……國広」

「! ……戻ってきたか、相棒!」

 一端の鬼殺隊士となった獪岳が声をかけると、國広は嬉しそうに振り返り笑った。

 過酷な修行と最終選別の末、初めて会った頃とは比べ物にならない程に色々と大きくなっている。

 しかし國広も例外ではなく、身長は6尺近くまで伸び、細身だが筋肉質な体になり、大人の顔つきへと成長していた。

「まずは飯でも食ってくか?」

「……ああ」

 獪岳がそう頷くと、國広は小屋の中へ案内して鍋を振る舞った。

 ただ、見慣れない顔が黙々と一緒に飯を食べているのを見て、獪岳は睨みつけた。

「國広……」

「そいつか? 元忍びの宇髄天明だ。その辺で行き倒れ状態でな…まぁ成り行きでこうなった。だがあくまでもこの場での序列が上なのは相棒だ。そこは履き違えるなよ?」

「よろしく頼む」

 天明はそう言うと、飯を食べながら獪岳に会釈する。

 新顔に警戒していた獪岳だが、少なくとも自分の方が立場が上だと理解すると、少し不機嫌そうに、しかし黙って会釈を返す。

「……で、向こうの動向はどうなんだ? 相棒」

「動向?」

「鬼殺隊の連中、俺の周囲をコソコソ嗅ぎ回ってやがるんだ」

 國広は頭を掻きながら、面倒くさそうにそう言った。

 この山には基本的に國広と獪岳、あとから住むようになった天明以外は滅多に人が入山してこない。来たとしても、せいぜいマタギくらいだ。

 しかし近年、黒い詰襟を着た人間が増えており、妙に烏も増えているという。人里とは離れたこんな山奥まで、鬼殺隊士がやってきているらしいのだ。

「大方の見当はつく…俺を隊の戦力に組み入れたいんだろ。だが俺はお前の味方ではあるが、産屋敷の味方になるつもりはねぇ」

「……その態度を貫くつもりか、國広」

「俺は正義の味方にも英雄にもなる気はねぇよ、天明。そもそも俺は余生を送るためにここにいる……鬼だってこっちの生活ブチ壊しに来なきゃあ放置してた。売られた喧嘩は買うけどな」

 そう言って國広は茶碗を空にして置くと、獪岳を見る。

「相棒を体よく利用する腹積もりかどうかは知らねぇが……俺はそう簡単には動かねぇ。そんなに俺を部下にしたきゃ、茶菓子でも持っててめぇで来いってんだ」

 そう言い放つと、國広はその場に寝転んだ。

 そんな國広を、獪岳は鋭い視線で見る。

「……明日、任務があんだ。俺も早めに寝るぜ」

「おう、気をつけろよ。寝床はいつもんトコだからな。天明は上手い具合に丸まって寝ろ、一番のデカブツなんだから」

 獪岳がそう言うと、國広は寝転びながらそう答えた。

 翌日、國広と天明は獪岳の任務を暇だから手伝ってやると同行したが、そこでは想像だにしない事態が待ち構えていた。

 

 

           *

 

 

 次の夜、とある街中。

 その一画で、國広達は身を潜めて様子を窺っていた。

 視線の先には、血を被ったような白橡色の髪の男と、その前で口から血を流しながらも刀を構える女剣士が対峙している。

 國広は、獪岳に確認を取った。

「おい相棒……ありゃあ何だ?」

「っ……十二鬼月だよ…!」

 獪岳は冷や汗を流しながら、男はただの鬼ではないと告げた。

「十二鬼月……鬼共の幹部格と言ったところか」

「しかも〝上弦の弐〟じゃねぇか……! 花柱が相手にならねぇなんて……!!」

 二人が小声で会話をしている間にも、花柱は果敢にも上弦の弐に斬りかかったが、軽くあしらわれて逆に金色の扇で斬りつけられた。

 何という速さと切れ味か……!

「あの動き……基礎戦闘力が尋常じゃねぇな……」

「どうする?」

「このまま見捨てるのも寝覚めが悪い……それに新型兵器を試すいい機会だ。行くぞ相棒、天明。俺に策がある」

 國広は体格に合わせて改良した背負い箱を下ろすと、中から短弓と矢を取り出し、矢先に藤の毒を塗り始めた。

 天明も苦無と忍者刀にも薄く塗り、獪岳も日輪刀に手を伸ばした。

「鬼は不死だが不死身ってわけじゃねぇ。少しずつ削っていくぞ。俺は屋根の上から攻撃する、相棒はあの鬼狩りを回収し、天明はそれの援護だ。俺の背負い箱には特製の煙玉もある、それも使え」

 國広は二人にそう指示すると、一人長屋の屋根に上り、息を殺して矢を弓に番える。

 慎重に狙いを定めて弓を引き絞り、鬼の後頭部に照準を合わせた。鬼は頸が一番硬いので、確実に毒を打ち込むためには背後から狙うのが効率的だ。

「もう肺が凍って動けないだろ? 俺の血鬼術で君の肺は壊死してる……何をしようが無駄だよ」

「ハァ……ハァ……!」

(成程、道理で空気が冷たいわけだ)

 花柱に語りかける上弦の弐を見て、國広は目を細めた。

 どうやら敵は、鬼殺隊の戦闘の要である呼吸法を封殺することができるようだ。これは貴重な情報だ。

(だが、どんな技にも射程範囲がある。ましてや背後の不意打ちは、どんな猛者でも通用する!)

「さぁ、俺の腹の中で永遠に生きようぜ」

 花柱に止めを刺そうと、上弦の弐が扇を振りかぶった。

 しかし國広はその一瞬の隙を狙っていた。

(今だ!!)

 國広は鬼が完全に目の前の獲物に意識を向けたのを見計らい、引き絞った矢を放った。

 ほぼ無音に近い状態で放たれた毒塗れの矢が、鬼へと迫るが……。

 

 ビュウゥゥ……

 

(クソッ、マジかよ!?)

 何とよりにもよって、風が吹いてしまった。

 しかも風下――鬼の後ろに陣取っていた國広としては、矢尻に塗った毒の匂いが敵の方に流れてしまうため、風は鬼の味方をしたも同然だった。

「ん?」

 藤の匂いに気づいた上弦の弐は、迫る矢を扇によって真っ二つに切断すると、一瞬で屋根の上に降り立った。

 冷気を操る鬼と、刀以外のあらゆる武器を操る男が、月夜の下で対峙する。

「やぁこんばんは。鬼狩りじゃなさそうだけど……もしかして俺を殺しにきたのかい?」

「……槍木國広だ。ちょっと暇潰しで夜歩きしててな。そう言うお前こそ、道のど真ん中で別嬪を立ち食いか? 行儀悪いぞ」

「俺は童磨。「万世極楽教」の教祖なんだ。愚かな行為に勤しむ人間達を苦しみから解放するのが使命さ」

 上弦の弐――童磨はそう言うと、扇をパチンと閉じて語りかけた。

「國広、君も何か悩んでいるだろう? 救ってあげよう。俺は誰に対しても優しいんだ」

「今この状況をどう切り抜けようか悩んでんだよ、この丹頂鶴」

「……俺は言いたいの、そういうのじゃないんだけどなぁ」

「これでも今の生活で満足してんだ。だから俺はお前に用はねぇ。お前はあの女に用があったらしいが」

 童磨の一挙一動を警戒しつつ、國広は矢を構えたまま話を続ける。

 少しでも時間稼ぎをするためだ。

「俺は彼女から苦しみを無くすために喰べているんだ。この世に神も仏もいないだろう? だから俺の体の中で生きていけばいいじゃないか」

「その喰われる瞬間が一番の苦痛だろうが。所業が神も仏もありゃしねぇな。まぁ、俺だって本物の神仏を見たことはねぇけど」

「おや? 人間は神や仏に縋らなければ生きていけない弱い生き物なのに、君は少し違うみたいだね」

 童磨は予想だにしない言葉を聞いたからか、きょとんとした顔をする。

 國広は虚を衝かれた上弦の鬼に、不敵に笑いながら答えた。

 

「人間はそんなにヤワじゃねぇぞ、童磨。神や仏に頼らなくても、案外上手く立ち回れたりしちまうのさ」

 

 國広がそう言った瞬間、童磨の背中に苦無が刺さった。

 天明が地上から投擲した物だ。藤の毒が塗られたそれを童磨は引き抜くと、またもや何か投げつけてきた。

 だが今度は予想していたのか、童磨はそれを躱す。

「……君以外にもいたなんてね。でも、その程度の武器じゃ俺は殺せないぜ」

「バカが、俺はお前をここで刺し違えてでも殺そうなんて腹積もりじゃねぇぞ」

 童磨がそう呟くと、國広は再び矢を番えて放つ。

 しかし当の童磨は慌てる様子もなく、迫る毒塗れの矢を斬り捨てる。

 だがそれは、単なる陽動だ。

「おい國広! 逃げるぞ!」

 獪岳は背負い箱を手にしながらそう叫ぶ。

 その瞬間、國広は至近距離で毒矢を放った。童磨がそれを斬り落としたと同時に、國広は屋根から飛び降りた。

「っ!」

「毒が回って少し鈍ったな。あばよ、丹頂鶴」

 國広はそう言うと、背負い箱の蓋を開き、中から煙玉を取り出して地面に叩きつけた。

 たちまち周囲に煙が立ち込めると、國広達と花柱の姿は完全に消えていた。

「あーあ……逃げられちゃった。三人もいたんだね」

 童磨は残念そうに、逃げられた人間達の姿を思い浮かべる。

 そう言えば國広と呼ばれた男には、額の左側から側頭部を覆う炎のような痣があった。それに明らかに初対面なのに、どこか見覚えがある気もした。

 あれは確か……。

「……まぁいいや。次は絶対喰べてあげないとなぁ、あの女の子。お預けさせた國広も特別に救っておこう」

 童磨は不敵な笑みを浮かべながらそう呟くと、夜闇の中へと消えていった。

 

 

 あの場から撤退した一行は、山に戻って負傷した花柱を介抱しつつ状況整理をしていた。

「クソ、何もできなかった……!!」

「いや、お前の退散の判断は見事だったぜ。下手に攻めればこっちが全滅しかねなかった」

 獪岳は悔しそうに吐き捨てるが、國広は相棒の判断を褒め称えた。

 あの状況では、上弦の弐相手に勝ち目はない。あの場合は追撃よりも撤退が正解だ。

 それに情報という収穫はあった。上弦の弐は冷気を操り、肺胞を凍らせて壊死させる技を使うことで柱だろうと赤子のように捻ることができるらしい。それに万世極楽教という宗教団体の教祖をやっていることから、そこが拠点ということもわかった。

 珍しい人間だからとペラペラ喋ってくれたおかげで、有力情報を得られた。それは鬼殺隊としても願ってもないことだろう。

「この人をいつまでも抱えてるわけにも行かねぇ。相棒、鬼殺隊の応援を呼んで運んでやってくれ」

 そう言って國広は立ち上がると、背中に背負い箱を背負い、愛用の槍を携えた。

「國広はどうするんだ」

「俺はちょっと偵察に行ってくる。奴が来るとも限らない。いざって時は山を捨てるぞ」

「……家を、捨てるのか?」

「命には代えられねぇ。お前らも最悪の場合は俺を切り捨てて逃げろ」

 國広はそう言い切ると、小屋の扉を開けて外へ出た。

 その時!

「フンッ!」

 

 ドッ!!

 

「きゃあああああああっ!?」

 気配を感じ、國広は目にも止まらぬ速さで槍を振るうと、穂先が深々と木に突き刺さった。

 彼の前に立っていたのは、黒い詰襟の上に白い羽織に袖を通した、見慣れた髪飾りをした女性だった。

「……何だ、鬼殺隊か」

「はぁ……はぁ……!」

 國広は呆れた顔で木に刺さった槍を引き抜くと、女剣士は腰を抜かしてへたり込む。

「……その髪飾り、今看病している人とよく似てるな」

「っ!? じゃあ、姉さんを助けて……?」

「やっぱり親族だったか……今ちょうど休んでるぞ。おい相棒!! 勝手に応援来てくれたぞ!! あの人運んで来い!!」

 國広がそう叫んだ瞬間、獪岳と花柱を背負った天明が外に出てくる。

 すると、黒子のような面々が一斉に駆けつけてきた。どうやら鬼殺隊の支援部隊らしい。

「花柱様!!」

「姉さん!!」

「これは酷い……」

「隠の皆さん、早く姉の屋敷へ!!」

 花柱は隠と呼ばれる補助部隊に運ばれていく。

 國広は騒々しいなと暢気に思っていると、一羽の烏が降り立った。

「こんばんは、國広君」

「……? こいつは……」

「まさか……お館様の鎹鴉…!?」

 その言葉に、國広は目の前の烏――産屋敷の鎹鴉を睨んだ。

 すると鎹鴉は、「我が主が君に話がしたいと仰っている」と告げた。

「花柱・胡蝶カナエの救援への謝意をしたい。ぜひ産屋敷邸においでください」

「……お前の部下に言ったぞ。「俺のことを把握してるならやめておけ」って」

「今まではそうでしょう。でも上弦の弐を相手に生き延びた以上、そうも言ってられないはずだ」

 その言葉に、鬼殺隊の面々が瞠目した。

 あの上弦の鬼を相手に、日輪刀も無しに生き延びた。通常では考えられない、文字通り不可能の偉業だ。

 鬼殺隊としては、その情報を喉から手が出る程に欲していたのだろう。

「槍木國広君。我が主・産屋敷耀哉は是非とも会って話がしたいと」

「物好きな野郎だ……」

 國広はフンと鼻を鳴らすと、心底面倒臭そうに頭を掻いた。

 槍木國広と産屋敷一族――運命の邂逅が迫っていた。




後半でちょこっとだけしのぶちゃんが出ましたね。
なお、あの後童磨の視界を介して國広の痣を見た無惨様は絶句してます。(笑)
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