超巨大学園都市キヴォトス。
数千の学園がそれぞれ運営する自治区と、全体の行政を担う連邦生徒会により構成されている連邦都市。
天使にも似たヘイローと呼ばれる光輪を持ち、個々に羽や角などの特徴を持つ人間の少女達が日夜銃撃戦を繰り広げている超銃器社会。
そんな殺伐とした世界の一角。連邦生徒会の管理が及ばず、非常に治安の悪い治外法権エリア"ブラックマーケット"にポツンとある寂れた喫茶店は、とある三人の貸し切りとなっていた。
「まさかこうして、気軽に先生とゆっくりお茶をする日が来ようとは……それもこれも、ストームさんのおかげですかね」
一言で表すならば黒。
黒い手入れの行き届いたスーツを着込み、黒いネクタイ。手には黒い手袋をしており、白寄りのワイシャツの隙間から除く肌も伸びる首も影に塗りつぶされたような無機質な黒。
顔の部分すら黒く、右目の発光部とそこから伸びる亀裂がなければ顔の前後を把握するのも少し時間が掛かるであろうその男は、本人も気に入っていると言い、自身のことを「黒服」と名乗っている。
「私としては気楽とは言い難いけどね。でも友人からの誘いには応えたいという葛藤の末だよ」
黒服に言い返す男は、キヴォトスにおいて連邦捜査部「シャーレ」の担当顧問という特殊であり強力な肩書と特権を持っており、キヴォトスの外から来た不可解な存在。
おしゃれでありながらも落ち着いた色合いのスーツを着こなしてはいるものの、その顔を隠すように書いた本人曰く高精度の似顔絵を貼り付けた人物は、この「生徒」と呼ばれる少女達が生活する世界において唯一の「先生」であり、ただの人間。
「相変わらず君達は仲が良いのか悪いのか分からないね。まぁ僕としても何となく時間が出来たから呼んでみただけで、二人とも来るとは思わなかった」
先生の後に口を開いたのは、僕、私、俺、場合に合わせて一人称をコロコロと変え、へらへらと胡散臭い笑みを貼り付ける男――ストーム1。
その昔は外の世界で先生と知り合いであり、黒服曰く外の更に外から来たバグの様な存在。
この世界で少女達は銃弾を受けても基本的に気絶をするだけで済むが、ヘイローという光輪も無くただの人間である先生は命に関わる。異質な存在である黒服ですら負傷をする……が、ヘイローも無く、そんな少女達を単独で鎮圧できてしまう存在。
本日は、そんな三人がストーム1が所有している寂れた喫茶店に集まっていた。
「逆に言えば二人だけしか来なかったのでは?」
黒服がストームに問えば
「こんな時に呼べそうな知り合いって、二人しかいないから……出席率百パーセントなんだよね」
胡散臭い笑みのままストーム1が返す。
「そうなのかい? ブラックマーケットに来ると必ずストームの噂は聞くから、結構慕われているのかと思っていたよ」
少し驚いた声で先生が問えば
「先生風に言えば不良かな? 不良の子達が言うには、"胡散臭すぎてお茶とか無理"らしい。先日面と向かって言われたんだ……警戒心がちゃんとあって泣きそうになったよ」
へらへらと答える。
この時、黒服と先生が何となく分かるな。と思いを同じにしたことは、誰にも分かる事はなかったが、そんなゆるい空気で傍から見れば異質なお茶会は進んでいく。
「そういえば最近のアビドス高校はどうですか? 相変わらず気にかけているのでしょう?」
「おかげさまで。君が膨らませてくれた借金返済をしつつ、片手間に生徒募集の活動をするぐらいの余裕はでてきたよ」
「心外ですね。アビドスの災害はただの現象、借金はカイザーPMC元理事の手腕によるもので、私は少し手をお貸ししていただけです。私はちゃんと神秘もお返ししたでしょう?」
「今回の一件を"返したから良いだろう"なんて考えで終わらす優しさなんて、生憎私は持ち合わせていないよ。黒服」
「しかしルールに則った解決には至っている。既に終わったことであり、私は損までしました。まぁ尤も、一番割りを食ったのはカイザーPMC元理事でしょうがね」
「探究心があるのはいい。利益追求も一つのあり方なんだと思う。でもそこに生徒を巻き込むのは大人のやることじゃない。もし巻き込んでしまったのなら、最後まで責任を持って生徒達に応えてあげるべきだ」
「何故その結論に至るのか。これが分からない。ねぇ、ストームさん」
「生徒を道具としてしか見ていない君には一生分からないだろうね。ねぇ、ストーム」
「あ、ここで僕に降るのかい?」
いつの間にか始まった二人の言い合いをBGM代わりにしていたストーム1は、突然自分に矛先が向いた事にへらへらっとしながらマカロンを口に運ぶ。
そして二個、三個をマカロンを堪能しつつ、少し考える素振りを見せたストーム1が口を開こうとすると、同意される事を疑わず勝ち誇った雰囲気を纏う二人に思わず笑いそうになってしまう。
「んー、利己的な選択をするのが黒服で、利他的な選択をするのが先生というだけだろう? 理解や納得ができずとも、そういう存在がいると知り、自分とは違うと分かっているのに話し合える君達は、大人だと僕は思うけどねぇ。もちろん黒服のやり方が正しいとは言わないし、先生の言い分が間違っているとも思わないよ? 僕はハッピーエンドが好きだからね。意見を言うなら先生寄りかな。ビナーの存在で黒服は減点だよ」
ストーム1の言葉に黒服はため息を漏らし、先生は得意げに鼻を鳴らす。
「まぁでも、黒服も反面教師としてはいい線いってると思うよ。実害を出すからとてもいい反面教師とは言えないけどね」
続けて言われたその言葉に、今度は黒服がククッと笑い、先生は「ストーム!」と声を上げる。
「確かにそう言われると、私も先生なのかもしれませんね。悪い大人の見本としての」
「ほら、ストームが甘い言い方するから黒服が付け上がってる!」
貼り付けている似顔絵に怒りマークが浮き上がらせながら怒る先生に、ストーム1は貼っているだけの様に見えるのにと首を傾げながらもへらへらと口を開く。
「いやいやそうは言うけどね先生、悪い見本は意外と効果があるものだよ。"こうはなりたくない"から意識する事もあるものさ。そうすると、狭まる選択肢もあれば、新しい選択も生まれる。一つの理想の為に幾多の選択があるように、一つの選択から幾多の結果が見えてしまうという事を知るのも大事だろう?」
「なるほど。その考えは少し分かりますね。ちなみに参考までにお伺いしますが、ストームさんが思うに生徒の匂いを吸うという行為は良い先生ですか?」
「悪いでしょ」
「でしたら私はお役御免ですね」
「先生……君ってやつは……」
「違う! いや、違わないけど! なんで黒服が知っているんだそんなこと!」
「クククッ。ゲマトリアはいつでも先生を見ていますよ」
その後も、三人はあーだこーだ言いつつ時間いっぱいに過ごし、ストーム1が店を開ける時間が来たことで解散となった。
一人になった店内で開店準備を進めていると、裏口から人が入ってくる気配を感じたストーム1は、今日は少し早いなと思いながら軽食の準備を始める。
「おはよーございます!」
そんな元気な声でスタッフ用のエプロンを付けながら入ってきたのは、脚にカットバンを貼り付けた高身長でスタイルのいい少女。
しかしその顔は、へにょっとした何を模しているかも分からない被り物で隠されており、見えるのは緑がかった薄い水色と、所々欠けているヘイロー。
彼女はここの唯一のスタッフであり、ストーム1がここに来た当初、砂漠で倒れていた所を見つけてハイサイクル・リバーサーZDを用いて助けて以来の仲。
「あれ? 誰か居たんですか?」
「さっきまで友人が二人ほどね」
助けた当初は中々意識が戻らず面倒を見ていたが、緩やかヘイローの形が戻り始め、先日意識を取り戻したばかりではある。
その際、記憶喪失である事が発覚し、唯一覚えていたのはおそらく自身の名前であろう単語のみ。流石にその状態の少女を放り出す気もなく、本人の恩返しをしたいという頼みを聞いてスタッフとして雇い入れている。
「店長さん……お友達いたんですね。安心しました」
「……うん、なんか心配かけてたみたいでごめんね」
一体どんな風に思われているのか気になるストーム1ではあったが、最近の面と向かって言われた評価を思い出して聞くことはせずに、まかないとしてオムライスをカウンターに座る少女の前に出す。
「また今度、時間ができたら紹介するよ」
「はい! 楽しみです!」
「じゃあ食べ終わったらお店開けようか」
「今日もよろしくお願いします! いただきます!」
「うん、今日もよろしく。クチナシさん」
ここはキヴォトスでも治安の悪さ随一であるブラックマーケット。
その入り組んだ奥にある寂れた喫茶店。
いつもにやにやへらへらとしている超人の胡散臭い店長と最近不審すぎる店員が増えたその店の名は――EDF。