フィジギフボーイ   作:全智一皆

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序章「プリキュアとの邂逅」

 

■  ■

 その日は、別に何もない普通の日の筈だった。

 私立ソラシド学園に通う中学二年生の少年、天野ソウは、そう思っていた。

 いつもの様に7時丁度に起きて、親におはようを言った。朝食にトースト一枚を食べて歯磨きをして、着替えて家を出た。

 特にやる事もなく、ただ適当に街を散策して、どこかで昼食を食べて、家に帰って、ゴロゴロと過ごしながら今日を終える。

 そんな事をして終わると思っていた日常は、しかし全く異なる展開に向かっていた。

 

「えぇ…?」

 

 目の前の現実は、あまりにも理解し難いものだった。

 街を散策し始めてから数十分。何か叫び声の様なものが聴こえる様な気がした天野は、何処からだと耳を頼りにしながら声の方へと向かった。

 すると、どうした事だろうか。其処には同い年の幼馴染である虹ヶ丘ましろが居て、さらにはその真上では赤子を抱いた少女が落下しているではないか!

 これには、さしもの思春期真っ盛りで好奇心旺盛な中学二年生であろうとも腑抜けた声を漏らす他なし。

 まず一人の人間が空から落ちてくる事自体が不思議だと言うのに、その人間が赤子を抱えながら落下しつつあるのだ。これを見て普通に反応出来る人間が居るなら、その人間はきっと度胸が限界突破しているのだろう。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 理解し難い現実に腑抜けた声を漏らしはしたものの、天野はすぐにハッとして近くの壁目掛けて駆け出した。

 

「えっ、ソウくん!?」

「ましろ、ちょっと離れてろ!」

 

 突如、壁に向かって駆け出した幼馴染に驚いたましろ。対して、天野は視線を落下を続ける青髪の少女と淡い紫髪の赤子に向け、すぐに壁へと向き直る。

 少女との距離にして約3m。こうして壁に向かっている間にも、その距離は確実に縮んでいく。

 そんな状態で、天野がやろうとしている事とは何か―――それ即ち、少女の救援である。

 

「よっと」

 

 右足を前に出し、足首と爪先に力を込めて前方へと跳躍する。

 まるで投げられたボールの如く、少年の体が軽々と宙を舞う。

 体の芯を捉え、空中でくるりと体勢を変えて、少年は壁を踏み台にして再び空を舞う。

 

「えぇ!?」

「動くなよ! 動かれたら無事にキャッチ出来る保証ねぇぞっ!」

「わ、分かりました!」

 

 垂直に落下しつつあった少女を、ジャストタイミングで捕まえる。

 ここまでは予定通り。だが、言ってしまえば彼が予定していたのはここまでで、ここから先の事は想定していなかった。

 少女は垂直に落下していた。顔面から地面までを垂直に、だ。そんな状態の彼女をキャッチする為に、彼もまた無理な体勢で宙を舞った。

 天野と少女の体勢は同じで、垂直という訳である。要するに―――このままでは、二人仲良く顔面から地面とキスをする破目となるのである。

 

「これヤッベェな、どうやっても体勢変えるのは間に合わん…! すまん、ガチガチに硬いが俺がクッションになる他なさそうだ!」

「それはっ、貴方は大丈夫なんですか!?」

「安心しろ、トンカチよりも頑丈だ! ただ衝撃を押し殺せるか分からん!」

「そんなぁ!?」

「地面とキスするよりゃマシだろ! 俺だって地面とキスするなんざゴメンなんだ! しっかり赤子抱いとけよッ…!」

 

 歯を食いしばり、自分の背中を地面へと向ける様に体勢を変える。

 衝撃は完全には逃し切れないだろう。天野に出来るのは、受けられる限りの衝撃を自分が受けて、少女と赤子に伝わる衝撃をできるだけカットする事だけだ。

 距離が縮まる。地面が迫っていく。その瞬間が近付いてくる。

 

「えうっ…!」

 

 赤子の声が聞こえた。か弱く、されど意思の籠もった確かな声だ。

 その声が聞こえた瞬間―――速度が失われた。

 

「は?」

「え?」

 

 加速が停止し、重力が消失した。

 二人の体が自然と引き離され、ゆっくりと地面へと近付いていき、その地に足が着く。

 二人に続く様に降りてきた赤子を、少女がキャッチした。

 どういう原理かは分からないが、取り敢えず全員無事である。

 

「えぇ…なにこれ」

「ふぅ…セーフ」

「えいっ、きゃっ!」

「さっき落ちかけたってのに、楽しそうに笑いやがって…赤子ってすげーな。空の旅はそんなに楽しかったかー?」

「あうっ!」

「そっか。そりゃ何よりだよ」

 

 太陽の様に眩しい笑顔で返されると、天野は先程の落下で体に走っていた緊張が消え去った。

 どっと湧いて出た疲れが笑みに出ながらも、しかし天野は安堵した。自分と隣の少女の安全は、無事に確保された様だ。

 

「そっちは怪我はないか?」

「あっ、はい! 先程はありがとうございます!」

「気にすんな。って言いたい所なんだが…俺の目がおかしくなければ、お前、空から降ってきたよな?」

「え?………………あー! そ、そうでした! す、すみません! 困らせてしまいましたよね! わたしも実はかなり困っていた所だったのですが! 王女様が誘拐されたのを追い駆けていたら何時の間にか空の上で……というか、此処は何処なんですか!? あの大きな塊は!? あの不思議な看板は何ですか!?」

「ちょちょ、近い近い! 落ち着け、落ち着けって! おいましろ! お前もコイツ止めるの手伝え!」

「はっ! え、えっと、ターイムッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その言葉と共に、静寂が訪れる。

 暫くの時の後、赤色の信号が青へと変わり、車が走り出す音が静寂を破る。

 二人の少女は顔を合わせ―――

 

「これ、夢だぁ」

 

 そういう結論に至った。

 

「夢じゃねぇだろバーカ」

 

 だが、天野ソウは二人の結論を完全に真っ向から一刀両断で斬り捨てた。

 

「はじめまして、夢の中の人。わたしはソラ・ハレワタールです」

「わたしはましろ。虹ヶ丘ましろだよ。それで、この人はソウくん。わたしの幼馴染」

「もう夢って(てい)で進むのね…。あー、ご紹介に与った、ましろの幼馴染のソウだ。天野(あまの)ソウ。よろしく」

 

 どうやら、ソラとましろはこの出来事を完全に夢の話にしたいらしい。

 天野は一々説明するのも面倒だ、と肩を竦めて夢という体で話を進める事にした。

 

「鉄の箱が走るなんて、魔法の世界は凄いですね! この夢の街、名前は何ていうんですか?」

「ソラシド市だよ」

「改めて聞いても独特な名前だよな、ソラシド市…住んでて言うのもなんだけど」

「そうですか? わたしは良い名前だと思いますよ!」

「そうかね? 良い名前で言うなら、ハレワタールの方が良い名前だろ。空・晴れ渡るってな。なぁ、ましろ?」

「うん! 素敵な名前だね!」

「本当ですか!? ありがとうございます! お二人も、良い名前ですね!」

「そりゃどーも。そういや、ましろ。お前、そんな手帳持ってたか?」

 

 ふと、視線をましろが持つ手帳へと移す。

 筆記体の英語の様な文字が書かれた革製のカバーの手帳だ。ましろが普段持っている可愛らしいものとは違う、中世辺りの時代にありそうな手帳である。

 その手帳に、ソラが反応を示した。

 

「あ、これ? もしかして…」

「はいっ、わたしのです! 拾ってくれてありがとう!」

「それ、なんて書いてんだ? 元から英語苦手なのもあるんだろうが、ぜんっぜん読めねぇ」

「これですか? これは、スカイランドの文字で、わたしの―――」

 

 ドォンっ―――!!!!!

 言い切る前に、何かが激しく打ち付けられた様な衝撃と轟音が響く。

 

「わぁ!? 本当に何でもありだよ、夢の中ー!」

「いや、だから夢じゃねぇって」

 

 突然の衝撃音に驚きながら、未だ夢だと言うましろにツッコむ天野。

 肩を竦めながら、大きな体の影が砂煙の中に有るのを確認する。

 耳を澄まし、目を凝らし、感覚を研ぎ澄ます。

 

 天野ソウ。私立ソラシド学園在学、中学二年生。特記事項―――フィジカルギフテッド。

 ソラを助けんとした行動から見て分かる通り、天野の身体能力は常人のそれではなく、超人的だ。言葉を選ばずに言うならば、明らかに常軌を逸している。

 もはや異常の域にまで達している身体能力は、世界の頂点に立つアスリートと比べてもぶっちぎりで天野に軍配が上がる。

 また、その身体能力だけに限らず、五感を含めた肉体の全てが常人の比ではない。

 そんな彼だからこそ、常人では聞き取れない、聞き分けれない様な音も聞けるし、霞に紛れても見えるし、感じ取れないものも感じ取れるのだ。

 

 呼吸の音を捕る。人間よりも僅かにテンポが早い。口呼吸というよりは鼻呼吸に近しい音、人間というよりは動物が近いが、動物っぽさの中に僅かな人間臭さが混じっている。

 容姿を直視する。体格は大きめ。顔も、人間よりも明らかに大きい。動物の顔を頭にした様にも見える。

 感じ取れる雰囲気―――或いは、その人が持つ空気。隠しても隠しきれない、善か悪かのどちらかの気配の様なもの。

 善か悪か、どちらかで判断するならば―――悪。

 

「許さないのネン、ソラっ…!」

 

 煙が晴れて、その姿が顕になる。

 紫色の肌を持った、某世紀末の世界のチンピラを思わせる様な格好の豚人間が、其処に立っていた。

 

「……俺もこれが夢だと疑いたくなってきたな。ありゃコスプレと言うには精密過ぎる」

「誰がコスプレなのネン! これは俺様の、カバトン様のありのままの姿なのネン!」

「あっそ。知らなくてもいい情報をどうも、豚野郎」

「豚野郎…!? 目標変更なのネン、ソラだけじゃなく、お前も叩きのめしてやるのネン! お前達を叩きのめした後に、王女を攫うとするのネン!」

 

 キッと天野とソラを睨めつける怪人―――カバトンに、しかし天野はやってみろと凶悪な目つきで睨み返す。

 大声と睨みに、王女と呼ばれた赤子が怯える様に小さく声を上げて顔を背けた。

 

「えるぅ〜…!」

「大丈夫ですよ、わたしが守ります」

「赤子が怖がってるんだ、ついでにその醜悪な(つら)これ以上拝みたくない。だからさっさと帰ってくれ。帰る小屋(おうち)は分かるか? トイレと布団付きな上に毎日三食食べさせてもらえる、冷たい床と鉄格子で出来た部屋がある場所だ。つまり豚小屋って事、お前にはお似合いだな?」

「確実にボッコボコにしてやるのネンっ!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、カバトンの視線が四人から斜め後ろのショベルカーへと移る。

 何をするかは分からない。だが、これから起こる事は決して良い出来事でないのは確かだ。天野はそれを確信し、三人を守る様に一歩前に出て身構えた。

 

「カモン、アンダーグエナジー!」

 

 掛け声と共に、悍ましさを隠しもしない闇色のエネルギーが地面から現出する。

 それは斜め後ろにあったショベルカーへと吸い寄せられる様に集まり、そして―――

 

『ランボーグ〜……!!!!』

 

 ショベルの両腕を持った怪物へと変貌を遂げた。

 大きさにして約5メートル。人間など呆気なく踏み潰す事が出来る程の巨体を持った怪物の出現に、その場に居合わせた人間達が騒々しくなっていく。

 

『ランボーグッ!』

 

 怪物が両腕を叩き合わせば、強風と共に鉄塊と鉄塊が殴り合った様な鈍い音が鳴り響く。

 恐怖が彼らを支配し、すぐに体を駆り立ててその場から逃げ去る。大人も子供も、誰もが逃げ出した。

 四人の子供を除いて。

 

「夢じゃない! これ夢じゃないのー!?」

「だから最初から夢じゃねぇつってんだろバカ。ふんっ」

「あたっ!?」

 

 ここまでやっても尚、夢を疑うましろの脳天へと手加減した軽い手刀を振り下ろし、天野は改めて目の前の怪物と向き直る。

 なんとも非現実的な状況だが、残念ながらこれは変えようのない現実だ。誰が何と言おうと、これは紛れもないリアルでありファンタジーではない。

 つまり―――何もしなければ、此処で死ぬ。

 

「平和が退屈だと思った事は何度もあるが、それが実際に壊されると思ったより面倒だな。さてさて、あれは倒せるのかね…?」

「…ましろさん」

「は、はい!」

「この子を頼みます」

「え…?」

 

 拳を合わせ、どう立ち回るかを思考し始めていた天野は、それを停止させて振り返る。

 抱えていた赤子をましろに預け、覚悟を決めた目をしたソラが歩を進めんとしていた。

 

「ハレワタール、一応聞くけど何するつもりだ?」

「多分、ソウさんと考えている事は一緒です」

「…お前すげぇな。尊敬するぜ、ハレワタール」

「え…ソウくん、ソラちゃん、何を…?」

 

 二人が前に出た。その理由を、ましろはすぐに理解した。

 戦うつもりなのだ。逃げずに、目の前の怪物と―――真正面から。

 

「ダメっ、行っちゃダメ!」

 

 無意識に、ましろの手が伸びてソラの手を掴んだ。

 

「あ…」

 

 掴んだ手は、震えていた。

 その隣の少年もまた、緊張している様に冷や汗をかいていた。

 誰一人として、平然とはしていない。その胸の内には、恐怖が宿っている。

 だが―――それでも、彼らが背を向けない何かがあった。

 

「大丈夫かよ、ハレワタール。手震えてるぜ?」

「ソウさんこそ、冷や汗をかいていますよ」

「違うって言いたい所だが、実際そうなんだろうな。緊張してるよ、ぶっちゃけ怖い。でも、引けない理由がある」

「何をごちゃごちゃ話してるッ! 皆まとめてぶっ飛ばしてもいいのネン!?」

 

 怪物が大きく前に出る。

 ズシンっ…と、衝撃が地面を伝って体を揺らす。恐怖心を煽られる、震えこそしないが冷や汗が止まらない。

 天野は僅かに後ずさった。けれど―――ソラは、引かなかった。

 

「相手がどんなに強くても、正しい事を最後までやり抜く。それが―――ヒーロー!」

「…っ!」

 

 どくんっ、と心臓が大きく脈打ったのを感じる。

 自然と、笑みが溢れた。恐怖心は消えていない、緊張だってしたままだ。けれど、天野ソウは笑った。

 その言葉に、その覚悟に、胸打たれたのだ。

 男ながらに何と情けない事か。彼女は引いていない、彼女は決意の元に前に立っている。恐怖も緊張も全て振り払って、己が信念と共に立ち向かおうとしている!

 

「ははっ―――最高だぜ、ハレワタール。そういうのは大好きだ!」

「行きます!」

「応ッ!」

 

 二人の少年少女が走り出す。

 不思議だ。恐怖も緊張も消えていないというのに、何故だか足が軽い。まるで羽撃いているかの様な感覚だ。

 これなら、いっそ本気で空を舞えてしまいそうだ。そんな錯覚をしてしまう程に、天野は自分の足の―――否、体の軽さを実感していた。

 

「ソウくん、ソラちゃんっ!」

「時間を稼ぎます! 逃げてください!」

「でもっ!」

「ましろ、必ず戻る! だから早く行け! その王女様を頼んだぞ!」

 

 二人をましろの呼び止める声を振り切って、怪物へと突撃する。

 

「さぁ、やろうぜバケモノ! 今日の俺は絶好調だ、最高の出会いに感謝して思いっ切り喧嘩してやるよッ!」

 

 未だ幼き暴君は、その力の一端をついに解放するに至る。

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