アリウス夏イベントのネタバレ注意です
アビドス自治区
タタタタタタタタタタタタタタタタタタ…
走る、走る、走る
ただひたすらに駆ける、風になる、スピードは凄まじく速い、キヴォトスの生徒でもそうそう出せない…否、予めて「人が走っている」と分かっていなければ反応出来ない超人的な速度である、短距離走…というより最早全力疾走、普通の生徒ならば大した距離を走れずバテてしまう…しかし彼女にそんな様子は無い、というよりもこの守月スズミという自警団員にはそれは当てはまらない。
ダッ!ヒュッ!ザッ!バシッ!
障害物があるエリアへと向かい華麗なパルクール、スピードを落とさない事に特化したその無駄の無い動きは非常に洗練されている、この地はキヴォトス、トリニティ自治区以外では爆弾の爆発は日常茶飯事、何かしらの理由で道路が使えなくなったとしても彼女の移動の妨げにはなり得ない。
「…フーッ、フーッ、フーッ、フーッ…んぐっんぐっんぐっ……ふう…銃良し、マガジン良し、閃光弾良し…」
水分補給も忘れない、既に何本か2リットルペットボトルを開けているのか人が頑張れば二人入れる程に巨大なリュックには少しだけ空きがある…もっとも、まだまだスポーツドリンクや水のストックがあるのと同義だが…勿論何時もの銃も邪魔にならないように背負っており、弾薬と閃光弾は何時本格的な長期戦闘が起こったとしても余裕が有る程の量を持っている。
「…ふう…」
この人二人分はある重石を持って夏という暑い時期に全力疾走でマラソンをするなど本来狂気の沙汰である、彼女が普通の生徒であったなら何処かの救護騎士団長が見れば即座にベッドに叩き込むだろうが、単身での戦闘能力という意味ならばトリニティでも5本の指に入る力を持つ彼女は全く普通ではない、どうにか説教だけで済むだろう。
しかしこのキヴォトスでは負傷で力が入らない人を抱えて何処かに運ばなければならない事は当然のようにあるだろう、大きな爆弾を人の密集している空間に設置して爆破すれば十分あり得る。一人を抱えるなら大体60kg、二人を担ぐならば負荷は倍になりバランス調整に両腕が使えない時に負傷者の事に配慮した上でこの動きをしなければならないのだ。
その時己が鍛練不足ならば被害を被るのは12使徒や特殊戦術研究会との縁や鍛え上げられた力という財産を持ち、恵まれたトリニティに住む己ではなく被害を受けた弱者だ。
「…行くか…」
そんな事は許せないのが彼女である、例え正義実現委員会が走り回っても被害が完全にゼロになるわけでは無い、精鋭主義の権化で極めて強靭な軍隊なのは確かだがその数はトリニティ自治区内ならともかく現在の『実質的な支配地』には足りない、その時何かがこぼれ落ちる事だってあるのだ、そんな正義たる彼女達の負担を少しでも軽くし、その手からこぼれ落ちた物を拾う事こそが現在のトリニティ自警団の存在意義である。
僅かな休息の後にリュックを背負い直し、また走り出す、限界を超えても動き続けるぐらいは出来なければ12使徒の相手…ましてや落とすことなど出来る筈もないのだ。
「…で、スズミさん…」
「なんだい?レイサ」
「わ、私にもそれをやれと…?今までは組手だけだったのに…?」
「そうだよ」
「う、うう…もう貴女との組手で体力限界なんですけど…」
「悪は君の体力の回復を待っているのかい?いや、将来成長した君の不調こそが悪にとっての好機だ、限界まで追い込んだ鍛練をした程度で悪を叩き潰せない鍛練など意味は無いよ」
「うう…確かに理論は正しいですけど、普通は限界まで動いたら動けないんですよお…」
「君はこれから目立つからね、続けるのならばそれくらいはやらなければならないと私は思っているよ」
どちらも当然の事である。
宇沢レイサという少女は声が非常に大きい、そして決闘状を送りつける、名乗りを上げるなど目立ちたがり屋な面がある、不良と見れば所構わず喧嘩を売っていた過去も相まって不良からの知名度は悪い意味で高いだろう、限界を迎えた程度で動けなければ消耗した際に策を弄するようになった不良共に集られれば…良い未来は無いだろう。
もっとも、だからといってキヴォトスの生徒だとしても限界まで追い込まれれば動くことは出来ないのは人間というより生物として当然の事である、体力を全て失ったから限界という状態であり、ここから動くというのは本来不可能な事なのだ。
「走るよ、戦闘が出来ない状態なら逃走しなきゃならない…私は持ってきた荷物を背負いながら『敵として』君を追いかけて撃つから君は私から逃げるんだ、取り敢えず…まあ今日の所は閃光弾は使わないであげよう、それは明日以降だ」
「嗚呼…」
「私も
「少しは疲れてるのは分かりましたけどそんなクソデカ大荷物背負いながらそれで平然と何時もの調子で組手って体力可笑しくないです!?そんな運動してるだなんて思いませんでしたよ…てっきり普通に電車で来たのかと…」
「常に鍛練、それだけの事だよ…さて、目標としては『敵』である私から逃げて、或いは突破して今のこの指定した地点に戻ってくる事だ、最善としては今日のアビドスの最終便に間に合う時間までにここに到達出来れば良いけど…まあ出来なかったら夜通し、というか泊まり込みかな…」
「……??」
「ああ、スポーツドリンクと水と食糧は好きなだけ持って行って良いよ、その分君の荷物の重量が増えて私の負荷が減るから取りすぎはお勧め出来ないけど…」
「ま、待って下さい、ちょ、ちょ~っと厳しすぎませんか?それに明日以降は閃光弾を使うっていう口振りじゃ無いですか、あと移動しながらの銃撃戦なんて周りの迷惑…に…」
「はならない、ここはとても広いゴーストタウンだからね、アビドス廃校対策委員会にも許可を取ってある」
「う、うう…」
「この間モモトークで鍛練をした後に『次はどんな鍛練をしたい?』って聞いて君が『一番良いのを頼みます!』って返してきたからこの大きなリュックとか保存食とかキャンプ道具とかこの量の水分を用意してここまで走って持ってきたんだ、やると言ったのは君の筈だが…」
「あ…」
違うのだ、あの時は何時ものようにスズミに鍛えられて体力が限界で電車に乗った時に疲れからか内容について意識を向けられず何処かで聞いた台詞を入力しただけなのだ。
今ここにいるのもスズミから「一番良い特訓です」と言われただけで何の準備もしていなかった、精々少し気合いが入っていたくらいである。
「わ、私は泊まり込み用の道具とか持ってないですけど…」
「君は戦いに行くときにわざわざキャンプ道具を持っていくのかい?鍛練とすればむしろ良い状態だ、そしてこの状況を想定していないのも反省に、そして君の糧になる」
「…ハイ…」
「その反応からしてどうやら君にとってはこれは想定外だったようだが…消耗した状態で強者に追いかけられるという経験をハンデ付きで経験出来るのは私としては良いことだと思っているよ、わざわざアビドスまで来て『普通の鍛練』をすると思っていたのはマイナスではあるけどね」
「うう…何も言えません…」
「まあ、ミスは誰にでも有ることさ…それに私も近々これをやろうと思っていた、計画だけは前々から立てていたからね」
「へ?どういう事です?」
「七囚人の事は知っているね?」
「あ、はい、ヴァルキューレの人が確かそう言ってたような…」
「七囚人の一人は『伝説のスケバン』栗浜アケミなんだよ。…ヴァルキューレの資料を見せてもらったけど彼女は情に厚い性格だと聞く、そしてその力も並みの物じゃない、文面から見る限り正面から対抗できるのは正実の委員長や選抜中隊、救護騎士団の団長…それか12使徒じゃないと厳しいだろうね、前者3つは基本的にトリニティにいるから向こうからわざわざ来ない限りあまり期待出来ない、となると12使徒だけど、どうにも今は補講で時間が取れないみたいだ、そもそも今の時期はトリニティ全体がエデン条約で忙しいみたいだからね…SRTも半分潰れてるから難しい、まあ直ぐに捕まえるのは恐らく無理だろう」
「…って事は、スケバンとも争ってた私は…」
「狙われる可能性は決してゼロではない、一晩寝れば戦果が無意味と化す12使徒よりかは与し易いと見てこちらに来るかもしれない、私はスケバンの思考回路はわからないが…まずは勝てる相手から行くというのは普通の事だ」
「……」
「どうかな?」
あくまで可能性の話とは言えども武闘派の囚人に狙われて恐怖を感じない程宇沢レイサは人間を辞めていない、しかし──正義を志すその心根が変わる事もまたあり得ない。
「やります、やりましょう…いえ…特訓を始めましょう!!!」
「良いね、調子が戻ってきたかな…遭難したりギブアップをしたい時、昼ならばこの赤の発煙筒を、夜になっていたらこの赤の閃光弾を上空に投げて使うんだ、それぞれ50個程持っていってくれ。私は高いところから見下ろす事が多くなるから気づける筈、…さて、私は3分待つ、『敵』である私を潜り抜けるか倒すかしてこの地点にまで戻って来るのを目標とする、それじゃ…特訓開始だ」
「っ…!」
走る、走る、走る
まずは兎に角距離を離す、目視出来る範囲で痕跡を消しても意味が無い、組手で体力は残っていない、身につけたスポーツドリンクと水は足に重くのし掛かり、絶対に手放せない緊急用の発煙筒と閃光弾は走る行為の邪魔をする、何時でも食べられるように胸に仕舞った携帯保存食はバランスを崩せば落ちてしまうかもしれない、しかしそれでも足を動かして逃げなければ容赦無く撃たれる事は明白である。
宇沢レイサの特訓は始まったばかりだ。
「…」
mail:エデン条約調印式について
今回の作戦ではアバンギャルド君は一機も出て来なかった、普通ならざっと1000人を使った大規模攻勢の際には3、40は出てくるだろうが来ていない、まだ本命が有る可能性が極めて濃厚だ、敵の大目標はわからないが時期からしてエデン条約の妨害を想定して動く事にする。
南1キロの場所でカズと共に何かあった時に備えて欲しい、他四方も北は便利屋68、西はゲーム開発部、東はアビドス廃校対策委員会を配置した。
もうカズは了承したためこれを断ってトリニティの守りを固めるのも一つの手だ、今まではこちらからして上手く行っていたが油断は禁物だ。
敵の本拠が判り次第上記3組も伴ってトリニティの総攻撃を仕掛ける、そちらも自己判断で動いて欲しい。
「…ふむ…了承、…と」
トリニティの走る閃光弾が正義の為に動かない筈も無い、ましてや戦友の頼みとあらば。
「さて、まだ経過は2分だけど行くとしよう、『敵が約束など守る筈が無い』からね…」