妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編   作:tom200

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二年生の秋。京都の論文コンペ後の謎時空です。

お待たせしました(?)いいお兄様の日です。
お兄様が主役となられる日!ということで長くなりました。
ちゃんと兄妹しているはず、です。…兄妹なんです。


11月の記念日 11/23

 

11月23日

 

この日の為の下準備は一月前から始まっていた。

 

 

 

「水波ちゃん、ちょっといいかしら」

 

二人きりになったタイミングで声を掛ける。

水波ちゃんは手を止めて私に振り替えると何の御用でしょうか、ときりっとした表情。うん、生き生きとメイド業に励んでますね。

 

「来月のことなんだけど」

 

基本私が水波ちゃんのスケジュールに口を出すことは無い。

私が予定を入れている、ということを伝えると水波ちゃんは私に合わせた予定を組むからこちらからわざわざこうしてほしい、と伝えることは無いのだ。

だが、今回はそれを必要とする。

何故なら――

 

「11月23日は勤労感謝の日でしょう?」

「学校もお休みですね」

「いつもお仕事一生懸命頑張ってくれている水波ちゃんにはお休みを取ってもらおうと思っているのよ」

「えっ…」

 

驚きの声をあげそうになったところでおててで口を隠す水波ちゃん可愛いかな。

まだまだプロメイドさんの道は先がありそうだ。私としてはこれくらい隙がある方が可愛らしいと思うんだけどね。

慌てて失礼しました、と続きを促す。

 

「本家で働いている皆だって休暇はあるのよ。いくら住み込みだからって水波ちゃんに休みが無いのはだめだと思うの。本当はもっとお休みをあげたいんだけど、それだと水波ちゃんのプライドが許さないでしょう?だからこの勤労感謝の日という理由を使って無理やり休んでもらおうと思って」

 

ええ、強制です。といつになく強気に言えば水波ちゃんもふざけていることに気付いたのだろう、くすっと笑って。

 

「無理やり休まされるのですか」

「ええ、無理矢理よ。でも、急に休みだ、出ていけ!なんて言われても行き場がないでしょうから、選択肢を用意したの」

 

さっと取り出した端末を突き付けてプレゼンを。

 

「一つ目はおひとり様用グランピング。誰にも邪魔されることなく森林の中でリラックスできる快適キャンプよ」

 

都会の生活や忙しい生活に追われている人にひと時の解放を、を謳った一切他人とも会うことのない無人キャンピング施設。

HARは最低限用意されているので炊事洗濯お任せできるし、自分でやってもいいという自由さが魅力的。

 

「二つ目は地元の人たちとも触れ合えるのんびり温泉施設。地元料理が絶品らしくて魅力的よ。温泉の効能も美肌効果があるんですって」

 

こちらは人と温泉のぬくもりが心と体を癒してくれる隠れた名所、らしい。

あと料理が美味しい。これは大事。人の作る料理の温かさは何にも勝る。

 

「最後はこちら。美と健康、デトックスを目的とした一泊二日の体験コース付きのプランなの。もし休日をゆっくり過ごすよりも有意義に過ごしたいなら、ここのエステは評判がいいらしいから学ぶにはいいかと思って。お食事も健康を考えられたメニューになっているみたいなんだけど、映像を見る限りそうとは思えない出来映えなのよ。どんな秘密があるのか気になるわ」

 

こちらは意識高い系の一流企業に勤めていらっしゃるキラキラOLさんに人気の体験コースらしい。

プライバシーを守る為、基本個室らしいのでこれも周囲の人の目を気にしなくていい施設。

水波ちゃんは一応三つともに目を通し――

 

「三つ目が気になるのですが、こちら一泊二日とありますが」

「それは前日の夜から次の日の夜までみたいだから学校が終わってからでも十分に間に合うわ」

 

――よかった。計画通りそちらを選んでくれたみたい。

水波ちゃんのことだからただで休むなんてことできないだろうな、と思ってたらやっぱりそうみたい。

 

(でもね、黙っているのもなんだか仲間外れにしているみたいで悪いから)

 

詳しい要項を見て、参加する意思が固まったらしい。…究極の極上エステが気になったかな。スキルアップを目指す向上心あるメイドさんです。

目の前で予約をしてから端末をしまい、実はね、と口を開く。

 

「11月23日は勤労感謝の日だけど、他にも記念日があることを知ってるかしら」

「記念日…前日はいい夫婦の日、でしたよね」

「そう。23日にもいろいろあって、お赤飯の日とかカキの日、珍味の日、小葱の日、等の食べ物の記念日の他にも分散投資の日やいい入札の日、いい夫妻の日、いい文の日…まあ適当な語呂合わせや都合によってつくられた記念日が多いわけだけど、その中にいい兄さんの日、というのがあるの」

 

その言葉で水波ちゃんの目が鋭くなった。

 

「深雪様…」

「ごめんなさいね、騙すような形になってしまって。でも、休んでもらいたいのは本当」

 

そこに嘘偽りはない。いつも一生懸命に働いてくれている水波ちゃんに休暇を与えたかった。

ただ与えるだけだとそれを普段はできない仕事に中ててしまうことは目に見えていたし、無理やり外出してもらっても彼女が一日外で遊ぶイメージができなかった。

それを砕いて伝えると、水波ちゃんも思い当たる節があったようで俯いてしまった。

親しいクラスメイトがいないわけではない。交換日記でもそれなりに人の輪に入って話している内容は何度も出てくる。

偶に休日に誘われることもあるらしいが、理由を付けては今度の機会に、と逃れているらしい。(その対価として休日の私たちの様子を聞かれて何を食べたかを答えるだけでみんな喜ぶそうだよ。…一年生、どうなってるのか)

 

「ちなみに、そのいい兄さんの日には、どのようなことを?」

「…それなのだけど」

 

とりあえず水波ちゃんには一般のいい兄さんの日はせいぜい日ごろの感謝を伝える日、くらいで特に何かをする日ではないことを伝えたうえで、我が家の特殊ルールを伝える。

そして、水波ちゃんがその説明を聞いたうえで一番に口を突いて出たのは、

 

「達也様がいついい兄さんでいた時がありましたか?」

 

であった。し、辛辣ぅ…。

 

「えっと、優しい所とか」

「当たり前です。深雪様に優しくしないでいられる人などおりません」

 

そ、そうかなー?

 

「兄として注意をしてくれるところとか」

「深雪様はしっかりされているようで隙が多いですから」

 

う…すみません…。

 

「それに注意を一番しなくてはならない相手は達也様です!いつも深雪様を困らせているではないですか」

 

…ま、まったくもってその通りではあるのだけど…水波ちゃん、本当強くなったなぁ。こんなこと原作では思っていても深雪ちゃんには言えなかっただろうに。

黙って事を荒立てないタイプだったメイドさんから、私が何とかしないとこの主は、な世話焼きメイドさんにタイプチェンジしている。

距離が近くて嬉しい反面、年下に面倒を掛けている情けなさがですね、ひしひしと。

だけど、

 

「いつも水波ちゃんには迷惑をかけているわね」

 

いつもピンチを救ってくれることに感謝すれば、彼女は顔を赤らめそっぽを向いて。

 

「それくらい当然です。私は、深雪様のガーディアンなのですから」

 

つん、としてる水波ちゃんだけど真っ赤なお耳が見えるわけでしてですね。

 

「ええ。貴女は頼りになる可愛い私の大事な家族だわ」

「!!」

 

ぎゅっと体を硬直させてプルプルする水波ちゃん可愛いかな。抱きしめていいかな⁇いや、ダメです。セクハラになってしまう。気をしっかり私。

せいぜいできるのは頭なでなでくらいよ。

ってことでなでなで。水波ちゃんはかっちんこっちんになってしまったけどこれくらい許してね。

 

「お兄様が平穏無事に暮らしを守ってくれるから私はこうして穏やかに暮らせているんだもの、一年に一度の記念日に感謝を伝えたい、お兄様のお願いを聞いてあげたい。…でもそれがまさか一日中私の世話をしたい、になるとは思わなかったのだけど」

「……いえ、悔しいですがお気持ちはわかります」

 

水波ちゃんから悔しそうな声が。

水波ちゃんもわかるんだ…。私にはさっぱりわからないんだけど。何故ほしいモノ、やりたいものが妹の面倒を見る、なんだろうね。

ああ、でもお兄様の世話を思うように好きにさせてほしいという気持ちはわからないでも、ない?原作の深雪ちゃんなんて正にそうだったよね。大好きなお兄様に誠心誠意尽くしたいって思うから。

 

「ですが、深雪様はその、大丈夫なのですか?」

「………これでも四葉の次期当主ですもの」

 

いや、わかっているよ水波ちゃんの心配は。私の身を案じてくれているのよね。

だけど明言は避けさせてください。

大丈夫、お世話されるのは慣れてます。

これでも次期当主。四葉本邸に行けば箸かティーカップくらいしか重いものを持つのが許されないくらい何もさせてもらえないから。

 

(だからといってお兄様に世話をされるのは全くの別物なんだよね…)

 

そんな弱音を吐いたら水波ちゃんが予定キャンセルしちゃうから。これくらい毎年の行事だから、大丈夫よと淑女の仮面でばっちり武装。

水波ちゃんはまだ心配そうだけれど、これも四葉を継ぐ者としての修業みたいなものだから、と言いくるめる。

完全に納得したようには見えなかったが、私が折れないことは分かったのだろう。

 

「わかりました。せっかくいただいた機会です、しっかり学んできたいと思います」

「休むことがメインなことを忘れてはだめよ」

 

気合を入れて拳を握ってみせる水波ちゃんに注意をすると、彼女はそうでした、と顔を少し赤らめた。

 

 

 

と、言うわけで前日22日の夜、水波ちゃんは後ろ髪を引かれながらも出かけていった。

 

(すっごく心配されたけど。お兄様も厳重に注意を受けていたけど)

 

くれぐれも深雪様を困らせないように!と注意をされて、俺も信用がないな、と真顔で返していたけど、普段の言動に心当たりがないと?水波ちゃんなんて「あるとお思いですか?」なんて冷めた視線を向けていた。

…うん、原作より遠慮のない関係になって私は良いと思います。

険悪な空気ではなく呆れた空気しか流れていなかったもの。

楽しんできてね~、と見送って二人きりになった。

 

「深雪とこうして二人きりというのは久しぶりだな」

 

…扉が閉まった瞬間に肩を抱き寄せてそんなことを言うから信用が無いんだと思います、と返す余裕はなく。

二人きり、と言われて心臓がどくどくとね、ものすごい勢いで血液を全身に送っている。

 

「お家が広く感じますか?」

「そうかもな。だから寒さを感じて深雪に触れてしまったのか」

 

冗談めかして言った言葉だったが、それがこうして肩を抱き寄せた理由かもしれない、とお兄様。

もしかしなくても肩を抱き寄せたのは無意識でしたか?

…天然たらし、恐るべし。本能でたらしにかかる。

 

「ふふ、お兄様ったら」

 

とりあえず冗談として笑っておきますね。

そのままエスコートされるままダイニングへと向かい、お兄様には飲み物をお出ししてキッチンに立つ。

今日は久しぶりに夕食を一人で作る。メニューはもう決まっているから後は手を動かすだけ。

 

「それにしても深雪は準備が良いな」

 

これは、これから作る料理のお話ではなく――

 

「水波のことだ」

 

逃げ道を塞がれた。

 

「水波ちゃんにもちゃんとした休暇が必要だとは以前から思っておりましたから」

 

勤労感謝の日は実にいい口実だった。

水波ちゃんも、自分の仕事が奪われた!とお兄様と険悪になることも無い。

 

「本当はお兄様にもゆっくり休むことを望んでいただきたかったのですが」

「深雪の世話を一日させてもらえる方が俺にとってはご褒美だ」

「……お兄様はおかしいです」

 

わざわざ妹の面倒を見たがるなんて、と言えばお兄様はおかしなことじゃない、と否定する。

 

「兄が妹の面倒を見るのは普通だろう?」

「高校生になってまで、は普通でもないような」

 

幼少期は親に言われて嫌々面倒を見て、大きくなれば自然とそれぞれ自立するものでは無いだろうか。

まあ、うちに両親という保護者は無く、そういった家の場合兄が妹を守ろうと父親役を担うのはおかしな話ではないのかもしれない。

 

「可愛い妹を心配しない兄貴はいないよ」

「…もう、お兄様ったら」

 

自然とさらっとそういうことを言えてしまうお兄様は本当に恐ろしいったら。

そこからは料理に集中してお兄様からの視線に耐える時間となった。

 

 

 

水波ちゃんのいない食卓は、以前のものに戻っただけのはずなのに、物足りなくて。

 

「不思議ですね、水波ちゃんと暮らしてまだ半年ほどですのに」

「初めは恐縮していた水波も、今では普通に卓を囲んでいたからな」

 

使用人が一緒に食事など、と遠慮しようとしていたものね。

だけど同じ家にいて一人別で食事させるなんてその方が消化に悪くなる。一緒に暮らすなら仲良くしたいと我侭を言って席に無理やりつかせた思い出。

始めは恐縮しちゃって喉に食事が詰まっちゃうんじゃないかってくらい必死に食べてたなぁ。

 

「お前にとって水波は可愛い妹分かもしれないが、明日は一日俺だけの妹だからな」

 

あらぁ…そのお言葉はお色気を漂わせて言うセリフではないと思うのですけれど、机を挟んでいてもこの威力。

 

「…お手柔らかにお願いしますね」

「もちろん、全力で兄を遂行するとしよう」

 

うーん、会話がかみ合わない。

わかってて言っているんだろうけど、全力で兄を遂行、とは?

お兄様があまりに楽しそうなので水を差すのはためらわれ、ほどほどでお願いします、と再度言うにとどめた。

 

 

 

11月23日当日。

遮光カーテンで光の遮られた真っ暗な部屋にノック音が響く。

ドアが開く音、そしてわざと音を立てた足音が窓辺に向かっていき、カーテンを開ける。

差し込む光りに瞼が震えた。

でもまだ開いてはいけない。起き上がってはいけないのだ。

何故なら、

 

「おはよう。朝だよ」

 

ゆっくりとベッドに足音が近づいて、ベッドが揺れて軋む。

肌には触れぬよう髪を顔から払われて。

 

「可愛い寝顔を堪能させてもらうのも捨てがたいが」

 

するっと頬に手を当てられて顔が近づいてくる気配に耐え切れずぎゅっと目をつぶってしまうと、指が目尻のしわを伸ばすように撫でられる。

 

「すまないな、起こしてしまったか。おはよう、深雪」

 

ねっとりとした純度の高いはちみつのように甘い声を掛けられて、まだ何も食べていないのにお腹いっぱいです。

朝から胃もたれレベル。虫歯になったらお兄様のせい。

 

「…おはようございます」

 

でもね、目を開けたらそれ以上に甘々フェイスのお兄様が。あまりの眩しさに目を閉じたのだけど。

 

「いけないな。いくら兄とはいえ、男の前で目を瞑ってはいけないよ。何をされるかわからないのだから」

 

そう言って額にキスをして抱き起された形でハグをするのは教訓ですか?わかりましたからすぐさま離れてほしい。寝起きなのです。パジャマなのです!

寝る前のパジャマ姿と起きたばかりのパジャマ姿は違うのです。お止めください。

というかキスはもうお兄様の中では慣れた日常ですか?私は全く慣れていませんよ。見てください、きっと頬が赤くなってるはず。

 

「目が覚めましたのでお放しください」

「このまま閉じ込めておきたいところだが、今日はしたいこともあるからね。まずは服を用意するとしよう」

 

ぎゅっと抱きしめてから蟀谷にキスを落してから離れていくけれど、…今日はこれがずっと続くの?生きていられるか心配。心臓のスペアなんて持っていないのに。

とりあえずお兄様の用意した服をお兄様が後ろを向いている間に着替えてドレッサーの前へ。

櫛を手にしたお兄様に整えてもらう間鏡越しに見ると、目を細めて楽しそうに微笑んでいる

機嫌のいいお兄様を見るのはとても嬉しくもあるけれど、世話をさせてしまっていることが心苦しくもある。

本当なら私のことで手を煩わせたくなんて無いが、これがしたいんだ、と言われてしまうとこんなことでよろしければ、と自分がちょっとだけ我慢すればいいだけのこと、と引き下がるしかない。

 

(お兄様が楽しくされているならば、このくらいの苦行、耐えてみせる!)

 

そう思うのだけどね。

 

「深雪の髪はいつまでも触っていたくなるほど手触りがいい」

 

櫛を一通り通し終わると両手で束ねてからファサ~っと広げてから肩に垂れたひと房を持ち上げて顔を寄せたお兄様と鏡越しに目が合う。――その仕草のいちいち格好良いこと。

もしかして私狙われてる?と誤解しそうになるけれど、残念私は妹ですので。

 

(いや、残念っていうか妹相手になんてことを、なんですけどね。色気の無駄遣い?それとも練習台なのか)

 

いいんですけどね。これで素敵なお義姉様をゲットしてくれるのであればいくらでも――嘘、少しくらいならお付き合いするけどこれがずっと続いたら妹だとて息が続きません。手加減願います。

そして軽く結わいてもらって朝のルーティーンのお時間です。

お兄様に付き合ってもらいながら花を活け、柔軟等を済ませ、朝食はお兄様が用意してくれたモーニングセットをいただいて。

 

「少し休んだら出かけよう」

 

今回は何処へ行くのだろう。

お兄様プレゼンツのお出かけは到着までのシークレット、楽しみだ。

 

 

 

お兄様の選んでくださった服はベレー帽に首上まであるフリルが可愛い白のブラウス、ブラウンを基調としたジャケットにギャザーのロングスカート、小さなポシェットにはハンカチと端末くらいしか入らないがアクセントとしてはとても可愛らしい。

そして低ヒールのパンプスは、見た目は可愛らしいが履いてわかる、動きやすい運動向きの靴だった。

…全て見たことのないお洋服ですね。見事なコーディネートです。

それに合わせるようにお兄様もジャケットとスラックスで、ニットベストがちらりと覗いていた。もう少し体が細ければ文学青年に見えなくもない。…眼鏡を掛ければ補正が掛かるかな。

でもこんなカッコいいお兄様に眼鏡をされてしまうと私の萌えメーターが振り切れてしまうので口にはしない。命大事に。

 

「今日はちょっと歩こうかと思ってね」

「楽しみです」

 

行こうか、と腕を差し出され己の腕を絡ませて玄関を出た。

 

 

 

到着したのは都心から離れた自然を守る目的に作られた公園だった。

かなり広大であるので休日であっても人が密集することは無い。癒しスポットとしても有名だった。

その入り口で入館料を支払うと同時に受付でバスケットを受け取った。

この公園ではピクニックやキャンプに訪れる人も多く、自前で用意する人もいれば事前に申し込んで用意してもらうこともできるようになっている。

お兄様は後者を利用したらしい。

受付の人や他のお客さんからの視線を感じつつも、お兄様が間に入って、エスコートを受けて公園内へ。

すでにコースが頭に入っているのだろう、地図を見ることも無く迷いなく歩いていく。

 

「そよ風が気持ちいいですね」

「天気に恵まれて安心したよ」

 

気温も秋らしい涼しさで日差しを浴びたら汗ばむくらい温かくなりそうだが、入ってすぐに並木道となり、木漏れ日が直射日光を遮ってくれる。キラキラとした木漏れ日がこの道を演出してとても美しく感じる。

緑色の楓から徐々に色づいていくグラデーションもまた目を楽しませてくれた。

品種が違うのか、それとも日の当たり方によってなのか、赤く色づいている紅葉のアーチを抜けると背の高いイチョウ並木が別世界へと誘う。

 

「わぁっ…!」

「これはまた」

 

黄色いじゅうたんと、空までが黄色く染まったような黄色一面の世界が広がっていた。

お兄様もしばし景色に目を奪われているよう。後ろに人がいないことを良いことに立ち止まって鑑賞する。

ハラハラと舞うイチョウの葉が、空間さえ黄色に染めていく。

しばらく堪能してから動き出したのは、背後に人の気配を感じたからだろう。歩き出してしばらく後方からも歓声のようなものが上がっていた。家族連れかな。賑やかで楽しそうな声だ。

それからも枯れ葉を踏みながら秋の景色を楽しんで、舞い散る葉をキャッチして遊んだりして歩いていくと大きな池があり、水面が鏡のように紅葉を映していて、そこに葉が落ちて波紋を作るのがなんとも儚く美しい。

綺麗ですね、と言おうとしてお兄様を見るとお兄様と視線がぶつかり、そのまま用意していた言葉が口からぽろっと出てしまったのだけど、

 

「綺麗ですね」

「ああ、綺麗だ」

 

言いながら真っ直ぐと私に視線を向けたままつい、と髪を耳に掛けられた。

 

(紅葉の話だよね?!勘違いさせないでほしい!!)

 

「景色が綺麗だとより一層お前の美しさが増す。これも相乗効果かな」

 

そのまま頬を撫でられて頬に熱が集まりだす。

 

「ここにも色鮮やかな紅葉があったね」

「…もう」

 

もう、もう!!お兄様はどうしてこうっ…!!

絡めていた腕が肩に回り、更に身を寄せる様密着させて場所を移動する。

視線が集まってましたからね。急いで移動しないと彫刻が乱立してしまうので。

 

「…そちらは散策コースではないようですが」

「ああ、目的地はもう少し先なんだ」

 

案内されるまま付いていくと、少し小高い丘の上に太く大きな木が一本。緑の葉がランプシェードのように広がっている。

 

「あそこで休もう」

 

軽くバスケットを持ち上げてみせて、もう昼を回っていることに気付いた。

かなり歩いていたようだ。

広げたシートに座ると足が疲れていたことに気付く。

 

「結構歩いてきたのですね」

「時間を忘れて楽しんでもらえたようで何よりだ」

 

プランを立てた甲斐がある、とテキパキ準備をするお兄様からおしぼりを手渡されたので広げたのだけれど、さっと自分の分を拭い終えたお兄様にスッと取られて、手を掴まれ――丁寧に拭われていく。

 

「…それくらいさせてくださっても」

「俺がしたいんだ」

 

言いながら指の一本一本を丁寧に、優しく拭われて手も心も擽ったい。

自然と足がもじもじ動いてしまうのも恥ずかしくて顔を背けて終わるのを待つ。

 

「――終わったよ」

「…ありがとうございます」

 

広げられたバスケットの中身はクラブサンドだった。ドリンクは途中で買ったホットコーヒーだ。

人目と探知機が無いのを確認してからこっそり魔法を使い出来立てのように温める。

人間電子レンジです。

 

「ありがとう」

 

このクラブサンドなら冷えていても美味しいでしょうがね。

4種類あったけれど、残念なことに二つも食べれば十分だというボリュームでどれを食べようか悩んでいると、こちらもお兄様がちょちょいっと魔法でさらに分割してくれたおかげで全種類食べることができた。

お腹が満ちれば自然と眠気が生じる。

堪えきれないあくびを手で隠してもすぐ隣にいるお兄様に気付かれないはずも無く。

 

「俺に凭れるといい」

「ですが…」

「その上で、俺も深雪に寄りかかれば共に支え合って眠れるだろう」

 

お兄様も一緒に眠られる…?これは私に眠りを促すための方便だろうか。

だが、私一人が一方的に寄りかかって眠るのではなく支え合ってと言われれば気が楽になる。

 

「ちゃんと寄りかかってくださいますか?」

「深雪を潰さないよう気を付けよう」

 

お兄様に一方的に寄りかかられたら確かに潰されてしまうだろう。

潰されて魘されている図が浮かんで噴出してしまった。

 

「ふふっ…、それはそれで興味がないわけではございませんが、そういうことでしたら肩をお借りしますね」

 

後ろには大木の幹があり、根の間に腰を下ろしているので大樹に抱かれているような安定感があった。

触れる肩は温かく、枕にするには少し硬かったが何よりも安心できる枕だった。

少しだけ目を閉じよう、と思っただけなのにだんだんと意識が遠のいていく。

体から力が抜けていくのを感じながら、その体が温かな熱に包まれたのを最後に夢の世界へと旅立った。

 

 

 

ずる、と何かが膝に滑り落ちた感覚に意識が浮上する。

目を覚ましてまず見えたのは、膝の上にふわっと乗っかっていたお兄様のジャケットだ。先ほど落ちたのはこれだったのだ。

 

(…きっと眠った後お兄様がかけてくださったのね)

 

って事はお兄様は今寒いのでは?!とジャケットを握って横のお兄様を見ようと思ったのだけど、そもそも背中がとても温かい。お腹も温かくて――ジャケットを捲るとお兄様の腕がシートベルトよろしくお腹に回っていた。

その腕を辿ると、背後に繋がっていて――っ!!

 

(だ、抱きかかえられて!?!?え…じゃ、じゃあこの首に当たってる温かいモノは――)

 

ちらり、と首を動かさないよう視線だけ向ければ真っ黒な人の頭で。

それが何か判明すると同時に体が強張った。

 

「…ん」

「!」

 

ぴく、とお兄様が反応したことで触れていた髪が揺れて首筋を擽られる。

それを我慢するためまた体を強張らせると、今度は強く抱きしめられた。

 

「…寒いのか…?」

「起こしてしまいましたか」

 

申し訳ございません、と謝るといいやと首を振られるけれどそこで振らないでほしい。くすぐったい!

今度は堪えきれず身を竦ませるとくすくすと笑い声が。

 

「お兄様!」

「すまない、いたずらが過ぎたな」

 

わざとだった。もう!と怒りに任せて上体を起こして体を捻って離れる。木に凭れたお兄様に凭れ掛かって眠っていたらしい。何時の間に移動させられていたのか。

ジャケットをさっとCADを操作して皴を無くして差し出すと、礼を言って素早く羽織る。

…ジャケット羽織る姿ってカッコいいよね。ちょっとの意地悪くらい許しちゃう。

 

「結構眠ってしまっていたんだな。日が傾いてきた」

「本当ですね」

 

結構な時間眠ってしまっていたらしい。

振り返るといつの間にか丘の下のあたりで子供たちが遊んでいた。

男の子と女の子。少し女の子の方が小さいだろうか。

 

「お兄ちゃん、まってよー」

「やなこった」

 

鬼ごっこではなくて追いかけっこだったらしい。

お兄ちゃんと呼ばれた少年はべっと舌を出し余裕で走っているのに対し、妹の少女は必死に追いかけている。

微笑ましい光景だ。

子供たちを少し離れたところで夫婦と思われる男女がシートの上で見守っている。

魔法師界では滅多に見ない家族の形。

ありふれた光景だが、私たちには望んでもなかなか手に入らないモノだ。

幸せの象徴のような姿に、つい頬が緩む。

 

「あっ!」

 

女の子が草に足を取られたのか、防御もできずに転んでしまった。

そして数秒後に小さな体からは信じられないほどの大きな泣き声が響く。

すると一目散に駆け寄ったのは逃げ回っていた兄の男の子で。

まだそんなに体の差が無いのに抱き起してやり、泣くな、痛かったな、と慰めてあげている。

そして父親が駆け付け抱き上げて、母親が水とばんそうこうで手当てをしてあげていた。

バラバラだった家族が瞬時に一つになり、泣いていた女の子はひっくひっくと泣きやんだ。

泣きやんだことで、偉いぞと頭を撫でられ痛いことを忘れたわけじゃないだろうにニコニコ笑っていた。

ただそれだけの光景、公園でのワンシーンなのに、一本の映画を見たような満足感。

 

「よかったですね」

 

幸せな気持ちになって見つめていると、ふわっと抱きしめられる。

あれを見て人恋しくなったのだろうか、とそんなことを思っていたのだがどうやら違ったようだ。

 

「…俺なら深雪を置いていったりしない」

 

少し不服そうな声。

 

「転ばせるような真似なんてしない」

 

どうやらお兄様の兄としての矜持が彼の行動を許せなかったらしい。

自分であればそもそも妹に付き合って一緒に遊ぶし、転びそうになれば支えられる距離にいていつでも支えてみせるのに、ということのようだ。

 

「お兄ちゃんにだって、お兄ちゃんの時間があっていいのですよ。妹の我侭ばかり聞いていないで好きにしていいのです。ただ、困った時、辛い思いをした時に振り返って、駆けつけてくれる優しさが向けられるならばそれだけで妹は嬉しいのです。もちろん、時折かまってくれないと寂しいですし、べったり甘やかしてくれることも嬉しくはありますが。

だからといってお兄ちゃんが我慢ばかりしているよりずっといい――。

それに、あの子は構ってくれなくてもお兄ちゃんを追いかけるでしょうし、お兄ちゃんも妹を突き放す気なんて無かったのだと思います。何度も揶揄っては振り返ってちゃんとついてきているか、距離が離れすぎていないか調整してましたもの」

 

素っ気ないことを言っていてもお兄ちゃんをしていた。仲の良い兄妹だからこそ、両親は離れていても安心だったのだろう。

 

「――俺は重荷になっているか?」

 

その言葉は意外でしかなかった。

考えたことも無い。

お兄様を幸せにしたいと、それだけを考えて突き進んできた4年という月日。一度たりともそんな風に考えたことは無かった。

 

(たまぁに危うい雰囲気感じる時はあるけどね)

 

「ふふ」

「…深雪?」

 

肩から腕にかけて巻き付いている腕をポンポンと叩いて。

 

「こんなに優しく抱きしめられては重くも感じられませんよ」

「これならどうだ?」

 

今度は力を込めて抱きしめられて前かがみになるけれど、それでも。

 

「お兄様がただの荷におさまるとは思いませんもの」

 

お兄様ならたとえ荷物になったとて背負わせるのではなく追随する自走式の荷物になりそう。

 

「いくら重くなろうとも、そう感じさせないようにできますでしょう?」

 

原作のお兄様もそう。

結構発言は怪しかったり、ちょっとどうかと思う行動もあった。

妹としか意識していない筈の頃であろうとも、お兄様の妹への対応はいくら妹が喜ぶからと言っても普通ではなかった。

 

(そもそも、だ。兄は妹を抱きしめない!)

 

あの小さな兄妹もせいぜい頭を撫でて慰めてやるくらいだ。

欧米ならともかく、正面から抱き合う日本人はほぼいない。

だが、お兄様はそれを自然にやってのける。…私の場合、自分から刷り込んだところはあったが、それも原作を知っていたから少し前倒しにしても大丈夫だと思ったから。

そう。司波兄妹はそのような触れ合いがデフォなのだ。…しょっちゅうではないけどね。

深雪ちゃんが寂しがった時、辛そうな時、涙を流した時。お兄様は自然と抱きしめ慰める。

妹の気分を浮上させるため?そうした方が喜ぶ?

深雪ちゃんはそこまでの触れ合いをしなくとも、それこそ頭を撫でられるだけでも十分だった。それだけでも彼女にとっては天にも昇る気持ちだったのに。

お兄様の触れ合い方は、過剰であった。

抱きしめられると喜びより先に困惑、動揺していたのにね。

お兄様の愛が周囲には異常に見えていたのに、深雪ちゃんはそれを享受していた。――重荷に感じていなかったのだ。

ちょっとおかしいな?と思うことはあれど。

それはつまり、お兄様が重荷に感じにさせていないということ。けっして深雪ちゃんの器が大きいだけではない、盲目だっただけではないのだと思う。

 

(…何よりお兄様はさらっとやってのけたり言ったりするから重荷に感じる前にふわっと無くなってしまうというか)

 

「私が不自由を感じるようになったら、それは確かに重いのでしょうが、こうして腕の中にいても今の私は自由ですもの」

「…動けないだろう?」

「動く必要ができましたら、この腕は外れるのでしょう?」

 

何も不自由はない、と言えばお兄様はそうか、と頭を肩に乗せた。またも擽られる首筋。

 

「くすぐったいです」

「重荷じゃなくて?」

「そんなに私の重荷になりたいですか?」

 

逆に質問をすれば、お兄様はしばし沈黙してから。

 

「傍にいてほしいとは思うが、深雪の自由を奪いたいとは思わない」

 

あら、傍にいたいといっていただけるとは思わなかった。

お兄様は遠くからでも見守っていられれば、というタイプだったはずだけどと思ったけれど、トラウマが――沖縄の一件がそう思わせてしまったのか。はたまたブランシュの時人質になりに付いていった件か。

 

(手の届かないところで何か起きることの恐怖がそうさせてしまったのか)

 

「深雪には笑っていてもらいたい」

「一緒ですね」

 

私も同じ気持ちだと返すと、もう一段階抱きしめる腕が強くなった。今度は若干苦しい。

 

「息ができなくなりそうです」

「俺もだ」

「…お兄様は圧迫されてませんよね?」

 

どうしてお兄様が息ができなくなるのかと訴えたら胸が苦しいって。

 

「深雪が嬉しいことを言ってくれるから、苦しくなった」

 

その言葉に私は体も心も苦しくなりましたよ。息の根を止める気です⁇

それからしばらくして拘束は解かれ胸いっぱいに息を吸う。

 

「…涼しくなってまいりましたね」

「あと一時間で日が暮れるといったところか。長居しすぎたな。移動しよう」

 

どうやらお兄様の予定がずれてしまったみたい。

だけど、

 

「急がなくていい。店の予約は十分に間に合う」

 

着替える時間も問題ない、とおっしゃるということはドレスコードのあるお店で、服も決まっているのかな?…今回は一体おいくら使ったのです?

この日はお兄様の滅多にない散財の日の気がしてきた。

自分のことには最低限しか使われていないのに。

 

「お兄様の彼女は大変ですね」

「なんだ、いきなり」

「こうして貢がれて、金銭感覚が狂わされていってしまうのかと」

「貢いでいるわけじゃない。必要経費だ」

「経費とは収益を得るための対価のことを指すのでは?」

「利益は出ているだろう?金銭になっていないだけであって、俺は自分の好みに深雪を着飾り満足させてもらっている。これ以上の益はない」

「…さようでございますか」

 

お兄様が満足と言ってくださっているのだ、それでいいじゃないか。

私の羞恥などお兄様の幸せの犠牲となるなら安いものだ。

それから手を繋いでカサカサと鳴る枯れ葉を踏みしめ、時には舞い散らせながら歩いて出口へ。バスケットも返却し、待機していたコミューターに乗る。

向かう先はショッピングモール。…ちょっと高級なお店の揃っている商業ビルですね。

 

「俺の為だ」

 

…来年の為に家に帰ったら釘を刺さねばならない予感。

 

 

 

その後、予想以上のドレスを着ることになり、家に帰る前に文句を言わなくては、と意気込んだところで同じく正装に着替えられたお兄様に見惚れてしまい、何も言うことができずにエスコートされ、夜景の綺麗なレストランの個室でディナーを楽しみ帰宅。

改めて釘を、と思って振り返ると髪を崩し、ネクタイを緩ませた姿にまたも言葉を失い、ついでに気も失ったので何も言えず夜は更けていく――。

 

「…一応弁明させてもらうが、深雪自身が皴になる、とドレスを着替えたんだよ」

 

自分は一切手出しをしていない、と両手をあげて無罪を主張された。

 

(よくやった私!)

 

七草先輩と違ってちゃんと守るべきところは守ったらしい。よかった!

いえ、お兄様を疑ったとかそんなことじゃなくて、お手を煩わせなくて済んでよかった、である。

 

「お前のならいくらでも手伝うんだがな」

「お兄様?」

 

もしやまたストレスを溜められてます?

でも危険な空気は漂っていない。

安心できるお兄様です。

 

「お風呂の準備はできているからしっかり温まっておいで」

 

お兄様の言うお風呂の準備は湯を張るところまで。私のように下着を用意したりはしない。というか、されたら困る。

お兄様の言いつけ通りゆっくり温まり、体を解してしっかり柔軟と、今日はたくさん歩いたから足のケアを。

それからお兄様を呼んで。

 

「お待たせしました」

「うん、ちゃんと温まったようだね」

 

ドライヤーと櫛を手にして乾かし始めた。

…ヘアケアもやりたい、と端末片手にプレゼンされたら断りづらい。

お兄様は一体何を目指されているのか。美容師さんになれるよ。

それからハーブティーを淹れてもらい、リビングで休みながらさらつやになった髪の毛を触る。

指通りの良いこと。引っかかるどころか大変なめらか。元から深雪ちゃんの髪質はいいのだけれど、手を掛ければ掛けるほど成果が出る髪ってすごいよね。

鏡越しに天使の輪が見えたもの。

現在お兄様はどちらにって?お風呂です。

待っているよう言われたわけではないけれど、せっかく入れてもらったハーブティーを大事に飲んでいるところ。

今年も色々あった、いいお兄様の日だったけれど、お兄様は一日楽しそうだったのでいい一日と言えよう。

私ももちろん楽しんだけれど、恥ずかし疲れがね。お風呂だけでは取り切れない疲労感。

あとは眠ってリセットしか方法がない。

と、水波ちゃんの帰宅を知らせるチャイムが鳴る。

いそいそと玄関にお出迎えに。

小さなボストンバッグを手に返ってきた水波ちゃんは――つやつやしていた。

 

「ただいま戻りました!」

 

そして目がギラギラ輝いていて、

 

「色々と学ぶことがありました」

 

とてもやる気がみなぎっていた。

 

「おかえりなさい、水波ちゃん。リフレッシュはできたかしら」

「はい!明日からは深雪様にご満足いただけるかと!」

 

本当は今すぐ試したいことがたくさんあるのだろうが、一応自重しているようだった。

今日までが勤労感謝の日だから、と伝えておいてよかった。今日一日は仕事禁止。

 

「楽しみにしているわね」

「期待に応えて見せます」

 

おお、いつになく強気な様子。…やべぇセミナーとか、参加してないよね?一体どんな体験をしたらこうなるんだろう?

彼女も一晩寝れば落ち着くといいのだけど。

水波ちゃんは一通り片付け終えると、このままここにいると仕事をしてしまいそうだからと下がっていった。

仕事をしてしまいそうって…。休暇くらいゆっくり休んでください。うちはブラックじゃないはずなんだけどね。

 

「水波が帰ったのか」

 

リビングに戻るとお兄様がソファに座っていた。どうやら私を待っていてくださったよう。

 

「ええ。とてもエネルギッシュになって帰ってきましたよ」

「…エネルギッシュ?」

 

他になんて言えばいいんだろうね、興奮状態?でもそれを言うと怪しさ満点なので。

私が言い濁したことを察したのだろう。それ以上尋ねることは無く残るお茶を飲み干すまで付き合ってくださった。

それから片付けて私の部屋へ。

朝と同じようドレッサーに座り、再度髪を梳る。

 

「楽しいですか、お兄様」

「ああ。お前の世話をさせてもらえるなんて、今日は最高の一日だったよ」

「毎年同じことをおっしゃいますね」

「それ以外言い様がないんだ」

 

昨年はお兄様がお風呂に入っている間に日記を書いて、お母様のぬいに話しかけていた。

今日は帰宅早々倒れてしまったこともあって書く時間が無かった。交換日記の方は水波ちゃんが担当しているので、昨日今日の体験コースのことがたくさん書いてあるだろう。ハイテンションで書かれる日記…とても興味がある。正気に戻る前に回収しないと。

明日の朝に日記は書くことに。お兄様の前では書くことなんてできないから。

 

「さて、ではそろそろ最後の仕事をさせてもらえるかな」

 

羽織っていたカーディガンをするりと脱がされてハンガーにかけられ、羞恥を隠すようにいそいそとベッドの上に逃げ込む。

そして横になって、乱れた毛布をお兄様に直されて。

 

「深雪は?楽しかったかい?」

「それはもう。秋をこれでもかと満喫させていただきました」

「それはよかった」

 

頭を撫でられ、目元を手で覆われる。

温かい掌が眠りに誘う。

 

「お昼寝をいたしましたのに…」

「たくさん歩いたからな。疲れたんだろう」

 

体力には自信があるのに、と思ったけれどただ肉体が疲労しただけではない、楽しんで興奮して、…羞恥とかに襲われたりして――じゃなくて、心も満足して疲労しているのだ。

 

「おやすみ、深雪」

「おやすみなさいませ、おにいさま…」

 

最後までちゃんと言えた自信がない。

元々寝つきが良いのに加えて、程よく疲労もしている。

あっという間に暗闇に意識が落ちていった。

 

 

 

 

達也はしばらく部屋にとどまった。

ぐっすりと、よく眠っている。

その寝顔を眺め、今日のことを思い返す。

紅葉に喜ぶ深雪は大変可愛らしく、いつもよりはしゃぐ姿に心が満たされた。

 

(深雪の世話というのを口実に、年々美しくなっていく妹に触れる権利を得、白くほっそりとした小さな手に触れ、黒く艶やかな髪に触れ、温もりを分け与えられるほど抱きしめていられるこの幸福の価値がどれほどのものか深雪は知らない)

 

値千金などでは足りないほどだというのに、服を贈った程度で恐縮してしまう。

しかし、そんな反応もまた可愛いと思う。

だからこそ達也の貢ぎ癖がエスカレートするのだが、本人は止める気が無い。

その時だ、深雪のクローゼットの中から何かが倒れたような音がした。

視ればすぐに何かは分かるが、ここは深雪のプライベート空間だ、と達也は物理的に手で覆って隠し、見ないように努めた。

気にはなるが、あまり詮索しすぎるのは彼女の自由を損なう行為だ。学校ならともかく私室は控えるべきだ、と達也は立ち上がって。

 

「良い夢を」

 

額にキスを落してから部屋を後にした。

 

 

 





はい、二年目のいい兄さんの日でした。あと勤労感謝の日。
倒れたのはお母様のぬいです。それ以上貢ぐのはよしなさい!という忠告がしたかった模様。だけど残念。お兄様は妹ほど感度が良くないので受信ができなかった。
思ったより長くなってしまった…というか水波ちゃんパートだけでも長かったから仕方がないのだけど。
水波ちゃんがいると良いお兄様の日は難しいでしょうからね。休暇を取ってもらいました。
そして張り切ってお世話を楽しむお兄様。
できることなら歯磨きとかもしたいけれど自重している。流石に妹に引かれることは理解していた。
このお兄様はとっても重いですよ、妹は気付くべき。お兄様に対しての評価が狂ってる。仕方がない。妹もしっかり深雪ちゃん成分が入っている。本人は常識人のつもりでも深雪ちゃんな時点で非常識人。というか四葉が常識を騙ることはできない。
当然だけどお兄様も常識を持っているつもりだけど、存在が非常識だからしょうがない。おまんも非常識。
幼少期だろうがお兄様が深雪ちゃんを置いてどこかに行くイメージが全くわかない。というか、生まれ的に不可能か。傍に寄ることさえ許されない。
…多分その頃の反動もあるのでは?

お粗末様でした。
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