僕の姉は殺人鬼~そんな姉に溺愛されてていいのか!?~   作:あずきBAR

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第五話 イヌホオズキ

彼は…椿は大丈夫だろうか。いや、老人に返り討ちにあってしまうんじゃないか、とかの物理的かつありえない心配をしているわけではない。

精神的な問題だ。椿は、ここまでノンストップで進み続け、文句も特に言わなかった。せいぜい、自殺を止めた時と、改造手術をされた後だけだが、そんなの文句に入らないだろう。

やれと言われたことは、お茶汲みであろうと、ベッドメイクだろうと、殺人だろうと、黙々とやってみせる。

流石に今回の件で、文句を言うか、お休みするか、音を上げるかと思っていたのだが、別にそんなこともない。少し辛そうにしていたが、なんだかんだで、きっと椿は仕事をこなすだろう。初めてだというのに、ターゲットのことを考えて、ナイフを持ってくる余裕まであるのだから。

人類選別人、もとい徒花家は冷徹を使う都合上、もとの身体の機能はあまり関係ない。重要なのは精神性、心の強さだ。その点に関して椿に心配する要素はないだろう。

だから不安なのだ。椿は大丈夫かどうか。

椿は…ちゃんと私の側にいてくれるのだろうか。

 

彼を見つけたのは、彼に言った通り偶然だ。ただし、見つけた時期は彼が病院の屋上から飛び下りる二ヶ月ほど前のことだ。

彼には自殺を止めた理由を、「咄嗟に身体が動いた」と説明しているが、あれは嘘だ。実は数週間前から、計画的に止めるタイミングを窺っていた。

 

二ヶ月前、私はいつも通り手頃なターゲットはいないかと、適当な町で適当にぶらついていた。

すると、少し遠いところが夜中だというのに、やけに明るいのだ。

そこへ向かってみると、火事が起こっていた。一つの家がボウボウと燃え、それに呼応するように、野次馬がガヤガヤと呻く。

今日はこの火事のせいで、ターゲットが見つかりづらいかもな、なんて考えながら野次馬の一員となり、ぼんやりと火を眺める。

これだけの火事だというのに、消防車すら来ていない。

あれかな?この前記事で読んだ「誰も消防車を呼んでいないのである!」ってやつと同じ傍観者効果ってやつだろうか?

「これだけ人がいるなら、誰か消防車を呼んでいるだろう」という集団心理だ。

いちおう、消防車を呼んでおく。初めて使う番号だったため、少し緊張する。

電話を終え、しばらくすると周囲のガヤガヤが大きくなっていることに気づく。

「あれ見ろよ!飛び降りるぞ!」

ひと際大きな声が聞こえ、改めて見直すと、高校生か中学生かくらいの子が、弟と思しきグッタリした身体を背負って、二階の窓から飛び降りようとしていた。

「おい!危ねえぞ!」

「消防車が来るまで待て!」

そんな声が目の前の火をかき消すような勢いで放たれるが、火はそれで消えたりせず、なおもボウボウと燃え続ける。熱心に声を出し続ける人間はポツポツといるというのに、あの兄弟を受け止めようと駆け出す人間は一人もいない。

あぁ、これは本当に誰も消防車を呼んでいなかったのだろうかと、あの兄弟が可哀想に思える。

私が受け止めてあげようか…いや、目立つわけにはいかないしな……私が悶々としている間に、ようやく消防車のサイレンが聞こえた気がしたタイミングで、その子が窓から飛び降りた。

ドッ

鈍い音が少し聞こえ、すぐに野次馬の声にかき消される。ようやくその兄弟に近づき、火から遠ざける者が複数いたが、その行動は、自分を棚に上げるようだが、遅いと言わざるをえないだろう。

若干の罪悪感と気味悪さをかんじながら、今さらの疑問に気づく。

そういえば、なんで私はここから離れないのだろう?明るさの正体を知った時点か、そのあと電話をしたところで帰れば良かったではないか。私には別に火事を面白がる趣味もない。では、なぜ?

なぜ火事から目を離せないのだ。

いや違う。私の視線の先は、私が目を離せないのは、火事ではない。この兄弟だ。

あぁそうか。私は、徒花家というかりそめの家族に満足していないのか。

そうだ、私は本当は、あの兄弟のような関係性が羨ましい。兄の方は弟を命をかけて守ることができ、弟の方はそれほど大切にされている。

あぁ羨ましい。あの二人のどっちかになれたならば、そう思わずにはいられない。

兄の方は、なおもグッタリしている弟を抱きかかえて、燃える家を見ながら静かに泣いていた。

 

それから数日、また私は適当にぶらついていた。ただ、場所は適当ではなく、あの火事以来、この町に来続けている。単純にあの火事の現場にいた者たちにイラついたからというのが大きな理由だが、僅かに、あの兄弟のどちらかに会えないかと思っている私がいた。その証拠に私の足は、あの兄弟が入院しているという病院に向かっていた。

こんな行動に、意味はない。あの二人がどうなろうと、私の人生にはまったく関係ない。

ただ、それを分かっている上で、なおも私の歩みが止まらないのは、もう一度あの輝きをみたいからなのかもしれない。私は引き寄せられているのだ。羽虫が蛍光灯に集まるように、植物が太陽を目指して成長するように、私には触れられそうにないあの輝きに。

兄は退院。弟はまだ入院中とのことだったので、もしかしたら兄が弟の部屋にいるのではないかと期待したのだが、そこには大量の管が繋がれた身体だけが横たわっていた。

おそらく、弟で間違いないだろう。家族とはいえ、ずっと看病するわけではないのかと、軽い驚きを覚え、少し冷静になる。

自分が「家族」にこれだけ固執していたとは……それに加えて、火事の件で熱くなり過ぎていた。

外の空気でも吸うか、と思い、ここには屋上庭園があると聞いていたので、屋上へと向かう。

すると、そこに兄の方がいた。

おや、こんなところにいたのか。

しかし、なにか様子が変だ。火事が起きたから、それを単に嘆いている、という雰囲気ではない。

あぁ、なるほど。

命に関わる仕事をしてきたから分かった。

彼は自殺を考えているのだ。

人間の心というのは脆くできている。彼はどうやら虐めを受けているようなので、そこにプラスで火事が重なれば、死にたくなるのも不思議ではない。

私は、彼になにかするべきなのだろうか。本来、人類選別…もとい人殺しが仕事の私に死にゆく命を助けるなんて権利なんてない。義理もないし、根本的に私の存在意義を否定するようなものだ。

それでも悩んでいるのは、あんまりだと思ったのかもしれない。万が一目を覚ましても、家と家族がいなくなる弟と、それを悔やみながら絶望の中死ぬ兄の二人が。

私は、どこまでいっても結局「家族」というものに憧れ、囚われているのだなと思い知る。

その「家族」の絆を数え切れないほどに断ち切ってきたというのに。

いっそのこと、二人まとめて楽にしてあげるべきだろうか。

いや、ダメだダメだ。それは私の望んでいることでは絶対にない。それじゃあ、私はなにを望んでいるのだろう。

私は……そうだ。欲しい。

彼が欲しい。彼と家族になりたい。

誰かを命をかけて守るほどに、大切に思うことができる彼と、知り合いでも、友達でもなく、家族になりたい。そして、何年間も頑張り続けて、いまだに手に入れられていない家族の愛が欲しい。

金はある、力もある、地位もある、ただ家族、これだけはとうとう手に入れることができなかった。

彼をなんとしてでも手に入れよう。どうやって?徒花にすればいい。

徒花家なんてかりそめの関係性は、もうお役御免だと思っていたが、どうやら利用できそうだ。

久しぶりにあの人に電話しておこうか。

「もしもーし」

「あっ花育さん?これから徒花が増えるからさ、仕事の準備しといてほしいんだ」

 

それからの日々は忙しかった。いつ彼が飛び降りるともしれないので、GPSを仕込んでおき、病院の屋上に行くようなら、監視する。

夜は基本的に彼につきっきりだった。飛び降り、それも夜の病院以外からというのは多分ないだろう。彼が一番つらそうにしているのが、夜のこの場所だからだ。

もちろん仕事もこなさなければならない。しかし、この町は粗方めぼしい人間は片付けてしまったので、これ以上減らすと不審に思われる。だからとにかく移動が多かった。

仕事と監視、それと調査と徒花にするための手続き、これらの全てをこなすのは、間違っても楽とは言えなかった。

それと、彼のスマホを調査した結果、彼の好きな人間のタイプが分かった。

赤髪、元気系だ。彼の写真フォルダには、そればかりが入っていた。だから髪を染め、自分とは真反対の元気なキャラを意識する。彼に好かれるよう、彼に家族だと思われるよう。

 

彼は、もうすでに限界という感じだが、まだ私が直接、自殺を止めるわけにはいかない。ここで止めても、彼にとっての私は「つらい時期に手を差し伸べてくれた恩人」止まりだ。

それではいけない。彼には「いなくてはならない」くらいに必要とされなければ家族とは言えない。

飛び降りる寸前のところで、自殺を阻止するのだ。そうすれば、強烈なインパクトを残すことができ、常に彼の中にいるのとができる。

そのために、いつでも彼の手を掴めるようにスタンバイしている。

だから、いざ彼が飛び降りたときは嬉しかった。今までの努力が報われた気分だった。嬉しすぎてキャラをつくることも忘れてしまったほどだ。これで……

これでようやく私の人生が始まるのだ。




イヌホオズキ
花言葉「嘘つき」
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