僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~ 作:あずきBAR
お互いに、気まずい空気が流れる。
今すぐ逃げ出したい。
とりあえず、鬼灯さんも席に座って注文を済ませたところで、話を切り出す。
「今日は、どうしてここに?」
「っぇ、あっ...えっと、花育さんに...あの、呼ばぁ...れて」
「花育さんに?僕も同じですよ」
「うぇ、あ...うん」
「......あの、」
「ひゃっ、はい...」
「普通に話してください」
「ご、ごめん」
鬼灯さんは、深呼吸をして、自分を落ち着かせている。
前に、鬼灯さんが幽霊のようだったという話を聞いたことがあるが、今の鬼灯さんは、わざとらしい程におどおどしており、挙動不審だ。
少なくとも、幽霊のようではない。
しかし、鬼灯さんも花育さんに呼ばれているのか。
だけど、呼び出したわりには、花育さんは一向に来る気配がない。
もしかして、花育さんは、この状況を作りたかったのだろうか?
僕と、鬼灯さんが会う状況を。
でも、一体何を話せばいいのやら。
話すべきこと自体は、山ほどある。
ただ、ありすぎて何を話せばいいのかが、分からない。
この一年での、お互いの変化。
向日葵君のこと。
自分の冷徹の改造のこと。
どう生きているのか。
僕という人間のこと。
鬼灯さんという人間のこと。
それらの内、何を話せばいいのかと、顎に手をやり、考える。
すると、鬼灯さんの方から、おずおずと話をしてきた。
「あの、あの時は本当に、本当にごめんなさい」
「...いえ、もう何回もその話は聞きましたし、そのことは、もう受け入れてますよ」
嘘だ。
全く、受け入れてなんかいない。
受け止められていない。
あの日、光が鬼灯さんに殺された日は、直前まで光の回復を喜んでいたこともあって、ショックが大きかった。
光が死んだということを、頭で理解しても、心で納得することはできなかった。
それでも、そのことを正直に伝えれば、鬼灯さんは壊れてしまうだろう。
だから、平気なふりをする。
「ごめんなさい。心の底から自分が愚かだったと思う。それに、私はつば...あなたに謝らなければならないことが、まだあるの」
「はい?」
もともと暗かった顔が、深刻な面持ちとなることで、さらに暗くなる。
「私は、あなたの人生を歪ませてしまった」
「そんなことないですよ」
僕の人生は、本来なら病院から飛び降りた時点で終わるはずだった。
絶望に塗れて、これからどう生きればいいのかが分からなかった。
そこに新しい生き方を教えてくれたのは、鬼灯さんだ。
「鬼灯さんのおかけで、僕はここにいるんです」
鬼灯さんは「そうじゃなくって」と言い、申し訳なさそうに語り出す。
「私は、あなたの家が火事になったとき、あの場にいたの」
それから鬼灯さんは、僕を徒花にするまでの話を語った。
あの火事のとき、自分は傍観者であったこと。
ストーカーのようなことをしていたこと。
声をかけるタイミングを調整していたこと。
何がなんでも徒花にする気であったこと。
それらのことを語った鬼灯さんは、尚も自責を続ける。
「それに、私は自分の異常さを自覚しても、それでも変わることができなかった。相も変わらず人を殺しているし、そのことに対する罪悪感とかが、一切湧かない。私は今でも
「...」
「ごめんなさい。生きていて、ごめんなさい」
「...別にいいじゃないですか」
僕たちは、今まで数えられないほどの罪を犯してきた。
数多の嘘をついて、数多の人を殺して生きてきた。
生きていること自体が、間違っているのだろう。
でも、生きていることを詫びることの方が、もっと間違っている。
「鬼灯さんが生きていてくれて、僕は嬉しいですよ」
「え?」
「何はともあれ、鬼灯さんは僕を生きさせてくれた。その鬼灯さんが生きているのが、本当に嬉しいんです」
「鬼灯さん。生きていてくれて、ありがとうございます」
椿は、嘘つきだ。
私に負けず劣らずの大嘘つきだ。
私に向けられている感情が、そんな綺麗なものであるはずがない。
むしろ、その大半が悪感情のはず。
それでも、本音を隠すのは、私と椿の距離がとうに離れてしまったってことなんだろうな。
私の椿への想いは、今も増大しているというのに。
私は、椿との恋人という関係性を失った。
だけど、失ったことにより、もっと欲しくなった。
その欲望は、膨張し続けた。
そして、いつしか恋になっていた。
家族に向ける愛ではなく、結ばれたいという愛。
もちろん、気づいた時にはとっくに手遅れで、もう取り戻すことが不可能になってた。
椿に会いたいと思った。
でも、会っちゃ駄目。
椿と触れ合いたいと思った。
でも、触れ合っちゃ駄目。
椿と愛し合いたいと思った。
でも、椿の私に対する愛は、私が壊した。
全て、自業自得。
本当に、どうしようもないほど私は愚かだ。
愛を諦めなきゃいけなかったのに、一方的に愛することを続けた。
その挙句、私は一年という時間の中で、何も変わることはできなかった。
「私は、あなたの人生を滅茶苦茶にした。感謝の言葉を言われる道理はないよ。なんなら、殺したければ、いつでも殺していいよ」
「...鬼灯さん」
椿が、困ったような表情をする。
味のしないコーヒーを飲んで、自分は何をしているんだ、と思う。
愛する人と再び出会えて、自分が生きていることを喜んでくれたというのに、それを否定し、殺害してくれと提案する。
私は、どこまでいってもロクでもない人間なんだ。
改めて、鬼灯さんと元の関係性になることは無理なんだと思い知らされる。
僕は、鬼灯さんを拒絶した。
だが、元の関係になることを望んでないと言ったら、嘘になる。
お互いに、何もかも忘れて楽しく過ごせたら、どんなに素敵だろうか。
でも、無理だ。
呪いがあるから。
僕は、鬼灯さんに「生きて欲しい」という呪いをかけた。
鬼灯さんは、自分自身に自己嫌悪の呪いをかけた。
この二つの呪いがある限り、もう二度と幸せだった頃には戻れない。
僕らはずっと、救われない。
「ねぇ、鬼灯さん」
それでも
「人類選別をやめる気はありませんか?」
それでも抗ってみないことには、何も始まらない。
もしかしたら、鬼灯さんが幸せに暮らせる道もあるかもしれない。
彼女は、殺人鬼のまま生きる必要はないのかもしれない。
「無理だよ。私は人殺しの才能だけはあるから、徒花家の中でも一番、人類選別することを強いられている。やめようとしても、やめることは許されてないの」
「逃げやすいように冷徹を改造することが出来るんですよ」
普通の義手と義足に付け替えるという選択肢もあるが、これを選んだ場合、先ほどの鉢ちゃんのような追っ手には対応できない。
逃げ、隠れることだけ出来ればいいのだが、そう単純にはいかない。
僕の言葉を聞いて、鬼灯さんは少し思案するようにするが、すぐに暗い表情で言う。
「でも、人類選別をしなくてよくなったとして、私はどう生きればいいの?」
「...え?」
「人殺ししか出来ない私は、人殺し以外のどういう生き方をすればいいの?」
私には、常識がない。
良識がない。
生きる理由がない。
生きるためのセンスがない。
人を愛する才能がない。
人に対する情けがない。
マトモに生きることは、出来ない。
「私は、人を殺すこと以外のことが出来ない。普通に生きることすら出来ない。いつか、必ず人を殺してしまって、あの時みたいに何もかも壊してしまう」
「鬼灯さん...でも...」
「本当に、ありがとうね。私はあなたを傷つけたのに、あなたは私を助けようとしてくれる。私、あなたのことを本当に、」
あぁ、駄目だ。
この言葉だけは、言うべきじゃない。
私が口にしてはいけない言葉だ。
なのに、口が勝手に言葉を続ける。
「愛してる」
その言葉を発すと、椿は軽く微笑み、目を細める。
「僕も愛しています」
「...どうして」
どうして、そんなこと言っちゃうかな。
私は、愛されちゃいけないのに。
やめてよ。
私の心を踊らせないでよ。
今まで精一杯に愛情を閉じ込めて来たのに。
そんなこと言われたら、私はもう壊れてしまう。
欲しくなってしまう。
無理矢理にでも捕らえたくなる。
もうこれ以上、人間失格にはなりたくない。
椿がこの世界に生きてる限り、できるだけ椿に近い存在でありたい。
だから、やめてよ。
「でも、もう手遅れですよね。いや多分、始まる前から終わっていたのでしょうね」
椿は、カフェオレを飲み干すと、伝票を手に取り、椅子から腰を浮かす。
「今日は、鬼灯さんと話せて嬉しかったです」
「...うん」
「僕は、鬼灯さんと出会えて、本当に良かったと思ってます」
「......うん」
「それじゃあ........さようなら」
「.........うん」
その「さようなら」というのは、どういう意味なの?
また会えるの?会えないの?
なんで、そんな悲しそうな顔をするの?
やめてよ。
私と出会えて良かったなんて、言わないでよ。
心が嬉しくなる度に、同時に心が苦しくなる。
痛い。つらい。
生きれば生きるほどに、私の心は死んでいく。
もしくは、既に死んでいて、さらに死んでいるのかもしれない。
死んでるように生きて、人を傷つけることしか出来ない。
そんな私は、この世界にいたら駄目だ。
人を愛したら駄目だ。
人に愛されたら駄目だ。
この世界に産まれたことが罪で、生きることも罪だ。
この不安定な世界自体も、いつ壊れてしまうか分からない。
生きることが難しい世界で、生きる意味も意義もないのに、生きている。
何も感じず、人を殺すことによって生きている。
どう抗っても贖えない。
だから、椿と一緒がいいだなんて、死ぬほど思ってても言えるわけがない。
また椿を傷つけるかもしれない。
あの時以上に拒絶されるかもしれない。
そもそも、椿が応じてくれるわけがない。
聞いた話によると、椿は人類選別をやめているらしい。
再び椿を殺人鬼にするわけにはいかない。
欲望に従って、椿と一緒であろうしたら駄目だ。
こんな欲望を持つことが、そもそも間違っている。
私は駄目だ。
私は罪だ。
私は悪だ。
私は間違っている。
だから、
「...鬼灯さん?」
彼の服の袖を掴んだ。
センニチコウ
花言葉「変わらぬ愛、恋の希望」