「はちみつ固め濃い目大目で!」
「はい、固め濃いめ多めですね!」
トウカイテイオーは公園前にあるはちみつ専門店で、ハチミーを注文していた。この店は彼女が通っている高校と、自宅のちょうど中間にあり、テイオーは暇さえあればこの店に来るほどのお得意様であった。
「いつもありがとうございます」
店員がはちみーを手渡す。本日もどっしりとカロリーたっぷりの飲み物であった。
「にしし。今後も精進したまえ~、なんちゃって。また買いに来まーすっ♪」
「ふふっ、あ、そういえば」
テイオーはストローに口をつけ、音を鳴らしながら飲む。そんな彼女に、店員は噂話を始めた。
「最近、この辺りで不審者が出たという噂を聞きましたから、気を付けてくださいね」
「不審者?」
テイオーは首を傾げる。学校のほうでも不審者に気を付けてくださいと、先生が言っていたことを思い出した。なんでも、女児に話しかける危ないおじさんらしいのだが……。
「ま、大丈夫だよ。もしもあっちゃったら、このテイオー様が、そんなやつ捕まえてやるから!」
「あら、頼もしいですね。でしたら、もしも見かけたら連絡しますね」
「任せたまえ~」
テイオーは朗らかに笑い、店を後にする。正直な話、不審者よりもパパの方が怖い。もしもこの話を過保護なパパが知ってしまったら、今後は車での送迎オンリーとなってしまう。それだけは避けたかった。
ずぞぞぞとはちみーを飲みつつ、もしも知られてしまったらどう説得したものかと考えていると、後ろから呼びかけられた。
「そこの君……、ちょっといいかい」
「んー?」
テイオーは後ろを振り返った。男が立っていた。息絶え絶えの男だった。走ってきたのか顔は汗まみれであった。身長は高く、180にも届きそうな男であった。黒髪に、テイオーと同じような白髪の流星が走っている。テイオーは一瞬、この男がウマ娘かと思ったが、ちゃんと人の耳があった。そもそもどう見ても男なのだから、ウマ娘ではない。
彼はピアスをあけており、見るからにガラの悪そうな人間であった。タバコとサングラスが似合いそうである。テイオーはハチミーを飲み干し、男を見た。
「……なにかボクによう?」
テイオーは半身だけ向け、いつでも動ける体勢を取った。耳を後ろに倒し、不信感をあらわにする。
男は目にもとまらぬ速さで動いた。その動きにテイオーはついていくことができず、先手を打たれてしまう。男はテイオーの手を握り、膝をついた。
「君に一目ぼれした……!!」
「へ?」
テイオーは呆気にとられた。
「すらりと伸びた芸術品のような脚!」
「……うん」
「バランスのよい体、細すぎず、かといって太すぎない腕!」
「ほうほう」
「質の良い、流れるような髪!」
「いやー、まぁそれほどでもあるけどね!」
「賢そうな目!」
「よくわかってるじゃないか、キミ!」
「俺と付き合ってくれ!!!」
「それは無理!!」
「どうして!!」
「気持ちは嬉しいけどね、ちょっとこれ持っててくれる?」
テイオーは男に空になったはちみーを手渡した、男の片手は相変わらずテイオーの手を握ったままだが、もう片方の手が塞がれてしまう。テイオーは携帯を取り出し、数字を3つ押した。
「もしもし、警察ですか」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「……何」
「俺は警察の厄介になるような人物じゃなくて……!!」
「いやー、流石のボクでもいきなり愛の告白なんてされたことないし」
「ちょ、ちょっと待ってて……」
男は空容器を器用に腕で挟み、ポケットから名刺を取り出した。そして、それをテイオーに見せる。名刺にはトレーナー
「トレーニングスクール?」
テイオーは警察に断った後電話を切り、その名刺を受け取る。裏には電話番号や住所が書かれてあった。
「君なら日本一、いや世界一にだってなれる! どうだ、うちにこないか!」
「確かにボクなら世界一にだってなれるけど、何のスクール? これ」
「レースだ! ウマ娘専用の!」
「レース、レースかぁ」
ウマ娘をランナーとして育成する学園は、トレセン学園、いわゆる中央が有名だが、それ以外のクラブやスクールは存在している。といっても、本気で取り組むものはトレセン学園に向かうので、クラブに所属している者はトレセンの入学に落ちた者か、趣味で活動しているものが大多数だ。
「うちはトゥインクルシリーズ目的だよ! 登録してるからクラシックやティアラにだって行ける!」
「…………クラシック」
ぼそりと、テイオーは呟く。何かが心に引っ掛かった。
「どうだい?」
「………、そうだね、楽しそうだけど」
テイオーは申し訳なさそうな顔をした。
「悪いけどボク、レースにはあんまり興味ないんだよね。家を継ぐための経営学とか帝王学を勉強してて忙しくってさ」
テイオーは口角をあげる。お手本のようなドヤ顔であった。
「ボクのこと知らない? 去年、高等部ビジネスコンクールグランプリ獲った、トウカイテイオー様だぞっ♪」
ぱちっと、テイオーはウィンクをした。
「え、あ、うん。知ってる知ってる」
男の目が泳いでいた。
「その言い方絶対知らないでしょ!!」
「い、いや知ってるよ。あれだろ、ウニと栗の違いを書いた論文の……」
「ちっがーう!! もういいよ、ボクは大学行ってベンチャー立ち上げて、パパにボクの実力を見せるって約束してるんだから! レースなんてしてる暇ないの!」
「じゃ、じゃあ、見に来るだけでもいいから」
男はそれでも諦めなかった。
「うちは月1しか来ない子もいる、隙間時間だけ来てもいい。1回だけ来てくれないか、見に来るだけでいいから」
真剣な表情で男はテイオーを見る。握られていた手は痛くはないが、硬く握られていた。
「……ずいぶん自信あるんだね。ボクが見に行ったら、考えが変わるって思ってるの?」
「いや、自信はないよ。君以外にも誘った子はいたけど、考えが変わらなかった子の方が多かった」
「ただ」
「ただ?」
「君のような子が走ることを知らないのは、なんというか……勿体ないと思ったんだ。いい脚をしてる。本当に」
テイオーは自身の脚を見下ろす。生まれた時からついている見慣れた脚。正直、この男の言っている言葉の意味はよく分からなかった。
「見に来るだけでいい、気に入ったらうちに来てほしいってわけでもない。トレセン、ええともっとでかいとこに行った方が、もっと強くなれるだろうから」
「俺が望むのは、その脚に1回ぐらい選択肢をあげてやってほしい……ってこと、です」
「…………」
ふむと、テイオーは見上げ、少し熟考し、自身の脚をもう一度見た。
「もっとスクールのいいところを言ってもよかったのに、真面目で損しちゃってるタイプって言われない~?」
にこりと、テイオーは微笑みながら尾黒を見た。
「君のような子がランナーになってくれるなら、損はしてないよ!」
「それは確かにっ♪ まぁ、そうだね。学校の内申とか、幅広い知見も得られそうだし、ちょっとだけ見てみようかな。あ、もちろんこっちの都合優先ね!」
「やった!! ありがとう!!」
尾黒はぶんぶんと、テイオーの手を振り回す。少なくとも悪い人間ではなさそうだった。
「いつ来れる?」
「そうだなぁ……」
テイオーはスケジュールを確認し、尾黒へ候補日を伝える。彼はそれを聞いた後、好きな時に来てくれていいと告げ、去っていった。
「どうでもいいけど、あのスカウト方法はやめた方がいいと思うな。……レースかぁ、なんか懐かしいな」
テイオーはもう1度ハチミーを注文し、帰宅した。
■
数日が経ち、休日となった。テイオーは電車とバスを乗り継ぎ、クロシロトレーニングスクールへと向かっていた。最後のバスを降りると、付近の光景は緑が多くなっていた。辺りに高層ビルの類は全くなく、空がいつもより広く見えた。
「帰りは迎えに来てもらおうかなぁ」
ぼやきつつも、テイオーは貰った名刺と携帯を持ち、歩き出した。
10分もせずにグラウンドが見えてきた。フェンスで囲まれており、芝とダートのレース場があるようだ。テイオーはあまりレース場に来たことがなかったので、物珍しそうにレース場を見ていた。
「ふーん、嘘じゃなかったんだ」
よく手入れがされているのか、芝は青々と綺麗に茂っている。だが、不思議なことに誰も走っていない。広大な土地に誰もいないのは、少し不気味であった。
「……あれ? 間違えて……ないよね」
スケジュール表を見た後、日付と時間を確認する。確かにあっている。小さいスクールとは言っていたが、もしやボク1人しかスカウトできていないのか? などと考えつつ、テイオーはグラウンドの近くにあるオフィスビルへと向かった。
オフィスビルは2階建ての小さなものであり、リフォームされたのか年季が入った場所と、ペンキが塗り立てられた場所がつぎはぎのようになっている。そのビルに、クロシロトレーニングスクールと書かれた綺麗な看板が掲げられていた。
「黒は苗字だろうけど、白ってなんだろ」
入口にはOPENという札が置かれており、テイオーは中へと入っていった。ドアについてあった鐘がからんからんと音を鳴らす。
入ってすぐに受付があったが、誰もいない。電気がついていることから無人ではなさそうだが、不用心だなと思いつつ、テイオーは声を上げ、誰か呼ぼうとした。だが、その前に駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「やっと戻ってきましたの? そういう準備は前もって……、あら?」
葦毛の長い髪と尻尾を揺らしたウマ娘がやってきた。どこか気品を感じる子で、年齢はテイオーと同じぐらいだろうか。カジュアルな私服を着ていたが、お嬢様という言葉がとても似合いそうだった。
「はじめまして! キミここの所属なの? ボクはトウカイテイオー! よろしくね!」
「……ええ。クロシロトレーニングスクールにようこそ、歓迎致しますわ」
彼女は胸に手を当て、軽く会釈をした。
「私はメジロマックイーンです。こちらこそ、よろしくお願いします」