遅すぎた天才、はやすぎた天才   作:小さい鯨

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テイオー、初のGⅠ

 トウカイテイオーのメイクデビューから数か月が経った。テイオーはその数か月の間に、OP戦に3回出バしており、全て1位になっている。その結果、彼女のことは新聞に載るほどに話題になっていた。

 そして4月、皐月賞当日。天気は曇天であった。トウカイテイオーは白と青を基調とした勝負服を纏い、控室で待機をしている。部屋には他に、トレーナーとマックイーンがいた。

 テイオーは初のGⅠだというのに、とてもリラックスしており、鼻歌を歌いながら時間まで待機していた。

 

「気迫負けしておりませんのね」

「にっしっし、GⅠでも問題ナシナシ!! 今日もボクが勝っちゃうもんねっ」

「その意気だテイオー!」

 

 気楽な二人にマックイーンはため息をつく。付き添いである自分が一番緊張していることが、バカバカしくなってきていた。

 

「はぁ……、まぁテイオーさんであれば、力を出し切ればきっとやれますわ。応援しています」

「皐月賞はマックイーンも出れなかったからな、俺にもよくわからん。頑張れよ」

「うん! 今日もステップ決めちゃうよ~! 三冠ウマ娘のためにも、こんなとこで躓いてるわけにはいかないもんね!」

 

 三冠、その言葉にトレーナーとマックイーンは口をつぐむ。

 

「テイオー、三冠なんだが」

「菊花賞のことでしょ、分かってるよ。でもさ、掲げる夢は大きくなくちゃ! それに、ボクは無敵のテイオー様だよ? にっしっし」

 

 テイオーが笑っていると、係の職員がテイオーを呼びに来た。テイオーは返事をし、出口の方へ向かう。

 

「ま、一番速いウマ娘獲ってくるからさ、応援しててね、マックイーン、トレーナー」

「……ええ、頑張ってくださいませ」

「俺たちは観客席で見てるよ」

「うん、じゃあまたねっ!」

 

 テイオーは控室から出ていった。まるで散歩にでも行ってくるような足取りの軽さで。

 

「三冠か」

 

 トレーナーが呟いた。マックイーンはトレーナーへ視線を送る。

 

「彼女なら不可能ではないのかもしれませんね」

「どうだろうな」

「…………」

 

 マックイーンは目を逸らす。それに気づいたトレーナーは慌てたように、口を開いた。

 

「違う違う、これはテイオーのことだけだ。あと数年早かったらなって」

「……そうですか」

「今のテイオーは、才能だけで走ってる状態だ、だからすごいとも言えるんだが。経験値が全く足りてない。脚質の懸念もある」

「テイオーさんの脚質は長距離には向いていませんものね」

「ああ、中距離ならテイオーに勝てる子はそうそういないだろう。だが、長距離……、菊花はな」

「……走れない距離ではないと思いますわ。それに、菊花の3000mなんて、どのウマ娘にも経験がないですから。本当に、才能だけで走り切ってしまうかもしれません」

 

 マックイーンが自身の足を撫でる。唇を噛み、目を伏せた。

 

「…………本当に、才能だけで」

「……あと数年早かったらな」

 

 トレーナーはマックイーンの手を握り、控室から出た。

 

 ■

 

 通路を歩き、ターフへでたテイオー。ぴりぴりと、空気が張り詰めているのが肌でわかる。GⅠを目指すウマ娘たち。デビュー戦はもちろん、OP戦で戦った今までのウマ娘とは違う、上澄みの選手たち。テイオーを睨むもの、深呼吸をしリラックスしようとするもの、ストレッチをするもの、様々だ。

 トウカイテイオーは彼女たちを見て、頬を緩ませた。気分は高揚していた。全身から活気が溢れ、足が早く行けとせかしているようだった。

 テイオーは逸る気持ちをごまかすように、観客席を見た。デビューとは違い満員だ。そして、その大多数がトウカイテイオーを見に来ていた。一番人気トウカイテイオー。だがそれは絶対に勝つという期待ではなく、大番狂わせを願っているというものであった。民間の弱小スクールが、トレセン学園の生徒に勝つという英雄物語を期待しているのだ。

 その観客たちに帝王は不敵に笑う。

 

「ボクが正真正銘の一番ってこと、証明してあげるよ」

 

 ウマ娘たちが1人ずつゲートインしていく。テイオーもゲートに入った。

 

『最も速いウマ娘が勝つといわれる皐月賞! 成長を見せつけるのはいったい誰だ!』

『一番人気は去年の後期に突如デビューをし、めきめき頭角を現しているこのウマ娘トウカイテイオー! とてもリラックスしております!』

 

 テイオーは軽く跳ねた後、呼吸を整え、スタート姿勢を取った。全員のゲート入りが終わり、スタートの時を待つ。

 

『いま、スタートです!』

 

 ゲートが開かれ、18人のウマ娘が同時に走り出した。

 

『皆綺麗なスタートを切りました! 先頭争いはなし、1人が走り抜けております。その3バ身後ろを6人が、団子状態となって走っている。体力は大丈夫か?』

 

 先行であるテイオーは、団子状態から抜け、真横に着いた。柔らかな脚が、無駄な消耗をせずに軽やかに歩を進めていく。

 

『トウカイテイオー、綺麗なステップです。彼女の柔らかさはオグリキャップを思い出しますね』

 

 レースは縦にあまり伸びず、ほぼ横並びで進んでいく。先頭の子がレースメイクをしていることに、テイオーは気づいた。速度は全体的に遅めであり、体力が余分に余ってしまいそうなペースだ。

 チェンジオブペースか、はたまたペース崩しか、どちらにせよこれは一番速いウマ娘を決めるレースなんだよ!

 テイオーは早めに抜け出し、先頭についた。先頭のウマ娘が、追いついてきたテイオーを横目に見る。

 

「ちょっと遅いんじゃない?」

 

 彼女は舌打ちをし、速度を上げていく。テイオーは深追いはせず、彼女の1バ身後ろに着いた。先頭の速度があがったことにより、レース全体の速度も上がっていく。

 

 

『第4コーナーが見えてきた! 誰が最初に仕掛ける!!』

 

 周りの空気が変わり、いつスパートをかけるか読み合いが始まる。中山の直線は短く、早すぎても遅すぎてもいけない。誰もが周りの一挙一動を気にかけ、その時を待った、1人を除いて。

 トウカイテイオーのみ、口角を上げ、笑みを浮かべる。牙を見せつけた彼女は、足を軽やかに動かし、体重をかけた。

 

「ここだぁ!!」

 

 地面を強く抉り、駆けた。

 嘘!? 誰かが叫んだ。帝王が1人、突き進む。柔らかな脚で、華麗に先頭を抜き、前へと突き進んだ。

 

『おーっと!! コーナー直前でトウカイテイオー、先頭のサファイアクリスタルを抜いた!!』

 

 彼女の柔軟な脚が、カーブを大きく外れずに曲がっていく。スイングバイのように、直線でさらに加速した。

 

『トウカイテイオー! トウカイテイオー!! 離す、離していく!! 追いつくか!? 逃げ切れるのか!?』

 

 後ろから追いかける音が聞こえる。だがそれには目もくれず、帝王はさらに速度を上げた。音がどんどん小さくなっていく。それでもさらに離す。離す。置き去りにしていく。

 一陣の風が、ゴールを吹き抜けた。

 

『トウカイテイオー!! トウカイテイオー!! 一着はトウカイテイオー!! 皐月を制覇し、三冠の一角を手に入れたのはトウカイテイオーだああああ!!!』

 

 惰性でそのまま進んでいき、落ち着けばぶわりと大量の汗が噴き出た。息が荒い、苦しい、でもそれ以上に、心が満ちていた。

 

「これが!! 帝王の実力だ!!」

 

 びっと、指を一本あげる。そうすれば、観客が湧いた。

 

「次は勝つ」

 

 後ろで誰かがテイオーに向かって宣言した。テイオーは振り向く。

 2着だった子、サファイアクリスタルだったか。テイオーは彼女に向け朗らかな笑みを浮かべた。

 

「何度でも勝負していいよ。でも、次だってボクが勝つ!」

 

 帝王はその挑戦を受け止めた。

 

 ■

 

 5月、皐月賞も終わり、東京優駿の時期になった。

 マックイーンは一人でストレッチを行い、体をほぐしていく。特に足を重点的に行い、問題がないことを確かめた。

 

「マックイーンさん」

 

 突如呼ばれ、マックイーンは飛び跳ねた。

 

「な、なんですの!?」

 

 振り向けば、アマゾナイトリンスがいた。

 

「ごめんなさい、トレーナーがマックイーンさんに面倒を見て貰えって」

「ああ、そうですわね……」

 

 マックイーンは駐車場を見る。そこにはいくつも車が止まっていた。報道関係者のものだ。皐月賞を圧勝したトウカイテイオーに、取材をしに来ているのだ。そのため、トレーナーもこの場にはいない。

 

「……酷いですよ、本当に」

 

 リンスがマックイーンと同じほうへ顔を向けながら呟いた。それは誰に対しての物だったのか。報道関係者か、トウカイテイオーか、それとも……。

 

「………ほら、トレーニングをしましょう。リンスさんはもっとトレーニングをしないと、せっかくの才が泣きますわよ」

「はい……、その、今日は脚の方は」

「大丈夫ですわ、何なら今日は併走してみますか?」

「いいんですか?」

 

 ふりふりと、嬉しそうにリンスの尻尾が揺れる。正直、この子が一番謎であった。トレーニングはしっかりするし、物覚えも悪くはない。走るのも好きだ。だが、何故かあまり顔を出さない。口数が少ないため、理由は誰も知らなかった。

 

「隠し事が多いのは、私も同じか」

「マックイーンさん?」

「ふふ、なんでもありませんわ。さぁ、行きましょう」

 

 ■

 

 今日のスクールには人が大勢来ていた。その大多数が報道関係の記者であり、皐月賞を勝利したテイオーに取材をしに来たのであった。あまり広くはない会議室で、ちょっとした記者会見が行われた。10数人ほどが、彼らの正面に立っているテイオーとトレーナーへ質問を投げかけている。

 トウカイテイオーは特に緊張もせず、余裕の表情で記者からの質問を答えていっていた。

 三冠を目指しており、次のダービーも1位を目指していること。中央には行く予定がないということ。

 時間はあっという間に過ぎていき、最後の質問となった。

 

「では最後に、夢や目標などはありますか?」

「そうだなぁ、やっぱり、メジロマックイーンと競争してみたいかな? どっちが勝つかって」

 

 マックイーンの名前を出した瞬間、場の空気が変わった。

 

「……え?」

 

 ひそひそと、記者たちが囁き合っている。まるで触れてはいけない話題に触れてしまったかのように。テイオーが隣に座っているトレーナーをこっそり見た。彼は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。彼はマイクを取った。

 

「あー……、えっと、とりあえず当面の目標はクラシック三冠とだけ」

「……なるほど、ありがとうございました」

 

 先ほどの雰囲気が嘘だったかのように、その後は何事もなく会見は終わり、記者たちは帰っていった。テイオーとトレーナーは、役目を終えた会議室の机や椅子を片付けている。

 

「すまん」

 

 トレーナーが作業をしながら、独り言のように謝った。

 

「……うん」

「マックイーンの件は先に言っておくべきだった。色々忙しくて言う機会がなかった」

「うん」

 

 言葉はそこで終わり、作業が進む。テイオーは手を止め、トレーナーを見た。彼は背中を向けており、表情は伺えない。

 

「教えてくれないの?」

「……重たい内容でな。…………そうだな」

 

 トレーナーも手を止め、天を仰いだ。

 

「菊花は出るんだよな」

「うん、三冠取るから」

「じゃあ、菊花が終わったら、話すよ」

「……分かった、約束だよ」

 

 テイオーはにこっと笑う。

 

「それまでは待っててあげるから、今度はちみー奢ってね?」

「……分かった、約束する」

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