僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
ただの一般人である光に、徒花である僕が会うことはできない。
それでも、ただ一目だけでも復活した光を見たいと思うのは、兄弟として至極当然のことではなかろうか。
昨日あの吉報を聞いてから、鬼灯さんにも言わずに、こっそりと光が入院している病院へと向かうことにした。
ガタンゴトンッガタンゴトンッ
電車が小気味よく鳴らす走行音が、病院に近づく度に大きくなっていくような気がした。
心臓の音も、それに比例して高まっていく。
ポオーン
電車が止まり、三人ほど人が乗ってくる。
ふと、その中に気になった人影を見つけた。
靴から首まで全身白ずくめの聖職者のような格好をした美少年だ。
「向日葵君?」
「おや?奇遇ですね」
向日葵君の方も僕を見つけ、ニッコリと微笑んで僕の隣に座る。
「今日はどうしたの?仕事?」
「いえ。ただブラブラとしていただけです。そしたら椿さんと会えました。すごく嬉しいです」
「そっか。僕も嬉しいよ」
「えへっ嬉しい同士ですね」
両手を合わせて、目を細める姿は可愛らしく、さっきまでの緊張が溶かされていくようだ。
「椿さんはどこへ?」
「あー、えっと僕は...」
一目弟を見るだけとは言っても、目的は一般人だ。
向日葵君がどんな反応をするか分からないし、僕は少し背徳感を持って来てしまっている。
だからつい、でまかせを言ってしまった。
「ご飯でも食べに行こうかなって」
「こんな時間にですか?」
腕時計を見ると、時刻は午後五時。
昼食にも夜食にも適していない中途半端な時間だ。
「なんか、やたらお腹空いちゃってさ。美味しいラーメン屋があるんだよー」
「へ〜良いですね。私もついていっていいですか?」
「え?あーうん。もちろん」
「ありがとうございます。椿さんとのお食事、嬉しいです」
向日葵君は軽く笑う。
年相応の無邪気さと、太陽のような心地よい優しさ。
その二つが重なった笑顔は、いつまでも見ていられそうだ。
電車の中にいる数少ない乗客の中にも時折、向日葵君をチラチラと見ている人がいる。
僕が特別、向日葵君を評価しているわけではないらしい。
はたから見たら、僕らはただの仲のいい友だちか、兄弟にでも見えるのだろうか。
兄弟、か。
そういえば、向日葵君とも一応、義兄弟の関係にあるのか。
「ねぇ向日葵君。僕らって、あんまり兄弟って感じしないよね」
「そうですか?私は椿さんのこと、本当の兄のように思っていますよ」
「そうなの?なんだか、向日葵君が弟っていうの、想像つかないなぁ」
「そうですか?あー、だったら...」
向日葵君は、少し恥ずかしがるようにして、口を僕の耳に近ずける。
「お兄様」
そっと、秘密を共有するような声で囁く。
なんだか耳がゾクゾクとする。
僅かに吐息がかかるのが心地よい。
これは、なんというか。
なんか...良い。
とても良い。
「向日葵君、良かったら今後ともその呼び方をして欲しい」
「え?いいんですか?」
「是非、よろしく頼む」
「わぁっ嬉しいです。他の人はみんな、そういうの嫌がったり、不思議そうにしてたので」
「そうなんだ。じゃあ、その呼び方は僕だけなんだね」
「ふふっ、なんか照れちゃいますね。お兄様っ」
向日葵君はそう言って、また女の子のように微笑む。
なんだかダメなことをしている気がする。
だが、僕は自分に素直に幸せを求めると決めたのだ。
断じて、開き直っているわけではない。
僕は新しく出来た弟に「お兄様」と呼んでもらうだけだ。
なんだか光と鬼灯さんに申し訳ない気持ちになるのは、きっと気のせいだろう。
どうやら僕の最高の幸せは、まだまだ続くらしい。
「美味しかったですねぇ。あのラーメン」
「そうだねぇ」
時刻は七時半。
適度なスピードの歩みが、腹八分目の僕に緩やかなダメージを与える。
鬼灯さんには、帰りが遅くなるとメールをしておく。
「もう暗くなってきたけど、向日葵君は帰らなくていいのかい?」
「そうですねぇ。もうちょっとだけお兄様といたいです」
「そっか」
困ったな。このままだと、何時になっても病院につけない。
なんなら、適当に切り上げてしまおうか。
いや、でもその後同じ電車に乗らないのは不自然か。
仕方ない。今日は諦めるか。
「まぁーぼちぼち帰ろうか」
「おや?帰っていいんですか?」
「ん?なんで?」
「だって...」
向日葵君は立ち止まり、弟のいる病院の方を指さす。
「お兄様は、あの病院に行こうとしていたんじゃないですか?」
「え?なんで...」
おかしい。
向日葵君には、そんなこと一言も言っていない。
その素振りすら見せないようにしていたはずなのに。
「どうして、そのことを?」
「まぁ、なんとなくです。どうしてあの病院へ?」
「えーと、」
僕は、正直に全部話すことにした。
隠す意味はそこまでないし。
隠しても、なんだかバレそうな気がしたのだ。
「なるほど。旧姓の時の弟さんが」
「うん。会えないし、話せない。けど、せめて目を開けてる顔が見たくてね」
「そうですか...でも」
向日葵君は人差し指を立てて、注意するように言う。
「駄目ですよ」
「え?」
何か言われるのではないかと、思ってはいた。
だが、まさか「駄目」なんて直接的な否定をされると思っていなかった僕は、少し面食らう。
「お兄様はもう、徒花家の一員なんです。徒花家はただの家族じゃなくて、特別なんです。だから、そんなことしたら駄目ですよ」
「な、何を言ってるの?向日葵君」
「お兄様は旧姓を捨て、徒花となった。ならば、その人はもう椿さんの弟ではありません。赤の他人です」
「...その冗談、あまり面白くないよ」
「冗談なんかじゃありません。家族をなんだと思ってるんですか。お兄様の弟は、私なんですよ」
「向日葵君こそ、家族をなんだと思ってるんだよ。苗字を変えただけで赤の他人だなんて、あんまりだ」
さっきまでの和やかなムードはどこへやら、お互いに睨み合う険悪なムードが場を包む。
そうだ。
僕は忘れていた。
この子が狂った正義感を持っているということを。
「...私、実は少し特殊な人類選別をしているんです」
「え?何の話?」
向日葵君は僕から五歩分ほど離れ、ゆっくりと瞬きをする。
それから、先生が生徒に教えるような口調で語りだす。
「人類選別をする人間は、いつでも正しくないといけないのです。適切な人間が、適切に選別しなければならない」
「えーと、まぁそうだね」
「だけど、当たり前のことではありますが、適していない人が徒花になったり、徒花になってから適さなくなったりする」
似たような話を、以前にも花育さんから聞いたことがある。
過剰な力を持った人間は、腐る。枯れていく。
そんな人間は、この世界にいらないと。
「すると、そんな徒花を摘み取る存在が必要となるんです。そして」
花育さんはたしか、「徒花を殺すのは、大抵その徒花だ。なんなら、徒花を殺すための存在だっているんだぜ?」とも言っていた。
向日葵君は荘厳な雰囲気を纏い、月光を浴びながら告白する。
「私がその役割をつとめる‐
「徒花を殺す徒花...」
人殺しを殺す人殺し。
それを今、向日葵君はここで告白した。
ということは、僕は今、非常にマズイ状況にいるということだ。
僕がいらない人間だと判断されれば、殺しにくる。
こんなこと考えたくないが、もしも向日葵君と戦うことになったら、向日葵君にはあらゆる攻撃を無効化する
まず、僕に勝ち目は無い。
「私は、お兄様を選別しなければならない。お兄様がこの世界に生きるべきかどうか、判断しなければならない」
向日葵君は両手を広げ、穏やかさと威厳を共存させた瞳を僕に向ける。
「だから、これから私がする質問に、どうか正直にお答えください。その結果によって、お兄様の明日は決まります」
「ねぇ、まさかとは思いますが、お兄様は幸せになろうだなんて考えていませんよね?」
「え?」
向日葵君の瞳から明るさが消える。
その瞳は余計なものを一切映さず、ただ僕だけをじっと見つめる。
その嘘みたいな質問は、本気で言っているらしい。
「それは...どういう...?」
「私たち徒花は、聖なる行為を任せられた天使の代理のような存在です。しかし、同時に罪人でもあります」
「罪人?」
「えぇそうです。仕方ないこととはいえ、人を殺しているのですから。私たちは紛れもなく罪人です」
そんな極端な...
「人殺しだから、死ぬべきだってこと?」
「いえ、そうではありません。ですが、決して幸せになろうなんて考えてはいけません」
「なんで...そうなるの?」
「当然のことです。偶然降ってきた幸せは、神からの授け物ですから受け取るべきだと思いますが、人殺しが自ら幸せになろうとするなんて、おこがましいです」
「それは、いくらなんでも言いすぎじゃないかい?罪を犯したら、その先ずっと幸せを望んじゃいけないなんて、あんまりだ」
「たしかに、残酷かもしれませんね。ですが、然るべき運命です。もう一度問います。お兄様は、幸せになろうだなんて考えていませんよね?」
この質問に正直に答えるならば、僕は「幸せを望んでいる」と言わなければならない。
僕は、間違いなく自ら幸せになろうとしているのだから。
ただ、馬鹿正直にそんなことを言ってしまえば、目の前にいる自分を正義の使者だと思い込んでいる傲慢な少年の逆鱗に触れることだろう。
とりあえず、否定しておいた方が良さそうだ。
「そんな滅多なこと、言うもんじゃないよ。僕は幸せを求めてなんかいない」
「嘘ですね」
「え?」
「私、実はお兄様の荷物に盗聴器を仕掛けていたんです。だから、それが嘘だって分かるんです」
「...え?」
「まぁ、お兄様に限らず、全ての徒花に同じことをしているのですが」
盗聴器。
それは最近の僕が最も恐れている物だった。
なぜなら最近、掃除をする度に見つかるのが、正にその盗聴器だからだ。
探せば探すほど、キリがないほど盗聴器が見つかるのだ。
盗聴器に限らず、小型カメラも大量にある。
「まさか、あの大量の盗聴器と隠しカメラが向日葵君の仕込んだ物だったなんて...」
「大量?私は一個しかつけてませんよ?それに、カメラもつけてません」
「え?」
じゃあ、あれ何?
まさか、同居している鬼灯さんがつけたわけではあるまいし、鬼灯さんも「なにこれぇ、怖いね」と言っていた。
え、怖い。
「まぁ、ともかく。私は昨日の会話も聞いたんですよ」
「悪趣味だね。人の恋路を盗み聞きするものじゃないよ」
「ごめんなさい。でも、正しい選別のために必要なんです」
向日葵君は盗聴という行為をまるで悪びれることもなく、むしろ正当化してみせる。
「お兄様、あなたは鬼灯さんに告白し、鬼灯さんは、それを受け入れた。これは許されざる行為です」
「なんだって?」
「私は別に、リア充爆発しろだなんて考えているわけではありません。むしろ、人と人が愛を育むことは、素晴らしいことだと思います。ですが、それは普通の人の場合。人殺しと人殺しが愛を育むなど、言語道断。人殺しの分際で、誰かを愛してはいけないのです」
「......それは、どこの誰が決めたことなの?」
「どこの誰であろうと、同じことを言うでしょう」
話が通じない。
自分の正義を、大義であると確信しているのだ。
「お兄様は、人の幸せを壊した罪人であるというのに、幸せになろうとした。罪を密に重ねた大罪人です。ですから、お兄様は死ぬべき人間です」
向日葵君は一歩、僕に近ずく。
「死んでください。お兄様」
こうして、向日葵君による私刑執行が始まった。
フキノトウ
花言葉「仲間、愛嬌、処罰は行わなければならない」