僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
第二十九話 ヒガンバナ
こんな思いをするなら、出会わなければ良かった。
この言葉は、失恋の常套句として定着している。
だが、僕はそうは思えなかった。
彼女と離れ離れになったって、出会わなければ良かったなんて思ったことは、一度もない。
彼女との出会いそのものを拒絶することは、僕には絶対にできない。
彼女と出会えて良かったと思うし、出会ったおかけで、僕は今ここにいるのだ。
それは、別れの辛さを差し引いても、価値のあるものだ。
そう思っている。
だけど、人生で一番辛かったのは、間違いなくあの日だ。
欺瞞と後悔に満ちた僕の人生の中で、あの日は最も異彩を放っていた。
義弟を殺し、弟が殺され、最愛の人を嫌いになった日。
あの時、どうするのが正解だったのだろうか。
僕はまだ、あの日に囚われている。
あれから、一年の時が過ぎた。
僕と鬼灯さんは、お互いに距離をとった。
どちらから言ったわけでもないが、自然と離れ、お互いに違う生き方を選んだ。
鬼灯さんは、今まで通りに人類選別をした。
僕は、人類選別をやめ、新しい道の模索をした。
今の僕の隣に、鬼灯さんはいない。
「ようやく見つけたぞ。徒花椿!」
その女の子は、高らかにそう言った。
小学生くらいの容姿に、黄色い髪をポニーテールで短く纏めている。
平日の真昼間、人通りの多いスクランブル交差点のど真ん中だというのに、人目も気にしていない様子だ。
僕は聞こえないふりをして、さりげなく人通りの少ない路地裏へと歩いていく。
「むっ、おい!無視するな!」
そう言いながら、女の子はテクテクと僕についてくる。
「約一年の職務怠慢に、その態度、いい度胸だなぁ?」
「君は誰だい?」
「あぁ、私は
「花育...か」
こんなに小さな子でも、人殺しに関わることになるのか。
普通に生きてる分には、人口増加なんて、気にもとめない些細事で、他人事のように思える。
だが、このまま人口が増加していけば、人類存続の危機なのだ。
地球の資源は、限られている。
それなのに、人類選別が行われているにも関わらず、人口はいまだに増え続けている。
人が多すぎると、限られた資源では、供給が足りない。
だから、今よりもっと人を減らしていく必要がある。
小さな子どもを使ってでも。
「言っておくけど、僕はもう人類選別に関わる気はないよ」
「ま、そうだろうなぁ。だけど、人類選別のことを知っている上に、冷徹を持っているんだから、そういうワガママは通らんのさ」
そう言うと、鉢ちゃんは、何かのリモコンを懐から取り出す。
「冷徹をもぎ取られて、ダルマさんになるか。人類選別を再開するか。そのどちらかを選ばせてやる」
「それは、もしかして冷徹を強制停止させる装置かい?」
「あぁ、そうだ。今すぐに人類選別を再開することを選ぶのならば、特別に一ヶ月程度の拷問で済ましてやる。私の温情だよ」
「ごめんね。今そういう気分じゃないんだ」
「あっそ。じゃあ貴様は、今日からダルマさんだ」
鉢ちゃんは、そう言ってリモコンのボタンを押す。
ポチっ
だが、何も起こらない。
ボタンを押す音だけが、虚しく路地裏に響く。
「あれ?」
ポチっポチっポチっ
「なんで?なんで作動しないの!」
「...それじゃあ、僕もう行くね」
「ちょっ、待て!」
鉢ちゃんは、今度は懐から銃を取り出し、僕に向けて構える。
「動くな、撃つぞ」
そう言って、僕をギロリと睨むその目には、熱が感じられた。
為すべきことを為す、という意志による強い熱だ。
「...どうして、そこまで人類選別に本気になれるんだい?」
「逆になぜ、その崇高さが分からない?このままだと自滅する人類を、世界を救うことが出来るんだぞ?これ以上ないほど名誉なことだ」
「でも、それに自分の人生を捧げる気にはなれないな。世界が救えても、自分が救えないんじゃ、虚しくなる気がするんだ」
「はぁー。貴様のような自己中がいるから、世界はいつまでたっても停滞する」
鉢ちゃんは、見た目年齢にそぐわない口調と言葉で、やれやれと嘆く。
「だから、人類選別をする人間も、選別しなければならないんだ」
鉢ちゃんは、「私が、鋏兄さんの意志を受け継ぐんだっ」とボソッとつぶやく。
「鋏...向日葵君のことかい?」
「っな、なんで貴様がそのことを知っている?......まさか、如雨露兄さんが言っていたヤツって、」
鉢ちゃんは瞳孔をガッと開き、憎しみに満ちた声で叫ぶ。
「さては貴様だなっ!!鋏兄さんを殺したのは!如雨露兄さんが許しても、私は許さないぞ!!」
そして、激情のままに、連続して銃を撃つ。
パンッパンッパンッパンッパンッパンッ
普通の銃よりも、ずっと音が抑えられているが、それでもよく響く音は、鉢ちゃんの怒りを代弁しているかのようだった。
だけど、
「なんで...弾を掴んで...!?」
僕の冷徹には、改造が施してある。
向日葵君からもらったスマホにあった情報によって、冷徹の強制停止の無効化、冷徹につけられているGPSの無効化、
だから、もうやる意味もなくなった人類選別など、しなくてもいいのだ。
「嘘...でしょ。嫌、まだ...死にたくない。まだ死ねない...!」
鉢ちゃんは、落としかけた銃のリロードをしながら、涙目で僕を睨み続ける。
「別に、殺す気はないよ。君が僕を諦めてくれたら、それでいいんだ」
「なんだと...?貴様...馬鹿にしているのか?」
「そんなつもりはないよ。ただ、君を殺す気にはなれないんだ」
鉢ちゃんのことを殺そうかとも考えたが、その姿が向日葵君の死に様と重なり、できなかった。
鉢ちゃんは、現時点で殺すことは無理だと悟ったのか、銃を下ろす。
「戯言を......私を生かしたこと、いつか後悔させてやるぞ。私は貴様をマトモに生かす気はない。地の果てまで追い詰めて、いつか殺してやる」
「そっか、楽しみにしてるよ。本当に、心の底から」
「...奇妙なヤツだな、貴様は。なんだか、生きる意味も分からず、ただ生きているだけのように見える」
「生きてるだけ、か。多分その通りなんだろうね」
「は?じゃあ、なんで生きてるんだ?生きる意味が分かってないなら、それは死んでるも同然じゃないか?」
「全然違うよ。僕にはまだ、命がある。それは、それだけで素敵なことなんだよ」
「無駄に生きるだけでも?」
「あぁ。せっかくここまで生き延びた命なんだから、できるだけ生きないと、もったいないじゃないか」
よく分からない、という顔をしている鉢ちゃんを放置し、僕は再び歩き出す。
一応
今日は、花育さんにカフェに呼ばれているのだ。
ここで言う花育さんというのは、もちろん鉢ちゃんのことではなく、如雨露さんだ。
彼は、僕が仕事を放棄してもなお、冷徹のメンテナンスをしてくれている。
向日葵君のスマホを解析して、僕の冷徹の機能向上までしてくれた。
加えて、公的機関に見つからないようサポートまでしてくれている。
正に、至れり尽くせりだ。
僕が、今ここにいるのは、間違いなく花育さんのおかげだ。
「なぜ、ここまでしてくれるのですか?」
と、一度尋ねたことがある。
すると、花育さんは
「お前らは、いつ死ぬか分からねぇからな。生きてる間だけでも、生きる努力をした方がいい」
と言った。
きっと、今までに見てきたのだろう。
死んでいく徒花を。
それでも、まだ完全に希望を失ったわけではないのだろう。
花に水をやり、育てるように、まだ命を諦めてはいないのだろう。
一年間、普通の世界と異常な世界の狭間で生きてきて、なんとなく分かったことがある。
それは、人々が徐々に世界の異常な部分に気づき始めている、ということだ。
人が減っていっている、ということに気づき始めている。
例えば、なんてことない世間話だとか、噂話などで、それとなく話したりしている。
だが、人が減っていってると断言するような人は、滅多にいない。
単に、ハッキリとは気づいていないからか、気づきたくないからなのか、それは分からない。
でも、世界中の国々が必死に守っている隠し事がバレるのは、もう時間の問題だ。
いつか、そう遠くない未来に"爆発"が必ず起こる。
そんな不安定な世界で、僕たちは生きている。
人々は、そんなことが分かるはずもなく、今日も穏やかに過ごしている。
カフェにたどり着き、軽く店内にいる人の顔を見るが、平和そのものだ。
のんびりと座る老夫婦がいた。
コーヒーを味わう母親と、それを飲みたいとせがむ子どもがいた。
スマホ片手に、最近の話題について語る二人の学生がいた。
僕は、その中に紛れるようにして、花育さんに指定された席に座る。
だが、花育さんはまだ来ておらず、店員さんにカフェオレを頼み、しばし待つ。
そして、待った結果、来たのは花育さんではなかった。
「椿...?」
久しぶりに聞いたその声は、とても小さかった。
だけど、すぐに誰なのか気がついて、声の主を見る。
真っ赤だった長い髪は、真っ黒になっており、やたらと生気がないことも相まって、別人のようにも見える。
だが、間違いなく彼女だろう。
「鬼灯さん...」
ヒガンバナ
花言葉「悲しい思い出、再会」