クロシロトレーニングスクールに訪れたテイオー、彼女の前に現れたのはメジロマックイーンというウマ娘であった。
「……メジロ?」
メジロ家、URAはもちろん、財界にも大きな影響力を持っている名門の一族だ。レースを知らないものでも、メジロ家という名前を知っている者は珍しくない。
メジロ家はレースで数多くの名ウマ娘を排出しており、そのためトレセン学園に在籍している者がほとんどのはずなのだが……、そんなビッグネームがこのような小さなスクールにいることに、テイオーの内心は驚きに満ちていた。
「ええ、メジロです。ふふ、珍しいですか?」
「あー、いや、ちょっと驚いただけ! ボク、尾黒って人にここを紹介されたんだけど……、どこにいるか分かる?」
「ここのトレーナーですね、少し前に出かけてしまって……。客人へのお茶菓子は前もって買っておかないといけないのに……」
マックイーンはため息をついた。
「立ち話もなんですし、紅茶でもいかがでしょうか。トレーナーさんが帰って来次第、色々と話が始まるでしょうから」
「あ、うん。じゃあ先に頂いておこうかな」
マックイーンはテイオーをつれ、応接室に案内した。施設内の掃除は行き届いてはいたが、人気は相変わらずまったくない。部屋につくと、マックイーンに勧められテイオーは席に座った。マックイーンはお茶を取りに少し離れ、少しして、ティーポットとカップを持って戻ってきた。綺麗な作法で紅茶が注がれ、テイオーに差し出される。
「わ~、良い匂い」
「どうぞ」
テイオーはがっつくことはせず、ゆっくりその紅茶を味わっていく。
「いただきまーす! ん~、良い風味、紅茶の淹れ方上手だね。さすが名家のお嬢様だ」
「ふふ、ありがとうございます。といってもこれぐらいなら、少し練習すれば誰だって出来ますわ」
「またまた、謙遜なんてしなくていいのに。メジロ家の紅茶なんて、早々飲めたものじゃないんだから」
「ああ、いえ……、私は」
メジロ家という言葉に、マックイーンは反応した。テイオーが疑問を抱きそのことを聞こうとしたとき、入口の方から鐘の音が聞こえた。
「あ、帰ってきた?」
「そうみたいですわね。重ね重ね申し訳ありません、また少し離れますわ」
「ごゆっくり~」
マックイーンを見送り、テイオーはもう1度紅茶に口をつけた。少しして、ノックがされる。ドアが開かれ、尾黒とマックイーンが入ってくる。その後ろから、黒髪のウマ娘が恐る恐る入ってきた。驚くべきことに、彼女の身長は比較的身長が高めの尾黒と、ほぼ同じであった。
「トウカイテイオーさん、待たせてしまって申し訳ない」
「マックイーンがもて成してくれてたからいいよいいよ。後ろの子は?」
頭を下げてる尾黒に笑顔で返した後、テイオーは後ろの子に声をかけた。彼女は尻尾をはねさせ、驚いている。
「どうも……、アマゾナイトリンスです」
頭だけを下げる、稚拙なお辞儀をした。あまり慣れていないのだろう。
「よろしくね、リンス」
テイオーの言葉にそっぽを向くリンス。彼女の尻尾が、落ち着かないように揺れていた。
「トレーナー、私帰った方がいい? お客さん来てるみたいだし……」
「え~、もっと仲良くしようよ~」
「テイオーさんがよければ、こいつにもケーキ食べさせてもいいですか?」
「いいよいいよ、どういう子がいるかも気になるしね」
尾黒の言葉にテイオーは軽く承諾をする。尾黒から混ざっていいと言われ、リンスの耳が小刻みにクルクルと動いていた、迷っているようだ。表情はあまり動かないが、感情が表に出やすい子のようだ。尾黒の高めのケーキだぞ、という言葉にリンスは折れ、彼女はおずおずと席に座った。
尾黒はケーキを机の上に広げていく。数種類買ってきたようで、4人でも少々量が多い。マックイーンも紅茶を人数分用意していった。
「お客さんだから、テイオーさんが最初に選んでくださいな」
「ほんと? じゃあこの王道ショートケーキで!」
「リンスさんもどうぞ、選んでいいですわよ」
マックイーンの言葉に、リンスは少し悩んでタルトを選んだ。尻尾がぱたぱたと喜びを表している。その後、マックイーンはチーズケーキを選び、尾黒はチョコケーキを選んだ。
各々はケーキを口へ運ぶ。高めのケーキというのは過言ではないようで、くどくはない絶妙な甘さと、舌触りの良い触感が、口内に幸せをもたらした。
「お~、さすがいい所の奴だ」
「マックイーン、どこまで喋った?」
「トレーナーさんが来てから詳しく話すと思って、自己紹介程度です」
「なるほど、ええと、そうだな。まず、うちにいるのは、こちらのメジロマックイーンと、アマゾナイトリンス。後二人他にもいて、所属しているのは全員で4人です」
「ふーん、残りの子にも会えたらいいな」
「ミントはあんまり来ないから、オイヌかな。会えそうなのは」
真っ先にリンスがケーキを食べ終わり、残ったケーキをじーっと見ている。マックイーンはそれとなくリンスに、追加のケーキを差し出した。彼女は口では断ってはいたが、ぶんぶんと尻尾を振り、結局もう1つ食べた。
テイオーはそれを横目で見ながら、窓に視線を移す。グラウンドが見えるが、誰も走っていない。
「外は誰も走ってなかったけど、まだ使える時間じゃないの? その、オイヌって子とか」
「オイヌは今日は来ませんね、うちにくる子はみんな不定期でして……。トレーニング自体は定休日以外は出来ますけど、まだ誰も走ってないってだけです。マックイーンは先日レースで走ったから、休養中で」
「へ~、マックイーンはもうデビューしてるんだ。じゃあリンスは走るの?」
尾黒とテイオーに見られ、リンスの尻尾と耳がピンっと立った。口元についていたクリームを、マックイーンが拭いている。
「……リンス、今日は走るか?」
「ん……ん、いいよ。走っても」
「そ、そっか。じゃあケーキ食べたら外でような」
「ん」
「やった! ボクも走ってみていい? ちゃんと体操着用意してきたもんね!」
「はい、構いません。リンス、テイオーさんを更衣室に案内してやってくれるか?」
「ん……、分かった」
「トレーナーさんが見込んだというテイオーさんの走り、ちょっと楽しみですわね」
マックイーンがにこやかに笑う。それを見て、テイオーは不敵に笑った。
「へぇ、ボクのこと気になるんだ」
「トレーナーさん、見る目だけは確かですから。勧誘方法は絶対変えた方がいいと思いますが」
「あ~、それはボクも思うな」
「それは褒めてるの? けなしてるの?」
尾黒の言葉に、テイオーとマックイーンは顔を見合わせた後、目をつぶった。
「「両方ですわ(かな!)」」
■
4人がグラウンドへ出る。テイオーとリンスのみ、ジャージに着替えた。心地よい風がテイオーの頬を撫でる。太陽はちょうど雲を遮っており、芝の上に大きな影を作っていた。寝転がればとても気持ちよさそうで、テイオーは思わず深呼吸をしてしまった。
「……、下から見るとこんな景色なんだ……、なんかいいね」
リンスが黙々とストレッチをはじめ、テイオーもそれに倣い、体をほぐし始めた。
「ええと、トレーナー、併走したらいいの? それとも好きに走っていいの?」
リンスが身体を動かしながら、尾黒に聞く。
「そうだな。いきなり併走も難易度高いし、先にリンスが走ってくれるか?」
「じゃあ、お先に失礼します」
「じゃあボクは見学してよう!」
ストレッチが終わったリンスが出走の準備を始め、走り出した。軽く走っているのだろうが、とても綺麗なフォームだった。足首のばねがとても強く、素人でも見ただけでわかる、速いウマ娘だ。
「リンスやっぱいいなぁ……脚のラインが本当に綺麗だ」
尾黒が彼女の身体を舐めるように見ながら呟く。その言動にマックイーンは呆れた。
「貴方のそれは誤解を生むから、本当にやめた方がいいと思いますわ……」
「いつか捕まるんじゃない?」
「その心配はもう遅いですわね……」
「ええ……」
テイオーも呆れながら、改めてリンスを見る。自分を重ね、直感的にどのタイミングで加速するかを予測した。テイオーのイメージと同じタイミングでリンスも踏み込み、爆発的な加速を行う。
「うん、ボクの方も良さそう」
「リンスは強いぞテイオーさん。少なくとも今の君なら、10回やって5回勝てるかどうかってところじゃないかな」
「そうだね、確かに今だと五分五分かな。でも、ボクの方がずっと強くなれるよ」
リンスは一周して戻ってくる。走るのが好きなのか、尻尾がふりふりと、機嫌良さそうに動いていた。
「戻りました……」
「お疲れ、リンス」
「じゃあボクも行こうかな~」
テイオーはとんとんと軽く跳ね、足の調子を確かめた。
「併走しますか? 手加減しますよ」
「ふっふーん、テイオー様に加減なんていらないから、いいよいいよ」
「そうですか、距離は1000mで?」
「リンスの得意距離ってどのぐらい?」
「ええと……」
ちらりとリンスは尾黒を見た。尾黒が頷くと、リンスは自身の得意距離を話し始めた。
「私はマイルと中距離が得意なので……、だいたい1600から2000です」
「じゃあ1600にしよう!」
「え、えっと、1000m越えると結構大変ですよ」
「授業で1000m走ってもよゆーだったし、問題ないよ」
困ったようにリンスは尾黒を見たが、許可が出たので、テイオーと共に走る準備を始める。リンスは携帯を取り出し、タイマーを起動した。
「アラームと共にスタートで」
「りょーかい」
2人は構えをとり、集中を始める。アラームが鳴り、2人は同時に走り出した。綺麗なスタートダッシュを2人は行う。スタートは意外と難しい物ではあるものの、初心者であるはずのテイオーは、まったく後れを取ることなく走り出した。
リンスはテイオーの後ろにつく。手を抜いているわけではなく、彼女の走法スタイルが差しだからなのだろう。手加減するなと言われ、彼女は本気で走ってきているのがテイオーには分かった。
テイオーは後ろをちらりと見て彼女を確認する。今回は距離が短く、先程の会話の通りリンスの方がいくらか経験があった。タイミングを間違えれば、即座に食い殺されてしまうだろう。
だが、恐怖は感じない。むしろ高揚感を感じた。景色がどんどんと後ろへ遠ざかっていく。この景色を見るために自分は生まれてきたような、そんな感覚があった。テイオーの頬が緩んだ。
「確かに、良いですわね。テイオーさん」
スタート地点にいるマックイーンが呟く。それを聞いて、隣に立っているトレーナーは微笑んだ。
「だろ? あの子は別格だよ。トウカイテイオーという名前は、あらゆる人の記憶に残るはずだ」
「…………」
「あの子を見た時の衝撃は、リンスやミントほどじゃなかった。あれは…………」
トレーナーは遠くを見る。走っている2人ではなく、違うものを。マックイーンも口を閉ざし、遠くに行ってしまった2人を眺めていた。
「…………マックイーンはどっちが勝つと思う?」
「……どうでしょうか、初心者のテイオーさんが、経験も才もあるリンスさんに勝てるとは考えられませんが……、普通であれば」
「リンスが毎日練習してたら、勝ってたのはリンスだっただろうな」
「テイオーさんは感覚で走り方が完全に分かってる。どうやってあんな子見つけてきたんですか……」
「偶然あったんだよ。……あの子、なんでトレセンにいかなかったんだろうな。走るの好きな子のはずなのに」
テイオーは走る。走る。走る。足は勝手に動き、腕はそれに連動する。笑みが浮かび、加速を強める。それにつれられて、後ろのリンスがかかってしまった。どうやら彼女はまだ未熟なようで、その動きにテイオーは苦笑してしまった。完全に負けがなくなってしまい、テイオーは後ろを気にしなくなった。
残り300m、200m、100m、あと100mしかないことに憤りを覚えた。体力は限界だったが、2000mにしておけばよかったと、後悔をしてしまう。
テイオーはゴールした。汗が滝のように流れ、息を切らす。3バ身ほど遅れてリンスもゴールし、膝に手をついていた。
2人は息を整えるように、何度も呼吸を繰り返し、体を落ち着かせていった。
「……ああ……、気持ちよかったぁーーーー!!!」
「……強いですね」
テイオーはニコッと笑い、Vサインをリンスに見せつけた。
「ボクは最強無敵のテイオー様だからね!! あっはっは!」
テイオーは走ったレースを改めて見直す。あっという間に終わった1600m。もっと、もっと走りたかった。
「………走るってこんなに気持ちがよかったんだね。知らなかったや」
「2人ともお疲れ」
声の方を見ると、尾黒とマックイーンが足早に近寄ってきていた。
「リンスは自分の速度を相対的に見過ぎたな」
「……はい」
「そしてテイオーさん! やっぱり君に惚れたのは間違いじゃなかった!!」
「うええ!! だから言い方ぁ!!」
「……すごい走りでしたわ」
マックイーンは軽く拍手をした。
「えっへん。これがボクの実力だからね~! それに、もっともっと速くなるよ」
「そうですわね、トレーニングを積めばもっと大きな舞台にも……」
「お休みが終わったら、マックイーンも一緒に走ろうよ。負けないよ~?」
テイオーは笑顔で言った。その言葉に、マックイーンは少し間を置いた後、笑みを返した。
「ええ。私も負けませんわ」
「うん!」
リンスはテイオーとマックイーンを交互に見た後、首を傾げた。
「リンスもありがとうね! フォーム綺麗だったし、色々教えて欲しいな~」
「え、えっと……、教える……、こう、自然に走れば」
「……それは教えるじゃないよ!」
「リンスさんは感覚だけで走ってますからね……」
「しょうがないなぁ……、じゃあまた併走しよう! 今度は緩めに走って、それで勉強してもいい?」
「はい……、……と、そういえばテイオー? テイオー先輩?」
ぱちくりとテイオーが瞬きをする。
「そういえば、リンスって何歳なの?」
「13です」
「えっ……」
テイオーはリンスを見上げた。高校生になったことで、160近くまで成長は出来たが、それでも見上げないと顔が見えないリンスの長身。しかもスタイルも良い。これで年下……?
「うちだと最年少だな」
「高いですわよね、私も最初びっくりしました……」
「ま、まぁボクの方が年上だからね!」
「じゃあテイオー先輩と呼びます」
「そうしたまえ~、よーし、じゃあ先輩についてこーい!」
テイオーとリンスは出走態勢を取る。だが、そんな2人を尾黒が止めた。
「と、そうだった。テイオーさん、それでスクールはどうされますか?」
「もちろん、入る!」
「よっし!! じゃあデビュー戦ですね。来週やりましょうか」
「おっけ! ……え?」
「えっ?」
トウカイテイオー、デビュー戦当日。
「ええええええ!!?」