男は悩んでいた。
この仕事についていれば、誰しもが悩むことであった。研修時代に、その事は教えてもらっていたが、当時の男は問題視しておらず、なんとかなるだろうと、適当に考えていた。
男は悩みに悩んだ。悩みながらも、ここまで付き合えたのはある意味では才能ではあった。優柔不断の極みとも言えるが。
男の答えは出ず、その日になってしまった。未だ悩んでいる。どうすればいいのか。
悩みの理由、それは……。
「マックイーンとテイオー、どっちを応援したらいいんだ……!!」
10月末、天皇賞秋が行われるレース当日。控室で頭を抱えるトレーナー、冷ややかな目でその男を見つめるマックイーン、呆れた顔でマックイーンにマッサージをしているテイオー、三者三様であった。
悩みの理由、それはマックイーンとテイオーが、同じレースに出ることであった。
担当が複数いる場合、同じレースに出ないように気をつけるのは常識である。そのため、複数人のウマ娘を担当するのはトレーナー自身が経験を積んでからと、トレセンでは義務付けられており、ベテランでも、基本的にはウマ娘の得意レースや、適正距離を考えてスカウトをする。そのことを気にしないのは、腕に自信があるか、バカであるかのどちらかであろう。
男は後者であった。なんなら、テイオーをスカウトした時から忘れており、テイオーが三冠を目指すことも応援し、マックイーンに告げられ気づいた。
「ま、ボクの方を応援しておいた方が、安牌ではあると思うけどね~」
「それはどういう理由で?」
「ボクの方が強いから?」
悩める男をよそに、冗談? を言い合う二人。互いの勝負服は、天皇賞を勝ち取った時のもの、ボロボロの
「よし、決めた」
「おっ、まとまった?」
「普段の2倍の熱量で、2人とも応援する」
「逃げましたわね」
はぁと、結果も優柔不断なトレーナーに、ため息をつくマックイーン。冗談でも自分と言ってほしかったのは、我が儘なのだろうか。マックイーンは、同じことを考えていそうなテイオーをちらりと見る。
「……何故、貴女はそんなにニヤニヤしているんですか?」
「べっつに~?」
マッサージが終わったテイオーは、嬉しそうに立ち上がる。彼女はご満悦という表情で、頬を緩めていた。
「ちょっとずつ、追いついてきているってことかな?」
「はぁ、それはどういう」
「ないしょ~」
テイオーはマックイーンに手を差し出し、マックイーンが立ち上がる手助けをする。マックイーンは訝し気な表情をしつつも、彼女の手を握って立ち上がった。
「よし、方針も決まったところでだ。いいか、2人とも。敵は目の前の相手以外にもいるからな。GⅠレースをいくつも勝ち取ったトウカイテイオー、前回一着のメジロマックイーン。他の走者達は、全員お前たちをマークするだろう」
「分かっていますわ」
「相方のことを気にし過ぎてて、負けましたじゃ、カッコ悪いぞ」
「もっちろんボクも分かってるよ! ボクが目指すのは、全員に勝つことだからね」
「あと、俺が一番見たい光景は、2人同時一着だからな!」
そのトレーナーの情けない願望には、流石の2人も同意せず、苦笑いをする。
「トレーナーの頼みでも、流石にそれは聞けないなぁ」
「左に同じですわ」
「くそぉ!! なんで天皇賞秋は今年に1回しかないんだよ!! 2回あったら別々に参加させたのに!!」
咆哮。それはむなしく響いた。テイオーとマックイーンはその言葉に笑った後、出口へと向かう。
「それじゃ、時間だからボク達は行くね」
「トレーナーさん、ちゃんとレースは見てくださいね?」
「……ああ」
「トレーナー」「トレーナーさん」
「勝ってくるね」「勝ってきますわ」
「……ああ!」
2人はトレーナーの激励を背に、部屋を出た。
■
「ねー、マックイーン」
「なんですか?」
2人はレース場に向かって、並んで歩いていく。
「せっかくだし賭けしない?」
「賭けですか?」
「うん、勝った方は、トレーナーとデートする権利とかどう?」
「…………」
「じょ、冗談だよ……。その顔やめてよ、怖いよ」
「はぁ……、なんだか、今日のテンションおかしくありませんか?」
「あ、分かる?」
「分かりますわ……」
マックイーンはため息をつく。
「だってさ、ボク、今日のこの日をずぅぅっっっと楽しみにしてたんだもん!」
「なんでそこまで……」
「だってボク、キミと走りたかったから!」
にししと、テイオーは笑った。
「……、そうですわね、それは私もです」
「あれ、今日は私なんかと走って、何が楽しいんですの? って言わないんだ」
「私を一体なんだと……。……まあ、貴女でなければそう思ったのかもしれませんわね」
「にしし、似た者同士だね。マックイーン」
「正反対者同士でもありますが」
「マックイーン」
「なんですか?」
「ボク、本気で走って、キミに勝つからね」
「……ええ。私もです。本気で走って、貴女に勝ちます。テイオー」
2人はターフへ出る。かつて、いや、違う場所で、似たような経験をした気がする。その時の自分たちは、今とは全然違う境遇で、まったく違う関係だったのだろう。
片や夢を持たなかった者、片や夢をなくした者、
一生に1度のレース。勝てるのは一人だけ。勝ちを譲る気はもちろんない。
勝つのは、
これにて最終回です。お付き合いいただきありがとうございました。
感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
後日、キャラ紹介を作りますので、お暇でしたらそちらもどうぞ。