僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
普通に考えれば、スナイパーがあんなに目立つところにいるのは、場違いだ。
それでも、あのスナイパーがあそこにいるのは、逃げも隠れもせずに、ただただ僕を殺すという意思表示のようにも思えた。
そして、その意思は、意思だけにとどまらずに、実際に僕の身体を狙撃してみせた。
以降の狙撃は冷徹ではなく、僕の肉体を貫くと考えて良さそうだ。
あのスナイパーを叩きに行った方がいいだろうか。いや、こんな平地だと、狙われ放題になってしまう。
空港の中には、他にもプレイヤーがいるかもしれない。そう判断して一旦、飛行機の方へと走る。
ピュッ!
走り出した途端、さっきまで僕の心臓があった位置を弾丸が貫く。
本気で死んでしまう。
その恐怖が僕の足を絡め取る。
軽く立ち止まってしまい、すかさずそこに、三発目が放たれ、僕の腹を貫通する。
痛い。痛い痛い痛い。
死にたくない。死にたくない。
さっきまで僕の足を絡みとっていた恐怖が、今度は僕の足を強制的に加速させた。
普通の足だったら、あの飛行機まで移動するまでに、確実にあのスナイパーに殺されてしまっていただろう。
だが、必死に冷徹を酷使することにより、飛行機までの距離は、あと少しとなる。
あと少し。それなのに、無慈悲な凶弾は、再び僕の肉体を破壊する。
しかも、今度は右足のつけ根、ちょうど機械と肉体の狭間を撃ち抜く。
銃撃から身を守れる飛行機のタイヤまで、あと少しなのに、僕は地面に倒れてしまう。
立ちたいのだ。ただ、痛みによる苦痛が、それを許さない。
伏せている状態とはいえ、この精度で撃ってくるスナイパーだ。なんの問題もなく、僕を撃ち殺せるだろう。
まさか、こんなことになるなんて思っていなかった。なんだかんだで、大丈夫なんじゃないかと思っていた。
僕は慢心していたのだ。冷徹さえあれば、何も問題はない、と。
道具は、所詮道具でしかなく、それを人間がどう使うのかが大事なのだ。
例えば包丁は、人を殺すこともできれば、美味しい料理を作ることもできる。
車は、人を轢き殺すこともできれば、人を移動させることもできる。
全ては使い方なのだ。
そして、僕は冷徹の使い方を間違えた。冷徹に頼りすぎてしまった。
その結果がこれというわけだろう。
対して、あのスナイパーは、見事に銃を使いこなしている。
僕は、使う道具は勝っていても、使い方で負けてしまったのだ。
嫌だ、死にたくない。撃たれた腹と、右足のつけ根が張り裂けんばかりに痛い。痛い。死にたくない。死にたくない。
誰か、誰か助けて。
誰か……鬼灯さん。
近くにいて、さっきまでともに行動していた向日葵君よりも先に、鬼灯さんが僕の脳内に現れた。
「大丈夫だよ、ツバキち」
そして、多分それは、ただの偶然だったのだろう。だが、僕にとっては奇跡のように思えた。
今にも死にかけていた僕を地面から引き剥がしたのは、鬼灯さんだったのだ。
「もう安心だよ!私が守るからね!お姉ちゃんだからね!」
「......鬼灯さん。本当に鬼灯さんですか?」
「うん?私だよ!」
僕は、これが幻ではないかと疑っていた。
鬼灯さんが絶体絶命のタイミングで現れてくれたことが、あまりに出来すぎではないかと、あまりに物語じみていないかと思わざるをえなかった。
それに、以前にもこんな経験があったのだ。
初めて鬼灯さんと出会った時、鬼灯さんはギリギリのところで、飛び降り自殺をしようとしていた僕の手を掴んだ。
あまりにも、ヒーローのようだった。出来すぎなくらいに。
「あのスナイパーはさ、きっと反撃されるだなんて思っていないんだろうね」
飛行機のタイヤに隠れ、鬼灯さんは僕の止血を完了させ、スナイパーの方をタイヤ越しに指さす。
「そんでもって、随分とこっちを熱心に見ているから、この二つがあれば簡単に殺せるんだよ」
そう言って、小さいパイナップルにピンが付いたものと、殺虫スプレーのような外観にピンが付いたものを取り出す。
「それは手榴弾と…なんですか?」
「こっちも手榴弾だよ。ただし、閃光手榴弾。アイツは、手榴弾で殺す感じだね」
どうやら、僕らを狙うスナイパーの目に閃光を食らわせ、その隙に手榴弾を投げる、ということらしい。
「1kmくらい先の相手に手榴弾を当てることって、できるんですか?」
冷徹をもってすれば、理論上は可能だろう。
ただし、飛距離の調整、角度、爆発までのタイムラグなどを考えると、不可能に近い芸当だ。
「大丈夫!やってみれば意外となんとかなるから!」
鬼灯さんは手榴弾のピンを、右手の小指と親指で挟んで持ち、余った中指で閃光手榴弾のピンを抜く。
「ツバキち、目瞑ってて」
鬼灯さんがタイヤの外へと閃光手榴弾を投げるのを見て、慌てて目を瞑る。
次の瞬間、耳をつんざく轟音と、目を閉じていてもチカチカとする眩い光が広がった。
さらに次の瞬間、鬼灯さんの足音が聞こえたかと思えば、空気を切り裂いて飛んでいく何かの音が聞こえた。
ようやく視界が安定した頃に、鬼灯さんが何やら話しかけてくる。まだ耳が聞こえないと、ジェスチャーすると、鬼灯さんがジェスチャーで「倒した」と伝えてくれた。
嘘だろ?と思い、試しにタイヤから身体をはみ出させるが、撃たれない。
スナイパーの方を見ると、僅かに爆発跡が見えた。
本当に鬼灯さんがやったのだ。
閃光によって視界が塞がれ、相手の正確な位置も分からない。そんな中で、手榴弾を当てるとは。
その鬼のような技術力に感嘆しつつ、もう一度爆発跡を見る。
ここから見えるということは、あの手榴弾は、かなりの威力をもっていたらしい。
「今の手榴弾と閃光手榴弾、一体どこで手に入れたんですか?」
思わず鬼灯さんに訊くと、ニッコリ笑顔で答える。
「プレイヤーから貰った!」
プレイヤーから、か。そういえば、プレイヤーは、どうしてそんな武器まで持っていたのだろう?
ここは空港であるため、当然、荷物検査があるはずだ。だと言うのに、銃や爆弾を好き勝手に持っている。
空港側がプレイヤーに加担することはないだろう。
空港で働く人間が人類選別のことを知っているかどうか分からないが、知っていようと、知らなかろうと、プレイヤーに味方する理由がない。
もしくは、金か?いや、テロリストだと疑わざるを得ない武器の数々を許容させるには、個人が出せる金額では足りないだろう。
仮に金で解決していたとしても、そこには国の力が必要となってくる。
だが、中国そのものが、今回の件に関わっているとしたら、こんな無計画で、突発的な襲撃にはならないと思うのだ。
奇妙だ。なぜプレイヤーが武器を持っているのだろう。
そして、不安だ。なんだか、この惨劇は、プレイヤーを皆殺しにして終わりってわけじゃない気がする。
「ごめんなさい。何もできなくて」
今回、僕には何が出来たのだろうか。
向日葵君に助けられ、鬼灯さんに助けられ、僕は誰も助けられなかった。
自分が死にかけたとき、少し前の空港で、聞いた悲鳴を思い出した。僕が見捨てた命に身体が引っ張られる感覚があった。
そして、何も......何もできなかった。
僕は守られるばかりで、人殺しのくせに、殺された人の無念を晴らそうだなんて息巻いて、あっさりと倒されて、そしてまた守られた。
自分は冷徹に頼っているだけの、か弱い人間なのだと、今になって初めて気づいた。
「ごめんなさい。鬼灯さん。空港にある大量の死体、僕のせいなんです。その上、こんなに弱くて......ごめんなさい」
「椿」
鬼灯さんが僕の手をとり、包む。
「大丈夫だよ。私がいるから。私が命をかけて守るから、だから椿は大丈夫なんだよ」
鬼灯さんは、僕に甘すぎる。
しかも、その甘さは無条件のものだ。生きている。ただそれだけでもらえるものだ。
鬼灯さんは、「命」なんて単語まで使ってきた。ただ、家族という建前の存在である、言うなれば赤の他人である僕に。
僕の好みの美しい赤髪の美女が、無償の愛をくれ、僕を認めてくれて、守ってくれる。
怖くなるほどの無性の愛情を僕に絡みつかせる。
なんて甘美な響きだろう。できることならずっと、その響きに体を揺らされていたい。
ずっと、このままでいたい。
でも、いいのだろうか?
こんな僕なのに、こんなに溺愛されてていいのだろうか?
アサガオ
花言葉「愛情、あなたに絡みつく」