第一高校入学式の日。
まだ開会二時間前の早朝。新生活に胸躍られる新入生も、彼らの父兄の姿も疎だ。
その入学式の会場となる講堂を前にして、真新しい制服に身を包んだ一組の男女がいた。
「正直に答えてよカガミ。絶対に手を抜いたでしょう?」
オレーー黒野カガミの眼前に詰め寄める女子ーー黒野優姫が問う。
「手は抜いてないぞ。その証拠に入学できたじゃないか」
「じゃあ何で二科生なの?ワタシ同じ一科生だと思って楽しみにしてたのに」
「入学案内で最初に二科の項目が目に入ったからな。それで二科にした。それだけだ」
「適当過ぎ!どうせなら一科の方に目を向けてよ。頑張って一科に入ったワタシがバカみたいじゃない!」
激しい口調で頭を抱えて踠く。
第一高校に入学しろと言われただけであって、一科で入学しろとまでは言及されなかったからな。
「まぁ いいよ。同じ学校に通うことに変わりないわけだし・・・もっとワタシの気持ちを察してよ」
「分かっている。当初の目的は楽しいスクールライフ、だろ?」
「そういう意味じゃない‼︎いや、間違っていないけどさ、ワタシの彼氏ならもっとこう・・・」
優姫は話の腰を折ると、「ハァ・・・」と軽いため息を吐いて一息入れる。
「改めて確認するけど、今日からワタシ達はいとこ同士で尚且つ彼氏彼女の関係で通すからね」
出発前に事前に打ち合わせした設定を再確認し合う。
いとこで彼氏彼女つまりは恋人同士か。また随分と設定を盛り込んだものだ。スマートに熟すには癖があるが、他ならぬ優姫の要望には答えなければならない。
「あぁ 勿論だ優姫。オレはオマエの優しい従兄で彼氏だ」
予習しておいた人間の彼氏らしい微笑みを浮かべて見せる。
こんな感じだったかな?
「優しいは一言余計だし。あと顔が胡散臭過ぎてわざとらしい。初対面なら騙させるけど、顔なじみには通用しないよ。その辺は帰ってから改めて勉強だからね」
優姫が不自然な箇所を指摘してくる。
随分と一端の口を利くようになったじゃないか。純粋に嬉しいぞ。
彼女?の思わぬ成長にまた笑みが溢れる。
「キショッ。暫くはその顔を向けないでよ。背中がむず痒くなるからさ。早く講堂に行こう」
オレの顔がそんなに気持ち悪かったのか、優姫は両手で自分を抱き締めながら先に歩いて行く。
人間の笑顔とはホント難しいな。
彼女?の後ろを歩きながらオレはそんな事を愚痴ってみる。
***
入学式まで一時間前。
時間潰しも兼ねて適当に敷地内を一緒に歩いていると、
ーーねぇ、あの子可愛くない?
ーー隣にいるのは彼氏かな。でも、ウィードか。
ーー彼女さんが可哀想。身を引けばいいのに。
式の運営に駆り出されたのだろう。在校生がオレと優姫の前を少し距離をとって横切って行く。
「はあ、ムカつく。陰口叩かれてカガミは腹立たないの?」
「放っておけ。ただの戯言だ」
ウィードとは、二科生徒を指す言葉。
緑色のブレザーの左胸に八枚花弁を持つ生徒をそのエンブレムの意匠から「ブルーム」と呼び、それを持たない二科生徒を花の咲かない雑草と揶揄して「ウィード」と呼ぶ。
この学校の定員は一学年二百名。
その内百名が、第二科所属の生徒として入学する。
学校に在籍し、授業に参加し、施設・資料を利用することを許可されているが、最も重要な、魔法実技の個別指導を受ける権利がない。
そんな事は正直どうでもよく、オレ自身の関心は別の事に向けられていた。
嗚呼 学内は活発な想子と霊子で満ち溢れている。
感傷に酔っていると、隣の優姫が無言でオレの横腹を小突いてくる。
「どうかしたか?」
「別に。気付かないなら後で話すよ」
優姫は顔を合わて「フン!」とそっぽを向く。
本当にどうしたんだ?
その後は暫くお互い無言で敷地内を適当に歩き回る。
***
入学式まで、あと30分を切った所でベンチの置かれた中庭を発見した。
「あっ 丁度いい所にベンチがあるよ。一緒に座ろう」
オレの手を引いて、優姫がベンチへと歩き出す。
しかし、ベンチの前には既に先客の女子生徒の姿が。オレ達が視界に捉えると、こちらに気づいた相手と視線が合った。
「あなた達新入生ですね?もうすぐ開場の時間ですよ」
雰囲気から在校生だろう。が落ち着いた物腰で話しかけてきた。
左腕には魔法発動に用いるCADが巻かれている。
生徒で学内におけるCADの常時携行が認められているのは、生徒会の役員と特定の委員会メンバーのみ。
「ありがとうございます。すぐに行きます」
相手の左胸には八枚花弁のエンブレム。
名門校の魔法師だけのことはある、想子霊子ともに悪くない。
思わず口が闢きそうになると、優姫がオレの足を容赦なく踏みつけた。
「あ、あの どうしたんですか?」
「すみません。うちの彼氏が先輩に目移りしゃったみたいで。お灸を添えてるだけなんで気にしないで下さい」
「そ そう?別に気にしてないから離してあげたら?彼氏さん痛そうだけど」
苦笑いする彼女の言葉を優姫は無視して執拗に足で押さえつけながら強く回す。
「いい加減離せコラッ。地味に痛いから」
「彼女として当然の権利ですけどナニか?」
お互い相手を威圧し、じろりと横目で睨み合う。
「2人ともそこまで!入学早々、私の前で喧嘩なんて許しませんよ!」
落ち着いたら物腰から一転、激しい口調でケンカの仲裁に入る。
「「申し訳ありません」」
二人一緒にこの場は素直に謝罪を述べておく。
「分かればいいわ。あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています。七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」
彼女の自己紹介を聞いて、オレは再び口が闢きそうになるが紡ぐ。
魔法師としての資質に家系が大きな意味を持つ。この国おいて、魔法に優れた血をを持つ家は、慣例的に数字を含む苗字を持つ。
七草家はその中でも、この国おいて最有力と見なされている二つの家の一つだった。
その血を引き、この学校の生徒会長を務める少女。人間で言うエリート中のエリートというわけだ。
「生徒会長それもナンバーズでしたか。他の生徒よりも雰囲気が違うわけだ。朝からいい目の保養になりましたよ」
「ふふ、口がお上手ね。でも、彼女さんの前ではしないことね。でないと、ねっ?」
苦い愛想笑いを浮かべる真由美の先には、再発しような勢いの優姫が睨みを効かせている。
いかん、思わず癖で甘言が。
「おっと、申し遅れました。オ・・・自分は黒野カガミです。こっちはいとこの・・・」
「黒野優姫です。カガミとは恋人同士でもあります」
表向きは、ね。
話題逸らしも兼ねて、オレは優姫と揃って事前に決めていた自己紹介をする。
「いとこ同士で恋人ですか」
真由美が物珍しげにするのも無理はない。
魔法師社会において、いとこ同士の婚姻は避ける傾向にある。近親婚が次世代に与える影響が解明されていないからだ。
やはり、いとこで且つ恋人の設定は無理があるのでは?現に入学早々、要らん注目を受けているぞ。
オレは横にいる優姫に不満を漏らす。
「カガミくんに優姫さん・・・そう、あなた達が、あの・・・」
何なら意味ありげに頷く生徒会長。
「オレ達が何か?」
「優姫さんは実技試験は第二位、ペーパーテストは平均、百点満点中九十五点の高成績でこれも第二位。魔法工学は惜しくも百点を逃したけど、それでも文句なしの高得点よ」
「本当に頑張ったんだな優姫。偉いぞ」
「もっと褒めていいよ」
優姫の頭を優しく撫でる。本人も満足気な様子。
しかし、二位か。新入生総代の話が来ないからもしやと思っていたが、優姫を通り越して一位を取った人間とは一体何者だ?
オレは少しだけ興味が湧く。
「特にカガミくんは七教科全て百点満点中六十六点。実技試験に至っては魔法協会が定める平均値ぴったり。故意に揃えたとしか思えない結果に先生方の間では議論の対象になってたわよ」
オレの試験結果に訝しむ七草生徒会長。
適当に二科生として入学する為とはいえ流石に遊び過ぎたか。
「偶然ですよ。一発勝負の試験でそんな事をやる意味がないじゃないですか。それに・・・」
優姫の肩を抱き寄せる。
「彼女だけ合格して彼氏のオレが不合格する訳にはいかないでしょう」
「ふふ、それもそうね。それじゃ、お似合いのおふたりさん。入学式に遅れないようにね」
そう言って彼女は式の準備だろう、講堂へ向かって真っ直ぐ歩いて行く。
真由美の背中が見えなくなるまで、その場に佇んでいると、
「あの人 七草真由美を喰おうとしたでしょう?」
唐突に優姫が疑念に満ちた厳つい眼差しで尋ねてきた。
「まさか オレは普通に学生らしく雑談を交わしていただけだ」
対してオレはきょとんとした目つきで惚けてみせる。
「ウソばっかり。この学校に来てから誰かを喰いたくて堪らない顔をしてるよ。今でも腹が減ってしょうがないくせに」
その指摘にオレは自身の口元を覆い隠す。
おっと、無意識に顔に出ていたのか。おまけに優姫め、日に日に感性が鋭くなってきたな。
「勝手に喰う真似は許さないよ。カガミはそんなことはしない。そうでしょう?」
「もちろんだ優姫」
窘める優姫に目一杯の愛想笑いを浮かべる。
嗚呼 人間のふりは本っ当に腹が減る。
***
講堂内に足を踏み入れると、既に席の半分近くが埋め尽くされていた。
前列は一科生、後列が二科生に綺麗に別れている。
ここは下手に波風を立てる必要もないな。
オレは相席を強く希望する優姫を上手く宥めて、一科生側に座らせてると一旦別れる。
適当な空席を探して歩き回っていると、オレはふっと1人の男子 新入生に目を奪われた。
中庭で遭遇した七草真由美よりも想子に溢れている筈なのに、この違和感は一体なんだ?霊子と全く釣り合っていない。
オレは眼前に座る男を後ろから観察する。
・・・隙がない。要人警護のSP或は臨戦体制の暗殺者とも取れる雰囲気をかもし出している。本当に学生なのか怪しい。
オレが本気でこいつを喰うとしてもホネが折れそうだ。
観察に徹している内に相手が振り向いてきた。まさか、感付いたのか?
「隣に座ってもいいか?他に空いてる所がなくてな」
咄嗟に相席を求める体裁で相手に話し掛ける。
「構わない」
愛想よく頷いた相手の右隣の空席に座る。
「黒野カガミだ。同じ新入生同士 気軽に接してくれ」
「司波達也だ。よろしく」
「あたしは千葉エリカ。よろしくね、黒野くん」
「私、柴田美月と申します。よろしくお願いします」
達也の連れだろうか、彼の左隣に並んで座る女子ニ人組とも自己紹介を交わす。
勝気で明るい千葉エリカ。
大人しい雰囲気の文学系の柴田美月。
両者とも喰いがいのある霊子を宿している。エリカに至っては肉付きが良い。少し位は・・・おっと。優姫に釘を刺されているのを忘れずに。
それからは出身中学や講堂までの経緯について語り合う。その中で、オレは三人が初対面で入学当日に知り合ったことも知る。
「あの・・・」
柴田美月が声を掛けてきた。
大人しげな顔に似合わず、初対面でも話せる性格らしい。
「さっきからどうしたんですか?私の顔になにか?」
女性は男性の視線に敏感と聞いていたが、無意識に見詰め過ぎていたらしい。
「あれ〜もしかして、黒野くん美月に惚れちゃった?一目惚れってやつ?」
「違うよ。こんなに素敵な人と一緒に入学式を迎えられて自分は運が良いと思ったんだ」
「そんなセリフ自然と口にできる人 初めて見た。って、美月顔が真っ赤になちゃってるし」
「はわわわわ」
「黒野。おまえ偶に天然って言われないか?」
いかん。また、癖で甘言を吐いてしまった。
どうやって挽回するか模索していると、
『それではこれより、国立魔法大学付属第一高校の入学式を始めます』
丁度いいタイミングで司会進行役のアナウンスが入り入学式が始まる。
とりあえず今は後回しにするか。
式は順調に進み新入生総代による答辞に入る。
アレが優姫以上の結果を叩き出した人間か。
壇上に上がった総代のその姿に周りの新入生達の視線が釘付けになる中、オレは無関心ーー喰う気が全く湧かなかった。
あんな左右対称の人間が自然交配で生まれる筈がないのにな。想子は悪くないが、霊子に至っては正直言って・・・不味そうだ。
人間?にこんな感情を抱くのは初めての経験だった。
***
それから式は滞りなく終わり、一塊で移動したオレ達は学内IDカードを受け取ると、自分達のクラス分けを確認する。
「オレはF組だ」
「黒野くん以外皆E組なのね。これからどうする?ホームルーム見にいく?」
エリカが今後の予定を提案する。
「いや、妹と待ち合わせているんだ」
「オレも連れを待たせている」
「カガミ〜入学式終わったし一緒に帰ろうー」
噂をすればなんとやらだ。
人垣を抜けてきた優姫が手を振りながら歩み寄ってきた。そして、
「ワタシ 待ちきれなくて迎えに来ちゃった♡」
わざとらしく執拗に抱きつく。言えた口じゃないが、今はやめろ。
「あのさ、オマエわざとやってるだろう?学校では自重しろよな」
「普通のスキンシップだよ。チラッと見たけどカップルぽい先輩達もやってたし、これくらい平気だよ」
「ちょっと あんた達、そういうのは時と場所を選んでやりなさいよ。変な注目を浴びてるわよ」
案の定、エリカから咎められ、おまけに講堂内の人間達からの変な注目を浴びる。
これ以上、目立つのは面倒だから強引に引き離す。
「彼女は誰なんだ?それに一科生だよな」
「コイツはオレのいとこで名前は黒野優姫」
「そして将来を誓い合った者です」
中庭で生徒会長にしたように詳細及び自己紹介を告げると、案の定三人は物珍しげな態度を示す。
「いとこ同士で恋人とは珍しいな」
達也の発言はオレ達の関係について述べたように聞こえるが、オレには全く別の意図を感じた。
コイツがオレと優姫に向ける視線もとい、この眼はなんだ?まるで見透かされるように思えるのは気のせいか?
「そんなに見詰めてもうちの優姫はやらんぞ」
「そんなつもりはないから安心しろ」
「黒野くんって、恋人というよりも黒野さんのお父さんみたい」
「確かにそっちの方がしっくりくる」
美月は顔に似合わずハッキリと言うタイプらしい。
エリカは頷いて納得するなよ。
「アハハ、お父さんだって。今度パパって呼んであげようか?」
「もう一度同じこと言ったら、二度とオマエの面倒は見ないからな」
「面倒って、も もしかしてお二人は同棲してるんですか?」
「そうだよー、同じ屋根の下で朝から晩まで一緒にね。この前も家で・・・きゃっ」
「何メチャクチャな説明してるんだ。まぁ 同棲してる事に変わりないが」
オレと優姫のカミングアウトに美月は顔を真っ赤に染める。
この時代、貞操概念が強い。男女(血縁除く)それも未成年カップルが同棲する事は殆どない。
そのためか美月のような反応を示す人間が多い。
「あんた達結構大胆なのね。親はナニか言わないわけ?」
「大丈夫!両親公認の健全なカップルでーす」
ウソで固めた身の上話を平気で口にする優姫の態度にオレは内心呆れを通り越して感嘆する。
両親ってそんなモノ居ないのに。いや、優姫には確か遺伝上の親がいるにはいるか。
「黒野くんと被るから下の名前で呼んでもいい?」
「もちろん。ワタシもみんなのこと下の名前で呼ばせてもらうね、エリカちゃん、美月さん。それに達也くん」
出会って早々に優姫が全員と親睦を深め合う。
きっかけを作ってくれたエリカの人柄に感謝だな。これが人間の友好関係というやつか。
「優姫って一科生よね。アタシ達と一緒にいて大丈夫なの?他の一科に目を付けられない?」
優姫の立場を心配してか、エリカが優姫の八枚花弁のエンブレムに目を向ける。
「別にー。誰と仲良くするかワタシが決めることだし。他人から文句言われたくないよ。エリカちゃん達と一緒にいると気分良いし、もうワタシの中では友達だよ。それに変なのが付いてもカガミがいるから平気だしね」
本人は何処吹く風で、また執拗にオレの腕に抱きつく。
引き離すのも面倒だからもう好きにさせる。
「あんたって、結構ハッキリとモノ言うのね。気に入ったわ。それに黒野くんメッチャ頼りにされてるじゃん。ちゃんと優姫を守ってやりなさいよ」
「友達ですか。そう言ってもらえて嬉しいです」
エリカと美月の中で、優姫に対する好感度が上がっている。
今の所は出だしは良好。コレが優姫が言っていた高校デビューというモノか。
「ところで美月さんはメガネしてるけど、それってファッション?」
優姫が突然話題を切り変える。
医療の発展で視力矯正が容易になった現代において、眼鏡を掛けるのは嗜好か、ファッションか、あるいは、
「いいえ。私、霊子放射過敏症で人の霊子がオーラの形で見えてしまうです。だから、こうして眼鏡が必要で」
霊子放射過敏症は、見え過ぎ病とも呼ばれる体質のことで、意図せずに霊子放射光が見える。意識して見えないようにすることができない。
「へぇー、なんだか面白そう。ねぇねぇ、よかったらワタシのオーラを見てよ」
間違えれば相手を中傷しかねない発言。
面白いって、コンプレックスを刺激するような真似はよせ。
それにオマエは別の意味で見られると困るだろう。
軽率な行為を制止しようとすると、
「優姫、それはちょっとデリカシーがなさ過ぎじゃない?」
「えっ?あ、ごめんなさい!悪気はなかったの!」
エリカの指摘で初めて自分が無意識に失言を漏らした事に優姫は気付く。
慌てて頭を深く下げて謝罪の意を示す。
「頭を上げてください。私は全然気にしてませんから、ねっ?」
「そ、そう?ありがとう美月さん」
「柴田さんが優しい人で良かったな」
雰囲気が一変して、陽気な雰囲気に戻る。
「それじゃ、ゴホンッ 改めて見てくれるかな」
「それでは失礼します」
美月は意識を集中ジッと目を凝らして優姫を見詰める。
「黒野さんのオーラは、陽の光の様で温かみのある輝きを放ってます」
美月の物言いに満更でもない顔の優姫。
表面上は見られても大丈夫か。オレは内心安堵を示す。
「ただ、なんて言えばいいんでしょうか・・・表現するのが難しいですが、身体の内側でもう一つ別のオーラが見えます。こっちはまるで人目を避けている、怯えているように見えます。こんなオーラの見え方をする人は初めてです」
前言撤回。まさか、ここまでとは・・・。
オレの中で美月への警戒度が一気に跳ね上がると、同時に横目で優姫の様子を伺う。
上手く平静を取り繕っているが、内心意表を突かれて狼狽していることが判る。
それだけ美月の指摘は優姫の核心を突いているのだから。
「へぇーそうなんだ。美月は占い師かカウンセラーになれるよ。せっかくだし、カガミも見てもらいなよ。例えばワタシ達の今後の未来とか」
優姫がさりげなくオレに話題を逸らす。
コイツ、オレに標的をずらしたな。軽々しく生贄にするんじゃない。
「アハハハ、占い師だって、確かにメチャ似合ってる」
「ちょっ!エリカちゃん笑わないでください。そういうのじゃないから」
「本人も違うと言ってるだろう。もう揶揄ってやるな」
「すまない気にしないでくれ。見てくれるかな」
「は、はい。それでは失礼します」
美月は意識を集中ジッと目を凝らしてオレを見詰める。すると、見る間に美月の顔が青ざめていく。
「・・です」
「何だって?」
「まったく見えないんです。黒野くんからオーラを感じられない。こんなの事は今までなかったのに」
「ワタシ達の未来はまだ不明ってこと?なんかショック」
「体調にも左右されるだろう。見えない時もあるさ」
優姫は頓珍漢な言動でオレは愛想笑い浮かべて誤魔化す。
我ながら苦しい言い訳だが、今はこれで乗り切るしかない。オーラね。霊子過敏症を、人間を甘く見ていた。下手をすれば足元を掬われ兼ねない。
内心で美月の警戒度をさらに上げておく。
「そ、そうですね」
「・・・」
美月はどこか腑に落ちない様子。
何気なく達也の懐疑な視線まで感じる。
この雰囲気をどうするか打開策を模索していると、
「お兄様、お待たせ致しました」
達也の待ち人が人垣を抜けて現れた。
その姿に見覚えがあった、入学式の壇上で見た新入生総代だ。
人垣の中には中庭で会った七草真由美の姿があった。軽く会釈すると相手は微笑みで答えた。
すると達也も面識があるのか、彼女に無言で頭を下げる。
「妹さんって・・・新入生総代の司波深雪さんだったんですか?」
「お兄様、その方たちは?」
「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ。そして最後に別のクラスの黒野カガミと黒野優姫さん」
「そうですか。早速、クラスメイトとデートですか?」
可愛らしく小首を傾げ、唇には淑女の微笑み。ただし、目が笑っていない。
冷房が効き過ぎているのか、オレの腕に抱きつく優姫が震えている。
「そんなわけないだろう、深雪。お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は三人に対して失礼だよ?」
達也が目に軽い非難の色を見せると、一瞬だけハッとした表情を浮かべた後、司波深雪は一層お淑やかな笑顔を取り繕う。
同時に優姫の震えも嘘のように止まる。
「初めまして、柴田さん、千葉さん、黒野さん。司波深雪です。わたしも新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」
「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴方のことも深雪って呼ばせてもらってもいい?」
「あっ、それならワタシも優姫でいいよ。カガミと被ちゃうし、名前で呼んでくれた方が嬉しい。よろしくね」
「ええ、どうぞ。苗字では、お兄様と区別がつきにくいですものね」
「あはっ、深雪って見掛けによらず、実は気さくな人?」
彼女達の挨拶を適当に聞き流しながら、オレは司波深雪を観察する。
やはり、何度見ても食欲が湧かない。
人間の美的感覚からすれば、姿形とも好ましく理想的なのだろう。
しかし、作りモノの印象が強く好ましく思えない。
観察を終える頃には、司波深雪と七草会長が二言三言やり取りしている所だった。
「あっ、黒野くん今度は深雪に目移りしてる。優姫がいるくせにワルい〜」
勘違いしたエリカが揶揄ってくる。
止めてくれ。優姫の前でそんな発言をすればどうなるか。
「カ・ガ・ミ〜、どういう事か説明してくれる。いや、しろよ」
案の定、オレは座った眼の優姫に胸倉を掴まれて詰問される。
誰か助けてくれ。思わず無言で七草会長に助けを求めるが、彼女は自業自得よ言わんばかりに笑顔で会釈してそのまま人垣を連れ講堂を出ていた。
それが先輩もとい人間のやることか?
「ワタシがいない間に、また誰かに夢中になってたの?今度やったら承知しないって言ったよねー」
「別に夢中にはなっていないぞ。ただ司波さんが現実離れしてる人に見えた。それだけだ」
「ウソつけ‼︎ってか、さりげなく深雪を褒めてるし!ワタシがいるのにアンタってヤツは・・・!」
「ねぇ、優姫。もしかして黒野くんって、いつもこんな感じだったりする?」
「大体初対面の相手、特に女性にはこんな態度だよ」
女性陣の間でオレがナンパ野郎のカテゴリーに含まれる。
これはオレの生まれ持ってのただの習性で、だからどうする事もできない。
他の人間はともかく、優姫は十分把握してるだろうに。
「後で絶対にヤキいれてやる」
「ヤキって、あんたって割とオラオラ系なのね」
「・・・勘弁してくれ」
「黒野。そこはお前の自業自得だ」
「黒野さんに充分非があります」
「そうですよ。彼女さんを怒らせたんですから、しっかり反省して下さい」
達也と深雪に加えて美月からも責められる始末。
優姫の『喰うな』の命令には背いてないのに、この扱いは何なんだ?
「今気づいたけど、優姫と深雪って名前の響きもそうだけど、見た目も少し似てるわね」
エリカが両者を交互に見比べる。
深雪が凛とした神秘的な黒髪美少女なら、優姫は愛嬌のある幻想的な黒髪美少女だ。
こんな偶然があるのか。優姫の外見にはモデルなの存在しないのに。
オレは今更になって気付く。
「確かに、姉妹だと言われても不思議じゃないくらい似てますね」
「案外、生き別れの姉妹だったりして」
美月の指摘にエリカが戯けた口調で乗り掛かる。
「あはは、姉妹だって。もしも本当だったらワタシがお姉ちゃんかな」
「ふふ、そこは優姫さんが妹なのでは」
「えー、そうかな?深雪お姉ちゃん」
「・・・」
お互いに冗談を交えながら、楽しそうに笑って打ち解け合う。
しかし、その光景に達也だけが訝しげな様子を見せるのが、オレには気がかりでならなかった。
コイツには柴田美月以上の警戒する必要があるかもな。
「変な言い回しだけど、お互い似てる誼で唐突だけど友達になろうよ」
「えぇ こちらこそよろしくお願いします」
友好の証とばかりに両手で硬い握手を両者交わす。
「おふたりがこうして並ぶと凄く魅力的に写りますね」
「司波さんも充分魅力的だが、愛嬌のあるうちの優姫の方がずっと魅力的だな」
「ほぉ?いい度胸だな黒野。それを言うならうちの深雪だって負けんぞ」
互いの目線で火花が散る。
「側から見ると完全に娘自慢の父親って感じね」
エリカが呆れた表情でオレと達也を眺める。
***
講堂でのやり取りの後、エリカの提案でケーキ屋もといフレンチのカフェテリアに連れて行かれ、そこで昼食を済ませると、短くない時間女性陣はお喋りに興じる。
オレと達也も聞きに徹していたが、終わる頃には全員名前で呼び合う程には親睦を深め合えた。
店を出て自宅に帰り着く頃には夕暮れ時になっていた。
帰宅後制服からラフな私服に着替え、そのまま夕食を済ませる。
その後、優姫はリビングのソファにもたれながら携帯端末弄り、オレはその横で映画観賞に耽る。
映画は素晴らしい。
性別年代、種さえも超えて楽しめるし、違う世界を見ることでストレス発散に加え、自分にないものを取込める。
まさに人間が生み出した秀抜な発明と断言してもいい。
映画が終盤に差し掛かったところで「さっきからナニ観てるの?」と携帯端末横目に優姫が尋ねてくる。
データ化が主流化した現代。紙媒体の本は勿論円盤ディスクすら骨董品扱いされ、前時代のレンタルショップと呼ばれるものはなくなった。
一般的にレンタル映画ドラマといえば、自宅か携帯端末でダウンロードするのが当たり前。
オレは映画を一旦停止し、テレビをホーム画面に戻すと映画タイトルとあらすじを表示させる。
『愛と戦車と盆踊り』
「ナニ?何なのこのB級映画臭満載のタイトル。えっ?死んだ恋人を戦車に乗せてお祭り会場を暴れ回る???ワケ分かんない」
優姫が奇異の眼差しを向ける。
映画にB級だのランク分けするなど人間の感性は時々分からないな。
「オマエも一緒に観ないか。ここから一気に面白く」
「謹んでお断り申し上げます」
優姫は丁寧にキッパリと明確な拒絶を示す。
「何故だ?オレがオマエに何かしたか?」
「忘れたとは言わせないよ。昔、ワタシがカガミとの初デートで酷い目に遭わされたの」
優姫がジトッとした視線をオレに向ける。なんだその苦虫を噛み潰したような顔は?
オレは目を瞑り頭の中で過去を振り返る。
ただ優姫がデートしようと執念に強請るから丸三日掛けて複数映画館をはしごーー上映30作品を一緒に鑑賞しただけなのに。
「アレの何処に問題が?立派なデートだったじゃないか」
「一体何処が⁉︎殆ど拷問じゃん‼︎カガミは知らないけど、映画の連続鑑賞はカラダに悪いんだよ!あの後ワタシ目がチカチカしてまともに歩けなかったんだから」
帰宅まで間、オレの手を握って離さなかったのはその為か。
たった30本程度で根を上げるとは人間は脆弱だな。本音を言えばオレはもっと鑑賞したかった。
「アレ以降、もう二度とカガミとは映画鑑賞しないと誓ったんだからね。この映画中毒オタクめ」
「オタクって、どこでそんな死語を覚えた。そう言わずに一緒に・・・」
「おフロ入ってくる」
優姫が逃げる様にパタパタと足音を立てて、リビングから着替えも持たずに風呂場へと退散する。
「・・・そこまで嫌うこともないだろう」
オレは一言愚痴ると、気を取り直して映画の鑑賞に戻る。
***
「・・・そろそろか」
映画がエンドロールに突入すると、オレはそれを観る事もなくソファから立ち上がり、風呂場へと向かう。
これはいつもの習慣のようなものだ。
オレが風呂場の脱衣所に入ると、見計らったタイミングでソレがあった。
「カガミ〜コレ干しておいて」
優姫の間伸びした声が風呂場から聞こえる。
僅かに開いた扉の隙間から差し出されたのは背筋部が大きく開かれた『黒野優姫』の皮。それを掴むのは病的なまでに青白く爛れた皮膚に痩せ細った腕。
これが皮を脱いだ優姫の中身で正体もとい●●●だ。
そのまま扉前に放っておけば勝手に洗っておくのに。自分で手洗いしないと気が済まないとは頑固だな。
オレは渡された皮を受け取ると、部屋干しの為に出ようとするが、「待って」と●●●から呼び止めが掛かる。
「ねぇカガミ。ボクはちゃんと学生に成りきれてたよね。不自然な所は何もなかった。そうでしょう?」
扉越しに伝わってくる中性的で弱々しい蚊の鳴くような声。まず聴き取れる筈のない声だが、オレからすれば苦にもならない。
一人称がワタシからボクになっている。これはかなり精神的にきてる証拠ーー学校でのやり取りが尾を引いているな。
オレは扉に背を預けて、そのまま扉越しで●●●の話に付き合う。
「誰の目から見てもお前はしっかりと女子高生に成りきれてたよ。どこか不自然で不安な点があったか?」
「あったと言うか居たんだよ。ボクに懐疑的な目を向けてきたヤツが」
「美月のことか?霊子過敏症持ちの」
オレは敢えて美月の名を挙げてみる。
「ちがう。美月じゃなくて、アイツ司波深雪の兄」
「・・・達也か」
その名を呟くと同時に●●●が浴槽で膝を抱えてぶるぶると震える。
コイツの成りすましは、そこらの役者や諜報員など足元にも及ばないレベルーーオレが直々に鍛えたから。
被る皮にしたって、オレ特製でヤワな作りはしてない。
それなのに●●●がここまで怯えるとは。
美月の件もあるが、達也は初対面で●●●に不信感を抱いたのか?
「不安なら調べてこようか?或いは一思いに消すか?その方がお前の学校生活の為にも・・・」
「ダメ!それだけは絶対にダメ!」
オレが言い切る前に●●●がバシャと激しい水音を立て浴槽から飛び上がる。
「イヤな予感がするんだ。アイツに手を出したらボクだけじゃない。カガミが・・・!」
「オレが負けて死ぬとでも?人間相手に、本気で思ってるのか」
「そ、そこまで思ってないよ。カガミは誰よりも強いもん。ただ・・・イヤな予感がするそれだけ」
「それならいっそ転校するか?幸い魔法科校は一校だけじゃない。何だったら魔法とは無縁の一般校に別人として編入するのも一つの手だぞ。オレはオマエの決定に従うし、なにより何処までも付いていく。だって・・・」
オレはオマエが死ぬまでオマエの味方だからな
それから暫く無言の時間が続く。
●●●が答えを出すまでの間、オレは今後の方針について模索する。
●●●が不安に駆られたのは、学生ごときと高を括っていたオレの完全な落ち度だ。
今後は慎重を期す必要がある。しかし、慎重になり過ぎると●●●が窮屈に感じて、学生生活を楽しむに反する。さて、どうしたものか。
暫く模索していると●●●がようやく答えを口に出す。
「これからも変わらず学校に通う。やっと友達もできたんだ。このままで終わりたくない」
まだ弱々しいが、言葉の端には確かな強みを感じる物言いだ。
それにしても友達か・・・●●●の素の姿を見ても友達でいてくれるかどうか。
「それがオマエの意思ならそのように」
これ以上話しても意味はないな。
オレは区切りを付けてその場を離れようとするが、
「お願いカガミ。ボクが出るまでそこにいて」
扉の隙間から濡れた手がオレのシャツの袖を必死に掴む。よく見るとその手はまだ小刻みに震えたままだ。
分かってはいたが、皮を被る前とは明らかに態度が違う。
嗚呼 迂闊に触れると消えてしまいそうな儚さだ。
結局、●●●が風呂から上がったのは2時間も経ってからだった。
時間を上手く使って執筆していこうと思います。
段々と暑くなってきたので、みなさんも体調に注意して下さい。