妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
副題:遠くの有象無象より、一番近くにいるお兄様が危険な件について。
日曜の朝。
早い方が人込みは少ないだろう、ということで開店に合わせて家を出る。
行く場所は私がいつもお買い物をするお店に行ってみたいということなので、昨日のうちに場所はお伝えしていた。
お兄様もそのビルには行ったことがあるということでお兄様にエスコートされて向かうのだけど――
「その、お兄様…」
「深雪、俺のことは何と呼ぶんだった?」
「し、失礼しました!た、達也さん」
「ん。よくできました」
そう言って繋がった手をぎゅっと強く握られるのだけれど、それ以上に衝撃なのがお兄様のこの甘いお顔と声、そしてこの密着する距離だ。
家を出る前にお兄様から、そうだ、と思い出すように指示されたのは外は危険だから恋人のふりをするように、とのことだった。
それは元々私もあちらでも面倒を避けるためやっていたことなのでここでもそうなんだな、と嬉しくなった。
共通項を見つけられるたび、互いの仲が良好に思えて、どんな私であろうとお兄様と仲良くしているのだという、その事実が嬉しかった。
「兄貴だとばれると面倒なことになるからな」
気を付けるように、と念を押すお兄様に私は気持ちを奮い立たせてクスリと笑ってみせる。
「大丈夫ですよ、お兄様。あちらでもお兄様は同様に私を守ってくださってましたから」
そう、勘違いはしない。お兄様は護衛としてそのような役を演じられているに過ぎない。
だけど、普段はできない公然と触れ合える関係は私を有頂天にさせた。いつか、こんな日常が送れたらいいのに、と。ありえないことを願ってしまいそうになる。そんな苦さも感じる甘いひと時。
お兄様はそうか、と言いながら私の手を掬い上げるように持ち上げた。
「ではこの扉を出たら、俺たちは恋人同士だ。もう兄とは呼んではいけないよ」
「!は、はい」
自身の口元に指を立てて注意をするお兄様に目が奪われてしまった。
(こ、こちらのお兄様は妹をた、誑かすのが上手すぎるわ。あちらのお兄様も同じ仕草を見たことがあるけれど、こちらは思わせぶり要素が多すぎて、わざとそう見えるようにやっているとわかっているのにドギマギさせられてしまう!)
あちらの、私のお兄様は特に意図してやっているようには見えない。まるで小さな子に注意するような、下心の見えない純粋な注意だ。
だけどこの目の前のお兄様は、ただ純粋に注意をするのではなく、たった一つの言動で失敗したらお仕置きだよ、というような含みまで感じられるのだ。
実際はそのようなことを言われてもないし、こっちの勝手な妄想ではあるのだけど。
(こちらの私はこれに耐えられているというの?…私にはこのお兄様は手に余るわ…)
もしも私のお兄様にこんなに攻められ続けてしまったら陥落してしまいそう、と冗談でも思ってしまうほどいわゆる、
家に出る前からこんな状態で、すでに外出が不安だったのだけどと思っていたのだけど早速――その予感は的中した。
一歩玄関を出たら、繋がったままの手をするっと動かし指を絡めたのだ。
たったそれだけのことではあったのだけど、瞬間で顔が真っ赤になって緊張して固まってしまった。
それをお兄様はからかうことなく、大丈夫だよ、徐々に慣れていけばいいなんて落ち着かせるようにおっしゃっていたけど、その時からすでに声も甘さが含まれ、表情もいつもより柔らかくなっていて――
(これは勘違いするなと言う方が無理なのでは?!)
恥ずかしさより怒りがこみ上げた。
恐らくこれが世に言う逆切れというものなのだろう。
「もう、あまりお揶揄いにならないで下さいませ!」
「からかってなんかいないさ。俺は世界一美しい恋人を奪われないように必死な男だからな」
怒りは恥ずかしさの上塗りによって一瞬で鎮火した。言いたいことは山ほどあるのだけど喉に詰まって何も出てこない。代わりに熱が体に溜まっていた。…本当に恐ろしいお兄様だ。
こうして先行き不安なデートは始まった。
だが、お店につけば周囲からの慣れた反応が返ってきてほっと安心した。
他人の視線に安堵する日が来るなんて思いもよらなかった。
そのことに気付いてお兄様は苦笑されていたけれど、笑い事じゃございませんよ!もう。
「悪かった」
謝るから許してくれ、と謝罪を受けたけど、耳元で囁くように言われては文句の言葉も萎んでしまうわけで。
「ずるいです…達也さん」
「悪かったよ。お詫びに好きなだけ付き合うから」
ご機嫌取りにお買い物に来た体で、ということなのだろう。
こちらは名前一つ呼ぶだけでも心臓がドキドキしてしまうというのに。ずるい。
「たっぷり付き合ってくださいね」
でも負けっぱなしも嫌だから、と顔を上げれば楽しそうなお兄様の表情とかち合って、ようやく私も余裕ができて笑顔になれた。
お店に入ると見知った店員が頭を下げていた。ここでは初めての来店だけれど、こちらのお店は初めの時から接客をされずに自由に見られるのでそういったところも気に入った店だった。
「こういった服はあまり見かけないな」
新鮮だ、とお兄様は並べられている服を見つめて感心している。
私にとっては着慣れた服であり、クローゼットを占めている半数の服はこのような服が多かったから、今のクローゼットにはとても違和感がある。
その割に下着の趣味は同じだというのが不思議だったけれど。
「どれか、着てほしい服はありますか?」
お兄様の好み調査もぜひしたいところ。こんなことお兄様に堂々と直接聞く勇気はない。
けれどこちらのお兄様になら、緊張せずに聞けた。
私たちのように趣味が異なる可能性もあるけれど、もし違ってもこういうシチュエーションの練習になると思えば。
しばし悩んだのち、お兄様が手に取ったのは白のシフォンブラウス。
ふんわりとしていて、ほかの服に比べて肌を見せるようなつくりではないものの生地は透け感があり、清楚でありながらも少し挑発的にも思えるデザインだった。
こういった服の好みは案外同じなのかもしれない。お兄様にお願いして選んでいただく際も清楚系を選ばれることが多かった。
それからいくつか選んで試着室へ。
以前夏休みにサマードレスを買っていただいた時はお兄様が率先して選んでもらったたけれど、あれは珍しい例。こういった家で着る用の服をチョイスする時、お兄様はあまり口出しをしない。
こちらのお兄様は、どうやらこういった店自体が相当珍しかったようで、私の後をついて回っては何かを考えこむようなポーズを取られていた。
もしかしたら深雪さんに贈る服を考えているのかもしれない。彼女はこういった服は着ない方が良いのでは、とはこれまでのお兄様の言動で思ったけれど…もしや余計なことを教えてしまったのでは?とちょっと罪悪感がこみ上げたけれど、もうここに連れてきてしまったのだし後の祭りだ。
とりあえずお兄様が選んでくださったシフォンのブラウスに、短めのプリーツスカートを合わせて。
「いかがでしょうか」
ドアを開けてお兄様にチェックしていただくため一歩二歩と前に出たのだけど、いつものように店員たちの息をのむ音は聞こえるのに、目の前のお兄様は――凝視するように見られていて微動だにしない。
いつものお兄様ならすぐに賛辞を送っていただけるのだけど、と同じお兄様ではないとわかっていても不安になる。
(こちらのお兄様なら赤面するようなセリフをさらっと言ってもおかしくないと思ったのに)
身構えていたのに肩透かしを食らった気分だ。
「おかしい、でしょうか?」
恐る恐る声を掛けると、ゆっくりと止まっていた呼吸を吐き出して。
「いいや。とてもよく似合っているよ。――だが、そうか…これは危険だな」
「危険、ですか?」
質問をすればすぐに返ってきたけれど、なんだか難しい顔つきをされていた。
危険とは一体…?
「着る前に想像していたより肌が透けるのか。上がふわふわしている分、直線的なスカートがバランスをとれているようだが…困ったな。これではいくら家の中でも落ち着けなくなる」
「落ち着けなくなるだなんて、ご冗談を」
「冗談なわけがあるか。――そちらの俺は鋼鉄の理性でも持っているのか?」
最後の疑問は私にもギリギリ聞き取れるくらいの声量の呟きで、いつもの賛辞とは違う新鮮な反応にポッと頬が熱くなる。
(…やっぱり常に見せるような恰好より時折、の方がよかったりするのかしら。…戻ったら清楚系で落ち着いたものを着てみるのもいいかもしれない)
もしかしたらお兄様からも別の反応があるのかもしれない。そう思うと気分が浮上した。
「この袖が絞ぼられているのもキャンディの包装紙のようで甘そうに見える。――確かめたくなってしまうな」
「お、…もう、つ、次に着替えますね」
先ほどまで見惚れてくれたのかな、と嬉しかったのに次には
慌てて扉の裏に隠れて逃げてしまった。
こんなことを言われ続けたら、いくら兄妹でも心臓が持たない気がする。
いつものお兄様が恋しくなった。
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