フィジギフボーイ   作:全智一皆

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第二話「友達」

 

■  ■

「あぁァァァァァァ……………………くっそ疲れた」

「えうっ!」

「心配どうも、王女様」

 

 虹ヶ丘家の屋敷内にて。

 柔らかいソファに無遠慮に腰掛けて沈みながら、天野は天を仰いでいた。

 そんな彼の様子に顔を暗くするのは、王女(プリンセス)と呼ばれた赤子―――エルだ。

 天野は出来る限り、明るい声色を保ちながらも、しかし天を仰ぐ事を止めなかった。

 

「疲れた、じゃないよッ! ねぇ、本当に何ともないの!? 怪我してるけど、痛くない!?」

「心配はありがたいけど、今はちょっと静かにしてくれ…頭が痛い」

「あっ、ご、ごめん…」

「謝らなくていい。心配、あんがとな」

「ううん……いいの。生きて帰ってきてくれて、本当に良かった」

「おう。…じゃ、色々と話していくか。っても情報なんざ、そう多くはねぇけどな」

 

 天野の言う通り、情報は決して多くはない。

 スカイランド―――天野やましろが生きるこの世界とは異なる世界、我々で言う所の異世界がある事。

 エルとソラはそのスカイランドの住民であり、異世界人である事。その逆もまた然り。

 エルを狙ってきた敵の名前はカバトン。彼が使役した怪物の名前はランボーグ。

 そして―――ソラ・ハレワタールはスカイランドにおける伝説の戦士『プリキュア』、キュアスカイに変身出来る事。

 エルが何らかの力を働かせた事によって、ソラの心に呼応する様にスティックがソラの胸元から現れ、それを使用してキュアスカイへと変身した。

 結果として、ランボーグはソラが撃破し、その使役者たるカバトンは天野によって彼方まで吹き飛ばされた。

 多くの人にその姿を見られた四人は急いで―――ソラと天野の二人がそれぞれましろとエルを運んで―――自宅へと帰還。

 そして、今に至るという訳だ。

 

「スカイランドにプリキュア…色々と訳分かんねぇけど、取り敢えずは二人をそのスカイランドとやらに帰す方法を…」

「いえっ、私よりもこの子を優先してください!」

「ソラちゃん…」

「約束したんです。この子を、お母さんとお父さんの元に届けるって…。ヒーローは、泣いている子供を見捨てません!」

「あぁぁぁぁぁ!!!! うぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 ヒーローが赤子を泣かせた。

 大きい声をいきなり出してしまって、それに驚いたのだろう。

 天野は頭を抱えながらもニヤニヤと笑っていた。

 

「あーあ、いきなり大きい声出すから泣いちゃったな。どうすんだー、ハレワタール?」

「うわぁぁぁ、ごめんね!?」

「そ、ソウくんっ、どうしよう!? いないないばーすれば良いのかな!?」

「いや、俺に聞くなよ。あー…多分、腹減ってんじゃねぇの? ヨヨさん、ミルクとかってあります?」

「えぇ、あるわよ。よかったら作ってみる?」

「俺が? 経験としてはありがたいですけど、遠慮しときます。今ちょっと体怠いんで…」

「分かったわ。貴方も頑張ったでしょう、ゆっくり休んでいきなさい」

「…どーも」

 

 僅かに眉を潜めながら、さらに体をソファへと沈める。

 泣き声が頭痛の勢いを加速させるが、それに何かを思う気力すら今の天野にはなかった。

 尋常ではない疲労感。常人であれば既に気を失っても仕方のない程の疲労を全身で受け止めながら、しかし意識を保っている。

 休憩は大した意味をなさない。たかが少しの休憩で取れる疲労ではないのだ。

 

(……明らかに、前とは違う)

 

 肉体の変化は明らかだった。

 外見が、というよりは中身が、完全に変貌していた。

 いや、これこそ本来あるべき姿と言うべきか。無意識の内に抑え込んでいた力を完全に解き放った結果であると、そう表現すべきだろう。

 あの世界で―――更地の上で、天野ソウは肉体の枷を自ら破壊した。原因はあれ以外にはないだろう。

 もしかしたら、この疲労感も戦いによるものではなく……精神、或いは魂が肉体に追い付いていないのかもしれない。

 

「どっちにしろ、キツイ事に変わりねぇけどな…」

「ソウさん、ソウさん!」

「はい?」

 

 落ちかけた意識が水面から顔を出す。

 ゆっくりと顔を上げると、ソラとましろが目を輝かせて天野を見ていた。

 

「よくお腹が減ってるって分かったね?」

「いや、赤ん坊が泣く理由なんざそんくらいだろ。んでもってハレワタールはやけに手馴れてんな」

「歳の離れた弟が居るから、慣れてるんです」

「へぇ、弟居んだな。なんか意外」

「そうですか?」

「なんだろ、ハレワタールは妹っぽさを感じる」

「妹っぽさ…?」

「それそれ、まさしく純粋って感じのそれよ。ましろ分かる?」

「…なんとなく」

「うーん…、わたしはよく分かりません…」

「だよなぁ…ま、別に気にすんなよ。それよりほら、王女様がお眠だぜ?」

 

 こくり…こくり……と、エルが首を打っている。瞼も落ちかけている、満腹になって眠くなったのだろう。

 赤子が過ごす日常とはかけ離れた、騒がしい日だったのだ。仕方ない。

 

「話進んだろ? ほら、上がった上がった。俺はもちっと休んでから行く」

「うん、分かった。行こ、ソラちゃん」

「はい。それでは、ソウさん。また後で」

「おう」

 

 ―――二人だけが残る。

 仰いだ顔を戻し、対面する様に座っている幼馴染の祖母へと目を向ける。

 穏やかな笑みを浮かべている。だが、天野はそれを疑っていた。

 

「……ヨヨさんさ、なんか隠してるよね」

「そう思う?」

「えぇ。大部分は勘だけど、引っ掛かる部分もある。アンタ、『貴方も頑張ったでしょう』って言ったけど…ましろはハレワタールの説明をしただけで、俺の事は説明してなかったよな」

「あら、それは貴方の状態を見れば分かる事じゃないかしら?」

「確かにな。でも、だったら掛ける言葉は『疲れたでしょう』…じゃないか? アンタは『頑張ったでしょう』って言ったんだ。まるで、全部見てたみたいな言い草だと俺は思うんだが」

 

 労いの言葉に変わりはなかった。だが、それにしてはおかしな言葉であるという事実にも変わりはなかった。

 お疲れ様ではなく、頑張った。その光景を見ていなかった筈なのに、まるで最初から全てを視ていたかの様な言い方。

 それに疑問を抱き、指摘した天野に対して、しかし虹ヶ丘ヨヨは相も変わらず穏やかに笑っている。余裕の一切を損なっていない。

 

「ふふ、そうね…隠している事は否定しないわ。けれど、貴方やあの子達に害をもたらす様な事ではない。それは信じてちょうだい」

「……はぁ。そーですか。まぁ、アンタがわざわざましろに迷惑掛ける様な事する人じゃないのは知ってるから、多分それには意味があるんだろうな」

「鋭い指摘だったわよ。成長したわね」

「ちょちょ、良いですって褒めなくて。この歳にもなって…」

「まだ子供よ? 褒められる内に褒められておきなさい」

「……やっぱアンタ苦手だよ、俺」

「ふふ…貴方も、今日は泊まっていきなさい。もう遅い時間よ」

「えー…」

「昔はよく泊まっていたでしょう?」

「それまだ幼稚園の頃とかだろ!? そんな昔の事引っ張り出さないでくれよ!」

「ましろさんとお風呂に入ってたわね、懐かしいわ」

「思い出させないでくんない!? 年頃の男子にゃ恥ずかしいっての! あーっ、上行ってきます!」

 

 逃げる様に、素早く階段を駆け上がる。

 ペースを崩され、過去の思い出を掘り返されるのは男子中学生には些か恥ずかしいというものだ。

 特に女子との風呂という思い出は。羨ましいな天野貴様。

 

「ましろさん。私は貴方の騎士として―――」

「え、えーっと…」

「何してんのお前ら」

 

 部屋に上がって目に映ったのは、騎士宣言する異世界人とそれに戸惑う幼馴染。

 先程の羞恥は何処へやら、真顔でツッコみが出てしまった。

 

「あ、ソウくん! もう大丈夫なの?」

「まぁ、な。で、ハレワタールは何してんの?」

「ソウさん! 本日は、多大なご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした!」

「いきなりだな」

「ましろさんだけでなく、ソウさんまで巻き込み…大怪我をさせてしまいました。ですから、私は騎士として」

「ふんっ」

「あいたっ!?」

 

 パンッ! と、乾いた音が鳴る。

 膝をつき、忠誠を誓う騎士が如き有り様だったソラの額へと天野のデコピンが打ち込まれ、何をされたのか分からない様な表情で面を上げる。

 頭を掻きながら、天野は堂々と向き合う。

 

「巻き込まれたって言うがな、ましろはともかくとして俺は自分からお前に並んだんだぜ。自分の意志でお前の隣に立って、戦ったんだ。謝罪の気持ちがありがたくないとは言わんが、そりゃ自分(てめぇ)の意志でお前と戦った俺への侮辱だ」

「っ、それは…すみません」

「そんでな、お前は重く捉え過ぎ。わざわざ騎士とか言い張る必要ねぇよ、俺もましろもお前にそういうのを望んでる訳じゃねぇんだよ。な、ましろ」

「うん。騎士なんてする必要はないよ」

「では、どうすれば…」

「そんなん―――普通に『友達』で良いだろ?」

 

 快活に笑って、手を握る。

 友達―――修行に明け暮れ、友達が居なかった自分に……友達。

 

「〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!! はいっ!!」

 

 嬉しかった。嬉しくない筈がない。

 初めての―――友達なのだから。

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