妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
なまじ同じお兄様だと脳がパニックを起こすよねっていう。深雪ちゃん、頑張って。
食べ終わると、お兄様は率先して片付けを手伝ってくれた。
お兄様もいつもこの後コーヒーを召し上がられていたということで、準備をする。
常備している茶菓子入れにはいつものクッキーがあったのでそれを添えて持って行こうとしたら、お兄様がすぐ近くに。運んでくださるらしく、お兄様はどこにいてもお優しいと胸が温かくなる。
「ありがとうございます」
「淹れる手伝いはできないが、これくらいなら俺でもできるからね」
お兄様だ。
改めてお兄様なのだと実感する。
いつものお兄様よりも意地悪なお兄様だけれど。
いつものお兄様よりぐいぐい来るお兄様だけど。
いつものお兄様と違って触れ合いの多いお兄様であっても、お兄様だ。
私の大切な、大好きなお兄様。
「どうかしたか」
「いいえ、改めてお兄様はお兄様なのだと」
「そうか」
意味不明なことを言ったにもかかわらず、お兄様は柔らかく微笑まれる。
私の全てを受け入れてくれるように、優しく。
嬉しい。でもドキドキはしない。いえ、正確にはするのだけどときめきというか…頭がぼうっとすることが無い。
同じお兄様の笑みでも、同じ温度を感じても、心臓の高鳴りは違う。
そのことに少なからず安堵した。
「深雪、普段の生活がどんな感じなのか聞かせてくれないか」
ソファに横並びで座り、コーヒーでひと心地着いてからお兄様がお尋ねになられる。
微笑みを浮かべられているお兄様の目はまっすぐこちらを見据えていてお前のことを知りたいと訴えているようで、このお兄様は口もだが瞳も雄弁なのかとちょっとどぎまぎしてしまう。
…決してときめきではない。でも察してほしい。何度も言うが同じお兄様なのだ。ドキドキするなという方が無茶だと思う。
努めて冷静を装って私の普段の生活ぶりを説明すると、お兄様は興味深く聞いてくださった。
特に学校生活は違いすぎるらしく、風紀委員として仕事をしている話には大変そうだな、と同情されていた。
お兄様にはそういったお誘いは無かったのかと問えば、あるにはあったが新歓後だったらしく、軽く声を掛けられた程度だったので断れたそうだ。
一番必要とされる最初の大仕事である新歓の時期が過ぎたことも要因だろうとのこと。
「しかし、毛嫌いされている状態で風紀委員をさせられていたのでは、逆に校内の規律を乱しそうだな」
「お兄様はただ仕事を完璧に熟していらっしゃるのに、評価されるどころか、悪くなる一方で…」
思い出すだけでも悔しく腹に据えかねる思いだ。
膝の上でこぶしを固く握りしめていると、その手に大きくて暖かい手が重ねられる。
「深雪。優しいお前のことだから気にするなと言っても難しいことはわかっている。だがな、そうやってお前が想ってくれているだけで俺は報われるんだ」
「お兄様…」
「ありがとう深雪」
私が怒ることを咎めるでもなく、お兄様は受け止め、受け入れてくれる。それがどれほど私を喜ばせるか、お兄様は知らない。
潤む瞳を見られたくなくて、お兄様の肩に頭を寄せるのだけど――
「しかし深雪がそれほど思いつめる状態にあるのはあまりいい環境とは言えないね」
私の髪を優しく撫でながら、瞳を鋭くさせて空を睨む。
「そちらの俺は一体何をしているのか」
「!お兄様は何も悪くございません!悪いのはお兄様を二科生だと蔑む者共と、目立たざるを得ない状況にした先輩方です」
お兄様の怒りの矛先がお兄様へと向かってしまっていた。慌てて誤解を解こうとするのだけれど、お兄様が納得してくださったかはわからない。
でも一応表面上怒りは納めて下さったようだ。
…不穏な空気が治まってくれてよかった。
「深雪は本当に優しいな」
「そんなこと、お兄様に比べれば全然です」
お兄様の方こそお優しい。それが私にだけではなく、周囲にだって、わかりづらいかもしれないけれどお兄様の優しさが向けられている。
お兄様はわざわざ人と争わないための回避策だと言うけれど、そんなことない。理由をつけて意地悪く仰るけれど、お兄様は気付いてらっしゃらないだけだ。その理由が後付けであることを。
「だがそんな状況の中、学校で兄妹仲睦まじくしていたら、周囲からやっかまれていそうだな」
「それは…、申し訳ございません。深雪がもう少しお兄様から離れればそんなことにはならなかったのかもしれないのですが」
それはできなかった。学校の半分が女子生徒という生活の中、お兄様と離れてしまうことなど無理だった。
私の心の制御が儘ならず、想子が活性化してしまうのだ。…私が未熟なばかりに。
「ん?ああ、いや。俺がお前をそんなことで責めるわけがないだろう。深雪は思うようにすればいいんだ」
落ち込む私に、お兄様は穏やかに笑われて肩に腕を回し、優しい手つきで髪を撫でる。
お兄様には慣れた動作なのかもしれないが、私には心臓が飛び出るほど驚かされる行動だ。聞こえてしまうのではないかと思えるほど心臓が大きな音を立てると同時に頬も熱くなる。
その様子にお兄様は、やれやれ、と首を振った。
「ふっ、困ったな。これも慣れていないか。深雪の髪は触れるととても手放しがたいほど気持ちが良いのだがな」
本当にそちらの俺は損をしている、と笑うけれど、それどころではない。
(こちらの私はこの距離に、この触れ合いをされてどうして恋をせずにいられるのだろう?)
お兄様にこんなことをされてしまっては心臓がいくらあっても足りないくらいなのに。
でも、このお兄様に慣れているのだとしたら、あちらのお兄様では物足りないのではないのかしら。
ふとそんなことが頭を過った。
いえ、あちらのお兄様ももちろん素敵だ。とても紳士的で、妹に対しても丁寧に扱ってくれる。いつでも私はお姫様のような気分でお兄様に慈しんでいただいている。
それだけでも私には十分だけれど、こちらのお兄様は何と言うか――距離感が近い。同じお姫様扱いでも何と言うか…。丁寧でもある、雑になんて扱われていないし、大事にしてもらっていることも解る。
だけど、その…独占欲のようなものがちらつくのだ。私も気をつけているからわかる。
お兄様は私のお兄様なのに、と周囲に嫉妬してしまうのを堪えている私だからこそわかる。
お兄様のこの触れ合いはまるでマーキングのようだ。
だが、私のように意識して気をつけている様子も無ければ――その自覚も無いようだ。
恋は自覚している様なのに。
(…これは、指摘してはいけないような気がする…)
もう一人の私のためにも。
「その、こちらの深雪さんは、大丈夫でしょうか?」
この質問にはずっと笑顔だったお兄様の表情にも翳りが生じた。
「そうだな。きっと、あの子のことだからもう一人の俺とも仲良く過ごせるとは思うが」
「何か不安なことでも?」
「不安…不安か」
お兄様はするっと私の肩から腕を戻すと膝の上で手を組んだ。
「あの子が元気にやっていることは間違いないし、きっとすぐに戻ってくることもなんとなくだけどわかるつもりだ。だけど…そうだね、深雪の言う通り不安を抱いているようだ」
こちらのお兄様も、これほど感情豊かに見えても自身の感情には変わらず鈍いようだ。
そのことにぎゅっと胸が締め付けられる。
「だけど、それは深雪も同じみたいだね」
「え…?」
お兄様に顔を覗かれて一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。
「深雪も、不安そうな顔をしているよ。あちらの俺が心配なのだろう?」
「!!」
心を言い当てられてびくり、と震える。
「わかるさ。お前は俺にそっくりだから」
(――ああ、本当だ)
動揺した心を落ち着かせるため一口飲もうと、カップを持ち上げて水面に映る顔はお兄様にそっくりだった。
「大丈夫とわかっていても」
「心配になりますよね」
「「鈍感で天然だから」」
私たちのようにこちらの深雪さんもあちらのお兄様と似ているらしい。
そんな二人だから互いが互いに何をしでかすかわからない。
ハラハラする、普段はしっかりしすぎるくらいしっかりしているのにちょっぴり天然で抜けている、そんなあの人のことだから。
「お互い苦労するな」
「その苦労すら愛しいのですからしょうがないですよね」
二人してわざとらしくため息を吐いて、一拍置いた後笑い合う。
「せっかくだ、誰にもできない恋愛相談でもするか」
「ふふ、いいですね。決して誰にも話せないからたくさんお話したいことがあります」
夜は、まだ始まったばかりだ。
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