トウカイテイオー、デビュー戦当日。
テイオーは体操服姿でゲートインしていた。この日までに最低限のルールを覚え練習をしてはいたが、完璧とは言えない。そもそもスクールにはゲートがないため、仕方ないと言えるのだが。
観客席はまばらだ。名バが来るのならともかく、新バ戦を見に来るものは物好きしかいないからだ。しかもこんな時期外れとなればなおさらだろう。観客席にいるトレーナーとマックイーンが手を振っている。他にもテイオーのクラスメイトが来ていた。彼らもまた応援をしている。テイオーは一瞬間を置いた後、彼らに向かって手を振った。
「…………」
「おいおい、ここはいつから迷子センターになったんだ?」
隣のガラの悪そうなウマ娘がにやにやと、テイオーを見ていた。テイオーは彼女をじっと見た後、ため息をついた。
「キミ、トレセン学園の生徒?」
「あん? 違うけど」
「そっか、良かったよ。君レベルがトレセンの平均だったら、楽しめなくなりそうだし」
「ああ!?」
全員がゲートに収まり、渋々隣のウマ娘も黙る。トウカイテイオーは集中し、焦る気持ちを抑えていく。
ゲートは勢いよく開かれ、1人を除いて全員が出遅れた。
「さて、何バ身差をつけるかな、できれば抑えてほしいんだけど」
「そう思うのでしたら、彼女に手加減をしろと言うべきでしょうに」
マックイーンとトレーナーは観客席で、レースの行方を見ていた。先頭を走るテイオーは困ったように速度を落とし、先頭を譲った。テイオーをマークするように、後ろにつくウマ娘がいた。ゲート隣にいた子だが、何かあったのだろうか。
「手加減なんて言葉、あの子は聞かないよ。それに、俺はあの子が好きに走る姿が見たい」
トレーナーのエゴにマックイーンはため息をつき、レース全体を見る。トレセン学園の生徒は一人もいないようだ。学園の生徒はメイクデビューを早々に始めるため、現在の遅れた時期に来るものは、なにか問題があった生徒しかいない。マックイーンはトレーナーをジト目でみた。
「……なに」
「テイオーさんは忘れられなくて良かったですよね、ほんと」
「あれはごめんってばほんと……」
「つーん」
駆け引きの類は全くなく、全体がただ走っているだけだ。先頭争いをしているのは3人だが、明らかにかかっている。最初から全力で飛ばしていれば、終盤で力尽きてしまうだろう。どう見てもレベルが低く、見ている側も退屈さを感じるほどであった。
「テイオーさん以外は、走るので精一杯で展開まで頭が回っていないようですね」
「ああ、うん。……そうだなぁ、テイオー並とは言わないから、光る子が1人でもいてくれたら良かったんだけど」
「貴方の言う光る子というのは、リンスさんレベルでしょうに。あのレベルはそうそういませんわよ」
「だよなぁ……」
コーナーを曲がり、トウカイテイオーは跳ねるように加速する。譲った先頭を奪い返し、先頭を走っていた3人がどんどん後退していった。テイオーの後ろについていた子が、慌ててついていくが彼女もばてている。トウカイテイオーは初戦だというのに、明らかに余裕があった。そんな彼女を見て、マックイーンは唇を噛んだ。
「………」
「綺麗だ」
トレーナーが呟く。マックイーンの視線がトレーナーに移り、そして、目がゆっくりと伏せられた。
トウカイテイオーは1着でゴールインした。2着とは4バ身以上の差をつけ、彼女の初の公式戦は快勝であった。
「へっへーん!! これが無敵のテイオー様だ!!」
「くっそー!!」
2着はテイオーを挑発していたウマ娘であった。彼女にVサインをし、キミもなかなかだったよ~と笑顔でエールを送る。次々にゴールをしていき、殿の子が泣きながらゴールをする。記録を考えれば仕方のないことだった。テイオーは彼女のその姿を見て、表情が強張った。
■
「ウィニングライブお疲れさま。正直ライブが一番不安だった」
「ふっふっふ~♪ ボク、カラオケもダンスも得意だからね~」
ライブも終え、控室に戻ってきたテイオーを、トレーナーとマックイーンが出迎えた。
「これでテイオーさんも、スタートラインに立てましたわね」
「うん! それで、次は何したらいいの?」
「ええと、クラシック路線に行くか、ティアラ路線に行くかを決めるところからかな」
「クラシックとティアラ……、えーと、クラシックが皐月賞、ダービー、菊花賞。ティアラが桜花賞、オークス、秋華賞だったよね」
「ええ、そうですわ」
「うーん、そうだな。クラシック路線かな。カッコ良さそうだし!」
「王道路線というやつですわね」
「カッコいいかはわからないけど、分かったよ」
テイオーは椅子に座り、スポーツ飲料水を飲む。
「路線も決まりましたし、OPにいくつか出て皐月賞を目指しましょうかね」
「うむうむ、あ、そうだトレーナー」
テイオーは指を三本立て、2人に見せつけた。
「ボク、三冠目指すからね!」
にこっと、トウカイテイオーは笑った。
■
デビュー戦に勝利し、公式戦の出バ資格を獲得したトウカイテイオー。目標も決まり、彼女たちが次に行ったのは買い物であった。
トレーナー、マックイーン、テイオーの3人は、複合商業施設のスポーツショップフロアに訪れていた。蹄鉄やシューズと言った基本的な物から、筋トレ用の最新グッズやキャンプ用品なども置いてある。眺めて回るだけでも、1日は余裕でつぶせそうな広さであった。
「わー、いっぱいあるね」
トウカイテイオーは入り口から奥を見ようと目を凝らす。幼児であればかけっこやかくれんぼをしてしまいそうなほど、たくさんの物があった。
「テイオーさんが来たからロッカーとかも新調しないと、あと運動服や靴とかも。テイオーさんが使ってるの学校用ですよね?」
「うん? うん、そうだよー。耐久性高いからいいかなって」
「といっても、ウマ娘の全力疾走に耐えれるものじゃないので、専用のを買った方がいいですね」
「へぇ……」
「あとは、あれ」
トレーナーが指をさす。その先には白と青のセーラー服を纏った、葦毛の怪物の写真があった。
「勝負服」
「勝負服?」
「重賞ではURA認可の勝負服を着ないといけませんの。G1を目標にするのであれば、必要不可欠ですわね」
「もちろん何らかの理由で用意できなかった場合は、レンタルはされるが……、非常にダサいぞ」
「ええ……、やだなぁ……」
「トレセン学園だったら1か月前に申請しとけば用意されるが、俺たちみたいな民間はそういうわけにもいかなくて、数か月予約待ちされるからな。早めに申請しといて損はないよ」
「ふーん、じゃあしとこうかな」
テイオーは受付で申請書を受け取り、記入をしていく。デザインやサイズについては、後ほど専門家と話し合うことになっているため、名前や電話番号、所属を書くだけで済んだ。
その後、雑貨を買いに3人は店内を回っていく。
「ぶっ! おい、マックイーンこれ見てみろよ」
蹄鉄を見ていたトレーナーは噴き出した後、それをマックイーンに見せた。タマモクロス監修の蹄鉄だった。
「タマモクロスさんの? 何が……、『走りに最も大事なことは蹄鉄選びだ。弘法筆を選ばずというが、道具に凝ってこそ一流と言える。私が考案したこの蹄鉄は…』……、誰ですのこれ」
マックイーンは蹄鉄に記載されていた説明文を呼んで困惑顔になった。あのタマモクロスが絶対に言わなさそうなことが書かれてあった。
「標準語なだけでも違和感すごいのにな……。あの人こんなこと言わないだろ」
「これ本当に監修されてますの? 名前だけ使ってるとかじゃ……」
「ウマッターにあげてみたらどうだ?」
「タマモクロスさんに私が怒られますわ……」
テイオーは少し離れた場所で、シューズを見ていた。シューズ1つにもいろんな種類があり、目が回ってしまう。
「うーん……、『レインボーに輝く覇王用シューズ』? 誰が使うのこれ……、ナイター用?』
『レインボーに輝く覇王用シューズ』は、後ほどある理由からプレミア価格がつくのだが、トウカイテイオーはそれを知らずに棚に戻した。
「ねー、マックイーン~! おすすめとかあったりする~?」
「さんをつけなさい! 失礼ですよ!」
「ええ?」
テイオーが振り向く。中学生ほどに見える葦毛のウマ娘がいた。髪を肩のあたりまで伸ばしており、マックイーンの妹と言われれば、信じてしまいそうな少女だった。
「……マックイーン縮んだ?」
「どうかなさいました?……って、オイヌさん」
テイオーの様子を見に来たマックイーンとトレーナーが、テイオーの傍にいるウマ娘に反応している。知り合いのようだ。
「さん!!」
「オイヌって……、確か所属の子だっけ。……3?」
「さんをつけなさい!」
彼女は眉間にしわを寄せる。怒っているようだが、小さいのであまり怖くはない。
「マックイーンさん、ご奇遇です!!」
彼女はテイオーを無視し、マックイーンにオナモミのように引っ付いた。すりすりと頬ずりをし、先ほどまでの侮蔑の表情が嘘のように破顔している。
「オオイヌカニス、うちに所属してる子だ」
「オオイヌカニス、だからオイヌか」
「もう、相変わらずですわね……」
引っ付いているオイヌを、マックイーンは優しく撫でる。うへへ、頭がよくなる~と、気持ちの悪い声をあげていた。
「オイヌね、よろしく~。ボク、トウカイテイオーだよ!」
「む、よろしくお願いします!」
テイオーが握手をしようと歩みよろうとすると、オイヌはしっしと手を振り追い払おうとした。
「やめてください!! マックイーンさんから10mは離れてください!! 不謹慎ですよ!!」
「不謹慎ってなに!? ていうか10mも離れてたらマックイーンと会話できないじゃん!!」
「貴女は頭が悪そうなので、マックイーンさんに悪い影響を与えそうです。会話したいときは私を通してください」
「頭が悪い!? この子なんなのさ!?」
「マックイーンの大ファン」
トレーナーの言葉に、オイヌは大きく頷く。
「ほら、オイヌさん。一緒のスクールの仲間なんですから、仲良くしないと……」
「えぇぇぇ………」
「すごい嫌そうな声だすね、キミ……」
「オイヌさんは私のことを慕ってくれてはいるんですけど……、その、暴走気味なところがありまして……」
「暴走気味っていうか、もうこれ気性難でしょ。だいたいそんなに好きなら毎日来なよ、スクール」
「う、うぐぅ!!」
痛いところを突かれたのか、オイヌは顔を青くした。
「ボクも毎日は来てないけど、キミより来てる頻度多いと思うなって」
「し、仕方ないじゃないですか!! 私来年受験生ですもん!!」
「ああうん、なんかごめん……」
「ふーん!」
オイヌはご機嫌斜めになってしまった。そっぽを向き、マックイーンにしがみつく。
「……分かったよ、勝負に負けたらキミの言うこと聞くってことで良い?」
「本当ですか!? じゃあ芝1200mで勝負しましょう!!」
「自分の得意距離にしましたわね」
「え、やだよ。ボク1200m得意じゃないし」
「ええ!!? 卑怯ですよ!!」
「そもそも、今日は芝の手入れあるから、レースは無理だぞ」
「ええ!?」
「止めないんですね、トレーナーさんは」
「だって止めたら俺がオイヌに蹴られるし」
威厳のないトレーナーにマックイーンはため息をつき、成り行きをテイオーに任せた。
「トレーナー、ここゲーセンあったよね」
「うん? まぁあったと思うが」
「じゃあゲームで勝負しよう、3回勝負だ」
「ゲーム?? ま、まぁいいでしょう……。受けて立ちます!!」
「じゃあトレーナー、適当にシューズ選んどいて。この子と勝負してくるから」
「あ、ああ。サイズは以前貰ったやつでいいか?」
「うん、任せるよ」
オイヌはマックイーンから離れ、テイオーを睨みつける。テイオーはそれを流し見た後、ゲームセンターへと向かった。
先ほどまで、あれほどいがみ合っていた2人が、仲良く遊びに向かっている。トウカイテイオーには意外と大人なところがあることに、マックイーンは感心していた。
「ボクが勝ったら、『初対面で頭悪そうなんて言ってごめんなさい。トウカイテイオー様は最強無敵でカッコいいです』って言ってもらうんだからね!!」
「はああ!!? 当然のこと言ったまでですが!!??」
別にそういうことはなかった。
「ゲーム内容はダンスゲームね!! 高得点取った方が勝ち!!」
「分かりました!! やったことはありませんが、貴女程度ぎっちょんぎっちょんのこてんぱんにしてやります!!」
大人気もなかった。