僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
向日葵君は、ゼロ距離射撃を防いでみたが、これは本来、ありえないことだ。たしかに、冷徹を使えばゼロ距離射撃を防ぐこと自体は不可能ではない。
しかし、それはあくまで冷徹の話。
徒花は腕と脚が冷徹だが、それ以外は他の人間と変わらない。人間の脳が唐突な射撃に反応できるはずがないのだ。
向日葵君は、僕の経験が浅いからそう見えただけかもしれないが、どう見ても油断しきっていたはずだ。
それなのに反応し、さらに銃弾を掴んでみせた。そんな芸当が人間にできるなんて、とても思えない。
空港のトイレに死体を隠しながら、本当に人間かどうか疑わしい向日葵君に、さっきのことを聞いてみた。
「どうして銃に反応できたの?」
「頑張ったからです」
「はい?」
「冷徹の魔改造を」
言って、向日葵君は腕を見せつける。よく見ると、所々に僕の冷徹にはない穴がある。
「僕の冷徹には、どんな攻撃も認識するセンサーとそれに応じて自動で対応するAIが組み込んであります」
これが、さっき向日葵君の言っていた「他の機能」か。
僕の知らない間に、科学はめざましい進化をしていたらしい。
もしくは知らされていなかっただけか。
「これらを総称して
言って、向日葵君は誇らしそうにする。
キルスイッチ、コマンドリフューズ、そして
あぁなるほど。向日葵君はどうやら、あの病を患っているらしい。
「もしかして、「冷徹」って名称を考えたのって、向日葵君?」
「えぇ、そうですよ。よく分かりましたね。あまり人には言っていないんですけどね」
いや多分、向日葵君を知っている人はみんな気づいていると思う。
なんてことだ。鬼灯さんや花育さんの口ぶりから推測するに、「冷徹」という名前はけっこう前からつけられていたようだ。つまり、だいぶ長いこと向日葵は......しかも、それを止める人間は、周りにいないのだろうな。
僕が......僕が止めてあげるべきなのだろうか。しかし、仕事中だしな。
さっきからトイレの外が妙に静かなのは、きっと僕らに考える隙すら与えずに追撃しようというプレイヤーの仕業だろう。
一人の少年の未来くらい、案じさせてほしいものだ。
ダァッー!
扉が勢いよく開けられ、二人の大柄な男の姿が見えた。すかさず、そこにナイフを投擲する。
ナイフは前に立っていた男の腹に刺さり、怯んだ隙に向日葵君が近ずき、後ろの男ごと押し倒し、素早く二発パンチを打ち込むと、ズルズルと二人の男を引き連れてきた。どちらの男も心臓があるはずの場所が欠けていた。
「ナイスです。椿さん」
「そちらこそ。助けられたよ」
「私は、さっき椿さんが動けなくなったのを見て、今のも動けなくなるのでは、と思ってました。しかし、杞憂でしたね。まだ徒花になって半年も経っていないのに、すごいですよ」
「鬼灯さんの教育のおかげだよ。僕はなにもすごくない」
「いえいえ、謙遜なさらず」
僕は、基本的に褒められることは嬉しいのだが。人殺しについて褒められても、なにも嬉しくない。
これは倫理的な意味合いもあるが、それ以上に、本当に嬉しくないのだ。人を殺したあとに残るのは不快感だ。
鬼灯さんのような美しい女性から褒められても、向日葵君のような可愛らしい少年から褒められても、その不快感を打ち消すことはできない。
「位置もバレてますし、このままトイレにいるのは危ないですね。さっさと離れましょう」
トイレから出て、何事もなかったようにそそくさと離れる。
さて、これからどうするか。状況を整理すると
‐プレイヤーの数は未知数。
‐なにをしてくるか分からない。
‐人がいようと、構わず攻撃してくる。
‐僕らは隠れて行動しなければならない。
‐ここは空港。当然、人はわんさかいる。
あれ?けっこうヤバい状況では?こうして移動している今も、背後から殺意をビシバシ感じるし、似たような状況が、おそらく鬼灯さんの方でも起こっている。
もしかすると、詰みでは?
「ねぇ、向日葵君。僕たちは、これからどう…すれば……」
向日葵君がいない。
‐向日葵君とはぐれた
「どうすればいいんだよ…」
いつだ?いつ離れた?ついさっきまで隣にいたはずなのに、周囲を見回しても見つからない。
なんてことだ。仲間とはぐれたことが死因になるだなんて、冗談じゃないぞ。手を繋いで歩いとけばよかったか?いや子どもじゃあるまいし、相手は年下だ。
いかんな。自分の思考回路が情けなくなっている。
たしかに、向日葵君は強いし、頼りがいがある。だけど、僕にも冷徹があるのだ。何も恐れることはない。
普通に、いつも通りに殺すだけ。ただそれだけの事だ。
「你好(こんにちは)」
人混みの中を歩いていると、ふと、声をかけられた。ただの一般人…って考えは持たない方が身のためだろう。
瞬時に軽く距離をとり、声の主を見る。「JAPAN」と書かれたラフなTシャツを着た若い中国人の女性で、そのヘラヘラとした顔からは敵意は感じられない。
「是谁(誰ですか)」
鬼灯さんに教えてもらった付け焼き刃の中国語で尋ねる。万が一ただの観光客だった場合、殺してしまうと、どっちの国が対処するか、とか少々めんどくさいことになるらしい。
「あぁ〜ハハッ、プレイヤーでーす。あと、私は日本語できるよ」
日本語をずいぶんと流暢に話し、一応の確認も杞憂に終わったが、なんだか変な感じだ。
プレイヤーだと名乗るが、やはり敵意は感じられないのだ。
「そう身構えないでさ、お話しようよ」
人混みの中、距離をとりつつ様子を伺う。周囲の人間は、僕らを避けて進むため、まるで僕とプレイヤーの女だけの世界がつくられたような錯覚をしてしまう。
この女は何がしたいのだ?話すことなど、何もないと思うのだが。
「いや〜本当にくだらないよね。人が一人死んだだけで大勢で復讐なんかに来ちゃってさ」
「...あなたも、その復讐のために来たんじゃないですか?」
「いや別に。面白そうだから来ただけだよ」
「面白そう?そんなことのために殺し合いしに来たっていうんですか?」
「殺し合いなんて、そんなおっかないことしないよ。私はただ観戦に来たんだよ」
掴みどころのない人だ。本当に何がしたいのだろうか。もしかすると、こんな話をしておいて、油断したところを殺そうとしているのかもしれない。警戒心をより強め、いつでも動けるように構える。
「だから、殺り合う気はないってば。なんで分かってくれないかな~」
「話くらいなら、ぜんぜん聞きますよ。ただし、妙な動きをすれば即座に殺します」
「あっ、そう?それならいいけど」
命に関わる問答を、緊張感の欠片もなくこなす。そこには、自分は絶対に死なないという確固たる自信があるように見えた。
「あのさ、私ね、プレイヤー飽きちゃったんだ~」
「飽きた?」
「そう、飽きた。来る日も来る日も、似たような殺し方ばっかり。一つの場所に人を集めて、ただ虐殺するだけっていう単調で、つまらない殺し方ばっかしてるんだよ」
「あなた......自分が楽しむために殺人をしてるんですか?」
「楽しくないより、楽しい方がいいに決まってるじゃん」
これはまた、向日葵君とは別ベクトルで歪んだ思考の持ち主だ。殺人というのは、こうも人間性を歪めてしまうものなのだろうか。
「それでさ、私を徒花家に招待してほしいんだよ」
「何を言っているんですか?あなたが徒花に?」
「実は、名前も決めちゃっててさ、徒花紫陽花なんてどうよ?」
「......なんで徒花になろうと思うんです?」
「あれだよ。刃物や鈍器、爆弾なんかでの殺しは飽きたからさ、冷徹っての使ってみたいんだよね~なんかスゴイらしいじゃん?」
「なんかスゴイらしい」そんな曖昧な情報でプレイヤーから徒花に鞍替えしようなんて、正気の沙汰ではない。
さらに楽しく殺すため、そんなことのために四肢をなくそうだなんて、イカれている。
「それ、本気で言ってるんですか?」
「うん。マジマジ」
「仲間に、プレイヤーに申し訳ないと思わないんですか?」
「プレイヤーの奴らなんて別に、どうでもいいよ。私は自分が可愛い。だけど、他の人は別に可愛くないよ。だからどうだっていい。今回の件で、死のうが生きようが、どうでもいい。プレイヤーに限らず、誰であろうとね」
「…そうですか」
「ね、お願い。私を徒花に迎え入れてよ」
まさか徒花にしてくれ、だなんて要求をされるとは思っていなかった。しかも、軽い口調で頼んでいる割には、目がマジだ。
他の人が、どう判断して徒花を選んでいるのかは知らないが、僕の中での答えは既に決まった。
「駄目です」
「...え?なんで?悪い話ってわけじゃないと思うよ?私、結構有能だよ」
「有能だろうと、優秀だろうと、駄目です。あなたを徒花にはさせたくない」
「だから、なんでさ?考え直してよ~頼むからさ~」
「あなたは、人間失格です。あなたという存在に価値はない。徒花にできないのは、あなたがいらない人間だからです」
「...酷いこと言うなぁ」
「ごめんなさい。でも、あなたは死ぬべきだ」
「はぁ〜、残念だよ」
女が後ろに歩き始める。
「待ってください。逃がしませんよ」
「無駄だよ~。君は私を捕えられない」
女を追おうと、足を踏み出すが、唐突に人の流れが激しくなり、あっという間に人の波に押し流される。慌てて女を探すが、どこにも見つからない。
まるで、狐につままれたような感覚だ。あの女は霧のように現れ、煙のように姿を消し去ってしまった。
「あっ、椿さん」
必死に辺りを探していると、僕を呼ぶ声がした。
「向日葵君...」
「探しましたよ、突然いなくなるものですから」
「ごめんね。実はプレイヤーに遭遇してさ、たった今、逃げられてしまったんだ」
「なんですって!要警戒ですね」
そう言って、向日葵君は僕と手を繋ぐ。
「向日葵君?なんで手を?」
「こうしとけば、はぐれないと思ったんですけど、ごめんなさい。嫌でしたか?」
「ううん、嫌じゃないよ。ありがとね」
なんだか、安心した。人と手を繋いでいると、人間だと認めてもらっているようで、気分が落ち着いた。
アジサイ
花言葉「移り気」