僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~   作:あずきBAR

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第一章 開花
第一話 五本のバラ


「さようなら」

誰へともなくそう呟き僕は鳥のように空へと乗り出す。僕に翼は無く、夜に吸い込まれる。自分という生き物は案外あっさりと死ねるのだなとぼんやりと目を閉じる。

直後、僕の手を強く引っ張る手が現れた。その手は力強く、僕を屋上へと引き戻す。僕は飛び降りに失敗したのだ。

僕の手を掴んでいる相手を見る。赤のロングストレートに、ロボットかと疑いたくなる冷たい目を持っている女だ。僕の知り合いにこんな人間はいない。

「ねぇ君、どうせ死ぬくらいだったらさ」

女が首を触り、少し緊張するように言う。

「私と一緒に世捨て人してみない?」

 

世捨て人。この言葉を聞いて、大体の人が思いつくのが、仙人とか僧侶だとか、人によってはニートやホームレスといったネガティブなものも思いつくかもしれない。僕の考えていたのも、そういうのだった。が、赤い髪の女が考える世捨て人とは、僕の想像もつかないものだった。

「おっはよーう!眠って元気になったかな?もしくはご機嫌斜めかな?どっちにしても私は元気だよ!」

半ば強制的に入れられた適当なホテルで夜を明かし、目覚めた直後に部屋に入ってきたその女は、やたらご機嫌な挨拶をする。昨日の女と同じ見た目であるため、少し僕は困惑する。

「お、おはようございます。えっと…昨日僕の自殺を止めた人のご家族の方ですか?」

「おっ!昨日よりだいぶ態度良くなったね!違うよ!あなたを助けた本人だよ!徒花鬼灯(あだばなほおずき)と申します!」

「えっ?」

僕はさらに困惑する。なにもかも諦めたような、あの死んだ目と、僕の前にいる今の、生きることが楽しくて仕方ないというような生き生きした目が、同じ人物のものだとはとても思えない。二重人格かなにかか?

「本当に同じ人なんですか?」

「はぁーん?命の恩人の言葉を疑うのぉ?いいでしょう!お返しにあなたの神経を疑ってあげる!」

「はぁ…すいませんでした。」

「まぁ神経疑っといてなんだけど、それ親の顔より言われてるんだよねぇ〜〜。まっ!ただのテンション差ってやつ!」

「そうなんですか…」

親の顔に言われることとはなんだろう?お前の母ちゃんデベソとかか?いや、それは顔についてではないか。僕の頭は鬼灯さんが来たからなのか、寝起きだからか、あまり働かない。僕は鬼灯さんに言わなければならないことがあるのに。そうだ、言わなければ。言うべき言葉は明確なはずだ。

「あの、昨日はどうして僕の自殺を止めたんですか?」

自殺を止めることが善か悪か。これから先も、ずっと論争が絶えないであろう話だが、少なくとも、目の前の人間は善だと信じているらしい。「命の恩人」なんて自称しているくらいだ。軽い非難を込めて、問いかけてみるが、

「死ぬくらいなら、別の生き方探した方がいいからだよ!絶対生きてた方がいいって!しょぼくれた顔しないで!世捨て人エンジョイしようよ!」

言葉に込められた非難が通じていないのか、飄々とそんなことを言ってくる。

世捨て人になるかどうかも決めていないというのに。

そういえば、昨日も言っていたが、世捨て人ってのはなんなのだろう?言葉自体も詳しくは知らない。

「世捨て人って具体的に、どんな人のことを言うんですか?」

「言葉通りだよ。だけども、ただ世捨て人になるんじゃあ、食っていけないよねぇぇ〜うん。あなた、学生でしょ?金もないよね?」

「えぇありませんね」

「そ・こ・で・だ!世捨て人にしかできない仕事をやってみない!?」

「は、はい?何を言ってるんです?」

「まぁ嘘だと思うよね。だけどね、ところがどっこい!お国公認の世捨て人専用の割高の仕事があるんだよね!仕事内容も簡単!内容がないようって感じでね〜」

マズイ。なんだか非常にマズイ。もしかしたら、僕は入ってはいけない泥沼に足を踏み入れてしまったのではないか。よく考えたらこの人は、どこからともなく、あの屋上に現れて、赤の他人の僕を助けて、極端な二面性を持ち、得体の知れない話を持ちかけてきている。怪しさの塊だ。

「あの、ちょっと待っ…」

「人類選別をするの!」

「て……は?」

「人☆類☆選☆別」

遊☆戯☆王みたいに言われても反応と理解に困る。

まさかこんなお気楽な口調から人類選別なんて物騒な言葉が飛び出すなんて、誰も思わないだろう。僕も思っていなかった。しかも表情もずっと笑顔のままで言うので、なんだか不気味で、思わず固唾を飲んでしまう。

「人類選別って学校で習った?」

「習ってないですけど、まぁなんとなく分かります。人が増えすぎたときの対処として行われるだとか。でもそれって、都市伝説みたいなものじゃないんですか?」

「都市伝説…いい響きだよね。私、都市伝説大好き!伝説だからね!でもね、この話は現実なんすわ」

荒唐無稽な話を威風堂々と語るため、嘘を語ってるのか頭がおかしい人なのか判断がつかない。

人間のために人間を殺す。根本的な何かが絶対的に狂ってるこの発想。目の前にいる人くらいおかしな人しか、そんな発想には至らないのではないか。ましてや、実行するなどと……

「さっき国がどうとか言ってましたけど」

「うん。国が、私たちにやれ〜!って指示してきて、支援もしてくれる。情報集めとか、武器くれたり、めんどいことを大体やってくれるから、私たちもそれに応えて、やります〜!って頑張るんだね!うん!」

「今の日本って人口が多すぎるんですか?」

「日本っつうか世界中っすな。ほら、だいぶ前に世界人口が80億人を突破したらしいじゃん?それで、80億突破記念で人類選別キャンペーンが始まったのさ!」

当たり前のように語られる話を、寝ぼけた頭で2~3回ほど繰り返すが、やはり人類選別なんて信じられない。僕の過ごしていた世界はそんなに物騒な世界だったのか?

そんなわけないと僕の頭は否定し続ける。

「そんな滅茶苦茶な話、僕には信じられません。第一なんで今さらなんです?人口はずっと昔から溢れていたのに。」

「人の数を減らそうって動きは別に今に始まったことではないんだよ?代表的なのはインドの避妊手術政策とか、中国の一人っ子政策かな。だけどね、その二つは失敗してるんだよ!どうしてか分かる?」

「えっと、国民があまり協力しなかったからとかですか」

「惜しい!いい線いってるよ!正解はね!国民に知らせちゃったからだよ!」

「え?知らせちゃったからって、知らせないと駄目なんじゃないですか?」

「チッチッチッ。違うのッチ。まぁ国は、やることは基本国民に教えねばならんけど、こと人口に関しちゃそうはいかねぇ。何故なら、人が子を産むのは生物的本能であり、信号守れだとか、放火するなだとかの理性で解決できる類いの問題じゃないからさ!言ったってどうにもならんのよ」

なるほど。そこで話が物騒になるわけだ。

「そこで人類選別ですか」

「That's Right!」

ウザ。

「でも、人類選別なんて聞いたら国民は黙っちゃいないでしょう。暴動が起きるかも。」

「うん。だから伝えない。中国とインドは伝えて、失敗した。だから日本、いや全ての国々が国民に内緒で、こっそりと人類選別をするのだよ。」

どうりで、聞いたことがないはずだ。まさか世界規模の隠し事だったとは、あまり知りたくなかった。でも、そんな話を聞いてしまった時点で、僕の体は完全に泥沼の底へと沈みきっている。この後の展開も大まかに検討がつく。

「それで、こっそりと行動できるのが、世捨て人だけってわけですね」

「That's Right!」

ウザいなぁ〜それ。

「どうだい!仕事内容は私が色々ガイドしてやるからさ!一緒に人を殺して人類を救おうよ!」

鬼灯さんは一文で矛盾するような言葉を言い放つ。

この話が真実であるかどうかは、正直どうでもいい。嘘だったら、もう一度死ぬだけだ。そして、本当だったら僕はその仕事をしてみたいと思った。

鬼灯さんは、まだ会って間もないが、僕に対してずっと善意でいてくれている。自殺を止めたのも、こんなテンションで接しているのも、僕がこれから生きていくために、仕事を紹介してくれているのも、全て鬼灯さんの優しさだ。話していることの真偽にもよるけれど、まぁとりあえず今は信じてみる。僕は鬼灯さんの優しさに応えたい。きっと辛い仕事だけれど、一度は捨てたこの命。今度はこの人のために使いたい。

「僕にもできますか?」

「必要な行程はあるけど、命を奪う覚悟、それがあればできる」

いつの間にか、昨日見たあのロボットのような目が僕をじっと見つめていた。そして試すように言う。

「覚悟はある?」

「僕は一度、自分を殺しました。命を奪う覚悟は、あります」

「そう。じゃあ早速なんだけどさ!はい!これ!」

鬼灯は胸ポケットから、いきなり小型の注射器を取り出す。僕が思わず息を飲み、ぎゅっと目を瞑ると、次に目を開けた時には、その注射器が僕の腕に刺さっていた。

「へ?あの?ちょ…何を……刺…さし……」

もしかしたら、僕は何かを間違えてしまったのでは?と朧気に考えながら、気絶した。よく考えると、病院の屋上から飛び降りようとした瞬間からなにもかも間違えていたことにも気づかないまま。




五本のバラ
花言葉「あなたに出会えて本当に嬉しい」
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