僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~   作:あずきBAR

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第二十六話 ヒマワリ

僕はゆっくりと両手を上げる。

「降参だ」

「え?」

向日葵君は足を止め、目をパチクリとさせる。

「お兄様、急にどうされたのです?」

「どうもこうも、そのまんまの意味だよ。今の君の言葉を聞いて、安心したんだ」

向日葵君は不思議そうに首を傾げ、クエスチョンマークを頭に浮かべたような表情をする。

「どういうことでしょう?」

「僕はさっきまで、ただ鬼灯さんと生きるためだけに、あまりに自己中心的に逃げていたんだ。死んで、鬼灯さんと離れ離れになるのは嫌だ、って。でも、向日葵君が鬼灯さんと一緒に送ってあげるって言ってくれて、嬉しかったし、安心したんだ」

「あぁ、なるほど。それでお兄様は、生きることを諦めてくれたのですね」

「うん。それに、安心した途端に、自分の罪深さを自覚した」

「本当ですか?」

向日葵君がパァーっと顔を明るくし、嬉しそうにする。

「あぁ、今までの僕は、なんて愚かだったんだ。生きることに異様に執着し、そのくせ冷酷に人を殺す。その挙句、幸せを求めようとした上に、君という大切な義弟まで殺そうとした。自分のことしか考えていない怪物だった。本当に愚かだったし、申し訳ないと思っている」

「お兄様が、自分の罪を自覚してくださり、心の底から嬉しいです。そして、おめでとうございます。これでお兄様は、死後に救われることでしょう」

「そうかな?でも、僕としては向日葵君という素晴らしい人間に会うことが出来ただけで、充分救われた気分だよ。最後に君という正しい心を持つ人間に会えて、その誉れ高い精神性を知ることが出来て良かった。君ほどの人間に殺されるのなら、大切な義弟に殺されるのなら、それも悪くない」

「お兄様...!」

向日葵君は今にも感涙しそうなほど、目を潤ませる。

「あぁ、叶うなら、もっと向日葵君の素晴らしい考え方をもっと早く理解したかった。そして、もっと君と生きたかった」

「私もですよ、お兄様。ですが、だからといって断罪しないわけにはいかないのです。申し訳ありません」

「いや、いいんだよ。仕方ないことだしね。でも、最後に一つお願いがあるんだ」

「お願い?」

「最後に、僕とハグしてくれないか?」

「ハグ?」

「死ぬ前に、大切なことを教えてくれた君と、ハグをしたいんだ」

「そうですか。えぇ、もちろんいいですよ」

向日葵君は腕を広げ、僕を迎える準備をする。

「さぁ、どうぞ」

「ありがとう。でも、恥ずかしながら足がすくんで動けないんだ。義足でも、こんなことあるんだね」

「そうなんですか。それじゃ、私の方から行きますね」

僕は自分の腰くらいの高さに腕を広げる。

向日葵君は僕との距離を詰めて来る。

「向日葵君、君は正しい人間だ。間違っても間違ってると言えないほど、間違いなく正しい。九十億人の人がいたら、その内の九十億人が君を正しい人間だと言うだろう」

向日葵君と僕との間の距離が、人が入れないほどになる。

「でもね、」

向日葵君はその距離をさらに縮めようと、腕を伸ばして僕と身体を重ねようとする。

その瞬間、僕は全身全霊の力を込めて、向日葵君を殴り飛ばした。

「君は、正し過ぎる」

 

 

僕は、向日葵君を倒す上で、本当に我らの太陽の導き(サン・シャイン)に弱点がないかをもう一回考えていた。

そして、我らの太陽の導き(サン・シャイン)が発動"しなかった"場面を思い出したのだ。

オート発動だと思っていた我らの太陽の導き(サン・シャイン)が、実は、僕が勝手にそう思っていただけで、本当は、オート発動というわけではないのではないか、そう思える場面があった。

それは、プレイヤーが空港を占拠した後に、二人で逃げた後のことだ。

僕が、向日葵君に、なくなった命を大切にする意義について語った際、耳を塞ぐ向日葵君の手を、僕は耳から引き離したのだ。

引き離せた、のだ。

今思えば、我らの太陽の導き(サン・シャイン)にもう少し警戒するべきで、迂闊な行動だったが、あの時、確かに我らの太陽の導き(サン・シャイン)は発動しなかった。

つまり、我らの太陽の導き(サン・シャイン)は発動していない時間があるのではないか。

僕はそう考えた。

というか、よく考えればそれは、至極当然のことだった。

オート発動だとするならば、そもそも日常生活において、人々に溶け込むことなど出来やしない。

野球ボールが飛んできた時や、人とぶつかった時。

そんな時にいちいち反応していたんじゃ、マトモに生きることなどできない。

つまり、向日葵君は必要な時にだけ我らの太陽の導き(サン・シャイン)を発動しているのではないかと、僕は考えた。

向日葵君がどうやって我らの太陽の導き(サン・シャイン)を発動させているかは不明だが、おそらく一瞬で発動できるのだろう。

向日葵君がプレイヤーの小さい男の子に撃たれた際には、向日葵君は完全に油断していたが、男の子が銃を取り出す瞬間は見えたはず。

そして、一瞬で我らの太陽の導き(サン・シャイン)を発動し、反撃した。

と、これは憶測がほとんどの考えである。

だが、もしも、この考え通りだとするならば。

油断させた上で、向日葵君に反応させる隙を一切与えずに攻撃すれば、殺せるのではないか。

そんな憶測に任せた僕の攻撃は、運良く当たり、向日葵君を倒すことに成功したのであった。

 

 

向日葵君の身体は、廃ビルの向かい側にある電柱まで吹き飛ばされた。

グッタリと電柱に寄りかかっており、立つことも出来ないようだ。

「ごめんね、向日葵君。さっき、ハグのくだりの前に言ったこと、全部嘘」

「お兄...様、あなたは...」

向日葵君は、息も絶え絶えに、信じられないものを見るような目で僕を見る。

僕も、自分の演技が通じるとは思っていなかったし、なんの躊躇いもなく、向日葵君を殴り飛ばすことができた自分が信じられない。

「うん。分かってる。君という人間に対して騙し討ちなんて、到底許される行為ではない。最低最悪の方法を取ってしまったと思っている」

「なんで...私は...正しいのに...」

「そうだね。向日葵君は正しい。人殺しが幸せを望んではいけないと、僕も思うよ。君の言ってることは本当に正しい。でも、正し過ぎる」

僕は、節々が痛む身体を動かし、向日葵君の方へと歩く。

「僕は、過剰な正義に従って、大人しく死ぬ気にはなれない。僕は、生きることに貪欲で、なおかつ鬼灯さんを愛している。だから、まだ死ぬわけにはいかないんだ」

「生きる上で...人を愛する上で...その立っている道が、罪に塗れていても...いいんですか?」

「生きていなきゃ、そもそも罪を自覚することも、償うことも出来ない。僕は、最近になって、そのことが嫌だと感じるようになったんだ。死んで、何も感じることも出来なくなるのは嫌だ。生きて、幸せも不幸せも希望も絶望も愛情も憎悪も出会いも別れも正義も悪も罪も罰も、全部感じたいんだ」

僕の言葉を聞くと、向日葵君はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと話し出す。

「.........お兄様」

「なんだい?」

「私の服の、ポケットにある...私のスマホ...お兄様にあげます」

「え?」

「ロック画面のパスワードは8080......世界を救う機械(デウス・エクス・マキナ)というアプリを開けば...冷徹の改造について...大体は記されています。...それに従えば、私の冷徹と同じことができます」

「なんの、話を?」

「あぁ...聴き逃したなら、後から...私の服にある録音機で聞いてください」

「なんで、向日葵君がそんなこと教えてくれるんだよ。僕は、君を殺す人間なんだよ...?」

「どうして...なんでしょうね。本当に。...なんか、上手く説明できません。あぁ、この感情を言語化できない自分が腹立たしい...」

向日葵君は必死に喋ってくれるが、その声は徐々に弱くなっており、最後の方は、もうほとんど聞こえなかった。

「向日葵君、本当にごめんね」

向日葵君の前にしゃがみ、その顔を見つめる。

「もしも死後の世界があるとしたら、君は正常に天国に行って、僕は間違いなく地獄に行く。もしも来世があるとしたら、君は当たり前のように不死鳥に転生して、僕は当然のごとくゴキブリにでもなるだろう。そして、僕が今から言うことは、絶対に不可能なことなんだと理解している。それでも、どうかこの言葉を伝えておきたい」

向日葵君が事切れる前に、精一杯、自分が伝えたいことを綴る。

「またいつか、どこかで会おう」

 

 

向日葵君を殺した僕は、しばらくその場で茫然とする。

さんざん立ち尽くした後に、向日葵君の死体をとりあえず廃ビルに隠し、花育さんに電話をかけた。

「ごめんなさい、花育さん。徒花を殺してしまいました」

開口一番にそう言うと、花育さんは少し黙った後、静かな口調で尋ねる。

「誰を殺した?」

「向日葵君です。徒花向日葵君」

「...向日葵、か。まぁー、いつかこうなると思っていたが、とうとう...か」

「僕は、どうなるんですか?」

「あー?別にどうもならねぇよ。お前が向日葵を殺し、向日葵が死んだ。それで終わりだ」

「...そうですか」

「しかし、向日葵かぁ」

花育さんは、何かを思い出すように息を吸い、言う。

「あいつはさ、もともと俺の弟だったんだよ」

「え?」

「あいつの旧姓は花育。花育鋏(はないくはさみ)。俺と同じように冷徹に関わることをしていたんだ」

花育家。以前、鬼灯さんにその正体について尋ねたことがあった。徒花家を支える彼らも、徒花家と同じで家族だが、彼らの場合は、血縁関係のある家族なのだという。

人類選別の始まりとともに、その苗字が作られ、人類選別をする者をサポートする存在。

徒花と違い、産まれた瞬間から、人類選別に関わることになるのだそうだ。

「あいつは徒花による人類選別に積極的に関わり、そのうち、自分から徒花へとなり、人類選別をするようになった。あの性格も、産まれた場所が別だったら、人類選別に関わることがなければ、全く違ったのかもしれないな」

「...どうしてその話を?」

「あいつのことを、ナチュラルボーン馬鹿イカレ正義野郎だとは、勘違いして欲しくないんだ」

「そこまで思ってません」

「そうか。まぁ俺はさ、けっこうあいつに憧れてたんだよ。自分の信じられる正義を持ってて、やりたいことを自分から進んでできる。俺、というか花育のヤツらは全員、すげぇ無気力に生きてんだよ。欲も夢も持たず、怠惰に生きてる。だから、本当にあいつは太陽みたいだった」

花育さんの喋り方には、少し熱が込められているように感じ、その熱に気づいた途端、なんだか胸が急に苦しくなった。

「...ごめんなさい」

「いや、別に恨んでるわけじゃねえよ。でも、鋏......向日葵のことを忘れないでやってくれよな」

「...はい」

過ぎた正義も、最初から過ぎていたわけではなかったのだろう。

その太陽のような光は時に、人を照らし、憧れを抱かせた。

その眩しすぎる光は時に、人を焦がし、敵意を抱かせた。

そもそも、正義の定義なんて曖昧で、一つの正義が、また別の正義の邪魔になることもある。

今回の場合は、お互いに邪魔だった正義がぶつかったということなのだろう。

僕にとっては、鬼灯さんと生きることこそが正義だった。

向日葵君は、人殺しが人を愛してはいけないという正義を持っていた。

その二つの正義がぶつかり、片方が消えた。

世界の至る所で起こっていることが、今日もまた起きた。

ただ、それだけのことだ。




ヒマワリ
花言葉「憧れ、あなたは素晴らしい」
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