まばほむ短編   作:鶴(鳳凰)

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サボり

 全て上手くいっていた。ありったけのグリーフシードに、集められる限りの武器、装備。

 だけど、結局。ワルプルギスの夜には届かなかった。

 崩れ去る街を憂う鹿目さんが祈り、契約し、魔法少女になって、その一矢でワルプルギスの夜を消し飛ばした。

 

 最大の敵を倒した彼女に残された道は、最悪の魔女となる事だけ。救済のために祈った彼女は、その救済を掲げながら、何もかもを滅ぼすのだという。

 

 目の前で、暁美さんが膝から崩れ落ち、その拳を地面に何度も何度も叩きつける。

 

「また……また……!」

「暁美さん、やめてください……」

 

 暁美さんの前に回り込んで、地面に叩きつけている彼女の手を受け止める。血の滲む彼女の手を、優しく包んであげる。

 

「……ねぇ、まばゆ」

「なんですか、暁美さん」

「どうして、上手く、いかないの」

 

 嗚咽混じりに吐き出された、暁美さんの弱音。

 

「何度も繰り返して、どれだけ頑張っても、まどかは魔法少女になってしまう」

「大丈夫です、きっと次こそ──」

「いつまで、続ければいいの」

「鹿目さんを、救うまで、です」

「……そうね、そうだったわね」

 

 項垂れたまま、暁美さんは左腕の盾に手をかけ、その盾の砂時計をひっくり返した。

 

 次の周。いつものように目覚ましが鳴り響き、目が覚める。

 いつものように学校へ向かい、授業を受け、下校する。

 そして、この後は咲笑さんのお手伝い……の、はずでしたが。

 前周の最後、暁美さん、大分憔悴してましたので少し様子を見に行きます。

 

 まだ暁美さんが入院している病院に着きました。

 もう何度か来ているので病室の場所もバッチリです。

 

「暁美さーん、私です」

「……ああ、来たのね、まばゆ。遅かったじゃない」

 

 遅かった? 寧ろ今までの中でも結構早くあなたのところに来たような気がしますけど。

 

「まぁ、ちょうど良かったとも言えるのかしら」

「暁美さん、どうかしたんですか?」

 

 いつもなら起き上がってフローチャートの更新をしているのに、今の暁美さんはベッドに寝たまま。

 それに、私の方を見てくれません。ずっと窓の外を見ています。

 

「一人は、少し寂しかったから……」

「へ、何を──」

「さよなら、まばゆ」

 

 言っているんですか、と言い切る前に。

 別れの言葉を告げた暁美さんは、自らのソウルジェムを窓の外へ投げ捨てた。

 直ぐに暁美さんの体は、糸が切れたように倒れ、心停止を告げる警告音が病室に鳴り響く。

 

「な──」

 

 すぐさま私は魔法少女に変身し、目を魔力で強化しながら窓から飛び出した。

 

「暁美さんのソウルジェム! どこ、どこ! ──あった!」

 

 病院の壁を走り降りながら、足を強化して壁を蹴ってソウルジェム目掛けて飛び出す。

 この高さから地面に落ちたら、きっと割れちゃう! 暁美さんのソウルジェム、あと少しで届く、届いて、届いて! 

 

「届いた!」

 

 ソウルジェムを大事に握りしめ、着地と同時に光学迷彩の魔法で姿を隠し、今度は壁を駆け上って暁美さんの病室まで一直線。

 やったことなんて無かったけど、私ってこんな事できたんですね。魔法少女ってすごい。

 暁美さんの病室は大騒ぎになっていた。一番最初に部屋に来たナースさんが大慌てで部屋を出て、内線で誰か──医者の人ですかね──を呼び出しているのを確認してから、部屋に入り込む。

 暁美さんにソウルジェムを戻す──それだけじゃダメ、今度は自分で砕いちゃうかも。

 暁美さんに着いている医療器具を取り外して、暁美さんを抱えあげる。

 光学迷彩の魔法、自分以外の人にかけるのは初めてですが、できないなんて言ってられません、やるんです。

 無事、暁美さんごと姿を隠すことに成功しました。このままバレないうちにここを去りましょう。

 すれ違いでナースさんや医者の方が部屋に入って行きましたね。

 

「暁美さん! 今先生を──え?」

「姿が、ない?」

「そんな……探しますよ!」

 

 ドタバタとあちらこちらに走っていきますね。

 まさか光学迷彩で姿を隠してるとは思わないでしょう。

 

「……ん、なんで」

『起きましたか、暁美さん。少し込み入っているので待っててください』

 

 テレパシーでそう伝えると、暁美さんは静かに頷いてくれた。このまま病院内を移動して屋上に着いた。ここなら、早々にはバレなそうですね。

 

 暁美さんを下ろして、私も座り込む。流石に疲れました。

 

「なんで、助けたの」

「なんでって、暁美さんを助けるのに理由なんかないです。暁美さんこそ、なんであんなことしたんですか」

 

 ソウルジェムが身体から離れればどうなるか、暁美さんが一番よく知っているはずなのに。

 

「もう、無理よ……私なんかには、無理だったの……」

 

 そう言った暁美さんの目からは、大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。

 繰り返す時の中で、きっと暁美さんの心は摩耗して、前周でついに折れてしまったのでしょう。

 何度頑張っても、鹿目さんを助ける事ができない。繰り返す度に鹿目さんの屍を積み上げて、積み重ねて、その上に立って、また屍を積むかもしれないことに、耐えられなくなってしまった。

 だから、ソウルジェムを投げ捨てた。

 

「もう、全部諦めて、投げ捨てて、消えたくなっちゃった……」

「……なら、なんで私が来る前にソウルジェムを砕かなかったんですか?」

「──それ、は」

 

 そう。ソウルジェムを投げ捨てるなんかよりも、より確実な方法。ソウルジェムを砕いてしまえば、もう蘇ることも無い。

 なのに、暁美さんはそれをしなかった。

 私が来るのを待って、来てから自らのソウルジェムを外へ放り投げた。

 その理由は、簡単です。

 

「諦めたかった気持ちもあるんでしょう。でも、暁美さんはきっと、まだ諦めたくなかったんです」

「……ぅっ、ヒグっ……」

 

 泣きじゃくる暁美さんを抱きしめ、髪を梳かすように頭を撫でる。

 

「暁美さんは、疲れちゃったんです。当然です、この一ヶ月を、もう何度も……一年分くらい、ほぼ休まず、ずっと動いていたんですから。だから、少し休憩しましょう」

 

 そう、休憩。暁美さんが、また立ち上がれるようになるまで。また、鹿目さんのために走れるようになるまで。

 

「息抜きの方法なら、私が色々教えてあげます。サボりには自信がありますからね、試しに平日のお昼まで一緒にぐっすり眠るなんていうのはどうですか?」

「……」

 

 返事は無かったけど、代わりに、私の服を掴む暁美さんの手が、少し強く握られた。

 

「この街に居たら、色々気になって休めないというなら、どこか他所の街に旅行でも行ってみますか? お金はあまりないですけど、透明人間にはなれますよ!」

 

 倫理的には良くないですけど。

 

「──どうして、そこまで……」

「前に言ったじゃないですか。あなたが挫けそうな時は、私がそばにいて、なんでもやるって」

 

 私は、鹿目さんのために頑張るあなたが好きです。

 だから、あなたが挫けてしまいそうな時は、あなたが負けてしまいそうなら時は、私が助けてあげますから……。

 

「まぁ、流石にこの騒ぎの中、行方をくらますのは大問題になってしまいますから、ちゃんと退院してからにしないとですけど」

「……そう、ね」

「お、戻ってくれますか?」

「……えぇ。確かに、少し……疲れてしまったのかもしれないわ。あなたと一緒に休むのも、いいかも」

「なら、一つ約束してください」

「……なに?」

「もう二度と、死のうとなんてしないでください」

「……どうかしらね」

「ダメです。絶対ですからね」

「……ええ、わかったわ」

 

 指切りをして、約束。

 

 その後、暁美さんと二人で病室に戻ると、医者の方やナースの方々、その場にいた全員にすごく怒られてしまいました。まぁ、当然ですね。心停止騒ぎの後すぐに姿を消した患者、なんてホラー映画の展開ですよ。

 

 

 

 

 あれから、数日。心停止騒ぎのせいで少し入院が長引いた暁美さんがようやく退院し、これから電車に乗って小旅行です。

 行先は何個か隣の県の温泉街。退院祝いにはもってこいじゃないですかね。

 普通なら心臓病の完治明けに温泉は無いとは思いますが、魔法少女の健康体ですからね、無問題です。

 

「あ、そろそろ電車が来ますよ、暁美さん」

「……そうね」

 

 

 毎日お見舞いに行って会っていましたが、暗い顔は晴れないまま。

 でも、私には大丈夫という確信があります。

 一番辛い瞬間を、暁美さんは乗り越える事ができた。

 なら、また走ることができる。

 未来を視たのかって? 視なくてもわかります。

 暁美さんの、鹿目さんを想う気持ちは、とても大きいですから。

 その大きな気持ちに、心が耐える事ができなくなってしまったから、この前は折れてしまった。

 心が回復すれば、その気持ちを持って、あなたはまた走り出すことができる。

 私はそれを知っています。

 

「さ、行きましょう。暁美さん」

「……えぇ、ありがとう。まばゆ」

 

 暁美さんへ手を伸ばし、私の手を暁美さんが取る。

 

 あなたは大丈夫。

 また、一緒に走るために、少し休憩を挟むだけです。

 

 電車は私たちを乗せて、知らない街へと走り出した。

 




泣きながら書いてました。
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