僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
認めたくない。
こんな光景、認めたくない。
なのに、部屋に満ちた赤が、僕に否応なしに現実を突きつける。
首を失った光の胴体からは、とめどなく血がドクドクと流れていく。
首のところの断面が、あまりに綺麗であるため、もともと置いてあったモニュメントのようにも思える。
床に転がっている光の生首は、僕に顔を背ける形であるため、その表情は見れない。
見たくない。
弟の死に顔など、見たくない。
「えっ、椿?何でここに?」
鬼灯さんは、来訪者が僕であることに気がつくと、何気ない様子で言う。
こんな非日常的な空間には、似つかわしくない日常的な口調。
...いや、僕の最近の日常は、こういうのだったか。
人が死んでいるのなんて、当たり前で、自然なことで、通常通りで、日常茶飯事で、至極当然のこと。
鬼灯さんの場合は、その期間が僕よりも、ずっと長い。
だから、こんな空間でも、いつも通りであれる。
恋人の弟の死ですら、平凡なことだと思える。
いや、そもそも殺したのは、鬼灯さんのようだ。
「なん...な...んですか、これ...」
「あ!いや、違うの!」
手と首をぶんぶんと振り、鬼灯さんは必死に主張する。
一体、何が違うというのか。
僕は別に、探偵でも警察でもない。
だが、弟を殺したのが鬼灯さんであることは明らかだ。
単に、この状況でナイフを持っているから、というのもあるが、弟の首の断面は、あまりにも綺麗すぎる。
並大抵の技術では、到底不可能だ。
こんな切断が出来るのは、生まれつきの殺しの才能を持った人だけ。
鬼灯さんだけだ。
そして、光を殺したのは、恐らく偶然とかではなく、意識的にやったことなのだろう。
「なんで...光が......なんで、殺したんですか...?」
「違うんだよ!椿!これはね、仕方がなかったの!」
「仕方ない...?」
「これは、私と椿のためにやったことなんだよ!」
「何を、言って...?」
「椿はね、私のことだけを見ていればいいの」
鬼灯さんは、いつものハイテンションを演じることもなく、黒く輝く瞳を僕に向ける。
「私には、椿がいればいい。椿には、私がいればいい。私たちは、二人で完結しているの」
「本当に...何を言って...?」
「もう〜なに惚けてんの。椿から告白してくれたんじゃん。愛してるってさ。私も、椿のことを愛してるし、これからもっと好きになる」
鬼灯さんは、頬に手を当てて、うっとりと悶える。
「お互いだけがいればいい。愛し合うって、そういうことでしょ?」
「...それが、光を殺した理由...なんですか?」
「うん。椿には、私以外は必要ないから。だから、これは仕方ないことなの」
「...」
要するに、行き過ぎた嫉妬と独占欲による行動...ということなのだろうか。
その結果、光を殺した。
鬼灯さんにとって、邪魔な人間だったから。
この世界にいらない人間だから。
選別した。
.........あぁ、違うんだな。
僕と鬼灯さんは、全く違う人間なんだ。
根本的なところが決定的に違う。
向日葵君もそうだったが、鬼灯さんには、人間としての重要な何かが欠けている。
嫉妬だとかの感情が高まった時、普通はまず、殺しによって解決しようだなんて発想にはならない。
でも、鬼灯さんは普通ではない。
何をするにしても、常に選択肢に殺人があるのだろう。
なぜなら、彼女は今まで殺し続けてきたのだから。
父親を殺した時からずっと、人を殺すことによって生きてきた。
自分の人生を、人殺しに費やしてきた。
殺して殺して殺し尽くしてきた。
そして、殺人が習性になった。
呼吸をするように、人を殺す。
「分かってくれた?くれたよね?」
分からない。
僕には、鬼灯さんのことが、ちっとも分からない。
だって、僕と鬼灯さんは、違いすぎるから。
三ヶ月半前まで、僕と鬼灯さんは違う世界に生きていたのだから。
僕が、人殺しになったのは、つい最近。
鬼灯さんは、昔から殺人鬼だった。
ずっと前から、心の根っこのところから殺人鬼だった。
長年続けてきた習慣は、簡単には変えられない。
鬼灯さんは、人を殺す生き方しか分からない。
何か問題が起きた時、殺すことでしか解決できない。
僕の姉は、そんな殺人鬼だった。
一から十まで、鬼灯さんを構成する要素が、人殺しだった。
人間というカテゴリーから、大きくはみ出ている存在。
どう足掻いても、抗えないほどに、殺人鬼の中の殺人鬼。
僕の愛する人は、そういう殺人鬼だった。
向日葵君の言っていたことが、今なら分かるような気がする。
人殺しが人を愛してはいけない。
その言葉は、罪がどうこうといった理由がほとんどだったのだろう。
だが、そこにもう一つ理由があるとしたら、こんな風に
「これで、二人ぼっちだね」
人を殺し過ぎると、人の愛し方が分からなくなるから、なのだろう。
...いいのだろうか?
こんな歪な殺人鬼に溺愛されていて......
いや、よくない。
これは絶対に、よくない。
僕と鬼灯さんの愛は、罪だ。
この世に存在してはいけないほどの罪だ。
目の前にいる椿が、震えているのが分かった。
その顔は青ざめ、涙を流している。
その姿はまるで、この世界のタブーに触れてしまったかのような、禁忌を犯していたことに気づいたような、そんな風に見えた。
「大丈夫?椿?」
ナイフをベッドに置き、椿を抱きしめて、安心させようと思い、ゆっくりと近ずく。
「近寄らないでっ!!!」
椿が、震える声でそう叫ぶ。
「どっ、どうしたの?」
「今、近寄られたら...おかしくなってしまう...僕は、鬼灯さんのことが大好きだったのに......僕は、僕はっ......」
椿は必死に呼吸をしながら、苦しそうに言う。
「鬼灯さんのことを殺したくなってしまう」
「えっ...」
そんな。
なんで、え?
わけが、分からない。
あ、あ〜そっか。
まだ、光くんを殺さなくちゃいけなかった理由が伝わってないんだ。
なら、しょうがないか。
そりゃあ、弟が死んでるんだから正気ではいられないよね。
うっかりしていた。
ここは、ちゃんと誤解を解かないと。
「光くんは...ほら、家族みんな消えちゃってるし、あのまま生きてても可哀想かなって思ったんだよ。だから、違うん...」
「やめてください」
私の言葉を遮り、椿が絶望したような表情で言う。
「これ以上、あなたのことを嫌いにさせないで...」
「...え、あっ...あの、」
なんで?
どうして、そんなこと言うの?
そんなに拒絶させることを、私はしたの?
私は、間違えてしまったの?
どこを?どこで?いつ?どう間違えたの?
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク
心臓が、不気味に鼓動を増していく。
私はもしかして、とんでもないことをしてしまったのでは?
取り返しのつかないことをやってしまったのでは?
「...っ、...ぁ...っ」
何か言わなければならない。
分かってるのに、言葉が喉でせき止められる。
やめて、椿。
そんな顔をしないで。
嫌いにならないで。
本当に、そういうつもりじゃなかったの。
ただ、椿ともっと愛し合うためだった。
それだけなのに。
ふと、花育如雨露の言葉が頭をよぎった。
「椿が大好きだから、椿の幸せを優先出来るよ」
と言った私に、
「その言葉、絶対に忘れるなよ。忘れた瞬間に、お前は化け物になる」
と如雨露は言った。
こういう...ことだったんだ。
私には、人を愛する才能がなかった。
人を殺す才能ばかりが溢れている。
殺人鬼に囲まれていたからか、今まで気づいてなかった。
私は多分、徒花家の中でも一番の
「...ご、めんなっ...さい」
なんとか必死に口を動かして、無理矢理声を絞り出す。
「殺...して、私を...殺して」
私は、駄目だ。
この世界に向いていない。
愛する人に、こんな顔をさせてしまった。
もう、死のう。
死ぬべきなんだ。
「嫌です」
「な...んで...」
椿は、心底辛そうな表情で、そう言う。
「殺したいんじゃ...?」
「殺したい...けど、それ以上に、愛しているから。だから、殺せない」
「...じゃあ、私は...」
「そして...自分で死ぬのもやめてください」
椿は、私が考えていたことを先回りして、それを厳しい口調で否定する。
「鬼灯さんが死んでも、僕は全く嬉しくない」
「でも、私は...私という存在は...生きてちゃ駄目...」
「生きてください。何があっても、何をしても、なんとしてでも。生きてください」
「でも、でもぉ......」
私は子供が叱られている時のように、情けない声を出し、ポロポロと溢れる涙を精一杯くい止める。
「僕は、鬼灯さんのことが大好きだし、大嫌いです。だから、鬼灯さんに生きていて欲しい」
嫌だ。
嫌、耐えられない。
心が痛い。
頭がおかしくなりそう。
お願い、椿。
どうか、お願いだから.........
ホオズキ
花言葉「私を殺して」