謎のヘルメット傭兵 作:357
早朝、明るくなり始めた空は西の方に暗がりを残しているが時期にそれも消えるだろう。今日はよく晴れていた。天気予報でミケネコ予報士が一日を通して晴れと言っていたので傘を持ち歩く必要はないだろう。出かけるには絶好の日だ。
「楽しみだねーレインマンのライブ!」
「早くロック様と会いたい〜!」
「ディードがワタシを待ってるンデス!」
オシニオス女学園の寮前に女子生徒が三人。パイソンに護衛依頼を出した乃木坂モコ、秋葉シヤ、留学生のモーニング・メスーム。今日は推しアイドルのライブのために早起きして正門前に集合したのだ。各々の手には各担当アイドルの顔写真が投影されるホログラフィー団扇が握られている。
「そう言えば、モコが雇ったマーシナリーはどんな方デスカ? パーフェクトワークしてくれマスカ?」
メスームがふとそんな事を尋ねた。何せ推しのライブに行くのだ。100%満足するためにはチンピラや暴走オートマタによる邪魔などもっての外であり、今日一日自分達の安全を担保してくれる人物の事が知りたいのは当然の事だろう。
「ふっふーん! 聞いて驚いてよ。あのパイソンさんに依頼したんだから!」
「ワッツ?
いまいちピンと来ないメスームはヘイローに「?」を浮かべる。
「メスームちゃん知らないの? 今キヴォトスを騒がせている凄腕傭兵だよ!」
「知りまセーン。どんな方なンデスカ?」
するとシヤがスマホをシャシャシャッと操作してあるサイトを見せる。『月間傭兵ランキング! あなたのお願いを叶えてくれたのは
パイソンは総合ランキングでは第九位だが戦闘能力では三位、依頼遂行能力では四位にランクインしている。
「謎のヘルメット傭兵パイソン! 銅色のヘルメットを被っていて同じ銅色のコルトパイソンを携えた傭兵! 正体は謎に包まれているんだけど、その依頼達成率はなんと97.3%! 依頼料がちょっとお高めだから総合ランキングは低めだけど、それでも今注目の傭兵なんだから!」
「ワァーオ! それはスゴイデス!」
メスームのヘイローに「!」が浮かぶ。
「使っているコルトパイソンはシングルアクション! 普通ならダブルアクションやライフルを使った方が強いけど、パイソンさんが使うとマシンガン以上の連射とスナイパーライフルも凌駕する正確さで一度に六人を倒せるんだから! 今までのお仕事ではあの美食研究会や温泉開発部を単身撃退していて、しかも最新の状態によると拳銃で戦車と戦って勝っちゃったらしいの! 凄いよね! 凄くない!?」
顔を赤くして熱弁するシヤ。手は握り拳となっている。
「シヤ、とっても詳しいデスネ」
「推しについて語るオタクみたいだったよ!」
二人の指摘にシヤはハッとして顔を赤くする。
「え!? あ、あの……実はちょっと傭兵とか探偵とか、そういうのに憧れていて……」
一変して身を縮めてモジモジするシヤ。
「えー! そうなの!?」
「う、うん。それで色々勉強しようとしている時にパイソンさんの事知って、その……今、注目してるんだ」
キャー!とシヤはホログラフィー団扇からハートを投影して顔を隠す。
「それはつまり、シヤはそのパイソンという方のファンという事デスカ?」
「じゃあシヤちゃんは今日、推しに護衛されて推しのライブ行くってコト?」
「ま、まあ、そうなるかな」
「キャー! 何それズルい! 私もそんな体験してみたい!」
黄色く姦しく話しているその時、遠くから三人の耳に唸るエンジン音が入ってきた。朝日の登る方を見てみればシルエットが近づいてくる。その姿は近づくにつれて鮮明になっていき、エンジン音がうるさいくらいに聞こえるようになった辺りでハッキリと見えるようになった。
デュアルアイバイザーのブロンズのヘルメット、同じくブロンズのオフロードバイク。トレンチコートを纏っている。正体を隠して傭兵活動に勤しむ都状フミオのもう一つの姿、パイソンだ。
「き、きたー! 本物のパイソンさんだ!」
小さく跳ねるシヤ。パイソンは三人の前で停車し、バイクから降りた。そして失礼のない距離まで近づいて一礼する。
「『お待たせ。待った?』………『遅かったか……!』『本当に申し訳ない』」
気取った中性的な女性の声、焦った男性の声、イマイチ反省しているか分からない初老男性の声が再生される。彼の言葉に合わせてあらゆるメディアやSNSの音声がクレイジーキルトのように切り貼りされているのだ。
パイソンは謝罪の意を示すため、また一礼した。
「あ、いえいえ! 約束の時間よりもだいぶ早いですから! 大丈夫ですよ!」
慌ててそれを止める三人。実際のところ約束の時間より30分も早い到着だ。ただ彼女たちがそれよりも早かっただけの事である。
「『ありがとう!』『それじゃあまず』『こちらの書類にサインを』『お願いします』。『正式に』『僕と契約して』」
背筋を伸ばしたパイソンは背負っていたビジネス鞄から折りたたみ式のクリップボードを取り出し、表紙を開いて契約書を三人に見せた。護衛時間は契約成立から対象が学生寮に戻るまで。報酬金は40万円。重篤な怪我や荷物の紛失等があった場合は半額になる。その他細かな条件が記載されている。
「ワーオ! 本格的デス! でも、ちょっと待っていてクダサイ」
ヘイローに左から点滅する「…」が浮かんだメスームが、差し出された契約書を端から端まで目を細めて読み込む。一文字ずつ読むかの如く、どこかに不備や罠がないかを入念に確認しているのだ。流石は訴訟と契約書の国の出身と言えよう。まるで油断のない鷹のような目つきだ。
「フムフム……報酬がスコーシお高めな気がしますが、それは特に問題なさそうデスネ」
「『僕と契約』『と言うことでよろしいでしょうか?』」
「ワタシは構いまセーン!」
「私が選んだんだから当然おっけー」!
「わ、私も!」
三人は契約書に連名でサインをする。そして最後にメスームがスマホで写真を撮って書き換え等の対策をして完了。これで今日一日、パイソンは三人の女子生徒の用心棒となった。
「『よろしくお願い申し上げます』。『今日一日』『保安ト奉仕ニ勤メマス』」
正式に契約を結んだ四人は予定していた時間よりも早い午前5時に出発しようとする。ライブ自体の開催は18時で入場は17時、物販の開始時間は9時半だが早めに行かなければ限定サイリウムやTシャツ等の人気限定グッズはすぐに売り切れてしまう。推し活は神速を尊ぶのだ。
「パイソンさんバイクはどうしますか? 良ければ私たちの寮の駐車場に停めて行きませんか。ちょっと寮長に許可をもらって来ればいいだけなんで」
ふと出発直前にモコが提案してきた。バイクには詳しくない彼女たちだがパイソンのそれは明らかに安物ではないし、仮に安物だったとしても寮の前に放置しておくわけにもいかないだろう。
するとパイソンのバイザーがチカチカと光ったかと思うと、バイクのスタンドが一人でに持ち上がり乗り手のいないバイクが自動的に走ってどこかへ去っていった。
「え!? うそ! 何あれかっこいい!」
「パイソンさんのバイクは自動で走るって本当だったんだ……!」
「ミレニアム製なのデスカ? ハイテクデース!」
はしゃぐ三人。パイソンは咳払いをするようにヘルメットのクラッシャーに拳を当て、出発するのではないかと話を逸らした。
「そうだった。それじゃあ行こっか!」
今度こそ四人はライブ会場に向けて歩き出す。まずは駅までの15分程度の道のり、そこから電車に1時間ほど揺られ、着いた逆立ちイルカ駅に降りて20分ほど歩けば会場だ。キヴォトスにおいてはこの1時間半の間に何度トラブルに遭うかわかったものではない。護衛の力は特に期待される。
「はぁ〜……かっこいい……」
ヘルメットに仕込まれたレーダーだけに頼らず、油断なく周囲に危険がないかを注意しているパイソンの背中を見ながらシヤはつぶやいた。
「ねえ、シヤ。そんなに推しているならチェキ撮らせてもらったら?」
「ええ! そ、そんなの悪いよ! パイソンさんはストイックな人らしいし、そう言うの許してくれるかどうか……」
「言うだけ言ってみまショー! レッツトライ!」
「あうあ!?」
二人に押し出されたシヤは転びそうになりながらもバランスを取って持ち直す。講義するように振り返ればそこにはサムズアップする二人の笑顔。
諦め混じり、決意混じりにシヤは覚悟を決めてパイソンの前に出る。
「あ、あの! パイソンさん!」
突然前に立たれたパイソンは頭を傾けてシヤを見る。側からではわからぬが、ヘルメットの下では不思議そうな顔をしていた。
「そ、その、お仕事をしている姿を撮ってもいいですか!? あ、その、やましい目的があるとかじゃなくて、純粋に私の傭兵活動の参考にしたくって………そ、その、ダメならいいんですけどぴっ!」
瞬間、パイソンはアンバーニードルを抜いた。シヤは一瞬で凍りつく。そして脳内に後悔が巡る。そこまで怒らせるような願い事だったか、それとも機嫌が悪かったのか。考えても何もわからない。ただパイソンの後ろの友人二人も慌てて銃を構えていた。
まずい、喧嘩になる。推しアイドルのライブ前に護衛と争いになってしまう。いや、パイソンの実力ならば三人を一瞬で昏倒させるなど朝飯前だろう。そうなればライブどころではなくなってしまう。ここは自分が謝って場を治めなければ!
「ごっ、ごごごっ、ごめんなさい! そこまでお気を悪くすることだとは思っていなくてーーー」
「シヤ! こっちに来て!」
「フォールバック!」
「『俺の後ろへ!』」
パイソンはシヤの肩を掴んで自分の後ろへ押し込めるように動かす。何事か? その答えはすぐにわかった。モヒカン飾りの付いたヘルメットを被った不良生徒たちが空に向けてマシンガンを威嚇乱射し、違法改造バギーに乗って此方へ向かってくるではないか! 至る所にハロウィングッズの頭蓋骨飾りを取り付けている上、側面には「悪で満たす」と書いてある!
「ヒャッハー! アタシらはモヒモヒヘルメット団だ! そこの金を持ってそうな奴ら! 大人しく身包み置いていけ! さもないとギャヒン!?」
発砲音が鳴り響いた瞬間、追加設置された遠望席に座っていたモヒカン生徒が後ろに吹っ飛んでバギーから叩き落とされた。パイソンによる情け容赦のない銃撃だ。
「アーッ!? リーダー落ちちゃったー!」
「野郎! よくもやりやがっーーーちょっと待て! あれはパイソンの姐御だ!」
「停車! ぜ、全車停車!」
キキーッ! 大慌てでブレーキを踏んだ三両はパイソンの目の前で止まった。そして乗員であるモヒカン不良生徒たちが揉み手をしながら降り、パイソンの前まで来るとペコペコと頭を下げる。
「へ、へへへ。パパ、パイソンの姐御〜。ほ、本日はお日柄もよく……」
「………」
媚びるような態度だがパイソンは微動だにしない。彼の後ろのオシニオス生三人は怯え混じりにモヒモヒヘルメット団を睨みつける。
「ここっ、この間はどうもお世話になりました。お陰でトロトロヘルメット団の奴らからナワバリを奪えましたよ。い、いや〜、惚れ惚れするような仕事ぶりでしたよ。へへっ」
「………」
「そっ、そこのお嬢様方は今日の依頼人の方でしょうか?いやあ、可愛らしいお嬢様方で……いやいやカツアゲなんて滅相もない。そのぉ……えっとぉ……ち、ちょーっと道に迷っただけなんですよぉ、はい。この辺に美味しいタコスのお店があるって聞きましてね……」
「…………『メキシコ料理の店は隣のブロックだ』」
パイソンは刺すような人差し指で店の方向を示す。
「で、ですよねー! いや勘違いしていました! それでは失礼しましたー!」
モヒモヒヘルメット団は昏倒したリーダーを回収しつつ、転がるようにして車両に乗り込むと一目散に去っていった。
「『やれやれだぜ』。『お怪我はございませんか?』」
アンバーニードルをホルスターに戻すパイソン。そこへ緊張の糸が解けた三人が興奮気味に近寄ってきた。
「だだだっ、大丈夫です! あ、あの……かっこよかったです!」
「怖かったー! パイソンさん、ありがとうございます!」
「フゥー! 凄いボディーガードデース! この後もヨロシクオネガイシマス!」
弾丸一発で戦闘車両を乗り回す凶暴なモヒカンヘルメット不良女子軍団を追い払う、やはりこの人に依頼を出したのは正解だったとオシニオス生三人は確信した。強さと実績、それに裏打ちされた影響力は頼もしいと言う他ない。
「『ああ、それで』『チェッキー!』『だっけ?』『構いませんよ』」
「え! あ、ありがとうございます!」
傭兵というのは名が知れる程狙われやすくなるが、同時に仕事も舞い込みやすくなる。インターネットが発達したキヴォトスにおいては依頼主にSNSに姿や活躍を投稿してもらうことにより、無料で宣伝ができるという効果があるのだ。
しかしデメリットもある。もしもパイソンが仕事を失敗し、依頼主を不快な気分にしようものならばその名声はあっという間に地に落ちてしまう。SNS戦略は諸刃の剣であり、故に彼は気を引き締めて仕事に取り組むのだ。
「やったね!」
「ワタシも撮らせてクダサイ!」
「か、カッコいいところたくさん撮らせてください!」
若干ながら浮ついた空気になったもののパイソンに油断はない。シャッター音に囲まれながらも三人を害する存在が現れないか、注意深く当たりを見渡すのだった。